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信川村の奇跡  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
二章 反発と理解
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帰り道を探して

最初の山場は、ここから。

 青年が目を覚ます少し前、ゴブリンの兄妹は目を覚ました。

 寝起きで意識がはっきりしない。だが、優しい人間について来た事は覚えている。優しい人間は他にもいて、傷を治してくれたのも覚えている。


 入院用のベッドに寝かされていた兄妹は、キョロキョロと辺りを見回した。

 傷を治してくれた部屋とは、違う事には直ぐに気が付いた。しかし、どれだけ見渡しても、誰もいない。ご飯をくれた優しい人間、笑顔で傷を治してくれた人間、二人とも見当たらない。

 その瞬間、二匹は抗いようのない不安に駆られる。

 

「ギ、ギギ?」

「ガガガ。ガガ?」


 優しい人間について、見知らぬ場所に来た。右も左もわからない、どんな危険が有るか、何が味方なのか、どうすれば生きていけるのか、全くわからない。


 妹は、兄にしがみ付く。そして兄は、震える腕で、妹を守ろうと抱きしめる。

 だが、いつまでもこうしている訳にはいくまい。母の残した言葉は、守らなければならない。


「ギギギイ。ギイ、ギギ、ギイギイ」

「ガア、ガ。ガガ、ガガガ?」

「ギ、ギ? ギイギイギイ」

「ガア、ガガガガ。ガアアア」


 あの人間がしてくれたように、安心させるために、兄は妹の頭を撫でながら語りかける。

 あの人間は、怖くない。倒れた人間を助けてた、ご飯をくれた、傷を治す場所に連れて来てくれた。あの人間は、信用出来る。

 そして、妹もそれに同意する。


 しかし、兄は少し後悔していた。

 生きる為に、全力で走った。だから、疲れていた。傷を治してくれた時、ほっとして寝てしまった。

 もっと、警戒しなくてはいけなかった。ここは、森じゃないのだから。

 父も母もいない。妹を守れるのは、自分しかいない。疲れている妹は寝かせて良かった。でも、自分は寝るべきでは無かった。


 さくらの影響なのか、ゴブリンの兄は、警戒を解いていた事を悔やんでいた。今の事態が把握出来ないのは、自分のせいだと思っていた。


 これの状況は、人間の子供に置き換えれば、さして心配する事ではない。

 幼子であれば、泣いて両親に居場所を教えるだろう。もう少し成長した小学生くらいの子であれば、ドアを開けて両親を探しに行くだろう。

 ここで重要なのは、ドアを開けて両親を探す、ここに行きつく思考のプロセスなのだ。


 声で居場所を伝える事は、森の中でゴブリン達も行う。所謂、相手に信号を送る行為だ。

 ただしその信号は、他の種に知られてはならない。知られる事があれば、餌場を奪われるかもしれない。場合によっては、自分達が襲われる可能性がある。


 ドアを開けて、両親を探しに行く。これが出来るのは、両親が近くに居ると仮定出来なければ、行えまい。

 ましてや、そこが病院のベッドである、ドアを開ければ待合室に辿り着く。最低限でもこれらの認識がなければ、ドアを開ける発想すら、思い浮かぶまい。


 現時点で、声を上げても、信号を受け取る仲間がいない。皆、化け物に食われたのだ。ましてや、人間には自分達の言葉は通じない。声を上げる意味が無い。

 そして、ここが何処なのか、二匹は理解出来ていない。ドアを開けて屋内を探せば、さくらに会える。そんな発想に行きつかないだろう。


 ただ、兄のゴブリンは、さくらの行動を見ていた。さくらがどうやって処置室に入ったのか、知っているのだ。


 鈍色に光る丸を動かせば、ここから出る事が可能である。

 ただし、出ても何処に繋がっているのかは、わからない。もしかしたら、先ほどまで居た場所に戻れるかもしれない。

 そこに、あの優しい人間がいるかもしれない。


「ギイ、ギギギギ、ギギギギャギャギ」

「ガガ?」

「ギイ、ギイ」


 僅かな可能性にかけて、兄はベッドから飛び降りる。続いて、妹も兄を真似て、ベッドから降りる。そして、兄は妹の手を引いて、ドアへと向かった。

 妹の手を掴んだ方とは逆の手で、器用にドアノブを回す。そして、部屋の外へ出る。


 診察室と処置室が別になっている。それに加えて、入院用の部屋もある。辺鄙な村の診療医としては、考えられない大きさだろう。

 だが診察と入院で、病棟が別れてる様な病院とは違うのだ。出口まで迷う事は皆無だろう。

 

