三章 ~29話 ダンジョンアタック五回目2
用語説明w
流星錘:三メートルほどの紐の先に、細長い重りである錘が付いた武器。錘にはフックが付いており、引っかけることもできる
階層ボスの部屋
エイクシュニルと二度も死闘を繰り広げた
攻撃方法をある程度把握したとはいえ、強敵なのは間違いない
「…」
「…」
「…え?」
部屋の中を見回した俺達は固まった
「…いない?」
アーリヤの言う通り、階層ボスの部屋にはモンスターがいなかった
「まだ、モンスターが補充されていないんだ」
ダンジョン内はダンジョンコアと言うモンスターの体内であり、その部屋は別次元の世界と重なっている
そして、ダンジョンコアはその世界のモンスターを体内に招き入れることで、その魔素を吸収、同時にダンジョン内の免疫システムとして利用している
免疫システムの排除対象は、当然侵入者である俺達だ
通常の部屋であれば、その次元の世界に繋げているだけで勝手にモンスターが入って来る
だが、階層ボスともなれば弱いモンスターを招き入れるわけには行かない
そこで、ボスにふさわしいモンスターが来るのを待つわけだ
だが、そのモンスターがすぐに見つかるとは限らない
…ということだろう
「運が良かったということで、さっさと先に進もう」
「そうだな」 「…うん」
俺達は、階層ボスの部屋を素通りして進む
ラッキー
地下六階層
このダンジョンの後半、二回目の深層エリアだ
「モンスターによっては、ここから極力逃走する。その時は、ハンクがアーリヤを担いで出口に向かってくれ」
「分かった、任せろ」
ハンクが頷く
ギガントは身体能力特化だ
持久力はドラゴンの方が上だが、直線の短距離走ならギガントの方が早い場合もある
出口まで走るなら、防御力もありタフなハンクは適任だ
「…この先にモンスター。アンデッド」
アーリヤの索敵がモンスターを感知した
「深層階のアンデッドか…、気を付けよう」
俺は、部屋の入口から中を覗く
「…ダメだ、逃げられない。戦闘だ」
「どうしてだ?」
ハンクが聞く
「デュラハンがいて、馬にも乗ってる。あの機動力で追いかけられたら危険だ」
「…了解」
敵は、デュラハン、リビングアーマー、呪いの騎士剣だ
アンデッドはアンデッド同士でつるみたいものなのだろうか?
「俺がデュラハンを請け負う。その間に他を頼む」
中に入ると、俺は大きく外回りに走ってハンクたちと距離と取る
敵を分散させていれば、ハンクとアーリヤの火力ならすぐに各個撃破できる
数を減らすことが最優先
一番危険なのは、二人の陣形の後ろを取られることだ
「ボォォッ…」
首の部分に炎を灯した首なし騎士のデュラハンが、馬を駆って俺に突っ込んでくる
武器は槍だ
槍を躱し際に、馬の前足に流星錘を絡める
旨くフックに紐が引っかかり、豪快に転倒
俺も引きずられるが、転ばないように耐える
飛び降りたデュラハンと対峙する
脱力
観察
挙動を読み、自分の挙動を消す
デュラハンの突きに合わせて踏み込む
俺の顔の横を槍が通り過ぎた
目の前にデュラハンの鎧
ショートソードを手放し、サードハンドで保持
両足でデュラハンの両足を挟み込んで、その勢いで倒す
蟹ばさみだ
倒れた瞬間にヒールホールド
ただの鎧であるデュラハンの足が簡単に外れる
よし、片足を奪えば自由に動けなくなる
後は任せよう
「…ラーズ!」
アーリヤの声で意図が分かり、俺はデュラハンから飛び退く
シャキーーーン!
冷属性範囲魔法(小)が直撃し、デュラハンの鎧が崩れた
他のモンスターも、ハンクが粉砕済み
殲滅早いな!
地下七階層
このフロアのマッピングは終わっていないが、たまたま最短ルートを見つけている
二部屋を通れば階段だ
「…モンスターがいる。三匹」
だが、そう上手くはいかないらしい
さっそく戦闘だ
モンスターは、ドラゴンの一種であるナーガ
東洋型の典型的なドラゴンであり、高位の個体は神格化されるほどの力を持っている
能力ランクは属性竜で、鋭い牙と毒ブレスが武器だ
「部屋に飛び込んで奇襲しよう。可能なら、ブレスを使われる前に終わらせたい」
俺の言葉にハンクとアーリヤが頷く
作戦は決まった
ゴガッ!
「シャァァァッ!!」
ハンクが一匹目をぶん殴って押し込む
俺が横に回って流星錘で牽制、固まった三匹のナーガにアーリヤが冷属性範囲魔法(中)を発動する
シャキキーーーン!!
