四章 ~9話 狩り1
用語説明w
絆の腕輪:対象の一部を封印することで思念通話機能を作れるアクセサリー
イズミF:ボトルアクション式のスナイパーライフル。命中率が高く多くの弾種に対応している
トラビス教官:宙そらの恵みの教官でBランク戦闘員。被験体を商品と割り切っている
病室で、セフィリア、フィーナ、ミィ、そしてスサノヲがモニターを見ている
「…1991も持たずに、たった一人で本当に大丈夫なのかよ?」
赤ずきんを被った、見た目だけは可憐なスサノヲが言う
「私も反対よ、セフィ姉。Bランク相手に、Cランクのラーズが一人でなんて無謀だわ」
ミィが心配そうな顔をする
そんな二人を見て、セフィリアが口を開いた
「…宙の恵の変異体研究施設の調査結果で、とんでもないことが分かったの」
「とんでもないこと?」
「あの施設で行われていたのは人体実験だけじゃない。被験者に殺し合いを強制させて罪の意識を消し去る。拷問によるマインドコントロール、最低限の装備で強制される無謀なダンジョンアタックでの性能評価…。日々、死に直結する生存実験が行われていた」
「…生存実験?」
フィーナが呻く
「実際に、施設から保護された被検体の半分近くが、トラウマや罪の意識で精神を病んでいる。自殺を図った件数も多いわ」
「…っ!?」
「ラーズも例外はなく、そんな生活を強制されてきた。…だから、自殺防止という意味でも、私はラーズの様子を見るために毎日通っていたの。ミィやフィーナにできる限り通うように言ったのもそれが理由よ」
「ラーズが…」
ミィが呟く
「ラーズが宙の恵みの記憶を乗り越えられるなら、と思って今回は許可したわ。それに…」
「それに?」
フィーナがセフィリアを見る
「あの施設内で最高評価を受けた変異体の中に、ラーズの名前があったの」
「ラーズが?」
「ラーズはドラゴンタイプの最高評価だった。そして、ギガント、エスパー、ドラゴンの最高評価三人で、地下のダンジョンを踏破したという記録もあったわ」
「クレハナの、あのダンジョン!?」
ミィが驚く
ミィは、宙の恵みの制圧作戦時、クレハナのウルラ領内にあった地上施設、通称「下」を制圧した
「下」とは、ポッド着陸用の地上施設と地下ダンジョンを内包する施設だった
このダンジョンは地下十階層まであり、後半の深層階はCランクやBランク相当のモンスターが徘徊している
銃火器や魔法で武装した部隊で拠点を作りながら徐々に進行していくか、Bランク以上の戦闘員で進むレベルの難易度だ
闘氣を使えないCランクの変異体強化兵が、たった三人で踏破できるような難易度のダンジョンではない
「…ラーズの実力を見たい、知っておきたいと思ったの。大丈夫、私とフィーナでラーズの状況は把握できる。いざとなればすぐに出るわ」
セフィリアとフィーナが頷いた
・・・・・・
俺は、森の中を歩いている
トラビスが逃げ込み、周囲を騎士団で囲っている
森の中には俺とトラビスの二人だけだ
久々に、俺の愛用の鎧であるヴァヴェルと絆の腕輪を装備する
ホバーブーツも用意してもらえばよかったな
倉デバイスを貸してもらえたので、いろいろとアイテムを突っ込んで来た
銃、ナイフ、銃弾、グレネード、ロケットランチャー
魔石に巻物
回復薬にカプセルワーム、携帯食料、水…
持って来た銃はイズミF
軍時代に俺が使っていたスナイパーライフルだ
トラビスはBランク、闘氣を使われればどうせ銃弾は効かない
だから、イズミFだけでいいと判断した
そして、魔法アイテムとして、携帯用小型杖とモ魔だ
携帯用小型杖は、使い切りの魔石に封印された魔法を発動できる
三つの魔石を装填可能だ
モ魔はモバイル型魔法発動装置
使い切りの呪文紙に封印された範囲魔法(小)を発動できる
手には、流星錘とナイフだけを持つ
戦場だ
あの施設やダンジョンとは違う、自由な戦場
好きな敵を、自分の意志で狩ることができる
あの施設で、力を得る
復讐のために変異体の力を得ると決めた
だが、そんな生易しい場所ではなかった
俺の精神は、恐怖で大きな傷を負った
乗り越えるためには結果が必要だ
「…」
俺は五感を集中する
意識的に感度を高める
森の中を静かに歩く
気持ちがいい、俺は自由だ
自然の中
多くの生命が息づいている
開放感を肌で感じる
…いた……
人間の気配
忘れられない、トラビスの臭いだ
お前が作り出した変異体のドラゴンタイプ
あの施設で得た、変異体の力を実戦投入
トラビス自身に味わわせる
Bランクとは違う強さを見せてやる
