三章 ~30話 ダンジョンアタック五回目3
用語説明w
サードハンド:手を離した武器を、一つだけ落とさずに自分の体の側に保持して瞬時に持ち替えることができる補助型のテレキネシス
ナノマシン集積統合システム:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム。ラーズの身体導入されているが、現在は停止措置を施されている
地下九階層の通路を進む
地下八階層のモンスターは、すでに俺達の手に負えない
はっきり言って、階層ボスであるエイクシュニルよりも強い
ダンジョンは、階層を降りるほどこの世界とずれて行き、魔界や天界と呼ばれる世界に近づいていく
その分、ダンジョン内に入り込むモンスターが強力なものになっていくのだ
「…」
三つほど部屋を通り過ぎるが
幸いなことに、モンスターとの遭遇はなかった
だが…
「…モンスター、二匹いる」
アーリヤが静かに言う
緊張感が走る
この階層のモンスターとは、戦わない
戦うということは、総力戦となって撤退を意味する
それが嫌と言うほど理解できている
「コカトリスだ…」
洞窟の中には、巨大な鶏がいる
ただ巨大なだけではなく、翼がドラゴン、尻尾が蛇で、石化ブレスを吐く厄介なモンスターだ
当然、ダンジョンの中では石化の治療方法が無く、受けたら撤退が確定する
「部屋の端っこにいる。一気に走り抜けよう」
「分かった」
頷いて、ハンクがアーリヤを担ぐ
静かに俺が部屋に入り、ハンクが全力で駆け抜ける
部屋の中ほどにハンクが到達し、俺も出口まで走り出す
コカトリスは、立ち上がりはしたが襲ってきてはいない
このまま部屋を抜ければ成功だ
…だが、その時
出口から、何かが近づく音、そして臭いを感じた
「…っ!? 待て、ハンク止まれ!」
出口方向を見ると、何と別のコカトリスが部屋に入って来た
「なっ…!?」
ハンクが慌てて止まる
俺は地面を蹴って、飛行能力で一気に加速
「クエェェェェェッ!!」
入って来たコカトリスが吠える
ハンクがガードを固めて、アーリヤが呪文を発動
「ダメだ、ハンク! 避けろ!!」
俺は叫びながら、ハンクを全力で突き飛ばす
ボシューーーーッ!
「ぐうぅぅぅぅっ!!」
コカトリスの口から吐き出された灰色の煙をラウンドシールドで受けながらバックステップ
シャキキーーーン!
「ケェェッ!?」
アーリヤの冷属性魔法がコカトリスを直撃する
「戦うな! 走れ!!」
俺は、ハンクを促して出口に走る
ハンクがアーリヤを担いだまま、通路に飛び込んだ
「…ごめん、ラーズ! 部屋の中のコカトリスに気を取られて、通路の探知が出来ていなかった」
アーリヤが泣きそうな声で言う
テレパスでの感知は精力での感知
精力は、精神的な情報の力だ
一つのことに意識が向けば、他が疎かになる危険性がある
逆に、一つのことに集中することで威力を発揮する二面性を持っているのだ
「ラーズ、すまない。コカトリスの石化ブレスはガードしたら石になってしまうんだな…」
ハンクが頭を下げる
俺は、左手のラウンドシールドでガードしながら石化ブレスを受けた
バックステップで避けはしたが、ラウンドシールドが完全に石化してしまっている
「ラーズ、その左腕…」
アーリヤが言う
そして俺の左腕は、肘から先が石化してしまっていた
「…とりあえず、先に進もう」
「だが、その左腕では戦えないだろう」
ハンクが言う
「俺は斥候だ、両足が生きていれば仕事はできる。それに、肘関節が固まっていないから、思ったよりは動かせるよ」
「…」 「…」
ハンクとアーリヤが心配そうに俺を見る
「ここから戻るのも正直危険だ。できれば、十階層の情報端末まで行って休みたい」
「分かった」
ハンクが頷いた
俺は片腕が使えなくなったが、それ以外でパーティに被害はない
そこまで、全体の総合的な火力は落ちていない
次の部屋
モンスターはなし
そして、更に次の部屋
「…モンスターがいるわ。二匹」
アーリヤが言う
中には、頭が猿、体が虎、尾が蛇のモンスターがいた
「…あれはぬえだ」
俺は、中を覗いて言う
雷属性を纏った強力なモンスターだ
疲弊と負傷防止のために闘いは回避すべきだ
ハンクがアーリヤを担ぎ、全員で突入する
「グギャアァァァァァ!!!」
ぬえが怒り狂って襲い掛かって来る
シャキキーーーン!
