三章 ~26話 共犯
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」とダンジョンアタック用の地下施設、通称「下」がある。変異体のお肉も出荷しているらしい
ハンク:鉄拳と呼ばれるギガントタイプの変異体、男性。手甲型の装具を使い、前衛としての高い適正を持つ。アーリヤの恋人
アーリヤ:アイアンメイデンと呼ばれるエスパータイプの変異体、女性。冷属性魔法と耐魔力障壁魔法などの補助魔法を使う。ハンクの恋人
目が覚め、食堂で食事を取る
「旨い…」
体が栄養を欲している
いくらでも飯が食える気がする
大量に食事を取れ、消化できることも強さの一つだ
しっかり食べて体力の回復、次のダンジョンアタックに備える
「…あいつだろ? アイアンカップルと組んでるのって」
「いいよな、強い奴と組めるって。すぐに卒業出来るんじゃねーか?」
「いや、アイアンカップルの方が選んだらしいぞ。あいつもトリッガードラゴンって呼ばれていて、ステージ2でも有名だったらしい」
何か聞こえる
でも、もうどうでもいい
深層のモンスターのことを考えると、ここでの噂なんて些細なことだ
全てが下らなく感じる
この施設の存在自体が下らない
命を賭けて生還したタルヤを助けない施設
へルマンを見殺しにして使い潰した組織
…教官も含めて全てが小さい、俺達が頑張る意味はない
助けてくれるなら、全力で頑張ってもいい
だが、頑張ったところで意味がないことが嫌というほど分かった
兵隊を使い捨てれば意欲が下がり、裏切られるのは当然だ
俺は粛々と情報を集める
食後に、アーリヤとハンクと待ち合わせている運動場へ向かう
「おう、来たか」
「…お早う」
ハンクとアーリヤはもう来ていた
「待たせた? 早かったね」
「そうでもない。作戦会議を始めよう」
ハンクが床に座り、俺とアーリヤもそれに習った
「………作戦なんだけど、それぞれが役割を果たせばいいと思う」
アーリヤが、たっぷりと間を置いて言う
「確かにな」
頷くハンク
「いや、これだけだと作戦会議の意味無いよね?」
「…最短距離で、出来る限り戦闘を避けて地下十階層を目指す。…特に、八階から先は逃げることを優先するしかない」
アーリヤが言う
確かに、出現モンスターがわからない以上逃げるのはありだ
対策の立てようがないし、モンスターが強すぎる
ギガースの強さを考えると、戦うのもきつい
「そうだな」
ハンクが頷く
「…逃げるときは斥候の俺が囮をやる。ハンクがアーリヤを担いで出口に向かってくれ」
「了解」 「分かった」
二人が頷いた
あれ?
作戦会議が終わっちゃった
「…それで、アーリヤ。ラーズに何の話があったんだ?」
ハンクがアーリヤを見る
「…」
アーリヤが俺の顔を見つめてきた
「何か、話があったから集まったんだろ?」
ハンクがアーリヤを促した
何なんですか?
見すぎですよ?
アーリヤが、静かに口を開く
「…ラーズ、何をしようとしているの?」
「え?」
「…水晶を持って帰ったり、リリアのハッチを歪ませたり、何かを調べてる」
「…っ!?」
な、何だと!?
アーリヤ、俺を観察してやがったのか!
まさか、脱出のための準備とは言えない
まずいな、どうやって誤魔化すか…!
「…」
「…」
暫く、無言で見つめ合う俺とアーリヤ
何か言わなくちゃ!
何も思い浮かばねぇぇ!
「…私も、一緒に出たい。ハンクと一緒に」
アーリヤが声を潜めて言う
「え!?」
「…ラーズもでしょ?」
「…」
チラッとハンクを見ると、頭に?マークが浮かんでいる
いや、お前は全然ついてきてないのかよ!?
どうするか…
誰も巻き込みたくない
裏切られるリスクもある
そもそも、まだ情報収集の段階だ
「…私はタルヤに教わってサイコメトリーを使えるようになった。必要でしょう?」
「…!?」
「…水晶、ポッドに付けてたから」
「…」
くそっ…、完全に俺の意図はばれているようだ
俺が水晶を拾って来たのは、ポッドの外側に付けるため
「上」から「下」、又はその逆に移動する時、水晶が外の景色を見るカメラの役目をすると思ったからだ
そして、後から水晶が記録した映像をサイコメトリーで読み取れれば、この施設の外の状況が分かる…と、思ったのだ
「…私達もやる。ダンジョン制覇だけじゃなく、脱出の目的も協力したい」
「俺の目的は、あくまで情報収集だ。その先はまだ考えていない」
「…それでもいい。協力すれば、それだけ正確な情報が得られる」
アーリヤは、真剣な顔で俺を見た
…サイコメトリーの能力は必要だ
水晶の回収が終われば、理由をつけてサイコメトリーのやり方を教わろうと思っていた
アーリヤがやってくれるなら話は早いし、共犯にもなるから裏切れない…、か?
