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第6話 クリーンルーム

** 勇者と同年代の小柄な少女からの視点 **


 尾行・監視には様々なハードルを組み合わせることで対策を行う。金銭的なハードル。人員的なハードル。光学的なハードル。そして、速度的なハードルもある。


 反社会的な商売に勤しむ経営者が日常的に行うのは、スポーツドライビングを楽しむための高価な魔導自動車に乗って、自動速度取り締まり写真機が設置されていない区間で、雨の日など警察の速度取り締まりをしていないタイミングを見計らって、高速走行を行う。

 興信所や報道機関が使っている車が追い付けない速度を出せれば、そこで継続的な尾行を撒くことができるからである。


 ビル高層階や上空からの監視に備え光学術式を展開しながら、魔力による筋力強化で、常軌を逸した速度で路地裏を走り抜ける。


 まずは、単純な右折二回で、目に見える範囲で尾行者がいないことを確認してから、路地に捨てられている自転車をパクッる。


 非合法活動するうえで、自動車(自動4輪車)やバイク(自動2輪車)にはない、自転車特有のメリットは、容易に盗むことができ、容易に乗り捨てすることができ、そして自動車のようにナンバープレートがついていないことから、ナンバープレート監視システムから追跡されることがない点である。


 街のいたるところにある防犯カメラは、複数の予定ルート上にあるカメラの位置を暗記しており、通過の度に、光学術式でその瞬間だけ映らないようにする。


 路地から車道に入り、下町の中小企業密集地域まで移動する。


 寂れた小さな町工場前に自転車を止めて、小刻みに予め定めていたリズムで鉄製扉を叩く。建物の中から、予め定めていたリズムで返答がある。周囲の安全を確認してから、再度、決められたリズムで叩くと、扉が少し空き、建物に入ると、武装した同志たちがすぐに扉を閉める。


 建物の中は、長らく締め切った部屋のよどんだ空気の匂い、そこに血液の鉄臭さと肉と魚を腐らせたような饐えた匂いが入り混じったような、普通の人間なら、嗅いだ瞬間に本能からの嫌悪感を抱くような空気が充満していた。


 いわゆる人間の死臭である。


 ここはフソウ人民革命党中央軍事委員会直轄のクリーンルーム。


 このアジトは、党のゴミ処理場の一つであり、対外的に死体が出るとまずい人物や党内部の粛清などで、日常的にゴミを処理している。


 どんなに尾行・監視への対策を繰り返しても、稀に超人的な能力を有した尾行者の追跡を許すことがある。だが、ここまで尾行・監視を継続できるのは、1人か2人に留まる。

 

 その尾行者を逆に狩り出すのが、今回設定したクリーンルームである。

 

 今日、このクリーンルームとその周囲には、中央軍事委員会直轄であるテク(軍事技術団)からの精鋭部隊を配置している。

 優秀な尾行者であっても、この建物周囲から生きて帰ることはできないだろう。

 そして、仮に尾行者を始末することになったとしても、そもそもの用途がゴミ処理場なので、死体処理にも困らない。



 奥の個室にある大柄な人間が数人が浸かるようなサイズのバス桶をのぞき込む。何らかの肉が薬品に溶かされている様子が確認できる。


 「痕跡なく完全に溶かしておくように」

 部下に指示を出しながら、肉が溶けていくのを眺める。


 あそこで溶かされているのは、同世代の女党員で、政治局員候補として、合法闘争への転換を訴え、党中央軍事委員長たる私への査問を主張し、中央軍事委員会を査察していた理想主義者のアホだ。


 美少女人民革命党員で、武装闘争から合法闘争への転換を主張していたことから、若い党員の間だけでなく、リベラルなマスコミからも人気があった。

 だが、今では肉スープなのが笑える。


 この先、党宣伝部によって、彼女は、行方不明であり、警視庁特行警察に捕まり、リンチされ、殺害され、死体も誰にも見つからないように処理されたという説が流されることとなる。


 クリーンルームで少し、時間を潰していると、暗号無線を受信した部下が駆け寄り、耳打ちしてくる。


 そうか、公衆便所で別れたダミー役の同志は、警官隊との撃ち合いとなり射殺されたか。

 だとしたら、ここが気づかれるのも時間の問題だな。

 クリーンルーム周辺の同志から尾行者の報告はないが、念のため別の秘密アジトへの移動を急ぐとするか。


 部下たちにも、ここのアジトをすぐに引き払うように指示を出していると、周囲のテクから、近くの交番勤務の制服警官1名が自転車に乗ってパトロールで、このアジトに近づいてきているとの報告を受ける。


 アジト摘発で警察官1名というのはあり得ないので、まったく気にも留めない。


 建物から出て、これまで乗ってきた自転車に乗り込み、これから走りだそうとした直後に、報告を受けていた自転車に乗った制服警察官の姿が視界に入る。随分と若い。年下の少年のようだ。


 自転車に乗って、アジトの敷地から出た瞬間に、くだらないミスに気が付く。


 マジで笑える。


 「あ、お姉さん。すいません。いま乗っている自転車についてですが、防犯登録の確認をっ」


 Pasyu! Pasyu! Pasyu!


 少年の腹部に、青い警察官の制服に赤い点が3つ。そして、赤いシミが広がっていく。


 アジトに戻り、照れ笑いを隠しながら、部下にごみ処理追加を頼む。



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