「…ラーズが、Bランクと接触!」
ミィが、上空からドローンで偵察している
「絆の腕輪でも伝わってきているわ」
セフィリアが言う
「わざわざ姿を現したよ!?」
フィーナが声を上げた
…俺は、わざとトラビスに姿を見せた
宣戦布告をするためだ
トラビスは倒木に腰かけていた
そして、俺の姿を見てハッと顔を上げる
「き、貴様はD03! …ラーズ!」
「トラビス教官、お久しぶりです」
「…こんなところで出くわすとはな。なぜここに?」
「脱走したあなたを確保するために決まっているじゃないですか」
「ほぅ、私を確保するだと?」
トラビス教官が立ち上がる
体には闘氣を纏い、威圧感を発した
周囲の鳥たちが飛んで逃げ出す
「…トラビス教官には、たくさん訓練をして頂きました。その感謝を伝える方法を考えたんです」
「何だと?」
「それは、訓練をして頂いた成果を見せる事ではないかと」
「貴様ごときが、Bランクの私に勝てるとでも言うつもりか?」
トラビス教官がサーベルを抜く
おいおい、どこで武器なんか手に入れたんだ
「俺はトリッガードラゴン、あなたが商品の箔をつけるために付けた名前ですよ。あなたが育て上げた実力を堪能してください」
「お前が逃げ出してから全てが狂った。今や施設は制圧されて壊滅だ! お前だけは八つ裂きにしてやる!」
トラビスが、怒りを込めてサーベルでの刺突を繰り出す
その一瞬前に、俺は流星錘を顔面に投げつけていた
ゴッ!
「ちっ…!」
流星錘は鉄の塊だ
本来なら、変異体の腕力で投げつければ頭蓋骨を砕く
だが、闘氣の防御力の前では撫でられたようなものだ
しかし、攻撃とはダメージだけを考えればいいわけではない
ブオォッ!
俺は一瞬だけトラビスの視界を塞ぎ、飛行能力の推進力で木々の陰に飛び込み姿を隠す
「ど、どこへ行ったぁぁ!」
姿が消えた俺に、トラビスが激昂して怒鳴る
俺は心の中でにやにやする
笑いが込み上げてくる
Bランク殺し…
トラビスを直接狩る機会を得られるとは
戦場はいい
施設の夢なんか、絶対に見ないと確信できるから
今を生き残ることに集中できる
そこに恐怖はない
そう習慣付けられたからだ
俺は、トラビスと距離を取った
距離にして一キロメートル程だろうか
そして、倉デバイスからイズミFを取り出す
そして、立ったまま狙いをつける
「…」
ガァンッ!
一発のライフル弾がトラビスの背中に当たる
だが、銃弾の威力は闘氣の防御力に止められた
よし、久々にスナイパーライフルを撃ったが、体が覚えている
一キロメートル以内なら普通に当てられるだろう
トラビスが激昂、木をなぎ倒しながら俺を探し回っている
頑張れ
せいぜい俺を探して、全然違う場所を探し回ればいい
息を潜めて、トラビスを観察する
同時に、周囲の葉っぱや草をすりつぶしてヴァヴェルにこすりつける
金属の匂いを隠す
トラビスが冷静さを取り戻してきたのか、少し落ち着いて周囲を探している
「…」
またイズミFを構える
ガァン!
距離、九百メートルほど
側頭部に着弾
闘氣で止められる
弾丸を止める闘氣って、やっぱり凄いよな…
「どこだぁぁっ! 出てこい!!」
また、トラビスが激昂
そうそう、ずっと怒り続けないとな
一時間ほど経つと、トラビスが警戒をしながら何かを食べ始めた
…缶詰か?
俺は、倉デバイスからロケットランチャーを取り出す
トラビスをターゲットに指定して、上空に発射
ボシューーーーー……
上空から、トラビスに向って…
ドッガァァァァン!!
「なっ…!!」
トラビスが闘氣で防御する
当然無傷だ
だが、缶詰は吹き飛んでいる
ざまぁ見やがれ
嫌がらせにはなっただろう
ロケットランチャーを撃ったことにより、俺のいる方向はバレた
俺は森を移動する
トラビスが、俺がいた方向に全速力で向かってくる
闘氣で強化された身体能力は凄い
猛スピードで走って来る
だが、俺は森に紛れて気配を消す
ヴァヴェルの認識阻害効果もある
簡単には見つけられない
「セフィ姉、ラーズはまだ見つかってないけど、やっぱりBランクにダメージは与えられていないわ」
ミィが言う
「どうするつもりなんだろう、ラーズ…」
フィーナが心配そうに言う
「…とりあえず、何かあったらすぐに出られるようにしておきましょう」
セフィリアが、紅茶を入れながら言う
フィーナとセフィリアは、ラーズの絆の腕輪から送られてくるラーズの思念で、余裕を持って逃げていることだけは分かっている
トラビス狩りは続く…
 