 もしこの時、兄妹がもう一時間ほど寝ていたら、問題は起きなかっただろう。


 もう遅い。既に目覚めてしまった。そして慎重に廊下を歩く兄妹の耳に、聞きなれた声が届く。

 その時、兄妹は安堵した。そして、嬉しそうに笑みを浮かべ、飛ぶように声のする方へと向かった。


 ☆ ☆ ☆


 貞江が、VRゴーグルをつけて、会議に参加する事は滅多にない。診療時間に関係なく、万が一の時に備えて、視覚や聴覚を奪う事を避けているのだ。

 無論、貞江の事情は、技術を担当した江藤も理解している。普段なら、PCに映る会議の様子を見ながら、声だけで参加している。

 それ以外にも、貞江のVRゴーグルは、江藤が改造を施している。

 VRを付けていても、生体情報モニターからの信号が届く。また、ゴーグルについているボタンを押せば、待合室や処置室などの映像に切り替える事が出来る。


 無論、現在治療中の患者達を、放置する事は出来ない。

 輸血中の青年には、アレルギーが発生する可能性が有る。それ以外に、どんな副作用が起きるかわからない。日本人でも外国人でもない、他の世界から来た人間ならば、当然に考えられる事だ。

 それは、ゴブリン達にも言える。人間と同じ処置をする事が、適切であったとは、言いきれない。


 ただし、彼らの事を説明するには、慎重を要する。貞江でさえ、確信を持って話せる事が無い。その上、住民全員から反対される事はわかっていた。

 恩が有るさくらの為だけではない。医師として、治療をほどこした患者達の為に、完治までの時間が欲しい。それは、貞江の本音なのだろう。


 貞江は、院内の様子を確認する様に、みのりに依頼した。そして、この日だけは、ゴーグルをつけて参加する事にした。

 それが問題に繋がるとは、院内にいる全員が、考えていなかった。


 ☆ ☆ ☆

 

 兄妹達は、声のする部屋を覗き込む。妙なものを被っていても、さくらの姿は直ぐにわかった。

 妹がさくらに声をかけようとする、しかし兄はそれを止めた。

 何故なら、さくらは真剣そうな様子で、話しをしているからだ。邪魔をしてはいけない、そう悟ったのだろう。

 妹は、兄の言う事を聞いて、両手で口を押えた。


 そこまでは、よかった。

 すこし見渡すと、貞江がいないのに気が付く。更にその部屋が、先ほどの部屋ではない事にも気が付く。


 あの怪我をしていた人間は、何処に行った?

 治療してくれた人間は、何処に行った?


 兄妹の中に疑問が浮かぶ。そして、静かに中の様子を窺う、兄妹達の耳に届いたのは、怒った人間の声だった。

 それ以外にも、複数の声が兄妹に耳に入って来る。


 見ればわかる、その部屋にいるのは、優しい人間、怖い人間、臆病な人間の、三である。

 その人間達の声なら、知っている。だが、聞こえてくるのは、見知らぬ声である。

 しかもその声からは、嫌な感情が伝わってくる。


 子供というのは、感受性が豊かな生き物である。

 両親の仲が悪ければ、表面上どれだけ仲が良さそうに見せても、敏感に感じ取る。それは時として、子供に思いがけない行動を起こさせる。

 

 兄妹が感じたのは、疑念、怒り、排除、そんな感情だったのだろう。荒げた声を聞いたのも、拍車をかけたに違いない。

 その時、兄は妹の手を引いて、走りだした。廊下を抜けて、待合室を抜けて、外へと飛び出す。


「ガア! ガアガアガ!」

「ギギ! ギギギギ、ギギギギイギギ! ギイ、ギイ、ギギギ」


 兄に連れられて外には出たものの、妹は立ち止まる。そして、兄の手を引っ張ると、首を横に振る。

 だが兄は、妹を諭す様に説明をした。

 

 兄は、さくらに迷惑をかけない為に、診療所を離れて、元の森へ行こうと考えた。さくらに心配をかける訳にはいかない。そう考え、妹は兄を止めた。

 それは、重荷にならんとする思いやり、また純真な想いから生じる、真心でもあろう。


 ゴブリンは、森の中で音を立てずに、獲物に忍び寄る術を持つ。大人のゴブリンに比べれば、兄妹の技術は拙い。

 それでも、人間に気付かれない様に、動く事が出来る。ましてや、耳の遠くなりがちな老体なら、絶対に察知する事は出来ないだろう。


 幾らその時、みのりが会議に参加せず、処置室で青年の様子を観察していたとしても、兄妹の行動に気が付くのは不可能なのだ。


 その後、事務室に戻ったみのりは、椅子腰かけた後にウトウトしてしまった。その間に、青年が目覚めて、診療所の外へ出てしまう。


 もし、さくらの姿を見つけた時、妹が声をかけていたら。もしくは、興味本位でさくらに近づいていたら、結果は変わっていたかもしれない。

 しかし、さくらを気遣い妹を止めた、兄の行動は決して間違いではない。


 会議の様子を、PCで映していなかったら、兄妹は自分達の存在がさくらに迷惑をかけるとは、思わなかったかもしれない。

 しかし、さくらでも収拾がつけられない程に揉めた時、誰がその場を収めると言うのだ。


 みのりだけに、患者達の観察を任せたのが、悪かったのか?

