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信川村の奇跡  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
七章 トモダチ
68/93

挑戦

続きですよ。

 会話に熱中したせいか、隆が帰宅をしたのは、昼を過ぎてからであった。帰りが遅い事を心配した正一と園子が、庭先まで出て隆を待っていた。

 

 クミル達が付き添っている。だから、心配はない。頭では理解していても、不安は拭えない。

 隆を見つけた正一は、思わず声を荒げそうになる。だが、隆の表情を見て、言葉を呑み込んだ。

 そして、隆は祖父母の存在を感じると、頭を下げる。


「おじいちゃん、おばあちゃん。欲しい物が有るんだ」


 その声は、昨日と別人の様に張りが有る。そして、今朝より遥かに、晴れやかな表情をしている。


 隆は、何かを見つけたのだ。

 それを理解し、正一と園子は、目頭が熱くなるのを感じていた。

 

「何でもいい。言ってみなさい」

「あのね。絵を描く道具が欲しいんだ。画板とか絵の具とか」

「そんな物でいいのか?」

「うん。僕、絵を描くんだ! 今日あった事を、絵で残したいんだ!」

「そうか、そうか。わかった、直ぐに買ってきてやろう」

「ありがとう、おじいちゃん」

「その前に、隆。お昼ご飯を食べなさい。お腹空いたでしょ?」

「うん! お腹減ったよ!」 

「クミル、ギイ、ガア、お前達も食べていけ。さくらには連絡しておく」

「ありがとう、しょういちさん」

 

 正一と園子は、昼ご飯を食べずに待っていたのだろう。それは、さくらも一緒のはずだ。

 正一は、直ぐにさくらへ連絡をする。そして園子は、おかずを温め直す。


 食事の最中、隆は今日の出来事を祖父母に、話して聞かせた。

 楽しそうな隆の様子を見れば、正一と園子の心は躍る。いつもより、三堂家の食卓が賑やかになる。

 

 食事を終えると、隆は正一に画材の説明を行う。

 ただ、隆が望んだのは、筆や絵の具のセットにパレット、スケッチブック等の、最低限の道具であった。


 描き始めれば、必要な物は増えて来るだろう。道具は都度、増やしていけばいい。正一は、無理やりに自分を納得させて、車を飛ばす。

 そして、あまり長居しては、隆を疲れさせると判断したクミルは、後片付けを手伝った後、ギイとガアを連れて自宅へ戻った。


 その日の夕方には、正一が戻って来る。

 また、物足りなさ故だろうか、正一は画材と共に、ケーキを買って帰ってきた。

 

 実際に画材を手に取ると、実感が湧いたのだろう。直ぐにでも描きたいとばかりに、隆はスケッチブックを開く。

 

