三章 ~33話 「上」の正体
用語説明w
ペア:惑星ウルと惑星ギアが作る二連星
ウル:ギアと二連星をつくっている惑星
ギア:ウルと二連星をつくっている相方の惑星
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」とダンジョンアタック用の地下施設、通称「下」がある。変異体のお肉も出荷しているらしい
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍
「…始める」
アーリヤが、サイコメトリーを開始した
……
…
水晶に映った情報が流れ込んでくる
これがサイコメトリーか…
ゴゴン…ゴゴン…
真っ暗な中を、ポッドが動いている
ポッドが通れるくらいの細い通路を、レールが運んでいる
どうやら、「下」のエントランスを出発した状況のようだ
その先に見えるのは空間属性の魔法陣
指定した到着ポイントに空間を繋げるワープゲートを作る機能だ
だが、魔法陣は作動していない
俺達のポッドは、そこでしばらく静止した
「ここで、数時間止まっていたってわけか」
ハンクが呟く
「魔法陣の起動を待っていたのか? すぐには起動できないのか…」
「…続ける」
アーリヤがサイコメトリーを進める
数時間後に魔法陣が起動し、ワープゲートが作られる
レールに引っ張られてゲートを越えたその先は、同じような金属の壁に囲まれた部屋だ
そして、不思議なことに、ゲートの先の部屋は無重力となっていた
すぐにポッドはレールに引かれて移動を開始
部屋の扉が開かれる
「…っ!?」 「なっ、何だと!?」
俺とハンクが同時に驚きの声を上げた
こ、これがアーリヤが驚いた理由か!
レールはポッドを引きながら、建造物の中に吸い込まれていく
この時、通路の窓から施設の外の状況が見えたのだ
…この施設が、ウルにあるのか、ギアにあるのか
おそらく、どちらかの北極か南極、それに近い極寒の地域だと思っていた
だが、全然違った
それどころか、正確にはウルとギアの、どちらの惑星上にもこの施設はなかった
…レールから見える景色には、ウルとギアが映っている
そう、ウルが丸ごと美しく輝き、その先にはギアが見えるのだ
…ポッドに貼り付けた水晶は、美しい惑星の球体を、漆黒の宇宙空間から記録していたのだ
「ば、馬鹿な! 宇宙だと……!?」
俺は思わず声を上げる
「…宇宙ステーションのような、ギアの衛星軌道を回っている建造物だと思う」
アーリヤが言う
「…」
ハンクは声も上げられない
サイコメトリーは進み、「上」の施設の正体である宇宙ステーションにポッドが吸い込まれる
すると、通常の重力にポッドが支配された
無重力となるのは、ワープゲートを通って宇宙に出てから「上」の施設の中に入るまでの短時間のようだ
「…何で、上の中では重力が働いてるんだ?」
「…多分だけど、重力属性魔法が施設全体に働いているのだと思う」
アーリヤが目を開けてサイコメトリーを止めた
重力属性魔法
その名の通り、重力を司る属性
重力とは、質量を持つ者同士が引き付け合う力だ
しかし、惑星のような巨大な質量でないと重力は限りなく弱い
そこで、重力属性魔法を発動することにより、「上」の施設の床に向って重力が働くようにできているようだ
「…施設内での魔法を禁止しているのは、この重力属性魔法への干渉を避けているのかもしれない」
アーリヤが言う
「上」では、魔法は全面禁止、許されるのは運動場などの限られた場所だけだ
魔力を使う魔法は。常時発動している重力属性魔法に干渉して不具合を起こす可能性があるからかもしれない
「サイキックを強制的に使わせるためだと思ってたけど、そういう理由もあったのか…」
「…もちろん、選別の難易度が下がっちゃうというのもあると思う」
アーリヤが頷く
魔法は銃器と同じ兵器だ
ステージ2の近接武器を使う襲撃者に魔法を使えば、簡単に殲滅ができてしまう
「帰還の時の、あの数時間の待機時間はなんだ?」
「…空間属性のワープゲートは、出発地点と到着地点の距離をゼロにする魔法。惑星を周回する宇宙ステーションが決まった地点に来たときにしか使えないのかも」
アーリヤが考えながら言う
「なるほど」
宇宙ステーションは、重力と釣り合うように第一宇宙速度という高速で軌道を回っている
決まった地点に「上」が来た時を狙って空間を繋げているのか
アーリヤの知識は凄いな
素養があるのかもしれない
「…帰還の時は、脱出は狙えない」
アーリヤが言う
俺達の最終目標は、この施設の脱出だ
帰還時は地下から宇宙空間に直接戻されるため、脱出のチャンスはなさそうだ
「下から上への戻り方は分かったが、上から下への行き方はどうなんだ?」
ハンクが言う
「行きは衝撃と共に加速度と落下、浮遊感を感じる。だから、宇宙ステーションから地上に落とされていのは間違いないと思う」
俺は、思い出しながら言う
どうやって落下したポッドを受け止めているのかは分からない
だが、ポッドの塗装が何度も剥げている理由は、「下」に行く際の大気圏突入と到着時の衝撃と考えると説明が付く
「うーむ…」
「落下しているときに、ポッドのハッチを破壊して脱出。空気抵抗を受けて、自由落下で大気圏に突入するくらいしか脱出のチャンスはないか…?」
かなり危険な賭けだが、俺達が宇宙にいるなら、大気圏に突入する「下」へいく時しか脱出は無理だ
「…っ!? 水晶を隠せ!」
俺は小声で言って、水晶をポケットに入れる
「…えっ?」
アーリヤも、とりあえず従ってくれた
運動場に、誰かが歩いてくる気配を感じる
この足の運び、この気配は…
「ここにいたのか」
運動場のドアが開いた
「トラビス教官」
ハンクが立ち上がって頭を下げた
「ダンジョンを制覇したというのに、訓練場に集まるとは感心なことだ」
トラビス教官が頷いた
「どうされたんですか?」
ハンクが言う
前から思っていたが、ハンクとトラビス教官は仲がいい気がする
以前から目をかけていたからか?
