41 放出
「ヒ、ヒニンって、そういうこと……」
水野有希から避妊についての解説を受けた六斎堂愛忌は赤面する。
「全く、最近の若い子は……」
一通り騒ぐと、水野有希は、今度は急に静かになる。
酔っ払いの終末期を迎えたようだ。
「……み、水飲みたい……」
「水? 水道出るっけ」
「えっ、……そういえば、試したことはない」
「おしっこ……」
酔っぱらいの危険信号が点灯する。
いよいよヤバい。
明晰夢での行動は、現実の身体に反映されやすい。
つまり、明晰夢で放尿はヤバいのだ。
「せ、先生? 教室だし我慢っしょ……」
「ト、トイレ、連れてって……」
水野有希は床に横たわる。
自分の立場など忘れ、夢の中でも眠ろうとしていた。
「え、どうすればいいの、これ~……」
「おしっこを飲ませれば全て解決する」
「時々ヤバイこと言うよね、愛忌ちん」
苦しむ水野有希を横目に二人は呑気だ。
しかし、これから理解することになる。
飲み過ぎた若者がどうなるのかを。
「あ、出る、出……」
「ちょ、マジで!? か、花瓶!」
渡良瀬愛依は咄嗟に花瓶を創る。
昔、六斎堂愛忌が悪魔の手で教卓ごと破壊したものと同じ花瓶だ。
「おら!」
その花瓶を、水野有希のスカートの中に勢い良く突っ込み、ぐいぐいと奥に押し込む。
横たわって寝ているため、股間と花瓶を密着させないとこぼれてしまうからだ。
「あっ……。…………あ、」
水野有希の限界を迎える鳴き声。
「く、来る……!」
「………おろろろろろろろ」
水野有希が「出る」と言ったのは、下からではなく上からの意味だった。
助産婦のように股で待ち受ける二人は、自分の担任の醜態を目の当たりにし、しばらく声も出ない。
「おろろろ……。おえ、ゲホゲホ……。……ん、んむむ」
「……! つ、詰まってる」
更に運の悪いことに、水野有希は自分の嘔吐物で喉を詰まらせた。
これが現実と同じ行動を反映しているなら大変だ。
「ちょ、先生!?」
二人は、顔の周りに集まり、頬を叩いたりするも効果は無い。
水野有希の顔が青ざめ始める。
「ど、どうしよ、本当に喉詰まらせてたらヤバいよ」
「ハイムリック法を試す。…………えい」
慌てる渡良瀬愛依をよそに、六斎堂愛忌は、全体重を乗せた本気の正拳突きを水野有希の腹部に叩き込む。
「んむっ!? げ、げほげほ……」
「お、おお……! 生き返った!」
本当のハイムリック法はもっと平和な救命処置である。
何はともあれ、夢の中での生命の危機は過ぎ去った。
問題は現実でも吐いていた場合、喉を詰まらせたままなのかどうかだ。
「……恐らく、一命はとりとめたはず」
喉を詰まらせてから三分が経過したが、水野有希は夢の世界から消えることは無かった。
おそらく生きている証拠だ。
絶対とは言い切ることはできないが、安心しても良いだろう。
「は~、来週から先生の顔まともに見れね~……」
「せめて、先生はこのことを忘れていて欲しい……。って、あ……」
六斎堂愛忌は、床に座り直し手をついたところで異変に気付く。
床が濡れている。
「……ら、来週、先生が学校に来ることを祈る」
「……お酒、怖すぎっしょ……」
水野有希の下半身を囲むように発生した尿溜まりを見ながら、二人は酒の恐怖を実感した。
やがて、水野有希は夢から覚めていった。
どうか無事でありますように。
身体的にも社会的にも。
二人は心から願った。
後日談。
「おはよぅ……ござぃます……」
週明け、水野有希は元気無く教室に入って来た。
顔は気持ちやつれている。
「え~、出席……。…………君、……さん……」
声が小さすぎて点呼の声が聞こえない。
明らかに消耗している。
原因は明らかである。
「先生、聞こえません」
「大丈夫ー? 風邪?」
「えっ。あ、いや、なんでもないの……。……グスン」
生徒に心配され、水野有希は涙をこぼす。
先週のことを思い出したんだろうか。
「……先生ね、もしかしたら、この学校……。いや、なんでもないわ……」
そうつぶやいて、水野有希は教室から消えて行った。
月曜の朝から教室の空気は重い。
茶化す空気も起こらないくらい、水野有希からは悲壮感が漂っていた。
「六斎堂さん、ちょっと、いいかしら……」
放課後、六斎堂愛忌は水野有希に呼び止められる。
二人は場所を移動し、人のいない進路指導室を一時的に貸し切りにした。
「あのね、六斎堂さん……。少し前にね、私……」
煮えきらない態度を取る水野有希。
「うん、あのね……。六斎堂さんの夢に、先生が来たこと、あったって……」
「……は、はひ」
このあとの展開が読めた六斎堂愛忌は硬直する。
「……あ、あのね? ……先生、先週の金曜に、ちょっとだけ、ちょっとだけね? お店で寝ちゃってね……?」
「………………」
「そ、それで……。なんとなくね? 六斎堂さんに、お腹を……。さ、触られたような、そんな夢を見たような気がするの」
「……………………」
「か、勘違いならいいんだけど、……わ、わたし……、先生、六斎堂さんの夢に、出てきたり、してない……よね?」
水野有希は今にも泣きそうな顔で六斎堂愛忌を見つめる。
六斎堂愛忌は冷や汗でシャツの背中が張り付く。
二人の間に沈黙が訪れる。
「……や、やっぱり、私……!」
沈黙を肯定と受け取った水野有希は、抑えていた感情が噴き出す。
「私、覚えてるの! 渡良瀬君と六斎堂さんの前で恋バナの授業なんてものをしたことも! 避妊の意味を教えたことも! それで、それで……! そのあと……!」
「せ、先生! ……な、なんの、話ですか。し、知らないですから、何も」
狂乱した水野有希を、六斎堂愛忌は必死に止める。
悲しいことに、水野有希は夢の内容を完全に覚えてしまっていた。
「嘘よ……。いいのよ、もう……。……あの日、先生達で文化祭の打ち上げがあったの。それでね、また私、飲みすぎちゃって……。トイレまでは行ったんだけど、そのまま床で寝ちゃったの」
「…………」
「あとは、夢のとおり……。上からも下からも、全部出しちゃって……! ああ、起こしに来た店員さんと先生達のあの顔……」
水野有希は何かを思い出し悶絶する。
聞いてるだけで六斎堂愛忌も悲しくなってくる。
「もう私、この学校にいられないわ……! どうしたらいいのよ~~っ! うう……」
「げ、元気出して、水野先生……」
進路指導室で、水野有希は自分の進退に怯え泣いている。
そんな大人の姿を見て、六斎堂愛忌は「必ずしも大人が正しく、頼りになる絶対的存在と言うわけではない」ということを知った。
「お、お酒の怖さを、教えられる、良い先生になったと思えば……」
それからも、月並みなフォローを続け一時間。
最終的に水野有希は吹っ切れた。
その週には元通りになり、元気に教鞭を奮っているらしい。
代わりに、付き合わされた六斎堂愛忌は一週間、大人とは何かについて深く考えてしまうようになった。
人はみんな、何かしら抱えて生きている。
人生頑張ろう。
夢に出てきた人間が本物だったので死にたい 完




