三章 ~32話 凱旋
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」とダンジョンアタック用の地下施設、通称「下」がある。変異体のお肉も出荷しているらしい
トラビス教官:施設の教官でBランク戦闘員。被験体を商品と割り切っている
「…最下層からこんなに簡単に戻って来られるなんて」
アーリヤが呟く
俺も、何度も経験した帰還のデスロードを思い出す
空間属性魔法のワープゲート
出発地点と到着地点の指定を行い、一時的に空間を繋げる技術
転送ではなく、あくまで繋げるだけの技術であるため、自分の足でゲートを通り抜ける必要がある
「ダンジョンを制覇して生還だ。やったな」
ハンクが、やれやれとアーリヤを背中からおろして座り込む
「ハンク、帰還の報告を頼む。アーリヤ、ポッドに乗って、先に空調を埋めておこう」
「…空調を?」
俺達は、ダンジョン制覇を成し遂げた
次にやるべきことは、この施設の脱出のための情報収集だ
ポッドの中で確実に意識を失う、この問題の解決方法を試す
意識を失う理由として、空調から出ている無臭の成分が意識を失わせているのではないかと推測
布を空調のレジスターに詰めて、意識が保てるかを試す
「疲れているとは思うが、帰りは意識を失わないように頑張ってくれ」
俺は足を負傷したアーリヤをシートに寝かせて、空調のレジスター全てに持って来た布を詰める
「…分かった。上に戻ったら水晶の回収ね」
「サイコメトリー、期待しているよ」
俺は、次に自分のポッドの空調のレジスターを全て布で詰める
「報告は終わったぞ」
ハンクが戻って来た
「俺とアーリヤの空調のレジスターは潰した。ハンクもこれを使ってくれ」
俺は布を差し出す
「分かった」
俺は、三つのポッドに取り付けた水晶を調べる
特に問題はない
よく見ると、所々ポッドの塗装が剥げている
「上」のエントランスで何度も塗装を塗り直しているのに剥げているということは、やはりどこかでぶつかったり衝撃を受ける箇所があるということだろう
ハンクの準備が終わると、俺達はポッドに乗り込む
「それじゃあ、上でな。寝るなよ」
「後で情報共有だ」
「…楽しみ」
俺達は、ポッドのハッチを閉めた
………
……
…
振動
ポッドが移動していく感覚
窓の無いポッドでは外の状況は分からない
「…」
意識が飛ばない
やはり空調が睡眠作用を起こしていたようだ
わざわざ被験体を寝かせる理由は何なのだろうか
いったい何のために?
……
…
…既に一時間ほど経っている
帰還には、こんなに時間がかかるものなのか
「上」と「下」の距離はそんなに離れている?
「…」
いや、違うな
ポッドが動いていない、静止している
何のために? 何かを待っているのか?
…
ゴゴン…
振動が起こり、やっとポッドが動き出した
「そういうことか…」
既に、六時間は経っているのではないだろうか
この、帰還にかかる長い時間には心当たりがある
ダンジョンで負った、数々の負傷
それが、「上」に戻ると治りかけていたことがある
ポッドに回復作用でもあったのだと思っていたのだが、違った
単純に、長時間寝させられていたから傷が治癒しかけていたんだ
そして、ナノマシンシステムに喰わせていた鉱石が減っていたこともあったが、これも説明がつく
ゴゴン…
ようやく移動し始めたポッド
そして、しばらくすると違和感が襲った
フワッ…
「…っ!?」
なっ、なんだ!?
また落下か?
突然の無重力、体が浮き上がった!
無重力のまま、振動と共にポッドが運ばれて行く
そして、通常の重力に戻る
プシューー… ガチャ
ポッドに揺られてしばらくすると、ハッチのロックが解除された
どうやら、無事に到着したようだ
俺は慌てて、空調のレジスターから布を引き抜く
そして、ゆっくりとポッドから出た
パチパチパチ…
外には、トラビス教官や施設の職員が集まっていた
拍手喝采の中、ハンクが帰還を報告していた
俺はポッドから降りる
横を見ると、アーリヤがナースさんに補助されて降りて来ていた
ハンクとアーリヤに目が行っている間に、俺はポッドの陰に入る
そして、一番近い水晶を探す
よし、あった
俺のポッドの底面に貼り付けていた水晶を発見
とりあえずこれを剥がして回収しておく
そして、素知らぬ顔でアーリヤと一緒にハンクの所に合流
アーリヤも、回復魔法で治療されて歩けるようになっていた
「おお、アイアンメイデンのアーリヤ、トリッガードラゴンのラーズ! お前達もよくやった!」
トラビス教官が、上機嫌で俺達を呼ぶ
「これで、この施設の重要度も理解されるだろう。ますます規模を大きくすることができる。なんといっても、ダンジョンを制覇できるほどの強化兵士を作り出せたのだからな!」
トラビス教官の顔が上気している
よほど嬉しいことなのだろう
まさに、歓喜という言葉を体現している
…ここの規模を大きくするだと?
