婚約破棄された姉がイケメン知人に求婚されたので逃亡させました
お読みくださいまして有難う御座います。
設定を大して組んで無いので、部屋を明るくして心を広くお持ち頂いてお読みくださいませ。
「公爵令嬢マーベラ!お前との婚約は無かったものとする!!私は唯一の光を見つけたのだ!」
紳士淑女が楽しげに交わす会話や、楽団の演奏を壊したのは、響き渡る彼女の婚約者の声。
そして、呆然とする暇も無く与えられる痛みと、目の前の冷たき床の感触。
大男によって、地に這いつくばらされる屈辱だった。
「お離しください。私が一体何をしたというのですか?」
「お前が此処にいるバズッタを陥れた事は分かっている!」
「いやちょい待ちオージピョン。
その女子知らねーぜ?つかイタそーじゃん?ナニナニ?エマージェンシー的な???えっ、ドン引きなんだけど」
酷い方言のせいか、かの方の横の人物が何を喋っているかは彼女には理解出来なかった。
倒される前に視界の端に映ったのは、やけにキラキラと乱反射する服と、甲高い?声のとても小柄な人物だった。
「ああバズッタ。君は本当に輝いている。私を見下ろすこの女とは大違いだ!」
「マジックアイテム的なミラーだからなー。晴れの日はガチ避けられんだよねー。ビカーって光っちゃうんだわ!ちょいぴえんでも仕方ねーわガハハ」
「君は本当に裏がなくて正直だ。素晴らしい。それに引き換えマーベラ……お前と言う奴は!!」
「うう……」
「いや、オージピョン。マジでその子どしたし?んな事になってんし?ドッキリじゃねーの?顔面ヤバくね?」
確かに、殿下と令嬢は愛し合う仲とは言い難かった。だが、それでも。
緩やかに穏やかな関係を築いてこれたと思っていたのに。
「待て!其処までだ!!」
噛み合っているのか噛み合っていないか分からない会話が繰り広げられる中、ゆっくりと堂々とした声が響き渡る。
そして、空気が一変した。
「彼女は罪など犯していない!」
辺りはザワつき、大男の力が弛む。
まさか、助けが?回りを見回すと、思いも寄らぬ人物がゆっくりと歩いてきて……令嬢と目が合うと、微笑まれた。
ゾクリとするようなその目に、令嬢は……。
「それで一瞬拘束が解けてね。私は命からがら必死で逃げ帰ったの。だって、おかしいでしょう?」
「お姉様……」
お姉様の感性が今日はおかしい。
どうして逃げてこられたんだ?
お話を聞いていると、辛いお立場からの逆転劇ではないか?
ギャフンにギタンギタンにザマーミロバーカ!な場面を放って逃げ出してこられたのは、何故だ?
お姉様は、この国きっての美貌と知性を誇る公爵令嬢だ。
その婚約者という立場で有りながら、身の程知らずなボンクラ屑王子は、とんでもないエロガキで、傍若無人で、毒沼に擦り傷たっぷりのまま廃棄したい奴No.1だ。
つい前は見かけたらつい蹴りと泥をお見舞いしたことも有ったかもしれない。
あ、因みに私は弟のシーランだ。お姉様に比べれば特に特徴の無いちょっとだけ有能な公爵子息に過ぎない。
本日は素敵で女神な我がマーベラお姉様が通われる学舎にて、卒業を祝う夜会の模擬演習だった筈。
そんな輩は庶民の浮気相手を伴って、人前で婚約破棄を行った。
解消ではなく!破棄を!
お姉様に消えない大恥をかかせた、あの野郎は万死に値する。今も怒りで目が眩みそうだ。
串刺しか、抜刀の許可を王宮に取りに行かせたい!!今すぐに!
「シーラン、顔色が悪いわよ」
「あっ、御免なさい。麗しの素敵なマーベラお姉様。つい怒りで脳貧血を起こしてしまったよ」
嫌だな、血管が切れてるかもしれない。状況整理の前に怒りが爆発しそうだ。堪えなきゃなるまい。
えーと?お痛わしいことに殿下の腰巾着に押さえ付けられ、絶体絶命のお姉様。
その前に颯爽と現れたのは何とおうて……高貴な方。
皆様がそのお姿に呆気に取られる仲、何とお姉様の無実を証明なさったんだそうだ。
お姉様の偉大さがやっと世界に煌めいたのだな。遅すぎるまでに遅いけど。
でも、婚約破棄の場で救って貰ったハイスペック高貴な王弟殿下(正体言っちゃった)から逃げ帰ってきたと……。
お姉様がご無事で何よりだけれど、どうしてまた。
普通、助けてくださった方と、無礼失礼最低の権化である王子をギッタンギッタンでグッチャングッチャンにするべきではないのか?