「シャァァッ…!」
範囲魔法に巻き込まれた三匹に俺とハンクが追撃
錘を叩きつけ、ショートソードを頭にぶっ刺す
ハンクが次々と拳を叩きつけて行き、三匹を無傷で倒すことに成功した
「はぁ…はぁ…」
「やったな」
俺達は次の部屋に向かう
「…モンスター。運が悪い」
アーリヤが言う
二部屋通るだけで階段なのに、二部屋ともモンスターがいるとは
だが、他の道を探すのもリスクが高い
深層のモンスターは強すぎる
部屋の中には、人間の女性の顔、ライオンの体、鷲の翼をもつモンスターが寝ている
「…スフィンクスだ」
俺が二人に言う
「どうする、戦うか?」
ハンクが装具を腕に出現させた
「いや、部屋に飛び込んで逃げよう。ここを抜ければ階段だ、追って来る可能性は低い」
「分かった」
ハンクがアーリヤを担いだ
「スフィンクスは魔法を使う。俺が陽動で部屋に留まって、ハンクが部屋を出たら脱出する。階段で落ち合おう」
「…気を付けて」
アーリヤの言葉に俺は頷く
「…ゴー!」
合図をして、一斉に部屋に飛び込む
スフィンクスが目を開けて立ち上がる
「グオォォォォォッ!!」
部屋に響き渡る雄叫び
俺は、あえてスフィンクスの視界の目の前で立ち止まる
ボォゥッ! ボボォッ!
火の玉が二つ飛んで来る
スフィンクスが火属性投射魔法を撃ち出したのだ
この時、すでにハンクは部屋の出口に到着していた
早いな
俺は、火の玉を避けながら出口に向かう
チラッと後ろを警戒すると、スフィンクスは様子を見ている
出て行くならオッケーってことか?
ありがたく、平穏に俺達は部屋を出ていった
地下八階層
ここまで潜って来たが、戦闘自体は少ない
階層ボスのエイクシュニルは不在
スフィンクスは素通り
負傷もないし、今のところ順調だ
だがこの八階層には、ドラゴンタイプであるリリアを一撃で殺したギガースがいる
ここからのモンスターの強さは別格だ
「…大きなモンスター。これは、あれ」
アーリヤが緊張する
「臭いも間違いない、ギガースだ」
俺も、その存在に気が付いた
「どうする?」
ハンクが俺とアーリヤを見る
「逃げよう。あの巨体だと通路を追いかけるのは難しいはずだ」
「…賛成。まだ八階層だし、怪我を負いたくない」
アーリヤが頷いた
「だが、あのスキルは脅威だぞ」
ハンクが渋い顔をする
ギガースの使った、地面を波のように使う特技
あれは効果範囲が広かった
「それは斥候の仕事さ。囮をするから任せてくれ」
部屋に入ると、アーリヤを担いだハンクが走り出す
そして、俺がギガースに近づいた
「グオォォォッ!」
それを見て激昂するギガース
拳の振り回し
五メートルを超える巨体だと、拳が遠距離並みの射程に感じる
そして、ギガースの足元に発動する特技
地面を波のように隆起させて敵を襲う土属性特技だ
来た、これを待っていた
俺は背中の触手に溜めておいた精力を開放、飛行能力で空中に飛び上がる
土の波を避けると、一気に出口へ
「グガオォォォッ!」
ギガースの怒声が聞こえるが、無視して俺達は先に進んだ
通路をマッピングしながら進む
今のところダメージはなし、いいぞ
「…モンスター。一匹、大きい」
アーリヤが、また緊張した顔をこっちに向ける
この階層のモンスターはダメだ
戦うと間違いなく力を使い切る
部屋の中を窺うと…
一つ目の牛の頭を持つ、ギガースよりも一回り小さい巨人がいた
股間から蛇を生やしている
「フンババってやつか…? 初めて見たな」
フンババ
単眼の牛の頭を持つ巨人で、性器が蛇となっている
炎を吐き、水属性魔法、魔属性特技を操る強力なCランクモンスターだ
「戦うか?」
ハンクが言う
「いや、見てくれ。この部屋は出口が近い。走ればすぐに部屋から出られるぞ」
部屋の構造的に、俺達のいる入口と出口が近い
逃げられるなら全力で逃げるべきだ
「…ゴー、振り向くな!」
俺達三人は、一気に部屋を駆け抜けて先へ進んだ
地下九階層
運よく、すぐに階段の出口を発見した
情報端末で報告して、少し休むことにした
「トラビス教官が歓喜していた。今までの最高記録が九階層までだったらしい」
報告をしてくれたハンクが言う
「十階層まで行った被検体はいないってことか?」
「そのようだな。もっとも、教官達は最下層まで何度も行っているのだろうが」
ハンクが肩をすくめた
…八階層と九階層の間に置かれている情報端末を見れば分かる
何度となく降りてきては、設置の工事とメンテナンスをしている
つまり、俺達にとっては必死で戦いを避ける八階層のモンスターも、Bランクの教官にとっては取るに足りない相手ということだ
それどころか、九階層や十階層のモンスターも同じなのかもしれない
Bランクの強さは、やはり別格だ
 




