四章 ~12話 看病
用語説明w
PIT:個人用情報端末、要はスマホ。多目的多層メモリを搭載している
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性
フィーナ:ラーズの二歳下の恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職している。魔法に特化した大魔導師
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考えられる。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
エマによる、強制進化の再調整が終わった
具体的には、氣脈の調整、外科手術、遺伝子治療、霊体手術、諸々…
結果は成功、検査でも問題は無し
俺はこの時点で初めて、龍神皇国基準での完成変異体となった…、ということらしい
後は、術後の経過観察だ
「ラーズ、大丈夫?」
「…」
冗談抜きで、全く動けなくない
処置が終わってから、フィーナが突きっきりで看病してくれている
視界がグラングラン回る
倦怠感が酷く、力が入らない
嘔吐、横になる、嘔吐、横になる
まるで、あの施設で目覚めた頃のようだ
…数日経ち、やっと意識がはっきりとしてきた
「ラーズ、辛くない?」
「いや、大丈夫…」
「トイレは?」
「…」
俺はベッドから起き上がれないため、尿道と肛門にカテーテルをぶっ刺されている
トイレにも行けないためだ
「…フィーナ、トイレはナースさんに頼むから」
「私も看護師の資格を取れるくらい勉強したから大丈夫だよ」
フィーナが、遠慮はいらないと言ってくる
違うんだ
そうじゃないんだ
「トイレは、フィーナに見られるのが恥ずかしいんだ…、頼むよ…」
やる気は嬉しいが、恥ずかしすぎるんだ
「気にしなくていいんだよ?」
「フィーナが入院したら、う〇こもお〇っこも俺が処理するぞ?」
「…ナースさん呼んで来るね」
うむ、知り合いに、しかも彼女に下の世話ってのはさすがにな…
更に数日経つと、かなり体調も良くなってきた
「フィーナ、ありがとう。この二年間ずっと探してくれてたんだろ?」
「どうしたの、急に?」
フィーナが、聖なるもも缶を開けて皿に盛る
ももを、聖属性を帯びたシロップに付けた缶詰らしい
「…まだ、お礼を言えてなかったと思ってさ」
「私、お礼よりも言って欲しいことがあるんだけど」
「何?」
「…私のこと、まだちゃんと好きかどうか」
「いきなり過ぎない!?」
そういえば、人が動けない時にベッドの横でフィーナとミィが話していた気がする
好きかどうか、言葉で言わせなきゃダメとかなんとか…
いいかげんにしろよ?
「心配だったから。ラーズが私のこと…、まだ…」
「当たり前だろ。心変わりなんかしてないよ」
俺が言うと、フィーナが嬉しそうな顔をする
「…あれ、おかしいな? 好きって言葉が出てこないなー?」
フィーナが、上目遣いで俺を見る
そんなに言わせたいか?
「いや…」
「言ってくれないってことは好きじゃないの?」
改めて言うとなると、めちゃめちゃ恥ずかしいんだよ!
こいつ、分かってて言ってやがるな!
「フィーナ、好きだよ…」
「…うん。えへへ」
フィーナが満足そうに抱き付いてきた
くそっ…、ちょっとかわいいと思ってしまった
・・・・・・
セフィ姉が、お見舞いに来ておいしい紅茶を入れてくれた
「顔色が良くなったわね」
「そう? エマの処置が良かったんだね」
まったりとした時間
また、こんな時間をすごせるなんて
「ラーズの絆の腕輪、初めて使ったんだけど…」
セフィ姉が、病室に置いてある俺のアクセサリーを見る
「ああ、トラビスを捕まえた時だね」
「ええ。ラーズの視界情報や、感情の起伏なんかも少し伝わって来て、面白い感覚だったわ」
「一方的に観察されるって初めてだったから、ちょっと恥ずかしかったよ」
絆の腕輪は、本来は思念による相互通信だ
だが今回は、監視をしているセフィ姉とフィーナに状況を送っていただけのため、俺が一方的に情報を送信することになった
思念のため、俺の感情なども伝わり、プライバシーなんてあったもんじゃない
「ラーズの怒りが伝わって来たわ」
「…いろいろあったからね」
あの野郎だけは絶対に許さん