「ダンジョンを制覇したお前達に、すぐに伝えておこうと思ってな。お前達の卒業が決まった」
「そ、卒業がですか?」
いつも冷静なハンクが驚く
俺もアーリヤも固まってしまった
こ、ここを出られるということか!
「近接武器と魔法のみで、しかも闘氣を使わずにダンジョンを制覇。それができるほどの変異体の強化兵だ、すぐにお前達の入手希望が殺到した」
「トラビス教官、俺とアーリヤは…」
ハンクが真剣な顔でトラビス教官の顔を見る
「すまない、ハンク。私も尽力したんだが、やはり一緒に買われるというのは不可能だった。だが、話は通しておいた、実績を上げればすぐに会えるようになる」
「そ、そうですか…」
ハンクとアーリヤが項垂れる
ハンクとアーリヤはアイアンカップルと呼ばれる恋人同士、離れるのは辛いだろう
「ラーズ」
トラビス教官が、俺を見る
「はい」
「お前も、買い受け先で実績を上げれば自由を手に入れることができる。タルヤの身柄を買い受けることも夢ではない」
「…はい」
タルヤは、いつまで保存しておいてくれるんだ?
そんな都合のいい言葉を誰が信じるか、このクソ野郎
「お前達がここを出発するのは二日後の早朝だ。気になるだろうから、買い受け先を伝えておこう」
「…」「…」「…」
買い受け先
今後、俺達が使われる場所だ
俺達、変異体の強化兵がどんな使われ方をされるのか
不安でしょうがない
「まずはハンク、お前はギアの南半球の国家が落札した。具体的な名前は到着時に伝える」
「ギア…」
ハンクが呟く
「アーリヤ、お前はウルの国家の貴族階級が落札した」
「…ウルの貴族?」
アーリヤが言う
ハンクとアーリヤは惑星からして違うのか…
何が、実績を上げればすぐに会えるだよ
俺達は、違法な施設で調整された強化兵だ
秘密裏に運用される立場で、国から出ることも制限される
もう一度会うなんて、ほぼ不可能だろ!
ハンクとアーリヤも、それが分かっているため暗い顔をしている
「そして、ラーズ」
トラビス教官が俺の方を向く
「はい」
「お前は、この施設の出資元が購入した。優秀な斥候を求めていたからな」
「…俺は、イグドラシルのヴァルキュリアが所有権を持っていると聞きましたが」
「うむ、持ち込んだのはそうなのだが、所有権の確認をしようにも連絡が取れないのだ。それで、出資元の組織が身柄を預かり、いずれはヴァルキュリアと所有権の交渉をしていくことになった」
そうか、イグドラシルは異世界であり、ヴァルキュリアは異世界の騎士だ
すぐに連絡を取れるはずがない
後々所有権で揉めないために、とりあえず出資元で俺を預かり、今後、ヴァルキュリアと相談していくということか
「出資元の組織って…?」
「うむ。我が組織は、神らしきものの教団の出資の元に運営されている」
「…っ!?」
「ラーズは、神らしきものの教団の信者として登録され、戦闘員として働くことになる。拠点の場所は到着後に伝える」
「…」
な、なんだと…?
ドクン…
トリガーが入る、その感覚がある
まずい、殺意が溢れ出す
感情を抑えろ、トラビス教官には勝てない
俺に必要なのは打算だ…!
「どうした?」
トラビス教官が、固まっている俺を見る
「…いえ、驚いただけです。あの有名な教団がここの出資元とは思いませんでした」
俺は何とか取り繕う
顔に出すな
今は何も考えるな…!
「ああ、教団の協力のおかげで被検体の数も確保できている。この施設になくてはならないスポンサーだ」
ヘルマンも、神らしきものの教団に籍を置いた時に変異体因子の覚醒実験を行ったと言っていた
教団は、各地で拉致や、変異体の人体実験も行っている
それで、この施設と協力関係を築いたということか
色々なパズルがぴったりとはまった
「二日後、お前達のポッドでこの施設を出発、下のエントランスからそれぞれの場所に出発することになる。最後の機会だ、今日と明日はお互いに絆を深めておけ」
そう言って、トラビス教官は出て行った
ラーズの所有権
一章~33話 完成変異体 参照