四章 ~11話 再検査
用語説明w
宙の恵み:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」とダンジョンアタック用の地下施設、通称「下」がある。騎士団によって制圧済み
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
トラビス教官:宙の恵みの教官でBランク戦闘員。被験体を商品と割り切っている
トラビスを捕獲した
「ううぅ……」
衰弱し、格下だと思っていた相手に負けたことでトラビスの心は完全に折れていた
ミィが拘束場所に連行したが、もう抵抗する気力もないようだった
「CランクがBランクを狩った…」
「あいつ、化物じゃない? 怖い…」
「あの施設の被験体は全員が人殺しらしいぜ」
騎士団の一般兵たちが、戻って来た俺にコソコソと奇異の目を向ける
それを聞いたフィーナがカチンと来たようだ
「…必死に生き抜いた人間に、何も知らない人間が評価を下すなんて間違ってる」
フィーナが誰ともなしに、しかし強い言葉で言い放つ
「…」「…」「…」
その場にいた全員が口を閉ざし、気まずい雰囲気が流れた
フィーナが俺を庇ってくれたことは分かった
…だが、俺が人殺しなのは間違いない
俺は、トラビスをどうやって殺すかしか考えてなかったからだ
あの頃と立場が逆になっちまったな…
ボリュガ・バウド学園に入学した頃、フィーナは今ほど明るい性格ではなかった
クレハナでは、味方がいない生活をしていたからだろう
飛び級で入学した年下で、あまりしゃべらないフィーナを、同級生たちは不思議そうに見ていた
俺は両親に言われていたこともあり、意識して話しかけるようにしていた
それもあってか、フィーナはだんだんと性格が明るくなっていった
そして何より、ミィという仲のいい同級生が出来たことが大きかった
元は、こういう性格だったんだと驚いたほどだ
そんなフィーナに、まさか俺が庇われるようになるとは
人生、どう変わるか分からないもんだ
セフィ姉が戻って来た
「ラーズ。三日間も森に籠って、体調は大丈夫なの?」
「俺は変異体だからね。それに、森の中でたんぱく質も取れていたし、特に問題はないよ」
俺は、ゼリータイプの携帯食を食べながら言う
「ラーズ、なんだかすっきりした顔になったね」
フィーナが俺の顔を見る
「ええ、本当に。あのBランク…、トラビスを倒したから?」
セフィ姉までが言って来た
確かに、頭がすっきりしている
今までは、あの施設でまた目覚めるんじゃないか、そんな恐怖が頭から離れなかった
フィーナを抱きしめていないと、誰かと話していないと不安で仕方がなかった
だけど今は、解放されたことが少しだけ実感できている
俺にとって、あの施設の象徴であったトラビスを自分の手で捕獲したというのも理由だろう
でも、一番の理由は…
「…自然の中を歩いてみて、あの施設での時間が終わったってことが実感できたよ。夜の満点の星空や、草や土の臭い、虫の鳴き声や水の流れる音…、五感で感たんだ」
「実感…?」
フィーナが言う
「あの病室から出て、あの施設の外の世界を感じたからこそ、気持ちが落ち着いたのかもしれない」
「…それじゃあ、一度病院に戻りましょう。ラーズ、前も言ったけど、あなたは重症なの。検査の必要があるわ」
セフィ姉が真剣な顔で言う
「え…、うん…」
「それに、前に言った会わせたい人が来てるのよ」
セフィ姉に促されて、俺達は病院に戻った
俺は三日間森に籠っていたが、特に体調に変化はない
精神的には安定したくらいだ
…俺の検査って何なんだ?
結局、どこが重症なんだろうか
暫くすると、セフィ姉が戻って来た
「ラーズ、会わせたい人を連れてきたわ」
俺は、セフィ姉の後ろにいた女性を見て固まった
「え、まさか…」
「ラーズ…!」
それは、黒髪のノーマンの女性だった
「エマ…!」
壊滅した、俺の所属小隊
シグノイア防衛軍第1991小隊の生き残り
医師免許を持ち回復魔法を使う医療担当だった女性隊員だ
「生きてた…よかった…」
エマが泣き崩れる
エマは、大崩壊の直前に龍神皇国に研修に出ていた
おかげで、小隊の壊滅に巻き込まれずに済んだのだ
「エマこそ、よかった…。また会えた…」
ダメだ…
誰と会っても感動して泣いてしまう
もう会えないと思っていたからかもな…
暫くして、落ち着いたエマが真面目な顔になった
「ラーズ、よく聞いて…」
「え、何?」
「ラーズの体のこと…」
「俺の体って、変異体のこと?」
エマが頷く
「そう…。徹底的に検査をさせてほしい…」
「エマがそう言うならいいけど、何かあるの?」
エマは医療担当として、軍時代に何度も俺の怪我を治療してくれた
変異体因子が活性化した際も、見てくれていたのはエマだった
「あの施設で受けた処置は不完全、必要な処置をしなければ命に関わる可能性もあることが分かったの。エマと話して、ラーズの精密検査をすることにしたのよ」
セフィ姉も言う
そ、それが重症ってやつか…!?