まあ、あの王弟殿下を好きになれるかそこは……ボヤッとさせてから利用いえ、ご協力願って。
だーって恋は意図的に落ちるものでは無いしな!ご厚意は無下にしてはならないし!
でもお姉様のお心は世界一美しく、その振る舞いはすべてにおいて高貴の体現者だからなあ。
利用して散々絞り取ってやればいいのに、お姉様は光の化身が過ぎるからな!
「大体、私を昔からお好きだったと仰るのがおかしいの」
「お姉様は完璧素敵な貴婦人ですからね。
そりゃあお姉様を陰で想われているヤロウいや殿方なんて、掃いて棄てても次々湧いてくる程に、世界にわんさかおられます」
きっと、この世の全ての素敵を集めたお姉様の前には、矮小な身の上が恥ずかしくて出てこないだけ。もっと自信を持ってお姉様を崇め奉る為に世に出てくるべきだな。
「そうかしら?
私が殿下の腰巾着に引き倒される時には、誰も助けに入らなかったのよ」
何ですと!?
「ご学友もですか!?」
「ええ。貴族は勿論日和見か薄笑いを浮かべていたし、親しくしていたと思っていた平民の学友も知らんぷりだったわ」
何だとおい!!
お姉様が心血を注いで改善に尽力した孤児院からの入学者も居たってのに!?
許すまじあの恩知らず共!全て火炙りだ!!火薬を持て!
「シーラン、大丈夫?」
いけないいけない。敬愛するお姉様に怖い顔は見せられない。清らかなお姉様が心を痛めてしまわれる!冷静に!
「後で学園から出席者リストを頂いて厳正なる報復をしなければなりませんね」
「ええ。そうなるって分からなかったのかしら。私、こんなことも推察出来ない方々を学友にしていたなんて……。殿下と護衛騎士よりもガッカリしたわ。
自分の見る目がなくて落胆したの。
唯一マトモに心配してくれたのは、あの訛りの強い初対面のお嬢さんくらいよ」
私もガッカリだ。お姉様をそんな現場で孤軍奮闘させていたことに気づかない自分に……。
頭おかしい日和見な外野を頼らずに、お姉様がお断りされようと、無関係だろうと、しゃしゃり出るべきだった!!至らぬ身ながらも武装も辞さなかったのに!!
「それにね。どうも王弟殿下ったら……。ちょくちょく用もないのに殿下がいらっしゃって、私にされる不遇をずっと観察させてらしたの。毎日報告書を出させてたらしいわ」
「その者達にその場で助けさせずにですか!?」
嫌がらせ現場を観察して!?
頭おかしいんじゃないのかあのヤロウ!?
「ええ、証拠を固めるとか何とか言い訳を仰ったのだけれど、意味が分からなくて。
普通、困っている方が居たら、その場では無理でもせめて2度目3度目で助けるべきではなくて?
助けられなくとも色々やりようは有るわね?私はそうしてきたわ」
流石善なる化身お姉様。お優しい言葉が満載すぎる!
ああ、その心の広大さに感動の渦に巻き込まれちゃうではないか!
「そんな清らかなお姉様は神様の御使いですか?」
「いいえ、単なるお前のお姉様よ。
あの方は、私の窮状をご存知かつ、遠ざける事も可能なお立場で詳細を記録されるだけで何の助けも無かったの」
「それは酷い。父上のようでは有りませんか」
そうなの、と仰るお姉様は今日も麗しい。微笑み大都市の市税級。
因みにウチの父上は、権力大好き日和見風見鶏公爵として、四大公爵家の中で最弱と名を馳せているのよね。恥ずかしいことこの上ないダメ親父。思い出す度、あの素っ首掻き切ってやりたい気持ちが高まる。
何故あのダメ製造元から、私と麗しいお姉様が生まれたのか。
生命の神秘は凄まじい。鳶にタカどころか、枯れ木に万能薬が咲いた位の奇跡だな。
「あの方は単に殿下をやり込めたかっただけだと思うわ。
そのダシに私を使われた。華やかな舞台で可哀想な私を救う事で殿下を貶めたかったんだわ」
「成程。
個人的恨みによる茶番に、お姉様を巻き込む外道だったんですね」
流石の名推理!お姉様は青空よりも冴え渡ってるなあ!こんな美人探偵が居たら、犯人がこぞって自首の上セルフ処刑しまくりだな!
