ここはどこ?
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ガサッ、ガサッ、ボキッ、ガサッ、ボキッ
何かが葉っぱに当たったり、枝を踏む音が頭の上でする。
「・・・・・っぜ」
「・・・・・だろ」
「あぁ!んだと。誰に言ってかわかってんだろうなぁ!」
バキッ 、ボコッ、バキッ!
うるさい……。マジうるさい。
何人かの男?の声がする。
それに、なにこの音。なんか、もめてるっていうか、もしかして殴りあってる?
「うるせぇぞ、おまえら!」
「「「すんませーん」」」
迷惑な騒音は、なかなか終わるものではないようで、とても寝ていられない。
騒音に意識が覚醒したわたしは耳を塞いで騒音をやり過ごそうとした。けれど、ますますの声に、いやいや起き上がろうとした。
それなのに、身体が自分の思った通りに動かなかった。
目に入ったのは、目をギラギラさせた、ボサボサの髪に泥を体のあちこちにつけたままの男たちだった。
何日も風呂に入っていないのだろう。とても臭かった。その男が、私をまたいだ状態でわたしを見下ろしていた。
――なに、なにが起きてるの?
私は状況が理解できず、声を出すこともできず、パニックになっていた。
「お!ようやくお姫さんが起きなさったよ」
わたしをまたいでいた男はそう言って、ニヤリと笑う。
男のその一言で、回りにいた5・6人の男たちも、みんな私をいっせいに見た。
怖かった。身体が動かない。
「なかなかの美人さんじゃないかぁ!」
「ついてるなぁ、俺たち!」
「日頃の行いがいいからじゃないかぁ(笑)」
「行いって。盗賊が行いがいいとか、うけるな(笑)」
「ちげぇね!」
ガハハ、と男たちは気持ち悪い笑いを浮かべる。
わたしの記憶の最後にあるのは、庭で家族が、わたしを心配する声と優しい想いの分かる視線。今と真逆だった。
ここはどこだろう。
木々が多く見渡す限り木ばかりだ。ここは森だろうか?
記憶にあるのは、陽が落ち、次第辺りが暗くなり闇があらわれてきたくらいだったと思う。
回りに見えるどれもこれもわたしの記憶には全くないものだった。
綾乃にまたいでいた男が、カーディガンを脱がせようとしてきた。
今の綾乃のスタイルは、夏休みが終わったばかりでまだまだ暑い日の夜だったので、キャミソールの上に簡単に薄手のカーディガンを羽織り、ショートパンツだった。
ショートパンツは這い逃げようとしてずり上がっていた。男は露になった、太股にニヤニヤしながら汚い手で触ろうとしていた。
――なにこいつ、気持ち悪い!
綾乃は血の気が途端に下がり、全身に鳥肌が立つ。
「うぎゃぁぁあ! 離してよ気持ち悪い!」
しかしそんな綾乃のことなど気にもしない男は、またいでいた体の体勢を変え、綾乃に覆い被さろうとしてきた。回りにいた男たちもいつの間にか、綾乃の近くに来ており、みなニヤニヤと綾乃を見下ろしていた。
「離しなさいったら、離せ!」
こうなったら男を蹴飛ばそうと、綾乃が足に力を込めた時。
「そこで何をしている!」
若い男の声がし、その鋭い声が森に響いた。
――だれ!?
綾乃が声の方を見れば、男たちの背後に自分とそう年がかわらないだろう青年が立っていた。
男たちの方に意識が行っていて、青年の存在に全く気付かなかった。
「なんだ、きさまは!」
盗賊の男の一人がそう言いながら、青年に刃を向ける。
「おい!そんな子どもは相手にするな」
「だってよ!死にたくなかったら、さっさとお母ちゃんのところにでも帰んな!」
「こっちは今からお楽しみなんだよ。さっさと・・・・・。あぁ、なん、だ・・・・」
青年に刃を向けていた男は、胸から血を出していた。男も何が起きたのかわからなかったようで、呆然とし途切れ途切れの言葉とともにドサッと倒れ起き上がってくることはなかった。
――な!?何がおきたの?
私は目の前で起きたことなのに、何が起こったのか分からなかった。
「うぎゃぁぁあ! 助けてくれ!」
「うあぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁあ!」
私は何が起きたか分からず、呆然としていると、盗賊の男たちからは次々と悲鳴と恐怖を訴える喚きが森に響いていた。
気づいたときには、男たちの声はせず、再びよるのもりの静寂が漂っていた。
ガサッ、と何が近づいてきて、ビクッとなった。
「大丈夫か?」
優しく労るような声音に、自然と声がした方を向く。先程盗賊に向けていた、侮蔑や怒りのこもった表情とは違う気遣うような顔に自然と涙が出てきた。
差し出された手に掴まり立とうとするも、綾乃は安心したためか、気が抜けたのか、足がもつれるように地面にへたり込む。
――助かった、助かったんだ私!
あんな男たちの慰めにならずに幸いだったが、できれば今すぐに体を洗い始めたい。
男に触られた感触を洗い流したい。
―やばい、今ごろ怖くなってきた……。
綾乃は今更ながら恐怖を覚え、身体が震え出す。
田舎育ちで都会っ子よりも多少体が動くとはいえ、現代っ子の綾乃はもちろん今まで刃物を向けられる生活をしたことはない。
そんな自分に、刀を平然と振り下ろそうとした男たちを思い出すと、冷や汗が出るのがわかる。
ついさっきまで、家族と話していて、体の芯までぬくぬくだったはずなのに、今は寒くて仕方がない。
そんな綾乃の様子を見ていた青年が、綾乃の前に屈むとそっと腕を伸ばし、髪がぐしゃぐしゃなままの頭に手を置いた。
「平気か?」
そして静かな口調で問いかけてくる。
「……殺されるかと思った」
そう呟いて一人震える綾乃をどう思ったのか、青年がぐしゃぐしゃの髪をそっと梳いてきた。
「怖い思いをしたな」
髪を整えながら言う青年に、綾乃は肩の力が抜けるのを感じた。
――あったかい手。
同じ手でも、あの男たちのものとは全く違う。
この手が自分に危害を加えたことがない。そのことに安心すると、綾乃は寒かった体に少しずつ熱が戻ってきたように感じた。
青年はしばらくそうしたままでいてくれたが、やがて綾乃が落ち着いたのを見てとったのか、「立てるか?」尋ねてきた。
「また盗賊などと遭遇したら大変だ、動けるなら早くここから移動しよう」
そう青年は言い、わたしを促した。
――大丈夫、彼なら大丈夫。
見知らぬ場所。盗賊たちから教われ、絶望だった。そんな地獄のような後だが、初めてあったのに暖かい手を持つ青年のことは何故か信じることができた。
――あの手は、どこかで触れたことがあっただろうか?
青年とはもちろん初めて会った。けれど、どこか懐かしいような、ようやく探していたものが見つかったような不思議な感覚があったが、疲れていた私はこれ以上何も考えれず、思考停止し、意識を失ってしまった。