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信川村の奇跡  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
終章 ゴブリンが、現代社会で平和に暮らすには
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互いの距離

続きです。

 役場を出た江藤と敏和を待っていたのは、ギイとガアであった。

 江藤は少しかがんで笑顔を見せると、ギイとガアの頭を撫でて去って行く。

 ギイとガアは、嬉しそうに目を細めた後、江藤を見送った。

 そして、トコトコと小さな足を動かして、敏和の下へ歩いて来る。


「あんない、すりゅ」

「まかせて、としかじゅ」

「ありがとう、ギイ、ガア。でも、畑は?」

「ごうじぇんしゃん。としかじゅ、てつだえ、いった」

「ごうじぇんしゃん。きょうだけ、いった」

「そうか。それでわざわざ」

「としかじゅ、いく」

「としかじゅ、おさんぽ」

「があ、おさんぽ、ちがう」

「ちがう、ない。おさんぽ」

「まぁまぁ。どこに連れてってくれるんだ?」


 敏和は柔らかに微笑む。

 その笑みに応え、ギイは右手を、ガアは左手を取り、敏和を引っ張る様に歩き始めた。


「おい、そんなに焦んなくてもよ。ギイ、ガア、落ち着けって」


 敏和は笑いながらも、ギイ達に合わせて歩みを進めた。


 東に向かっても、山道が有るだけで、見る物が無いと判断したのだろう。

 ギイ達は役場を出ると、道なりに西へ向った。


「としかじゅ、どこみる?」


 丁度、農道が見えてきた時、ギイは立ち止まる。そして、敏和の顔を下から覗き込んだ。

 どこに向かうか、逡巡した敏和は、ギイから目線を逸らす。

 すると、ガアが畑を見ているのがわかる。


 収穫が気になっているのだろうか? それなら、作業に戻らせた方がいい。

 その時、ギイとガアに掛けようとした言葉を、敏和は呑み込んだ。

 

 江藤からの報告で、村の概要を把握している。村の地図も、頭に入っている。

 その意味では、敏和に案内は不要であろう。


 流石に、案内役が不在で、山に入る事は無い。

 ましてや敏和の身なりは、半袖のワイシャツに、スラックスと革靴だ。

 まともな装備も無く山に入る程、敏和は愚かでは無い。

 

 敏和が村を歩くのは、今日が初日だ。一般道を実際に歩き、地図イメージとの差異を埋めるのが、目的だった。


 しかし、よくよく考えれば、チャンスである事に気が付く。


 ギイ達と出掛けられる機会は、限られているはずだ。彼らは、幼いながら仕事を持っている。

 しかも、滅多な理由が無ければ休まない。

 

 出来るなら、ギイ達と一緒に見て周りたい。もっと、彼らの事を知りたい。それならば、好意に甘えよう。

 そして、敏和は口を開く。

 

「そうだな。一通りって言いたいけど」

「としかじゅ、やま、だめ。よおじ、いった」

「ガア。駄目って、三島さんに言われたのか?」

「そう」

「それなら、山に近づくのは、止めとくか」

「ギイ。やま、みるのすき」

「ガアも」


 風景が美しいと感じるのは、感性が豊かな証拠だ。


 彼らと一緒にいると、様々な発見をする。知っているのと、関わるのでは、この子達の印象が変わる。


 子供らしからぬ賢さを持ち、他者の気持ちを慮り行動する。その反面、楽しい、嬉しいを身体で表現する。


 彼らは、子供と大人の、狭間にいる存在では無い。

 また彼らは、人間と違う存在だ。しかし、人間から良さだけを残したら、こんな子になるのではないか?

 そんな事を、思わされる。


「そうだな、山はまた今度。今は見るだけにして、今日は畑を周りながら、川まで行こうか」

「ギイ、わかった。こっち」

「ガアもわかった。としかじゅ、こっち」


 ギイとガアは、敏和の手を取り、再び歩き出す。

 やや飛び跳ねる様にして、繋いだ手をぶんぶんと降る。


 敏和は独身である。故に子供を連れて散歩などしたことがない。

 だが、自分の子供達に手を引かれ、散歩をしている感覚を覚えた。


 ☆ ☆ ☆


 人と人の間には、距離感なるものがある。それを、パーソナルスペースと呼ぶ。


 職場の仲間と、友人の距離感は違う。友人と家族の距離感も違う。家族と恋人との距離感もまた違う。


 そして、赤の他人同士が親密になる為には、隔たれた距離を縮める必要がある。


 普通ならその距離は、ゆっくりと縮めて行くものだ。

 もし、その距離を意識せずに、自分の領域に入って来れたら、嫌悪の対象となろう。


 しかし、その行為がごく自然で、嫌だと感じなかったら。それは、素晴らしい事だろう。


 ギイとガアは、その無垢な心で、敏久、洋子、敏和との距離を縮め、家族となった。


 たった一度や二度、同じ屋根の下で過ごしただけで、そんな事が起こり得るか?