こうして、俺は精密検査を受けることになった
・・・・・・
違法変異体研究施設、宙の恵み
フィーナ達騎士団が制圧し、被験体、職員、資料を確保した
宇宙ステーションを含めて、全施設は騎士団の管理下にある
現在、被験体の検査、研究者からの聴取、研究データの精査を全力で行っている
この施設は、変異体因子の覚醒者に対して強制進化の処置を施し、完成変異体とするための研究施設だ
多くの変異体因子の覚醒者が被験体として集められていた
神らしきものの教団が提供に協力していたようだ
…結論から言うと、この宙の恵みという施設の変異体技術の評価は、良くても中の上というのがエマの見解だ
つまり、龍神皇国のような大国が持つ強制進化の技術より、二つ三つレベルが落ちている
変異体因子の覚醒者が、完成した変異体となれる確率は約十パーセントだ
だが、この施設の記録を見ると、術後に生き残る被検体は約半分
更に、その被検体の強制進化を終えられる確率が約十パーセント
つまりこの施設での強制進化の成功率は理論値の半分ほどの五パーセント程度ということだ
しかも、強制進化の際に精神的ストレスを徹底的に与えることで、強制進化を促進させるという人体実験を行っており、精神疾患を発症するケースが多発していた
その後に、性能評価と精神的な適性をふるいにかけるために、外部から腕の立つ武芸者を雇って襲撃させていたようだ
「…ラーズは、よくこんな環境で生き抜いてきたわね」
セフィリアの表情は険しい
「許せない…」
フィーナが呟く
セフィリア、フィーナ、ミィは、宇宙ステーション内の映像を確認している
襲い掛かる襲撃者と殺し合い、生き延びる被検体が映っている
ダンジョン内や、訓練と称した拷問、Bランク戦闘員による虐待映像
こんな環境に投げ込まれれば、まともな精神状態ではいられないだろう
「…これが本当にラーズなの?」
フィーナが、ラーズの戦いの映像を見て呟く
そこには、負傷しながらも襲撃者の息を止めるラーズの映像が映っていた
「ラーズ…よかった…、戻って来れて…」
ミィが涙ぐんだ
エマが徹底的に行ったラーズの検査
「宙の恵みが行った強制進化は、やはり不完全…。手術と補整措置を受けないと…いずれ体調に影響が…」
エマが言う
「すぐに受けさせましょう。他の被検体達もこの検査を受けさせるように伝えて」
セフィリアが指示を出す
「命の心配はないの…?」
フィーナがエマに聞く
「それは大丈夫…。ラーズの体は変異体因子が暴走して再構成されているから…、逆に不具合が少ない…」
エマが安心させるように言った
エマが、検査の終わった俺にも説明してくれた
「そうだったんだ…。あの施設、偉そうなこと言っておいて、そんな不完全な処置をしてたのか」
ヘルマンの死は、もしかしたら不完全な強制進化の影響かもしれない
そう考えると、怒りが湧き上がる
「入院になるけど、ラーズの再処置はそこまで難しくないから…。安心して…」
「うん、大丈夫。エマにだったら安心して任せられるよ」
「しばらくは動けなくなる…、寝たきりになると思うから…、我慢…」
「ね、寝たきりかー。まぁ、死なないためだししょうがないよな…」
嫌だなぁ…
「私が看病してあげるね」
フィーナが言う
「…仕方ないわ。フィーナもこの二年間、本当に頑張ってくれたからね。有給を取りなさい」
セフィ姉が言う
「いいの!? セフィ姉ありがとう!」
フィーナが喜んでいる
この二年間、本当に俺を探してくれてたんだな…
やばい、泣きそうになってしまう
涙もろくなっちゃってだめだな
こうして、俺は再入院することになった