第4話 ディナー・アウト作戦
** 勇者と同年代の小柄な少女からの視点 **
顔に貼り付けていた特殊メイクを剥がしながら、足早に公衆トイレに入る。個室の中で、体つきと身長を偽装するための魔導甲冑を脱ぎ、部品をバラす。トイレ個室のなかには、別の協力者にあらかじめ置かせていた大きめのキャリーバッグ。部品を畳んで収納する。
そして、また別の特殊メイクの顔面を顔に貼り付ける。
小さな小型カメラで個室の扉を開けずに外の様子を伺う。公衆トイレのなかには、洗面台に同じぐらいの少女が一人いるだけ。
高機能魔導携帯電話機の画面をタップして、協力者に個室を出る時間を伝える。その協力者から、今度はいま同じ公衆トイレで別の個室にいる協力者に時間が伝えられる。直接メールをしないのは、万が一に身柄を拘束された場合、スマホから同じ公衆トイレにいた人物が協力者だと証明されるのを防ぐためでもある。
時間を合わせて、協力者とほぼ同じタイミングで個室から出る。
手洗い場に向かうと、さきに手洗い場にいた少女が公衆トイレから外に出る。
協力者とは顔も合わせず、あくまでも他人として、それぞれ手洗い場で手を洗い、公衆トイレから外に出て、それぞれ別方向に歩き出す。
キャリーバッグを転がしターミナル駅に向かって歩いていくと、前方に、先ほどトイレの洗面場にいた同世代の少女が同じ方向に向かって歩いているのが目に入る。ながらスマホをしながら歩いているようだ。
服で筋肉の付き方はわからないが、かなり武術の心得があるように感じられる。
念のため、髪に仕込んだ隠しカメラをオンにしてから、足早に同世代の少女の脇から追い抜く。
隠しカメラの映像をスマホにつなげ、少女の様子を画像アップで細部までチェックする。
毛穴があるので、特殊メイクをしている様子もない。
特に脇から追い抜いたときの同世代少女の眼球の動きに着目する。
尾行者であれば、スマホを見ているふりをして、視線はしっかりとこちら側に向いているはず。
隠しカメラの映像をチェックすると、少女の視線はスマホゲーム『テぷトよ』に集中していて、こちらに眼球はピクリとも動いていない。
『テぷトよ』は落ちモノパズルゲーム(落ちゲー)では、世界的大ヒットとなっている有名ゲームであり、少女はゲームをかなりやりこんでいるようだ。
だが、一瞬たりとも眼球がこちら側に動かなかったのが気になる。ながらスマホで歩きながらゲームをしている場合、対面の歩行者が接近してきてぶつかるリスクもあるため、完全にはゲームには集中せず、周囲の変化に、視線はその度にスマホから一瞬だけ離れる。
同世代の少女の脇を通り過ぎたとき、一瞬だけこちらに視線が動くはずである。
考えられる理由は二つ。
一つ目は、同世代の少女はガチでゲームに嵌っている。
二つ目は、強固な精神力で眼球の動きもコントロールできる、高度な訓練を受けた尾行者であること。
まず一つ目で間違いないだろう。だが、少女が尾行者でなくとも、他に尾行者がいる可能性も考えられる。尾行や監視を撒くためには、複数の対策を行っていく必要がある。
お腹が空いてきたので、ここではディナー・アウト作戦を行うこととする。
スマホで手早く店の予約。
向かうのはターミナル駅近くの高級ホテル。
予約したホテル内の1階レストランに入る。
予約したのは奥まった個室。
仮に尾行者がいたとしても、高級店であるため、これ以上の尾行継続は尾行者側の金銭的な負担が重くなる。建物の中にいれば、空からの監視はあり得ず、地下駐車場も含めて、ホテルの出入り口すべてに監視員を用意するのは、よほど大きな組織でなければできない。
もし尾行しているのが大きな組織であれば、個室に通される途中の入り口近くのテーブルで、赤ちゃん連れの若い男女のペアですら、監視員の可能性すらある。
ゆったりとお金のかかった夕食を楽しんでから、小さな清掃魔法を発動させる。
この魔法の目的は、フォークやワイングラスなどから、指紋や唾液などの採取を防ぐため。
レストラン店員に話し、従業員用裏口を開けてもらう。週刊誌記者対策で、ホテルへのこうした要望は通ることが多い。
ホテルの従業員がゴミ出しで扉を開けて外に出たタイミングで、さらに念を入れて、ある魔法を発動させる。
第4話サブタイトルは、名作スパイ映画『スパイ・ゲーム』のアレからです。
前を歩く尾行については、亡命した某国スパイの回想録のなかで、現役時代に某島国首都で前を歩く尾行を受けたとの記述を参考にしました。
補足すると、落ちゲーのガチ勢プレイヤー達は、脳の思考の一部をゲームのプレイに割り当て、残りで日常会話などすることができる。よっと、本来では、それだけで尾行者ではないとは判断できない。
ここでは、この年代の尾行者がほとんどいないこともあわせての総合的な判断。