家族との再会
新章突入です。
八月七日、前日の夕方に病院へ到着して、一泊したさくらの検査が始まった。
八十八歳という年齢で、多くの検査を行うのは、体力的に辛いはず。また、過度のストレスも、与える事になるだろう。
だが既に決定された事である、従うしかあるまい。
既存の感染症については、検査キットを使って診療所で検査をした。検査の結果は、特に異状が見られなかった。
しかし、未知のウイルスが存在すれば、簡易検査で発見する事は出来ない。
故にさくらは、ギイ達と暮らす中で調べた。感染リスクを含め、彼らが及ぼす影響について、安全だと胸を張って言えるほど徹底的に。
また、ギイ達と出会ってから二週間以上が経過している。潜伏期間を考慮しても、問題は無いはず。
これは、さくらから事情を聞いた阿沼も、理解をしている。
恐らく、血液培養検査、塗沫検査、一般培養検査、薬剤感受性試験等、多くの方法で調べても、何も発見されないだろう。
阿沼が、住民から一人を選定し、詳しい検査を行うと決めたのは、国内及び対外的に安全を証明する事に他ならない。
また、阿沼の狙いは、他にも有る。専門機関での検査結果は、後に政府が発表する調査結果の、裏付けにする事が出来る。
これに少し付け加えるならば、さくらにはいつまでも健康でいてもらいたい。そんな、友人としての想いだろう。
検査は、さくらの体調を考慮し、二日にかけて行われた。
そして病院スタッフの、労働時間を無視した迅速な対応により、さくらの体から採取した検体から、病原体は発見されなかった。
また、加齢による血圧の上昇以外、さくらの体に異常は見られなかった。
☆ ☆ ☆
「取り敢えず、ほっとした」
「まあね。感染症は問題無いけど癌が! なんて言われた日には、どうしようかと思ったよ」
「お母さま、御冗談でもお止め下さい!」
「そうだ、母さん。洋子の言う通りだ!」
「まぁな。ばあちゃんは、殺したって死なないだろ?」
「敏和、よくわかってるじゃないか。それより、あんた。彼女といつ結婚するんだい?」
「お~い! それに触れたら駄目だろ!」
「敏和は最近、彼女と別れたらしいですよ」
「はぁ。何やってんだい、いい子だったじゃないか!」
「それはさ、何て言うか、価値観の不一致?」
「馬鹿言ってんじゃないよ、敏和。価値観なんてのは、共有するもんだ。まだまだ、あんたはガキだね!」
「ばあちゃんには、叶わないって。勘弁してくれ」
それは、久しぶりの家族団欒であった。
検査を終え退院したさくらは、夕刻に東京の自宅へ戻った。そこで一泊し、翌日に信川村に帰る予定となっている。
さくらの滞在は、たった一泊である。これを逃したら、次に会えるのは、いつになるかわからない。
息子の敏久と孫の敏和は、全ての予定をキャンセルし、早めの帰宅をした。
宮川家では、夕食に家族が揃う事は珍しい。
信川村に拠点を移しているさくらは無論の事、息子の敏久が家に寄るのは寝る時くらいで、休みも無く社長業に精を出している。宮川グループに勤める孫の敏和も、役職が上がり忙しくなっている。
その意味では、貴重な瞬間なのだろう。
「それより、母さん。向こうは大丈夫なのかい?」
「あぁ。佐川さんが、上手くやってるはずだよ」
「佐川さんというと、助役の?」
「敏久に名前を覚えられるなんて、佐川さんも有名になったもんだね」
「そりゃあ、あれだけ騒がれればね」
「敏久さん、何を仰ってるんです? 江藤さんから、詳しい情報を頂いているくせに」
「何だい? もしかして、あんたの対応は、周作の入れ知恵かい?」
「相変らずの鋭さだけど、今回に限っては違うよ。阿沼さんとは、連携をとったけどね」
「まぁ、そうだろうね」
さくらが検査をしている一方で、信川村では佐川の主導で、調査隊を受け入れる準備を進んでいた。
調査隊に提供する滞在場所は、悩むまでも無い。
村には、空き家が腐るほど存在する。大半は倒壊しかけているが、中には掃除をすれば住める家も存在している。
また、宮川グループからの支援物資が届き、滞在中の食料提供を行っても、住民の生活に支障が出る事は無いだろう。
受け入れ準備と共に、調査日程の打ち合わせも進む。
調査は、役場を中心とした旧市街地から始まり、各家の調査に移る。更に、山の探索まで行う予定となった。
また調査に当たっての立会いは、各家の調査までが佐川、山の探索は幸三が担当する。