この施設で何人の被検体が死んでいってたか分かっているのか?
人体実験で殺され、選別で殺され、ダンジョンでの性能評価で殺される
ヘルマン、ガマル、フアン、リリア、そしてタルヤ…
クソが、こんな施設を絶対に認めない
せいぜい浮かれていろ、いつか絶対にぶっ潰してやるからな
「ふむ、どうやらさすがに疲れているな。ポッドで眠れなかったのか?」
トラビス教官がハンクに言う
「…いえ。ただ、さすがに疲れは取れておりません。ラスボスであるアマロは強敵でしたし、八階層と九階層のモンスターもかなり危険でしたから」
ハンクが一瞬動揺するも、冷静に答える
さすがだな…
「よし、今日はゆっくり休め。解散としよう」
こうして、俺達は解散した
俺達は、医療室で治療を受けた後、エントランスに戻る
ポッドの水晶を回収するためだ
エントランスの人はいなくなっており、水晶はすぐに回収できた
そして、その後運動場へ移動する
「下から上に移動する際、六時間以上の時間がかかっていた。どうだった?」
俺は二人を見る
「間違いない。そして、空調のレジスターを詰めたら、眠らずにすんだな」
ハンクが頷く
「…あんなに長い時間がかかるなんて思わなかった。下ってそんなに深い場所にあるの?」
アーリヤが首を傾げる
「下」へ行く時間は、意識を失ってしまったため分からないが、六時間も時間がかかるのはさすがにおかしい気がする
「だけど、ポッドが移動していない時間も長かったよね? 待機していたような…」
「…それと、動き出してから魔力を感じた。もしかしたら時空間魔法かも」
アーリヤが言う
「空間属性のゲートか? それを使って戻ってるってことか」
ハンクが腕を組んだ
「少しの間、無重力にもならなかったか?」
「俺も感じたな」 「…私も」
二人も頷く
やっぱり、少しの間重力が消えたんだ
「…とりあえず、今日はもう寝よう。そして、起きたらさっそくサイコメトリーだ」
「…そうね」 「分かった」
疲労が限界だ
個室に戻り、ベッドに横になる
忘れずに、鉱石をナノマシンシステムに食わせて…
そう言えば、石化の解除の理由は何だったんだろうか?
俺は考えながら、意識が沈んでいくのを感じた
・・・・・・
目が覚める
食堂に行くと、ハンクとアーリヤも来ていた
「来たか」
「…おはよう」
二人に挨拶を返し、食事を取る
ダンジョンアタックの後は、栄養を欲するのか死ぬほど腹が減る
それは、ギガントとエスパーの二人も同じようだった
大量に口に運び、お代わりをしていく
「おい、あの三人がダンジョン制覇したんだろ?」
「どうやったんだよ? ギガントとエスパーが凄いのは知っているけどよ」
「ドラゴンも、たった一人で前衛をやって四階から戻って来たって」
「一人でって、化け物だろ…」
相変わらず噂されている
俺達は気にせずに食事を続けた
運動場
俺は、二人の前に水晶を並べる
「…それじゃあ、さっそくやりましょう」
アーリヤが水晶を持って床に座る
サイコメトリーで水晶の映像を読み取れれば、ポッドの外の様子が分かる
「下」から「上」への移動に長時間かかる理由
アーリヤが感じた時空間属性の魔力
あの一瞬の無重力
リリアの遺体の損傷と冷気
これで全て分かるのだろうか?
一体、この施設はどこにあるんだ
ウルなのかギアなのか、極寒の地なのか
俺とハンクはアーリヤのサイコメトリーを見守る
「…えっ!?」
アーリヤが、サイコメトリーで読み取った瞬間に驚愕する
「こ、これって…!」
アーリヤが目を見開いた
ハンクが、言葉を失ったアーリヤを見る
「大丈夫か、アーリヤ。何が見えるんだ?」
「…言葉で説明するより、直接見て」
そう言って、アーリヤは精力を俺とハンクの頭に繋げた
テレパスで、サイコメトリーで読み取った情報を直接送りつけるようだ
「…っ!?」 「なっ…!」
俺達は、予想もしなかった「上」の周囲の風景に言葉を失った
次回、施設の正体の答え合わせ




