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ガスコンロ

作者: 眼鏡好き

 いつのまにか家の近くに知らない建物が建っていた。

 本当にいつまにかだ。私は家族や友人にその建物のことを訊ねてみたが、どうにも納得のいく答えは返ってこなかった。

 それに意識を向けてからしばらくが経った。周りになにも変わった様子がなかった。確かに、あってもなくてもたいして影響を及ぼさないものは考えてみれば多々ある。しかし、これに至っては影響がないのである。数字にしてみればゼロ。いや、私が話題をださなければ意識も向けないので、プログラミングの「null」とするのが正しいだろう。

 少しずつ、少しずつ溜まっていった好奇心はついに噴火の様子をみせた。

 休日、といっても土日ではなく、祝日であった。そのうんたらの日にスーツを着て、建物を訪れることにした。(スーツを着るのは、私がスーツとパジャマしか持っていないからである)

 家の扉を押し開けた。上の死角から入ってくる光に鬱陶しさを感じながらも、道を歩き始めた。


 ◇ ◇ ◇


 歩き慣れてくると、今まで脳が勝手にデリートしていた情報が入ってくるようになった。

 雨上がりのにおいがする。このにおいは蛙のにおいだといわれているが、本当だろうか。

 鳥と虫の声が聞こえる。虫の方は日本人には難しい発音で鳴いていた。鳥はピッピッ、ピッピッと一羽だけの声しか聞こえない。群れのリーダーのものだろうか。

 ふと、音が消えた。消えた時間は瞬き程度だったが、私には巨人が行う瞬きに感じた。寂しかった。不安だった。それは、実際にはあまりにも短かったため、それについて深く考える前にかき消された。

 私は音を聞くのを意識的にやめ、辺りにあるものを確認するように歩いた。

 葉っぱ。あたりまえだが、この掌にも満たない大きさの葉っぱも数えきれない程の原子から構成されているのだ。そんな風に考えていると、まるで高名な生物学者や哲学者になったような気分になる。

 エセ学者が次に考えたのは、葉っぱに、ひいては木に通っている筋、維管束のことであった。原子と比べ、考え易かった。私のイメージでは維管束こそが木の骨なのである。だから、木に重ね合わせるだけでそれが明瞭に姿を現した。勿論、実際にはもっと細かく、何本も通っているのだろうが、エセだと自称しているので許してほしい。

 植物にも動物にも神経というものが通っている。それによって動いたり感じたりしているので、動植物は有線だといえる。昨今の人間社会では有線よりも無線が求められている。確かに無線は便利だ。生物でも無線は広く利用されている。代表的なものは音だろう。しかし、体に利用する生物は見たことも聞いたこともない。どこかにそんなのがいないだろうか。

 スマホをとりだそうとして、やめた。人がいない訳でもないし、今はいないが、自転車や自動車が来ないとも限らない。ただ、強く念じて覚えるに留めた。


 ◇ ◇ ◇


 体感では十分程度だろうか。不可思議の塊に到着することができた。近くにある小学校へ十五分程度で通っていたので、間違ってはいないだろう。

 初めて見たときもそうだった。ここはどこかおかしい。見た目にその要素があるわけではない。しかし、おかしい。視覚と結果の差異に気持ち悪くなってくる。普通、なんとなく違和感があったとしても、それは視覚からであることが多い。違うのだ。この場合、視覚が完璧なのだ。だから、こんなにも気持ち悪い。(気持ち悪いといっても吐き気を催すものではなく、耳に入った水がなかなかとれないときのものである)

 私はそれをねじ伏せて、扉を開けた。

 そこは、ありがちなレストランだった。丸テーブルに白いテーブルクロスが敷いてあり、ナイフやフォークもそこに置いてあった。外装がコンクリート造りだったので内側が木でできているのは意外だった。高級感はなかったが、貧乏臭さや不潔に感じる要素はなく、第一印象はとても好いものであった。

 ただし、人は誰も居なかった。誰も居ないように感じた。

 仕方がないのでテーブルに近づくと、椅子の背に隠れていたところにチェーン店に置いてあるような店員を呼び出すボタンがあった。私は席についてからそのボタンを押した。

 胸を五回ほど膨らませたらとても自然に一人の男が出てきた。男に目立ったところはない。ただ、コックが着るような白い服を着ていたのでやはり、ここはレストランなのだと思った。

 私はコックにメニューはなにがありますか、と問いかけた。すると、今日のオススメがひとつだけ、と特徴のない声で返してきた。それを頼むことにした。

 メニューがひとつだけしかないのは不思議だが、もともと不思議な存在なのだ。そういうものかと流されてしまった。

 私はコックが奥に引っ込むのを尻目にスマホをとりだし、先程の疑問について調べることにした。


 ◇ ◇ ◇


 ふと、現実に戻る。集中力のきれめ。その隙間にぴったりと嵌まるようにガスコンロの音が聞こえた。

 カチッ、チッチチチチチチチチチチチチ。

 それに続く鉄の音となにかが焼ける音。私はそれに対してなんの感想も抱くことはなかった。ただ音だけを漠然ときき、まるで寝ているような気持ちだった。

 ハッとしてスマホに視線を落とすと、先程から五分もたっていた。心の中で本当に寝ていたのではないかと思ったが、体から、それはないだろうと否定された。

 音が止んだ。料理が出てくるのだろう。横にあるボタンを押した後ポケットに板きれをしまい、いつも持ち歩いているウェットティッシュで手を綺麗にした。

 コックはやはり自然にでてきて、優雅でもなく粗雑でもなく料理を私の前に置いた。そのまま一言声をかけた後、また厨房があろうところに引っ込んでいった。どうやら料理の説明はないようだ。


 ◇ ◇ ◇


 食べ終わった。ありきたりな内容であった。米に肉料理、サラダにスープ。飲み物は水だった。どれも満足できるものだった。しかし、普通だった。入るときにあんな違和感があったのだから、猿の脳みそでも期待していたのだが。

 私は席を立ち、男を呼んで会計を済ませると同じ道で帰った。特になにもなかった。普通だった。


 ◇ ◇ ◇


 私はそこを二度と訪れなかった。しかし、影響は受けた。しっかりと受けた。

 台所には電気コンロがあるが、それとは別にガスコンロを購入したのである。気分によって使い分けている。

 今日はガスコンロを使おう。私はフライパンを用意しながらツマミを回す。動きが止まる。記憶がよみがえる。

 そういえばあの店のガスコンロの音はこれよりも良かったな。

 不備や小説を良くするためのご意見などがございましたら、ご教示ください。

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