そして、各家の調査に移った段階で、洋二がギイ達を連れて、山に隠れる手筈となった。
調査の結果如何で、騒動の行く末が決まる。
それには、いかにマスコミを欺き、それらしい結果を出すかが、肝要となろう。たとえ形骸的な調査で有っても、真摯な姿勢は見せねばならない。
上手く熟せば、政府と信川村側の予定調和となる。
また村の動向は、江藤から敏久へ逐一報告が上がっている。
宮川グループが、各企業や政府と足並みを揃えて、騒動の迅速な沈静に当たる事が出来たのは、正確な情報共有を行っていたからだろう。
「まぁまぁ。みんな、ばあちゃんの事を心配してたんだって。それで、どんな奴らなんだ?」
「あぁ、いい子達だよ。ギイとガアは、そうだね。年齢的には、ひ孫でもおかしくないね。可愛いったらないよ。クミルは、あんたと一緒位じゃないのかね。あの子は、真面目で頑張り屋だ。どっちも命がけで、村に辿り着いたんだ。それでも、前向きに頑張ってる。凄い子達だよ」
「へぇ、会ってみたいな。なぁ親父。例の件、そろそろ良いんじゃねぇか?」
「そうだな。あの村との関わりが、世間に知れ渡った事だしな」
「例の件って、何の事だい?」
「別にどうって事じゃない。信川村の再生計画だ。一度、母さんと擦り合わせしてから、進めようと思っていたんだ」
「そうかい。じゃあ、聞かせて貰おうじゃないか! 敏久は兎も角、敏和! あんたは、気合入れてかかって来な! あたしを簡単に納得させられると、思うんじゃないよ!」
さくらの言葉を皮切りに、息子の敏久と孫の敏和は、いそいそと食卓からリビングへ移動する。
そんな二人を見て、嫁の洋子は苦笑いを浮かべていた。
「悪いね、洋子。結局、こうなっちまって」
「仕方ないですよ。二人とも、お母さまのご意見が欲しくて、仕方なかったんです」
「いつまでも、親離れが出来ないから、困ったもんだよ」
「ふふっ。そうかもしれませんね。では、お茶を入れ直してきますね」
「あぁ、頼むよ」
それから、リビングでは熱い討論が繰り広げられた。
敏久と敏和が、懸命に提案を行う。その提案を、さくらは尽く不十分であると、切り捨てる。
だが、両名も負けずと代替え案を提示し、さくらに食い下がる。それでも検討の余地有りと、さくらに言い負かされる。
一時間、二時間と過ぎ、夜が更ける。頃合いを見計らって声をかけるのは、嫁の役目なのだろう。
「そろそろ、お開きにしては如何ですか? お母さま、丁度お湯が沸いたところです。ご就寝の支度をなさっては?」
「あぁ、そうしようかね。洋子、いつもありがとう」
「敏久さんと敏和も、明日は早いんでしょ?」
「確かにな」
「ったく。ばあちゃんには、叶わないな」
「百年早いんだよ、敏和。あんたは、早い所プロジェクトを纏めな! それで村に来な!」
「わかったよ、ばあちゃんの期待に応えられる様に、頑張るぜ!」
「その調子だ。それと敏久。あんたは、充分立派な経営者だ。胸を張りな! だけど、後継者は決めないといけないね」
「それについては、今の役員から選別しようと思ってる」
「それがいいね」
「ばあちゃん、俺は?」
「あんたは、まだ若いんだ。独立でもなんでも出来るだろ? それ位の気概を見せておくれ」
「確かに、そうだな。わかったよ、ばあちゃん」
時代を担う者達の心に火を付けて、討論は終わりを告げる。
この日は、さくらにとって、確かな手ごたえを感じた一日となった。
味噌ラーメンの宣言。
なぁ、ラーメンの王道が、何かわかるか?
醤油? 違うな!
豚骨? それも違う!
豚骨醤油? 馬鹿かてめぇは!
味噌だよ、味噌!
あの、サッポロ一番さんで、一番売れてるのは、何だと思う?
味噌だよ!
味噌が、日本の味なんだ!
かつて、この味噌ラーメンを究極にまで高めた、職人がいた。
その職人は、体を壊して、店を畳んじまった。
今は、どうしてるかわからねぇ。
無事を祈ってる。
いつの日か、究極の味噌ラーメンをもう一度作ってくれる日が、来ることを願ってる。
だけどなぁ。
この日本には、味噌ラーメンに命を賭けてる職人が、ごまんといるんだ。
あぁ、俺はここに宣言するぜ!
味噌ラーメンが、至高なんだってなぁ!
はい。そんなわけで、本編の少し予告です。
次から、村民にスポットを当てます。
さくらさんとは、少しだけお別れです。
最初は誰の出番かな?
次回もお楽しみに!




