捜索開始
住民サイドに戻ります。
時は、会議の終了時に戻る。
さくらは、孝則の制止を聞かずに、単独で捜索に向かう。そして、孝則はみのりを抱えて、入院用のベッドに連れていく。
そして貞江は、事務室に戻りスマートフォンを手にすると、江藤に連絡する。そして、住人全員に緊急の通信回線を繋ぐように依頼した。
会議が終わったばかりにも関わらず、貞江からの緊急連絡が入る。それも、会議とは違う形の、集団通話である。それには、住民も首を傾げるばかりであった。
しかし内容は、つい先程の会議で話題にしていた、事案に関わる問題である。
青年が自力で何処かに消えた。それも、何処に行ったかわからない。
仮に、立って歩ける状態であったとしても、青年は安静にしているべき状態である。無理をして傷口が開けば、大変な事になる。しかも、合併症や副作用の可能性は消えていない。
万が一の事が有ってからでは遅い。直ぐに診療所へ連れ帰らないとならない。
また、子供達が何処に消えたのかも、わからない。
何もない村だからといって、危険がない訳ではない。今まで、住み慣れた住人だけだから、事故が無かっただけである。
街頭が少なく、月明かりだけでは、見落とす物もある。
畑に突っ込んで、軽い怪我をする程度の事を、心配しているのではない。万が一、気が付かずに用水路に落ちたら、大きな怪我を負うだろう。
何よりも危険なのは、無暗に山へ入る事だ。熊が出没する時期なのだ、遭遇する可能性だってある。
焦った様に早口で捲し立てる貞江の姿で、住人達は事の重要さを思い知らされた。
「くそっ! なんてこった! 貞江、俺が直ぐに車を出す。お前は、診療所で待機してろ!」
「慌てるな孝道! さくら、聞いているんだろ? その若者は、何処に行ったのか、検討がついているのか?」
「あぁ。多分、山道付近だろうね。帰り道を探しているんじゃないのかい?」
「そうか。ただ、そっちは応援が必要だな」
「俺が行く」
「なら孝道、そっちは任せるぞ!」
「ああ、先生。任せておけ」
孝道は、直ぐに家を飛び出すと、車を動かして診療所方面に向かう。
「ただ、問題は子供達だな。さくら、行きそうな場所に、心当たりはないか?」
「先生、あたしにもわからないよ。みんなに迷惑をかけるけど、手分けをして探してもらうしかないよ」
聞かれても答えられないのは、当然だろう。
同じ人間同士でも、出会ったばかりなら、人となりを理解するまでには、至らないだろう。
ましてや人間ではなく、言葉も通じない、どこで何をしていたのかもわからない相手だ。仮に行動を予測出来たとしても、当たる確率が低い占いと同じだ。
「先生、それにさくらぁ。こんな時は、仕方ねぇよ。みんなで手分けして探すぞ!」
「あいよ」
「わかったよ、郷善さん」
「それしかアリマセンね」
「あなた。連絡を取り合いながらにしないと」
「中継や位置情報は、任せて下さい」
「おう、江藤。任せるぞ」
郷善の一声で、住人達が動き出す。それぞれスマートフォンを持ったまま、懐中電灯を探しに家の中を歩き回る。
その会話を聞きながら、さくらは歩みを進める。同時に、子供達の行方について、考えを巡らせていた。
子供達とは、何処から来た? いや、それよりも何処で会った?
そうだ、街道の脇には森が有った。そこから、来たんじゃないのか?
それなら向かう場所は、山の可能性が高いんじゃないのか?
簡単な思考プロセスであろう。しかし、さくらの推測は、間違っていない。
「みんな、済まないね。それとね、子供達なんだけど、森に住んでいた気がするんだよ。そうすると、山に向かったかもしれない。もし、山に入っているなら、あたしも連れてっておくれ」
しかし、さくらの言葉に真っ向から反対したのは、山瀬幸三であった。
「そりゃあ、聞けねぇ相談だな。さくら、前にも言ったよな! 熊が降りて来てるんだ! そんな危険な所に、行かせられない! 調べるのは、俺達に任せろ!」
「わかってる、だけどお願いだよ」
「いや、あんたはわかってない。俺は、見知らぬガキより、あんたの方が大切だって言ってんだ!」
「それでも、あたしが行かないといけないんだ! もしあの子達が、森の中で不安になってるなら、あたしが抱きしめてやらないと」
「さくらさん! 師匠の気持ちも、理解してあげて下さい。みんなも、山には近づかない事! それと、上流付近に近づくのも駄目だ! それに捜索する時は、まとまってくれ。絶対に守ってくれ!」
声が段々と大きくなるさくらの言葉を遮る様に、三島洋二が口を開く。
さくらの気持ちは理解出来る。だがそれ以上に、住人達は幸三に肯定的であった。
命は、替えがきかない。そんな事は、誰だって知っている。だからこそ、恩の有るさくらを危険な場所に向かわせたくない。それは、住人達の総意であっただろう。
しかし一人だけ、幸三の想いを理解しながらも、同時に問題の核心を理解している者がいた。