「隆。ケーキを食べないか?」

「おじいちゃん、ケーキは後で良いよ。それより鉛筆を削って。芯を眺めに出す様な感じで」

「わかった。でもその、なんだ。絵の具は、使わないのか?」

「慣れてからにするよ」

「ごめんな、隆。おじいちゃん、あんまり詳しくないからな。イーゼルだっけ、そんなのも買いたかったんだけど、どれが良いのかわからなくてな」

「今はこれだけで、すっごく嬉しいんだ。おじいちゃん、ありがとう」


 確かにケーキより、今は絵を描きたいのだろう。

 正一は、少し苦笑いを浮かべて鉛筆を削り、隆に手渡す。そして隆は、イメージを膨らませる。

 最初の絵は、千日紅。ギイに摘んで貰ったのを見本にし、感触を確かめる。


 決して、自分の想像通りの出来にならないだろう。そんな事は、わかりきっている。

 だから描く。だから、挑戦し甲斐が有る。


「隆。お前、上手いな」

「そうかな?」

「ええ。凄く上手だね、隆」

「でもさ、おじいちゃんとおばあちゃんは、身内びいきなだけじゃない?」

「それなら明日、クミル達が来たら、見せてやれ。俺と同じ事を言うと思うぞ」

「うん!」


 そして翌日、隆の絵を見たクミルは、思わず言葉を失った。


「クミルさん。クミルさん? どうしたんです? クミルさん!」


 呆然とするクミルの代わりに、ギイとガアが隆の体を揺さぶる。

 ギイとガアが、興奮している。言葉が無くとも、気持ちが伝わる。


「たかしさん……すごい……。せんにちこ、ほんもの、そっくり。はな、おおきい。このえ、とても、はくりょくある」

「隆。ほら、言っただろ。褒めてるじゃないか」

「そうだね、おじいちゃん」


 言いようも無い充実感が、隆の中にこみ上げてくる。それは、隆の心を高鳴らせる。


「さくらさん、あんたからも、感想を貰えないか?」

「正一、あたしで良いのかい?」

「あぁ、頼むよ」

「隆、あんたはどうなんだい?」

「ご意見が聞きたいです。さくらさん、お願いします」


 さくらが同席していたのは、全くの偶然だ。散歩のついでに、隆の様子を見に寄っただけ。

 偶然であろうと、好機であると正一は判断したのだろう。


 さくらは様々な物に精通しているはず、自分達よりも専門的な意見が聞けるだろう。

 それは、隆にとって有益なはずだ。同様の事を、隆も感じたのだろう。

 隆は唾を呑んで、さくらの言葉を待った。


「誰が見ても、これが千日紅だって、わかるだろうね。あんたの状況を考えれば、百点どころか、二百点でも三百点でも、あげたいよ」

 

 隆の表情が、更に明るくなる。

 中学生の隆でも、宮川グループを知っている。その元会長から、褒められたのだ。さぞ、誇らしく感じた事だろう。

 しかし、さくらの感想は、それだけでは終わらなかった。


「練習だからって、構図はもう少し考えた方がいいね。綺麗に描かれてるけど、千日紅の魅力を引き出してはいないよ」


 厳しい言葉かもしれない。

 隆なりに、構図は考えただろう。しかし、光を失って初めて描いた絵だ。形になっているだけで、充分なはずだ。

 ましてや隆は、誰もが想像し得ない事を成し遂げたのだ。クミルが絶句するのも無理はない。これ以上を求める必要は無かろう。


 だが、さくらは敢えて告げた。

 絵を見れば、隆がどれだけ真剣に取り組んだのかがわかる。そんな隆に送るのは、ただ褒めるだけの言葉ではあるまい。


「さくらさん、こうず、なに?」

「クミル。あんたは、この絵を見て、迫力が有るって言ったね」

「はい、いった」

「この花の魅力は、どんな所だと思うんだい?」

「かわいらしい、おもう」

「この絵に、可愛らしさが有ると思うかい?」

「ちがう。ちからづよさ、かんじる」

「例えば、ダリアって花は、大輪の花を咲かせる物から、小さい玉の様な花をつける物まであるんだ。同じ花でも色んな種類が有る様に、描き方次第で幾らでも変わるんだ」

「え、むずかしい」

「そうだよ、難しいんだ。これは上手に描けてる、けどそれだけさ」


 そして、ひと呼吸を置くと、さくらは言葉を続ける。 


「隆。写実にこだわる必要はないよ。色んな手法に挑戦してみな。あんたの気持ちを、ぶつけてみな。その内、風景画だって描けるようになるさ。頑張りな」

「はい! 頑張ります!」


 恐らく、最高の褒め言葉だったのだろう。

 なにも上手く描く必要は無い。楽しく描けたら、それでいい。イメージを紙に乗せる事が出来れば、もっといい。

 隆は、声を張り上げて、さくらに答えた。


 ☆ ☆ ☆


 ギイとガアには、難しかったのかもしれない。隆に寄り添ったまま、黙ってさくらの話しを聞いていた。

 それは、自分を心配していると、隆はとらえたのだろう。


「ギイさん、ガアさん。また、散歩に連れて行ってくれますか?」


 その問いかけに反応し、ギイとガアは優しく隆の手を取る。


「たかしさん、いきましょう。きょうは、かわ、どうです?」

「良いですね。行きたいです」

「さくらさんも、いっしょ、いきましょう」

「あたしは、いいよ。あんた達だけで、行っといで」

「俺達も出掛けるか」

「そうね。隆、楽しんでおいで」

「うん!」


 さくらは、手をひらひらと振ると、玄関へと向かう。後に続く様にして、正一と園子も家を出る。

 それから少し経ち、ぎいとガアに手を引かれ、隆も外に出る。

 

 道中、クミルが気を付けたのは、景色を出来るだけ細かく説明する事。恐らく、隆の絵を見て気が付いたのだろう。

 実際、隆がイメージし易い様に伝えるのは、かなり重要だ。だが問題はそれだけではない。

 そもそも、隆は色を判別できない。

 