バチバチバチーーーー!
アーリヤの冷属性投射魔法がぬえに直撃し、雷を纏っていたぬえの爪が放電する
シャキーーーン!
シャキキーーーン!
アーリヤの投射魔法の連撃で足止めして、俺達は部屋を抜けることに成功した
幸い、ぬえも追っては来なかった
「はぁ…はぁ…」
「ふぅ…」
緊張と覚悟の連続
精神力と集中力が削られる
だが、ここで休むのは危険だ
通路で九階層のモンスターと出会ったら全滅させられる
俺達は先に進む
通路を抜け、部屋を抜けて行く
死の恐怖が常にまとわりついてくる
精神力がどんどん削られていくのが分かる
だが…
「…階段!」
「やった!」
やっと見つけた階段に俺達は駆け込む
他の階層と同じように情報端末があり、そのスペースで俺達は横になった
生きてここまでたどり着けた………!
地下十階層
ハンクが情報端末で報告を終えた
「何だって?」
俺がハンクに聞く
「トラビス教官が興奮していた。絶対にダンジョンボスを倒すようにと言っていた」
「だったら、ボスの情報くらいくれればいいのにな…」
「まぁ、仕方ない。ここまで来たんだ、絶対に生きて帰ろう」
ハンクはそう言って、ごろんと横になった
「…ラーズ、しっかり休んで」
アーリヤが心配そうに言う
「そうだね」
俺も、横になった
確かに休憩は大事だ
後は、ボスとの総力戦
これで勝てれば、俺達はダンジョン制覇だ
…問題は、石化した俺の左手だ
火力は二人に任せればいいから、そこまで悲観はしていない
だが、攻撃を躱すのに不利になるのは確かだ
前腕、手首、拳が石になっている
そして、ラウンドシールドもだ
多分、衝撃を受けたら腕ごと砕け散るんだろうな…
ギュイィィィン
ギュィィィ
ギュイギュイイィィィ…
…そして、俺の体の中がさっきから忙しい
理由は分からないが、俺のナノマシンシステムがめちゃめちゃ動き回っている感覚があるのだ
休憩して、初めてナノマシンシステムの動きに気が付き、とりあえず鉱石を喰わせている
二時間ほど、ゆっくりと休む
俺達は予想以上に深く眠ってしまい、改めて疲弊を自覚した
八階層、九階層の強力なモンスターから逃げ回り、何とかたどり着いた
ダメージは少なくとも、精神的な疲労は大きかった
だが、俺達は変異体の強化兵だ
これだけ休めば完全回復できる
「よし、覚悟はいいな」
ハンクが立ち上がる
「…ラーズ、腕はどう?」
アーリヤが俺を見る
「…ん?」
俺は、自分の腕を見て目を疑った
「どうした?」
ハンクが聞く
「いや、腕が…」
「…戻ってる?」
アーリヤが俺の腕を見た
アーリヤの言う通り、俺の腕の石化が引いている
ゆっくり動かすと、多少の硬直はあるがちゃんと動かせるようになっていた
「…どうして石化が解除されているの?」
「分からないけど、石化ブレスからすぐに飛び退いたから接触時間が短かったのかも」
「どちらにせよ、よかった。これで、フル戦力で戦える」
ハンクが笑顔言う
「よし、行こうか」
「ああ」 「…ええ」
俺達は、三人で拳をぶつける
生きて帰る、三人で
階段を降りると、十階層は広い部屋が一つだけある作りになっていた
五階層と同じように、水晶がキラキラと光る洞窟だ
そして、この部屋の真ん中には首が二つあるドラゴンが一匹鎮座している
…あれがラスボスか
アマロ
二つの首を持ち、地下に住まう異形型のドラゴン
蛇のような体に鳥のような脚と翼を持つ
「グオォォォ…」
二つの首が、俺達を敵と認識したようだ
アマロがゆっくりと首を上げる
ダンジョン最後の戦闘が始まった