「洋二。さくらに、幸三の気持ちをわかれと言うなら、お前はさくらの気持ちを理解してやれ」
「先生、何を?」
「わからないか? 幸三、洋二、恐らく子供達は、お前達を見れば逃げるだろう。お前達に、子供達を連れ帰る事は、不可能なんだ。みのりでも厳しいかも知れない。子供達が心を許したのは、さくらだ。さくらしか、子供達を連れて帰る事は出来ない!」
それは、正に核心を突いた言葉であった。
確かに、みのりは子供達と接した。少しは、心を許している可能性が有る。見知らぬ土地で、不安が有っただろう。そんな子供達は、何故さくらについて来た。
それは、さくらを信用していたからに違いあるまい。
それにも関わらず、診療所から逃げ出した。
何の理由が有って、逃げ出したのかまで、推測する事は難しい。その状況で、見知らぬ他人が迎えに行っても、素直について来るとは思えない。
直ぐにでも外に飛び出そうとしていた住人達は、家の中で立ち止まる。そして、事の成り行きを、見届ける事に決めた。
どの道、意見が割れた状況で、無作為に行動しても、成果が出ないのは、わかりきっている。
「それでも、俺は反対だ! 山を探すのは、俺と洋二だけだ。それだけは、引けねぇぞ!」
「わかってないのかい? 話している暇も無いんだよ! あんたは車を使って、辺りを調べて来な! その後、あたしと合流して山に入るんだ!」
「冗談で言ってるんじゃねえんだぞ! あんたは、山がどれだけ危険なのか、わかってねえ! それに、今は月明かりも、届かねぇ場所なんだ。都会出のあんたに、行ける場所じゃねえんだよ! 俺が強引にでも連れて来てやる! それで、文句はねえだろ? どうしてもって言うなら、あんたは麓で待ってろ!」
「それじゃ駄目なんだよ! あの子達が、何で逃げ出したのか、わかってないのかい? あの子達は、人間を怖がってるんだ。最初に診療所に入った時、孝則の事を怖がってたからね。いきなりあんたみたいな、ぶっきらぼうな奴が行ってみな。先生の言う通り、あの子達は全力で逃げるよ!」
「だったら、なんでそんなのを連れて来たんだ!」
「困ってた。それ以外に理由が有るのかい?」
両者共に引かないのは、聞いている皆が理解出来た。
幸三は、頑固である。それ以上に、さくらは一度決めた事を、覆す事はない。
一分一秒も惜しい、そんな中で膠着状態に入り、結論を出せないでいる。そんな間に割って入ったのは、入院用の部屋から戻った孝則であった。
「幸三、さくらの言う通りにしてやれ。これは、村長命令だ! それと、江藤。全員の位置はわかるんだよな?」
「勿論です」
「なら決まりだ。江藤、お前はみんなの位置を、逐一報告しろ! 幸三は山の付近を調べろ、足跡を見つけたら直ぐに連絡しろ。さくらとの合流地点は、診療所だ! 洋二は川の辺りを重点的に探せ! 他の奴らは、郷善の指示に従って動け! 用水路なんかは、徹底的に調べろ! 先生は待機だ! 文句はねぇよなぁ?」
「あぁ。私が出ても、皆に迷惑をかけるだけだ」
「よし! じゃあ、みんな急げ! 直ぐにケリを付けるぞ!」
やはり孝則は、村長で皆のまとめ役なのだ。幸三も頷くしかない。
そして幸三は、ぼやく様に呟く。
「村長、それじゃ二度手間だ。合流が先だ。それと、ガキ共の匂いがついてる物を、用意しておいてくれ」
「あなた、それじゃあ」
「そうだ、隆子。太郎と三郎を連れて来い。洋二、銃を持って出るのを忘れるな! ガキが山に入ったのを確認出来たら、俺と合流だ。頑固なババアを守ってやれ」
妻の隆子は、幸三の言葉に笑みを浮かべて、家の外に出る。何だかんだと、面倒見のいい幸三の様子に、洋二も笑みを浮かべる。
また孝則も笑い声を上げながら、子供達を寝かせた時に、かけていたタオルケットを取りに行く。
そして念を押す様に、江藤が全員にアナウンスを送った。
「夜道は危険ですので、通話はイヤホンマイクで行って下さい。スマートフォンの電源は切らないで下さい。充電が少ない方は、予備のバッテリーを渡しに行きます。皆さん、くれぐれも気を付けて」
住人達は、それぞれに動き出す。
その頃、孝道は既に診療所に到着し、妻の貞江を乗せて、さくらの向かった方面へ車を飛ばした。
ひと悶着が有り、ようやく捜索が始まった。しかし、本当に大変なのは、ここからであった。
本編には書かない裏話!
山瀬幸三さんは、普段あまり喋りません。
どちらかと言えば、無口です。そして、極度の人見知りでも有ります。
なので仕事柄、村の外の人と話さなければならない時は、弟子の三島洋二が変わりに会話します。
気を許した人、いわゆる村の人ですね。
そんな人には、饒舌になる事が有ります。
でも、元からのコミュ障故、荒っぽい口調になる事が、しばしば有ります。
さくらが、幸三とコミュニケーションを取れる様になるまで、一年近くかかりました。
その結果さくらは、洋二や妻の隆子とは、凄く仲良くなりました。
次回もお楽しみに!