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信川村の奇跡  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
五章 それぞれの想い
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家族との再会

新章突入です。

 八月七日、前日の夕方に病院へ到着して、一泊したさくらの検査が始まった。

 八十八歳という年齢で、多くの検査を行うのは、体力的に辛いはず。また、過度のストレスも、与える事になるだろう。

 だが既に決定された事である、従うしかあるまい。


 既存の感染症については、検査キットを使って診療所で検査をした。検査の結果は、特に異状が見られなかった。

 しかし、未知のウイルスが存在すれば、簡易検査で発見する事は出来ない。

 

 故にさくらは、ギイ達と暮らす中で調べた。感染リスクを含め、彼らが及ぼす影響について、安全だと胸を張って言えるほど徹底的に。

 また、ギイ達と出会ってから二週間以上が経過している。潜伏期間を考慮しても、問題は無いはず。


 これは、さくらから事情を聞いた阿沼も、理解をしている。

 恐らく、血液培養検査、塗沫検査、一般培養検査、薬剤感受性試験等、多くの方法で調べても、何も発見されないだろう。


 阿沼が、住民から一人を選定し、詳しい検査を行うと決めたのは、国内及び対外的に安全を証明する事に他ならない。

 また、阿沼の狙いは、他にも有る。専門機関での検査結果は、後に政府が発表する調査結果の、裏付けにする事が出来る。

 

 これに少し付け加えるならば、さくらにはいつまでも健康でいてもらいたい。そんな、友人としての想いだろう。


 検査は、さくらの体調を考慮し、二日にかけて行われた。

 そして病院スタッフの、労働時間を無視した迅速な対応により、さくらの体から採取した検体から、病原体は発見されなかった。

 また、加齢による血圧の上昇以外、さくらの体に異常は見られなかった。


 ☆ ☆ ☆


「取り敢えず、ほっとした」

「まあね。感染症は問題無いけど癌が! なんて言われた日には、どうしようかと思ったよ」 

「お母さま、御冗談でもお止め下さい!」

「そうだ、母さん。洋子の言う通りだ!」

「まぁな。ばあちゃんは、殺したって死なないだろ?」

「敏和、よくわかってるじゃないか。それより、あんた。彼女といつ結婚するんだい?」

「お~い! それに触れたら駄目だろ!」

「敏和は最近、彼女と別れたらしいですよ」

「はぁ。何やってんだい、いい子だったじゃないか!」

「それはさ、何て言うか、価値観の不一致?」

「馬鹿言ってんじゃないよ、敏和。価値観なんてのは、共有するもんだ。まだまだ、あんたはガキだね!」

「ばあちゃんには、叶わないって。勘弁してくれ」


 それは、久しぶりの家族団欒であった。

 検査を終え退院したさくらは、夕刻に東京の自宅へ戻った。そこで一泊し、翌日に信川村に帰る予定となっている。


 さくらの滞在は、たった一泊である。これを逃したら、次に会えるのは、いつになるかわからない。

 息子の敏久と孫の敏和は、全ての予定をキャンセルし、早めの帰宅をした。


 宮川家では、夕食に家族が揃う事は珍しい。

 信川村に拠点を移しているさくらは無論の事、息子の敏久が家に寄るのは寝る時くらいで、休みも無く社長業に精を出している。宮川グループに勤める孫の敏和も、役職が上がり忙しくなっている。

 その意味では、貴重な瞬間なのだろう。

 