 そうではない。さくらと貞江は、会議に参加する必要が有った。孝則は、村長として参加する義務がある。

 観察を任せられるのが、みのりしかいなかった。


 敢えて言うなら、処置室のドアが閉まっている事を、ちゃんと確認すれば、青年が診療所から出て行くのを防ぐ事はできたかもしれない。


 しかし、八十五にして、朝から動きどおしで疲れ切っていたみのりを、誰も責める事は出来るだろうか?


 診療所の自動ドアを封鎖しておけば? それでは、緊急の際はどうする?


 不運が重なった為に起きてしまった、ヒューマンエラーの典型とも言えよう。


 会議が終わり、ゴーグルを外した後、さくらと貞江がアラームに気が付く。そして、各部屋を映すモニターを見ると、患者達の姿が無い事がわかる。

 孝則は、みのりを起こそうとする。しかしさくらがそれを止めた。


「あんたは、みのりをベッドで休ませてやりな。貞江、あんたはみんなに連絡するんだよ。まだ、遠くには行ってないはずだ。直ぐに見つけるよ!」


 そう、声を荒げると、さくらは歩き出す。


「おい、さくらぁ。お前は何処に行く気だ!」

「決まってるさ。若いのから、探すんだよ」

「無理すんな! 孝道が来るまで待て!」

「待てないよ! あんなのを、放っておけるはずないよ!」

「くそっ! ならせめて、灯りを持ってけ!」


 孝則は焦った様に、机の脇に常備してある懐中電灯を掴むと、さくらへ投げる様にして渡す。

 そして、さくらは急いで診療所の外へと出た。連絡を受けた住人達が、それぞれに動き出す。


 どうやって信川村に辿り着いたかもわからないのに、帰り道など誰も知らないのだ。青年は、ふらふらとしながら、道路を歩いて、帰り道を探す。

 夜目の利くゴブリンなら、辿り着いた場所も直ぐにわかるはずだ。しかし、帰り方などわかるはずがない。それとも、帰る事を諦めているのか、森に向かって走っている。


 患者達の捜索を始める、住民達。そして、帰り道を探す青年。居場所を求めて、彷徨うゴブリンの兄妹。

 こうして、それぞれの思惑が交錯する、信川村の長い夜が始まった。

さて本作は、高齢者だけが暮らす村が舞台となっています。

本編に、最先端テクノロジーを導入させた理由を、今回はお話ししましょう。


先ず、ネットワークによる、離れた場所での会話等のコミュニケーション。

これは何も、十数キロ離れた場所でなくても、利用価値が有ります。

少なくとも、病気で寝込んでいる時、私は同じ家に住む家族に、ラインでお願い事をしました。


私が傷害を持っているから、起こり得る事かもしれません。

ですが、障害者と健常者の当たり前が違う様に、若者と高齢者の感覚は全く異なります。

周りの音が良く聞こえない、体が満足に動かせない。

所謂、生活自体が大変なんです。

それこそ、買い物に行く事自体が、重労働だったりします。


孤独死なんて言葉も、流行り言葉の様に聞こえてくる時代です。

過疎化、高齢化、それはこれから更に増えていく事でしょう。


VRを使った会議、バイタルサインをネットワーク上で収集するシステム、全ての機能が声に反応して操作できるスマートフォン等。

私が登場させたテクノロジーは、既に実在する物がほとんどです。


これ等のテクノロジーを応用するだけで、幾つかの問題が改善可能だと思っています。


例えば、操作が楽なスマートフォンは、販売してます。ですが、それでは不足なのです。

ボタンを押す操作だけでも、難しいと感じる高齢者はいらっしゃいます。

戦後の世代だから? 違います、思考や記憶、判断能力等が鈍っているのです。

だから、本当に欲しいのは、操作の必要が無いスマートフォンです。


また回覧板替わりの、共有の掲示板等が有れば、地域での情報共有が迅速になります。

地域ネットワークに、商店や病院、公共事業が参加するとしましょう。

高齢者は、言葉を発するだけで、商品の注文が出来る。

更に病院と公共事業が提携し、バイタルリストバンドを利用した、データ収集と管理を行える様になれば、体調が急変した際に駆けつけ易くなるでしょう。

同時に、孤独死も減るでしょう。


いずれ高齢化社会が訪れる。

その中で、需要が増えるのは、高齢者を相手にした商品でしょう。

それがわかっているのなら、企業は今の内に準備を進めるべきです。

更に言うならば、国は福祉対策の一環として、これから必要になる物を検討をするべきです。


さて読者の皆さんが、杖をつく歳になった時、どんな社会になっているでしょう。

日本という国が、存在している事を願います。


次回もお楽しみに!

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