 正解は、少し違う。


 報道による混乱以降、敏久は阿沼に調査と情報の提供を依頼した。

 当然だろう、大切な家族に何かあっては困る。別の世界から訪れた人間というだけで、疑いたくなる。

 ましてや、同じ屋根の下に、獣紛いの者が居たとすれば、心配で仕方がない。


 そして、阿沼から貰った映像には、仲睦まじげに食事をする、さくらと化け物の様子が映っていた。


 最初は、信じられなかった。

 だがさくらの表情は、ここ数年見た事がない程、穏やかであった。

 それは、敏和という孫が出来た時、夫の敏則と共に可愛がる、さくらの姿を彷彿とさせた。


 その後、騒動が収まると共に、さくらの検査が行われる事になる。


 何か未知のウイルスが発見されたら。そう思うと、気が気ではなかった。

 さくらが健康体であると知らせれた時、どれだけ安堵したか。


 本音を言うならば、信川村へ戻って欲しくない。敏久を始め、家族の誰もがそう思っていた。

 しかし、さくらは言う。


「あの子らは、孫みたいなもんさ。年の頃からすれば、ひ孫になるのかね。敏久、あたしの事は気にしなくていい。わかるかい? 一気に孫が増えて、幸せなんだよ」

「でも、母さん」

「そうです、お母さま」

「そうだよ、ばあちゃん」


 東京にいる方が安全だ。暮らしやすいはずだ。だから行くな。


 その想いは、さくらに届いている。

 届いているからこそ、さくらは笑顔を見せた。


「大丈夫。大丈夫なんだ。あたしは、幸せなんだ。孫が増えただけじゃない。あの村には、家族がいっぱいいるんだ。それに、あの村で暮らしてみればわかる。人と自然、その両方が心を温かくしてくれる。こんな都会じゃ、手に入らない大切な宝なんだよ」


 それから、心配ながらも、見守る事に決めた。そして時間をかけ、今後の事を話し合った。


 たった一晩ではない、敏久達は、長い時間をかけてクミル、ギイ、ガアを受け入れる覚悟を決めた。


 だが過ごしたのは、ほんの僅か。

 その僅かな時間で、家族になれたのは、互いが歩み寄った結果だ。


 ☆ ☆ ☆


 村を半周した所で、敏和は少し休もうと提案する。

 ギイとガアが、木陰に腰を下ろした所で、敏和は徐に口を開いた。


「ギイ、ガア。俺はね、最初にお前達を見た時、怖かった。怖かったんだよ」

「まだ、こあい?」

「ガアとギイ、きりゃい?」

「いいや。愛おしい家族だよ」

「くみりゅも?」

「くみりゅといっしょ?」

「そう。クミルも一緒だ、家族だ」


 そして、敏和はギイとガアを引きよせて、ぎゅっと抱きしめる。


「ばあちゃんの事、ほんとにありがと。今度は俺が守って見せるから。お前達とこの村の人達を、絶対に幸せにしてみせるから」

「としかじゅ。ギイ、しあわせだよ」

「ごしかじゅ。があもしあわせだよ」

「もっと、もぉ~っとだよ。楽しい事をいっぱいしよう! 美味しものをたくさん食べよう! それで、もっと幸せになるんだ!」

「としかじゅも、しあわせ?」

「くみりゅと、ちちと、ははも? みんな、みんな?」

「そうだよ、みんなで幸せになるんだよ!」

「ギイ。たくさん、おてつだい!」

「ガアも。たくさん、おてつだい!」

「ありがとう。ありがとう」


 想いが溢れる、抱きしめる腕に力がこもる。

 愛おしくて堪らない。成長をずっと傍で見ていたい。共に歩んで行きたい。


 恐らくこの瞬間、敏和は実感した。 

 祖母も、同じ想いだったのだろう。そして、この純真な子達に囲まれて、幸せだった。


 敏和は、感謝を込めて願う。新たな兄弟に、幸せが訪れる事を。


 仕事でも義務でもなく、心の底からこの子達を幸せにしたい。

 敏和は、強くおもった。

カレーは飲み物じゃない。

肉も飲み物じゃない。


因みに珠さんは、牛肉が苦手です。

とある高級店に連れて行って貰った時に、胸焼けが酷く、独りだけ青ざめた顔をしてました。


さて、下らない事はさておき、次回もお楽しみに!

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