「お前達は何か情報を持ってるのか?」
「…何も持っていない」
アーリヤが首を振る
「…ラーズがやっているのを見て、私も一緒にやりたいと思っただけ」
「そうか…」
「お前が、そんな大それたことを考えていたとはな」
ハンクが感心したように言う
「具体的な方法を考えていたわけじゃない。できることを探していただけだ」
…二人に俺の意図がばれた以上、もう引き込むしかないか
「分かった、出来ることをこの三人でやろう」
「…うん」 「分かった」
二人が頷く
「これが教官に知られれば、俺達は当然処分を受ける。…下手すると肉にされるかもしれない。その覚悟はあるんだな?」
俺の問いかけに、二人は頷いた
…前向きに考えよう
とりあえず、これで三人に人手が増えた
どうするか
一度、頭を整理しよう
次のダンジョンアタックまでに、出来ることをまとめて全部試したい
「…それじゃあ聞いてくれ。問題点と、試したいことを説明する」
俺は、二人の顔を見る
「下」に行く貴重な機会を無駄にしないために動くべきだ
そして、裏切らないように二人を巻き込んで共犯にしていく
「まず、試したことからだ」
一つ目、ポッドの中で眠り込んでしまう問題について
寝ないようにしていても、気絶に近い状態で意識を失う
考えられる点は、空調から睡眠作用の薬品を流されているか睡眠属性の魔法だ
「…睡眠属性の魔法はない。魔力は感じないから」
アーリヤが言う
「それなら、睡眠作用の薬品か? 臭いはしないから、無臭の成分の可能性が高い」
布を持ち込んで、空気が吹き出る空調のレジスターを塞いで眠らないか確かめる
眠らないで済めば、移動時間を把握することができる
「分かった」
「…うん」
二人が頷いた
二つ目は、水晶の取り付けだ
革ひもで結びつけても、途中で外れてしまっていた
接着剤やテープのようなものが必要になる
「…教官に言って、手に入れる」
アーリヤが言う
「ポッドの整備員がいるから、取り付けは下のエントランスでやろう。戻って来たら、上のエントランスで回収する」
「…分かった」
アーリヤとハンクが頷いた
三つ目は、この施設の環境だ
「…環境?」
アーリヤが聞き返す
「そうだ。今回、リリアのポッドのハッチを歪ませて隙間を作って試させてもらった」
「ああ、引っかかってたハッチだな」
ハンクが言う
「あれは、俺が鉱石をわざと挟んでハンクに閉じてもらったんだ」
「そんなことしていたのか」
ハンクが俺の顔をまじまじと見る
「それで、ここに戻って来てリリアの遺体を見た。…かなりひどい状態だった。冷やされていて、更に血や体液が噴き出ているような…」
「…冷やされていた?」
アーリヤ尋ねる
「遺体がかなり冷たかった。だから、ここの施設は凄く寒い地方にあるんだと思う。防寒具の入手が必要になるかもしれない」
「防寒具か」
凍るような環境に放り出されたら、さすがの変異体でも防寒具無しでは厳しい
「こんな所かな」
俺は、二人に言う
「…うん、次のダンジョンアタックで制覇。それと同時に、全部試す。…戻って来てからサイコメトリーで水晶を見るのが楽しみ」
アーリヤが頷く
「よし、それじゃあ教官から接着剤やテープを貰いに行こう」
ハンクが立ち上がった
「なんて言うつもりなんだ?」
普通にくれって言ったら怪しまれるよ?
「武器の修理用と言えばいい。実際、ラーズのショートソードはダンジョン内で砕けたわけだし」
「ああ、それはいいかもね。ついでに、新しい武器を用意してもらおうかな」
「…武器?」
アーリヤが言う
「うん。俺も対ラスボス用に火力が出せる武器が欲しいと思ってさ」
深層階うぃ含むダンジョン制覇、未知のラスボス攻略
難易度はかなり高いはずだ
斥候の俺にも火力が求められるだろう
俺達は、連れ立ってエントランスに向かった