「政治的思惑なら未だしも、私が好きだと仰る口での為さりよう。人の心が無いわよね」
お姉様は素晴らしい人格者だから、あんな人非人の王弟殿下の企みまで考えて差し上げるなんて……悩まれるお姿も麗しいなあ。
政治的な思惑での契約を持ち掛けられるなら、お姉様も従われたかもね。ガチで口説いてしまわれたなら愚かだ。
でもお姉様は果てしなく素晴らしい女性だものな。全人類お姉様の素晴らしさに惚れるが良い。手を出したら極刑だ。
「それで、どうなさいます?」
「そうね、隣の国のお祖父様の所へ行こうと思ってるの。シーランはどうするの?」
「そうですね」
個人的にはお姉様と逃避行して、父上が私達に見棄てられてガックーン!ワシが悪かったーー!!死んで詫びるー!と泣きわめく様が見たい。
「取り敢えず、私は後処理をしなければ。
隣の国の侯爵閣下からお手紙が届いていましたし、お姉様は其方をお祖父様の元で真剣にお考えになっては?」
「ま、まあ……。あの方から?恥ずかしいわね」
満更でも無さそうなお姉様ったら素敵可愛いな。
名ばかり婚約者もお役御免の身の上。
素敵な恋に溺れて頂きたいね!引く手数多過ぎるかな。
「それではお姉様、また直ぐにお目にかかります」
「ええ、ではね」
お姉様が隠し扉から出ていかれるのを見送って、窓から外を見ると、道の向こうに馬車が見える。
隠す気無いのか?王家はどれ程のもんじゃいって思われてるの分かってないか?
さあて。
浮気野郎という意味不明な代物は同性でも分からないから、私がお相手して差し上げる。
庭に蛇でも放とうか。
あ、見かけたことの無い馬車、停車。
よし奇襲だ!!
「キエエイ消えろおおおお!!」
唸れ、私のこの前スピーディーだと誉められた剣法を!!
あっ、避けやがった!!ちまっこい癖に生意気な!!
「待って待って待って!!つか、何で真剣で襲い掛かって来んの!?ハッ、まさか此処、修羅とかの家!?」
「は?何だお前、知らない奴か?紛らわしい」
王子か王弟殿下が不法侵入してきたら不慮の事故に遭って頂くつもりだったのに。我が公爵家の私有地だからな。何か有ったら父上に任せよう。
駅馬車を停留所以外で降りるなんてマナー違反だな!これだから質の悪い通行人は嫌なんだ!
「ちょっちいいいい!!軽くねーーー!?詫びマジ軽くねーーー!?」
「何だお前。方言は聞き慣れないけど軽いな」
何処の地方の者なんだ。頑張って三ヶ国語話せる私が知らん言語体系があるとは、我が国も広いな。
「方言じゃねーーーしーー!つか、此処マーベラ様んちで合ってる!?」
「……私の慈愛溢れる傷付きやすいお姉様に何の用だ?
まさか城の使者か?なら生かして帰さない」
実は見えないように隠しているが、裏には公爵家の使用人がぎっしりだ。追い払い用に箒とか猟銃とか手投げ弾を持たせている。
「いや、怖!!こっわ!!
あたしマーベラ様が苛められてたから様子見に来ただけだし!!」
何だと?と言うことは、庶民?貴族に逆らえなくて揶揄ってた輩か?
身分差が有るかもしれんが、それでも王族に逆らって大恩有るお姉様の肉壁になるべきだった。だが謝りに来た心根はまだマシだと言うことか。
「日和見の一味か?仕方ない、詫びに来たその根性を買って、慈悲深く奥歯と前歯を各々20本で許してやろう」
「そんだけ抜いたら総入れ歯じゃんよ!!この人怖すぎじゃね!?
