一章~6話 やられるぞ?
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ドラゴンタイプ:身体能力とサイキック、五感が強化されたバランスタイプの変異体。背中から一対の触手が生えた身体拡張が特徴
ギガントタイプ:身体能力に特化した変異体。平均身長は2,5メートルほどで、怪力や再生能力、皮膚の硬化などが発現
エスパータイプ:脳力に特化した変異体。サイキック能力とテレパスを含めた感覚器が発達し、脳を巨大化させるため、額から上の頭骨が伸びる
サイボーグ女との戦いが終わると、俺は医療室に連れて行かれた
左肩に負った大火傷の治療を受ける
そして、何かの検査も同時に行われている
「…いったい、何の検査をしているんですか?」
治療と並行して検査する必要ってなくね?
「ステージ1の目的は、完成変異体に向けての調整だ。お前の体の変異具合を調べて、今後の強制進化促進のプランを立てるんだ」
研究者が作業を続けながら答える
変異体とは、体を強制進化させる人体の強化術の一つ
この施設では、完成変異体を作り出すために日夜人体実験や研究が行われている
万能細胞で作った皮膚移植と回復魔法を受ける
最後に、左肩に太い注射をされて治療が終わった
俺はすぐに食堂に向かった
最近は体調が良くなってきており、普通に腹が減るようになった
食欲があることはいいことだとは思う
…問題は、たった今俺が人を殺してきたということだ
自分で選択したとはいえ、あの魔導サイボーグのことを考えるとやるせない気持ちになる
それなのに腹が減る、この事実に少し自己嫌悪になった
死にたくない、殺されたくない
…かといって殺しに慣れたくもない
この施設は窓が無く、外が全く見えない
個室、選別場、食堂、検査室、そして運動場
全てが室内のため、空が一切見えない
青い空が見たい
ここにいると気が滅入る
死んでしまった仲間
空の青色が好きだった、MEB乗りの女の子
…空の色が、辛いときに力をくれたと言っていた
今なら、その気持ちが分かるよ
・・・・・・
食堂に入ると、今日はいつもよりも人がいた
時間帯によって人の数が違うのかもしれない
今更だが、この施設は男しかいない
被検体も研究者も男だけ、この区画が男専用なのだろうか?
更に、痛みに顔を歪めている被験体、顔が土気色の被験体、ちょっと前の俺みたいに体調が悪そうな被験体も多い
人体実験の賜物だろう
…この施設、いい加減にしとけよ?
自分のコード番号を伝えて、決められたメニューを受け取る
このメニューは、個人の変異の進行状況によって内容が違うようだ
同時に、薬の量なども個人に合わせて出されている
個人に合った変異状況の管理
俺専用と考えれば、ある意味贅沢だ
そして、嬉しいことに、今日はプリンがついてきた
いつもは味気ないレーションやオートミールばかりなので甘味は貴重だ
最期の楽しみに甘味をとっておき、美味しくもない食事を食べながら周囲を見回す
今日は、二十人ほどがそれぞれ食事をとっている
少しグループができているようで、五、六人のグループがいくつかあり、その他はバラバラで座っていた
ガヤガヤと話し声がして、新たに三人が食堂に入って来た
ギガント二人とエスパーのグループだ
ちょうど食事の時間帯なのかもしれない
俺は気にせず食事を続ける
…ん?
こっちへ来るぞ?
「おい」
三人組のグループが、一直線に俺の方へ来た
「え?」
「お前、見ない顔だな。新入りか?」
「…あ、はい」
突然、ギガントの大男に声をかけられた
ドガァッ!
「ぐぁっ…!」
ギガントが突然、俺をテーブルごと蹴り飛ばす
「なっ、何を…!?」
「てめぇ、ここは俺の席だ! 勝手に座ってんじゃねぇ!」
ギガントが、俺の座っていたテーブルを指す
「え…?」
俺の席って何?
指定席とかあるの?
絶対にないよね?
「新入り、お前は竜人か? …薄汚ぇ亜人が勝手に使っていい席じゃねーんだよ!」
「…っ!?」
遠くから話声が聞こえる
「また始まったよ」 「新入り見かけると毎回やるよな」
クスクスと嘲笑されている
こいつは、毎回新入りにこんな理不尽なことを言ってるのか?
「聞いてんのか!?」
ドンッ!
「…っ!?」
俺はギガントに押され、派手な音を響かせながら、またテーブルごと倒される
「う…」
あぁ…、怖い
また、俺の心の奥底で何かが起き上がってきた
巻き散らす恐怖が体の中を走って、目の前のギガントが怖くて仕方がない
体が震え、目を合わせられない
「…いいか、亜人はノーマンと同じ空間で飯を食うな。眼も合わせるな、常に俯いていろ!」
「…」
ペアには八種類の人種がいるが、人数はギア全土にいたノーマンが圧倒的に多かい
そのため、一部のノーマンには、ノーマン以外の人種を紛い人間、亜人として蔑む風潮がある
このノーマン至上主義は、狂った宗教のような根強さ持っており、このギガントもそういう類いの人間らしい
「あいつ、ビビりすぎじゃないか?」 「シンヤは怖いからな」
また、声が聞こえる
「…」
悔しいが、震えが止められない
このギガントは、俺の態度を見て満足そうにニヤつく
「亜人は常に下を向いて歩く、それが義務だ。勉強させてやったんだ、これはもらっておくぜ」
そう言うと、ギガントタイプは俺が大事にとっておいたプリンを持つと、すぐに食堂を出て行ってしまった
「…?」
呆気に取られてその後姿を見つめていると、すぐに食堂にパワードアーマーの守衛達がドタドタと入って来た
今度は何だ!?