 絵の具をパレットに絞り出す位は、指示すればいい。問題はそこからだ。

 絵の具を混ぜても、それがイメージした色になっているか全くわからない。また、言葉で説明するのも、困難を極めるだろう。

 そんな状態で、どうやって色で表現すればいい。隆が千日紅の絵を、線画だけに留めたのは、それが理由である。

 

 隆は、クミルの説明を聞きながらも、描き方を模索する。

 どの道、補助が無ければ水彩画どころか、線画自体も覚束ないのだ。


 千日紅を描いた時は、手元に現物が有った。

 触感と記憶にある映像を結び付ければ、イメージはし易い。後は、手元を意識しながら、鉛筆を走らせるだけ。

 隆は、毎日の様にイラストを描いてのだ。条件が揃っていれば、デッサン自体はそこまでハードルが高くなかろう。


 だが、見た事も無い物を、どうやってイメージする? それをどう表現する?

 不可能を可能にする事は出来ない。例え可能に出来たとしても、相応の努力無くして、成し得ない。

 考えれば考える程、迷路に迷い込んだ感覚に陥るだろう。


 段々と、隆の返事が曖昧になる。やがて無口になる。

 そんな隆を、案じたのだろう。ギイとガアは、クミルに視線を送る。

 クミルはギイとガアの意識を感じ取り、休憩する事を提案した。

 

 木陰に座って休憩している間、クミルは口を噤み、思考に没頭する隆の反応を待った。

 それは、僅かでも感情が読み取れるクミルだから、出来る事なのだろう。

 ギイとガアは知らず知らずのうちに、繋いだ手に力を籠めていた。

 

 ただ、そんなギイとガアの行動が、隆の記憶を呼び覚ます。

 それは、さくらに言われた言葉。それこそが隆の迷走を止める。


「そうか! いいんだ。写実的である必要がない! 抽象的でもある必要もない。僕は、クミルさんから貰った感動を、そのまま紙にぶつければいい! 簡単じゃないか!」

 

 突然、隆は声を張り上げる。流石のギイとガアも、慌てて隆にしがみ付く。


「ごめんなさい、ギイさん、ガアさん。心配させちゃいました?」

 

 隆の問いに、ギイとガアは首を横に振る。

 隆には、ギイ達の仕草は見えまい。だが、ギイ達の体から伝わる振動で、何となく様子が把握できる。

 それに合わせて、クミルが補足する。


「たかしさん。ぎいとがあ、きにしてない。それより、なやみ、かいけつした?」

「はい。クミルさん、ありがとうございます」

「やっぱり、たかしさん、すごい。じぶんで、かいけつ、すごい」

「そんな。さくらさんからヒントを貰ってたのに、直ぐに気が付かなかったんですし」 

「でも、かいけつした」

「はい」

「ところで、なやみ、なに? おしえても、だいじょうぶ?」

「えぇ。実は」


 クミルには、隆が考えていた事を、大まかに把握していた。しかし、敢えて問いかけた。

 頭の中だけでなく、言葉にした方が、考えは整理出来る。それは、村の住人達から教えられた事だ。

 それから隆は、目的地に辿り着くまで、語り続けた。


 隆の悩みを理解した上で、何が出来るのか? 

 クミルが、隆の感情を読み取って補助をするなら、出来る事は増えるだろう。

 だが、それに何の意味が有る。隆の真剣を、踏みにじってどうする。


 出来る事は限られている。

 それに、クミル達が主体となってはいけない。隆がそうでなくてはいけない。


「クミルさんが細かく説明してくれるので、鮮明に想像する事が出来ます。ギイさんとガアさんが、色んな物に触らせてくれるので、理解が深まります」


 そして隆は、柔らかな笑顔を浮かべる。


「今の僕は、光を失ってます、色が無くなりました。でも、クミルさん達のおかげで、再び僕の中に色が生まれました。その感動を、出来るだけ形にしたい。イメージ通りに描くには、時間がかかるとおもいますけどね」


 その言葉は、クミル達に道を指し示した。

 元々、手探りの挑戦だった。だが、間違いなく隆の役に立っている。

 ならば次の一歩も、共に手を取って進もう。


 ギイとガアは、隆にしがみ付くと、力を籠めて抱きしめる。

 そして、クミルは声を大にした。


「おてつだい、します!」

俳句?

ふっ、仕方ない。俺が詠んでやろう。


味噌ラーメン

麺だけ食べても

味噌ラーメン


どうした?

腰を抜かして褒めても、良いんだぞ!


それはさておき、次回もお楽しみに!

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