て言うか話聞いて!?あたしも王子に迫られてキモくて吐きそーで逃げてきた被害者です!!」
「ほー、あの王子、野郎もイケたのか?」
お姉様を天秤に掛けた罪状が五代位で償わねばならん程、天元突破しているから、王子の性的嗜好はどうでもいい。無機物と絡んでいたと新聞社に売ろうかと思っていた所だ。しかし裏が取れたからこの男にするか。真実は日の目を見なければな。
「あたし、女ですけどーーー!?」
「そうなのか。
凹凸が少ないのは仕方ないが、格好が小汚なすぎやしないか?」
良く見れば裾も泥だらけではないか。待ち構えていたのが庭で良かった。どの道事が終われば私も此処を出るから、別にこの屋敷に未練はないが汚さずに越したことはない。
「酷すぎーー!!着の身着のまま逃げてきたっておワカル!?お坊っちゃん!?」
「馴れ馴れしいな貴様!!」
ああ小煩い。こんな貧相な女では大したゴシップにならないではないか。この手のゴシップは意表を突くのでないとな。
意表を……。ふむ、使えるやもしれんな。
「……ふむ、お前。王子に口説かれて肝を抜かれそうになって?逃げてきたと言ったな」
「ちげーの!キモくて!気持ち悪くて!」
「ならそう言え。そうか、ならば新聞に流すシナリオはこうだ。第二王子殿下に無理矢理手篭めにされそうになったお前は、密かに愛する私の元へ逃げ出した!」
「はーーーー!?」
素晴らしいシナリオだな。流石にお姉様の弟である私だ。
「……いや、ウチらガチ初対面……。後、嘘はいけねーよ?」
「嫌ならば、潔く帰って己の正義を口にするがいい。存分に内臓を外気に晒してこい」
赤から赤黒く、青に白か。面白いぐらいに変わる顔色だな。
「そそそそそそれって、ヤリステ的な?それともバラされちゃう的なあっ!?
いやそれもやだけど!!でも嘘はいけねーわ!!」
しつこい女だな。嘘も方便と言うではないか。
「2代前の王子は平民を見初め婚約者解消して、結婚2ヶ月で飽きたそうだ。後は売り払われたと聞く」
「どどどど、何処にいいい!?」
「さて、何処だっかな。裏通りの北から三番目を曲がった所だったかな」
ほう。その顔色は、知っているな。
有名な歓楽街の中でも、少々品と柄の良くない者達の溜まり場を。
まあ私はお姉様が面倒を見てやっていた庶民に聞いたのだが……あの者は何を弁解しに来るか楽しみだ。
「手下になるか、庶民」
「は、はい」
「声が小さい!!」
「へい親分!!」
また分からん方言が出たな。何だ親分って。
「頭が高いぞ。親分とは何だ」
「あわわ!!それよかあの馬車!!んな事よりあの馬車、アレ王家の馬車ーーー!!」
何、思ったより遅かったな。危機管理がなってなさすぎるのではないか。
どうでもいいがこの手下、目が良いな。単眼鏡のお陰で分かったが、距離が遠すぎて殆ど点ではないか。
まあいい。お陰で色々情報収集出来た。この小汚ないのを何とかせねばな。凹凸が無くとも女をこのままにしておくわけにもいかん。
「おい庶民、高速で使用人の服に着替えてこい。迎え撃つぞ」
「こ、この親分王家とバトる、いえ戦う気ですか、親分パねえ」
「単なる比喩だ馬鹿者。私はお姉様の為に違約金と慰謝料を勝ち取らねばならんのだ、早くしろ」
全く!グダグダグズグズと!!ノロマめ!!
「……うう、何であたし、謝りに来たのに手下とか……」
「早くしろ!!」
トボトボと小さな背中が使用人に連れられて去っていく。
さあ、この私に勝ってみろ。愚かなる王族よ!!
私はお姉様を傷付けた者を許さんからな!!
「それにしても何故第二王子殿下は態々姉姫様の卒業練習式に、あんな庶民の子供を連れて来られたのでしょうね」
全くだ!!トチ狂ったとしか思えない!!どうせなら貴族の子供を連れてくれば連帯責任で慰謝料を増額でブン捕れたのに!!あのエロガキと同年代の令嬢は馬鹿者ばかりだから丁度良かったと言うのに!!
「10歳上のお姉様を我が儘で婚約者にしておいて!!同い年が良いなら最初からそうしろ!!
王弟殿下もカッコ付けて助けに来る前に止めろ!そして庶民とは言え子供を巻き込むな!!賠償を求めます!!」
取り敢えず誰であれ、最初の言葉は此れだ!!
婚約破棄された現場に、いいタイミングで踏み込んでくる高貴なイケメン知人は様式美ですよね。
が、不遇に負けず自力で逃げ出す令嬢は格好いいので好きです。