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信川村の奇跡  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
四章 訪れる危機
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悪友

ここからが、真の本番だったりして。

 警察の発表と機動隊の出発は、信川村に集まった人々を騒然とさせた。そして、誰もが我先に逃げようと、山道付近へ集まった。


 村へと繋がるたった一本の細く長い道、その山道付近は多くの車が乱雑に停められている。

 それは一種のバリケードであり、パトカーが村に入るのを食い止めるには、効果的であった。

 しかし、その行為こそが仇となった。


 彼らは、逃げる事は出来なかった。

 状況が一変し、自分達が逮捕される可能性が高まった事で、皆が混乱している。誰かが指揮しなければ、容易に車は動かせない。己が逃れる事で必死の中、他者の為に統制を図ろうとする者は存在しない。

 更に、山道付近で足止めさせられていた警察が、彼らの前に立ち塞がる。

 

 やがて機動隊が到着する。

 そして、多くの逮捕者を出す異常な事態へと発展し、騒動は沈静化を始めた。


 翌日になり、宮川グループの社員が次々と信川村へ到着する。

 社員達は村中のゴミを拾い、各家を訪ねて住民の安否を確認した。また、荒らされた畑の片付けを手伝う。

 そして、騒動の被害状況を確認する為、調査を行った。


 さらに翌日、発表通り政府の視察が入る。その陣頭指揮を執るのが、内閣官房長官の阿沼信太である。

 視察団の到着に際し、孝則を始め佐川や郷善、そしてさくらが役場に集まっていた。


 実の所、村の住人達でさえ、騒動が異常な速さで沈静化していく事に、驚きを感じていた。

 全てさくらの手腕であろう。住人達が知るのは、さくらの指示で江藤がドローンを飛ばして、撮影を行っていた事だけ。それ以上の事は、知らない。

 多分、知らない方が良い。そう思い、敢えて尋ねずにいた。


 だが、政府のお偉いさんが来るとなれば、話が違う。 それも内閣官房長官が直々に訪れるなど、大災害等が起こらない限り、有り得ないはずだ。


 政府の視察を待つ、郷善の煙草の本数は、いつもよりも増えている。足を細かく動かす様は、イラつきよりも緊張のせいか?

 それとも、一見する限りでは普段通りに見えるが、時折物憂げな表情を見せる、さくらを案じているのか?


「さくらぁ。流石によぉ、これはねぇよ」

「なんだい郷善、あんたらしくもないねぇ。怖いなら、帰ってな」 

「そういうんじゃねぇ。大袈裟にし過ぎだって、言ってんだよ!」 

「はぁ? あんた、緊張でもしてんのかい? お大臣様に直接会う機会なんて、早々無いよ」 

「ったく、お前はよぉ」

「はぁ。あたしはねぇ、自分が情けくて仕方ないんだよ。あんたらは、凄く怖い思いをしたはずさ。それなのに、あたしは何も出来なかった。それが不甲斐ないんだよ」

「さくら……」


 ポツリと出た言葉は、滅多に吐かないさくらの本音なのだろう。郷善は、さくらにかける言葉を失っていた。

 

 こんなつもりではなかった。悲しい表情を、さくらにさせるつもりではなかった。

 ただ、軽口を叩いて、気を紛らわせようとしただけだった。

 

 さくらは、ギイ達を含めた信川村を大切にしている。

 だからこそ、村の皆が傷ついた事に、心を痛めている。家族を不安にさせ、満足に守れなかった事を、不甲斐なく感じている。

 たとえ財界、政界、行政を動かしたとしても、日本中に影響を与える事が出来たとしても、家族を守れなければ意味がない。さくらは、そう言っているのだ。


 だが、村の皆が知っている。

 例え、訪れた騒動が必然であったとしても、さくらは最善を尽くした。日本中の誰も出来ない方法で。


 そして、村の皆が思っている。

 ギイとガア、そしてクミルを受け入れようと決めた時、覚悟を決めていた。仲間として認める事は出来なくても、匿う事は出来る。ならば全力で匿おうと。


「さくらよぉ。お前がどれだけ凄かろうと、俺達には関係ねぇんだ。この村を守るのは、村長である俺の仕事だ。勝手に、一人で背負い込んだ気になってんじゃねぇ! さくらぁ! てめぇも含めて、俺は家族を守る! みんな同じ気持ちだ!」