「それより、母さん。向こうは大丈夫なのかい?」

「あぁ。佐川さんが、上手くやってるはずだよ」

「佐川さんというと、助役の?」

「敏久に名前を覚えられるなんて、佐川さんも有名になったもんだね」

「そりゃあ、あれだけ騒がれればね」

「敏久さん、何を仰ってるんです? 江藤さんから、詳しい情報を頂いているくせに」

「何だい? もしかして、あんたの対応は、周作の入れ知恵かい?」

「相変らずの鋭さだけど、今回に限っては違うよ。阿沼さんとは、連携をとったけどね」

「まぁ、そうだろうね」


 さくらが検査をしている一方で、信川村では佐川の主導で、調査隊を受け入れる準備を進んでいた。


 調査隊に提供する滞在場所は、悩むまでも無い。

 村には、空き家が腐るほど存在する。大半は倒壊しかけているが、中には掃除をすれば住める家も存在している。

 また、宮川グループからの支援物資が届き、滞在中の食料提供を行っても、住民の生活に支障が出る事は無いだろう。


 受け入れ準備と共に、調査日程の打ち合わせも進む。

 調査は、役場を中心とした旧市街地から始まり、各家の調査に移る。更に、山の探索まで行う予定となった。

 また調査に当たっての立会いは、各家の調査までが佐川、山の探索は幸三が担当する。 

 そして、各家の調査に移った段階で、洋二がギイ達を連れて、山に隠れる手筈となった。


 調査の結果如何で、騒動の行く末が決まる。

 それには、いかにマスコミを欺き、それらしい結果を出すかが、肝要となろう。たとえ形骸的な調査で有っても、真摯な姿勢は見せねばならない。

 上手く熟せば、政府と信川村側の予定調和となる。


 また村の動向は、江藤から敏久へ逐一報告が上がっている。

 宮川グループが、各企業や政府と足並みを揃えて、騒動の迅速な沈静に当たる事が出来たのは、正確な情報共有を行っていたからだろう。


「まぁまぁ。みんな、ばあちゃんの事を心配してたんだって。それで、どんな奴らなんだ?」

「あぁ、いい子達だよ。ギイとガアは、そうだね。年齢的には、ひ孫でもおかしくないね。可愛いったらないよ。クミルは、あんたと一緒位じゃないのかね。あの子は、真面目で頑張り屋だ。どっちも命がけで、村に辿り着いたんだ。それでも、前向きに頑張ってる。凄い子達だよ」

「へぇ、会ってみたいな。なぁ親父。例の件、そろそろ良いんじゃねぇか?」

「そうだな。あの村との関わりが、世間に知れ渡った事だしな」

「例の件って、何の事だい?」

「別にどうって事じゃない。信川村の再生計画だ。一度、母さんと擦り合わせしてから、進めようと思っていたんだ」

「そうかい。じゃあ、聞かせて貰おうじゃないか! 敏久は兎も角、敏和! あんたは、気合入れてかかって来な! あたしを簡単に納得させられると、思うんじゃないよ!」


 さくらの言葉を皮切りに、息子の敏久と孫の敏和は、いそいそと食卓からリビングへ移動する。

 そんな二人を見て、嫁の洋子は苦笑いを浮かべていた。


「悪いね、洋子。結局、こうなっちまって」

「仕方ないですよ。二人とも、お母さまのご意見が欲しくて、仕方なかったんです」

「いつまでも、親離れが出来ないから、困ったもんだよ」

「ふふっ。そうかもしれませんね。では、お茶を入れ直してきますね」

「あぁ、頼むよ」


 それから、リビングでは熱い討論が繰り広げられた。

 敏久と敏和が、懸命に提案を行う。その提案を、さくらは尽く不十分であると、切り捨てる。

 だが、両名も負けずと代替え案を提示し、さくらに食い下がる。それでも検討の余地有りと、さくらに言い負かされる。

 

 一時間、二時間と過ぎ、夜が更ける。頃合いを見計らって声をかけるのは、嫁の役目なのだろう。


「そろそろ、お開きにしては如何ですか? お母さま、丁度お湯が沸いたところです。ご就寝の支度をなさっては?」

「あぁ、そうしようかね。洋子、いつもありがとう」

「敏久さんと敏和も、明日は早いんでしょ?」

「確かにな」

「ったく。ばあちゃんには、叶わないな」

「百年早いんだよ、敏和。あんたは、早い所プロジェクトを纏めな! それで村に来な!」

「わかったよ、ばあちゃんの期待に応えられる様に、頑張るぜ!」

「その調子だ。それと敏久。あんたは、充分立派な経営者だ。胸を張りな! だけど、後継者は決めないといけないね」

「それについては、今の役員から選別しようと思ってる」

「それがいいね」

「ばあちゃん、俺は?」

「あんたは、まだ若いんだ。独立でもなんでも出来るだろ? それ位の気概を見せておくれ」

「確かに、そうだな。わかったよ、ばあちゃん」 


 時代を担う者達の心に火を付けて、討論は終わりを告げる。

 この日は、さくらにとって、確かな手ごたえを感じた一日となった。


味噌ラーメンの宣言。


なぁ、ラーメンの王道が、何かわかるか?

醤油? 違うな!

豚骨? それも違う!

豚骨醤油? 馬鹿かてめぇは!

味噌だよ、味噌!


あの、サッポロ一番さんで、一番売れてるのは、何だと思う?

味噌だよ!

味噌が、日本の味なんだ!


かつて、この味噌ラーメンを究極にまで高めた、職人がいた。

その職人は、体を壊して、店を畳んじまった。

今は、どうしてるかわからねぇ。

無事を祈ってる。

いつの日か、究極の味噌ラーメンをもう一度作ってくれる日が、来ることを願ってる。


だけどなぁ。

この日本には、味噌ラーメンに命を賭けてる職人が、ごまんといるんだ。

あぁ、俺はここに宣言するぜ!

味噌ラーメンが、至高なんだってなぁ!


はい。そんなわけで、本編の少し予告です。

次から、村民にスポットを当てます。

さくらさんとは、少しだけお別れです。

最初は誰の出番かな?


次回もお楽しみに!

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