「でも、それだけじゃない。冷静な判断力、根拠を持った戦略、あの施設を生き延びたことによる自信…。ラーズの成長も感じたわ」
「成長かぁ…、できてたらいいんだけどね」
「ラーズに足りなかったのは、自信という力。でも、大崩壊やあの施設を乗り越えた経験は、少なからず自信になったんじゃないかしら」
セフィリアは、絆の腕輪を通してラーズの自信に満ちた姿を見た
どんな不確定要素にも、対応策を練ることができる強さ
それは、実戦と現場の強さだ
不安定でありながら、ラーズの姿が大きく見えた
経験という大きな自信は、ラーズの姿を大きく見せていた
ただ………
「そういえば、セフィ姉。絆の腕輪で思い出したんだけど…」
「なにかしら?」
セフィ姉が言う
セフィ姉は、動作の一つ一つが優雅で上品だ
これが気品というやつだろうか…
「俺の使役対象とPITってどうしてるか分かる?」
俺の使役対象
軍時代、俺は四体の使役対象を使っていた
自慢じゃないが、四体もの使役対象を持つ者はなかなかいないだろう
おかげで、一人小隊なんて呼ばれかたもしたくらいだ
・小竜フォウル
・式神リィ
・外部稼働ユニットのデータ2
・竜牙兵
そして、俺のPITには、俺の相棒である個人用AIのデータ(AIの名前)がインストールされている
「フォウルはラーズのご両親が世話をしているわ。そして、PITの個人用AIと外部稼働ユニット、式神とアンデッドが…」
セフィ姉がため息をつく
「何かあったの?」
「それがね、封印されているのよ」
「ふ、封印?」
「あなたが行方不明になった現場に、装備と一緒に残されていたの。ただ、残されたPITのAIと外部稼働ユニットは、暗号化されたブラックボックスとなっていて起動が不可能、式神とアンデッドは聖属性と霊属性系の封印が行われていた」
「な、何でそんなことに…?」
「あなたを宙の恵みに運び込んだのはヴァルキュリア。状況的に、あなたの使役対象もヴァルキュリアが封印した可能性が高いわね」
「俺、大崩壊の後の戦いで意識を失ったんだ。そして、目が覚めたらあの施設にいた。…俺を運び込んだのはヴァルキュリアで間違いないのかな?」
「あの施設の記録でも確認できたから間違いはない。ラーズも、あの大崩壊の時にヴァルキュリアに会ったんでしょ?」
「…うん。会って、助けられた」
ヴァルキュリア
イグドラシルと呼ばれる異世界の騎士
現在はラグナロクと呼ばれる戦争が起きており、ペアで戦死した戦士の魂を迎え来るスカウト部隊だ
俺は大崩壊の際に重傷を負い、更に変異体因子の暴走で死にかけた
たまたま、俺の死の臭いを嗅ぎつけてヴァルキュリアの一人が来たため、戦死したであろう優秀な隊員達の情報を渡す代わりに変異体因子の抑制剤を飲ませてもらった
本来、ヴァルキュリアはペアの生者とは関りを持たない
俺がやらせた行為は、ヴァルキュリアのルールを捻じ曲げる行為だった
「ヴァルキュリアについては、まだ所在が分からない。タイミングがよかったから、イグドラシルに要請して出頭するように伝えているの。出てくれば封印の解き方は聞けると思うわ」
「そっか…」
タイミングがよかったって、イグドラシルにコンタクトを取る用事があったってことか?
異世界にコンタクトを取るなんて、さすが騎士団長心得だな
死にかけていたから、ヴァルキュリアの顔もあまり覚えていない
リィやデータ、竜牙兵と早く会いたいな
「それに、ラーズをあの施設に運び込んだ理由や、所有権も確認しないといけないから」
「所有権?」
「あの施設の記録では、ラーズの所有権は持ち込んだヴァルキュリアが持つとなっていたの。ヴァルキュリアがあなたの所有権を主張するなら、私個人ともめることになるかもしれない」
セフィ姉の目が少しだけ鋭くなる
「セフィ姉…」
確かに、あの施設で聞いた説明では所有権はヴァルキュリアが持っているとか言われたな
ピピピピ…
「フィーナ、どうしたの?」
セフィ姉がPITの通話に出る
フィーナからのようだ
「…ヴァルキュリアが現れた?」
セフィ姉が目を細めた
「…ええ、それならファブルの地区のラーズの病院へ来るように…、そうね、伝えて…」
ついに、ヴァルキュリアと再会できるようだ
参照事項
あの施設での目覚め
序章~1話 目覚め
ラーズの所有権
一章~33話 完成変異体