「孝則、あんた……」

「今度は、俺がお前に言ってやる! いつまでも下を向くな! 終わった事を考える位なら、前を向け!」

「ありがとね。でもその言葉は、全て終わってからにしてくれるかい? ここから先、あたしはあんたらの敵になるんだからね」


 孝則らは、物憂げな表情の意味を、ちゃんと理解していなかった。

 また言葉の意味も、直ぐには理解が出来なかった。何故なら、さくらが敵になる筈が無いのだから。


 さくらの意味深な言葉で、事務所内の緊張感が高まる。そんな中、高級車が報道陣を引き連れて、ようやく通れる様になった山道付近を抜ける。

 そして、役場の前に停まると、SPに守られながら貫禄の有る男が、役場の玄関口まで歩みを進める。


 迎えに出た孝則と佐川は、かなり緊張していた。なにせ、目の前に現れたのは、この国を動かす大臣なのだ。

 阿沼は、緊張する孝則の前まで歩み寄ると、柔らかな表情で手を差し出した。その瞬間、阿沼の背後に集まった報道陣が、一斉にシャッターを切る。


「初めまして。私は、阿沼信太と申します。本日はお忙しい中、お時間を頂戴し、誠にありがとうございます」

「俺、あっ、いや、私は桑山孝則。この村で、村長をしてます」


 孝則は頭を下げた後、阿沼の手を握る。続いて佐川も挨拶をし、阿沼と握手を交わした。

 再び報道陣は、シャッターを切る。

 SPが立ち塞がる様にし、役場の玄関口を塞ぐ。阿沼は孝則らの後に続く様に、役場に足を踏み入れた。


 阿沼を先導する孝則は、得も言われぬプレッシャーを感じていた。

 阿沼という男の、笑顔の裏に隠れた、得体の知れない迫力。それは、悪鬼羅刹と対峙し続けた故に、身に付いたものだろう。

 これから、この男と闘うのか。そう思えば、闘志と共に恐怖がこみ上げてくる。


 玄関口から事務所まで、一分もかからない。

 目と鼻の距離が、とても長く感じる。横を向けば、血の気を失っている佐川が見える。

 声も出せず、ただ震えながら、時間が過ぎ去るのを待つ。そんな所だろう。だが孝則に、佐川へ声をかける余裕はない。

 

 事務所の戸を開けると、さくらが一行を出迎える。

 そしてさくらは、少し遠くを見る様な表情をし、阿沼に声をかけた。


「久しぶりだね」

「はい。こうしてお会い出来るのを、楽しみにしてました」

「忙しいのに、わざわざ済まないね。直ぐに、本題に入ろうか」


 軽く挨拶を交わすと一行は、間仕切りされただけの、打ち合わせスペースに向かった。

 テーブルを挟んで、ソファが並んでいる。ただし、普段は孝則や佐川が休憩に使っている、簡易的な打ち合わせスペースである。

 三人も座れば、ソファにスペースが無くなる。


 阿沼は迷わず上座に座る。そして、孝則と郷善が下座に座る。佐川は、緊張が解けて力が抜けたのだろう、郷善の隣にへたり込む様にして座った。 


 そして、さくらは阿沼の隣に腰かける。さくらと向かい合った時、孝則達はさくらの心意を理解した。

 

 目の前に居るのは、この村に来てからのさくらでは無かった。無論ギイ達にとっての、優しいばあちゃんでもない。

 孝則達と対峙しているのは、現役時代の厳しい目に戻ったさくらだった。

 

 さくらは、これから訪れる結末を、全て見通している。その結末は、望んだものではない。だからこそ、さくらは敵になると言ってのけた。

 さくらは、村の一員として参加しているのではない。


 この瞬間、孝則と郷善の闘う覚悟が決まった。

気が付けば、春が終わろうとしていますね。


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