「D03!」
ガードマンがコード番号を怒鳴りながら走ってくる
…って、俺のコードか!
「はい?」
とりあえず返事をすると、守衛が俺のところに来る
そして、スタンスティックを振り上げた
バキッ!
バチバチ…!
「…がっ!?」
とっさにガードした腕が痛い
電流で火傷もしているだろう
突然殴りかかられた事実に頭が真っ白になる
何が起こったのか分からないまま、守衛に抑えつけられた
「新入りがいきなり喧嘩とはな! この施設の厳しさを教える必要があるようだな!」
「…な、俺は何も……」
「黙れ! 食堂や運動場は俺達守衛が常に監視している! 揉め事は許さん、分かったな!」
そう言うと、もう一度守衛が俺をぶん殴った
「うぅっ…」
いったい何なんだ!?
…いや、ここはこういう所なんだ
俺は秩序を乱した被検体と見なされたのか
くそっ、さっきのギガントタイプの野郎、すぐに守衛が来ることが分かってたんだな…!
クスクスクス…
…周囲から聞こえる笑い声
そして、こいつらもそれを知っていたんだ
守衛が出ていくと、さっきのギガントタイプと一緒にいた男がこっちに来た
こいつはエスパータイプだ
「おう、災難だったな。ま、これから仲よくしようぜ」
「…」
何言ってるんだ?
たった今、俺はスタンスティックでぶん殴られたんだぞ
仲良くできるわけねーだろうが!
「聞いてんのか?」
答えない俺を見て、エスパータイプがにやけた表情をひっこめる
完全な悪意だ
こいつは、俺を下に見てコントロールしようとしている
…腹が立つ
だが、まただ
恐怖が俺の体を拘束する
こんな腰巾着みたいなやつの敵意が怖い
俺の中の何かが叫ぶ
すると俺の体と心が抵抗を拒否してしまう
俺はどうしてしまったんだ?
俺は、軍で戦っていたんだぞ?
国のために、モンスターの駆除、敵兵との戦い、時には裏の仕事までこなしてきた
格闘術にだって打ち込んで来た
そして、それなりの実力と自信を手に入れた、それなのに…
「おい、聞いてんのか!?」
「あ…、はい…」
エスパータイプは、俺が答えたことに一応満足したのか食堂を出て行った
「…」
みじめだ
俺は、立ち上がって倒れた椅子を直す
もう、部屋に戻ろう
一人になりたい
「…お前、あんな弱気な態度だとやられるぞ?」
そんな俺に、おっさんが声をかけてきた
「え…?」
「ここでの生活はストレスが溜まるからな。弱い者を見つければ当然おもちゃにもする」
「…」
今後も、あいつらが絡んでくるってことか
「ここは全員が殺し合いをさせられ、生き残るために神経をすり減らしている。ストレスのはけ口になんかなったらすぐに潰されるぞ」
「やっぱり全員が殺し合いを…」
おっさんが頷いて、俺に顔をじっとみる
「ああ、それはみんな同じだ。………だが、お前はここに来る前から人を殺してきてるだろ?」
「…え?」
「お前からはなんとなく殺しの臭いがする。軍人か? それとも、裏の仕事か?」
「…」
いきなりなんだ?
初対面で過去を当てられ、少しドキッとしてしまった
「…言いたくなければいい。俺も同じような仕事をしていたから気になってな」
なるほど、同類か
「…軍隊に所属していました」
「軍隊の方か。それにしちゃ、アンバランスだな」
「アンバランス?」
「さっき、ビビッて体が硬直してただろ?」
「ああ…」
そうだ
俺はビビった
敵意を向けられたり攻撃されたりすると、俺の中で何かが暴れる
すると、とてつもない恐怖が襲ってくる
それが、明らかに過剰で不自然なんだ
「…それなのにお前、守衛に殴られたときに一瞬殺気が出てたぜ?」
「…」
殺気…
俺が?
経験で分かる
殺気を感じるなんて、かなりの経験と実力が無いとできない
「ま、お前も何か事情があるんだろう。俺は敵じゃない、被験体同士仲よくしよう」
「…はい。私はラーズ、D03です」
「俺はヘルマン、D27だ。よろしくな」
こうして、俺はヘルマンと知り合った
ヘルマンは、魚人のドラゴンタイプだった
心がぶっ壊れているのに、体だけは完成して人を超越していくジレンマw