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39 良い文化祭

 文化祭二日目。

 昨日は、クラスの生徒の部活仲間や、同じ中学から進学して来たらしい他のクラスの友達など数組が、この男臭い猫カフェに訪れた。

 その度に暇を持て余したオス猫がむらがり接客するものだから、客は逃げるように帰っていった。


「今日は一般日だから! こっちが本番でしょ!」


 空元気の酒井慶太は適当なことを言う。

 高校一年の猫耳男が、外部の参加者にとって一体何の価値があるのか。

 クラスの女子は、そんな酒井慶太の声を無視し、シフトのメンバーを残し教室の外へ消えて行った。


「どっかで寝てさ、夢のなかで遊ぶ? 愛忌ちん」


「それもいい。でも、余計な腹いせがこちらに向かってくる可能性がある」


「たしかに……。ま、あの哀れなオスを見ながら休憩するのも悪くはないね~」


 意外に性格の悪い渡良瀬愛依だが、六斎堂愛忌にちょっかいをかけられ対応に追われたり、夏休みに招集をかけられなかったことから(そもそも連絡先を知らないが)、酒井慶太のことを普通に嫌いになっていた。




「猫カフェ、猫カフェどすか、お姉さん!」


「やだキモ~」


「……。ね、猫カフェ! 猫カフェ空いてますよ~……!」


 酒井慶太が必死にキャッチをする。

 だが、特に誰も来ないまま午後になった。

 さすがの渡良瀬愛依と六斎堂愛忌も、暇を持て余し、関わりのない上級生クラスの模擬店を楽しんでいた。


「お、愛忌ちん輪投げ上手い」


「これは簡単。渡良瀬くんも射的が上手」


 この縁日という模擬店は、どの学校にも必ず一クラスはある。

 クラスに親交が無かろうが、誰でもそれなりに楽しめるのが良い。

 二人は既に四周目に入ろうとしていた。


「い、いたっ! 渡良瀬! 六斎堂!」


「えっ、何?」


 ティッシュペーパーを細く丸めたこよりと釣り針で作られた簡易釣り竿を使い、ヨーヨーすくいに興じていたところで、廊下から二人を呼ぶ声が鳴り響いた。

 哀れなオス猫、酒井慶太だった。


「お、お前たちに、指名来てんだけど! 暇なら戻って来い!」


 ひどく慌てた酒井慶太を見るに、本当に誰も来ていないのだろうことが見て取れる。

 唯一の外部客のご指名とあらば、酒井慶太でも走り回る。

 酒井慶太に従うのは癪だが、指名とあらば仕方無い。

 二人は釣った大量の水ヨーヨーをビニールプールに戻し、酒井慶太の後についていく。


「指名? だれ?」


「知らない」


「いや、なんか知らんけどすげー美人が来てんだって! 姉ちゃんとかじゃねーのかよ」


「いや、知らないけど~」


「僕のお姉ちゃんかもしれない」


 六斎堂愛忌には姉がいた。

 美人が来てるという情報のなかで、すぐにそう言い切れるということは、相当美人なんだろう。

 渡良瀬愛依は加速する。


「ほら、あの人! 指名の……ハアハア」


 恐らくあちこち走り回ったんだろう。

 酒井慶太は教室を目前にして床に転がった。

 そんなオス猫を無視し、指名してくれたと言う美人のもとに向かう。


「……あ、来た!」


「……うおっ! 凛子ちん!」


 待っていたのは、意識を回復し、病院でリハビリを続けていた、前橋凛子だった。




「誰?」


「さあ……。めっちゃ美人」


「なんで渡良瀬と六斎堂なん?」


「いや、あいつらに会いに来たらしい」


 生存競争に負けたオス猫達が遠巻きに三人を眺め、ぶつぶつと話している。

 前橋凛子はそれほどに美人で、モテない思春期の男にとっては近寄りがたいオーラを放っていた。


「猫カフェって、こういうお店なのね。私、今の流行りなんてさっぱりだわ」


「いや、流行ってないし、本当の猫カフェはこんなむさ苦しいところじゃないから……」


 二十年のブランクのある前橋凛子にとって、初めての猫カフェがこれだった。


「ま、前橋さん。も、もう、身体は、大丈夫なの……?」


 クラスの視線を浴びる六斎堂愛忌は、緊張して上手く話せない。


「ええ。最近退院したの。そしたら、家の回覧板に文化祭のポスターが入ってたから、ちょっと来ちゃった」


 前橋凛子は微笑む。

 無事に退院したことを知り、二人は安堵する。

 まだ、定期的に経過観察のため通院はする必要があるらしいが、普通に生活するぶんには問題は無いそうだ。


「……ふふ、可愛いわね、その耳。六斎堂さんなんて、アイドルの女の子みたい」


「い、いやっ……。~っ」


 六斎堂愛忌は照れる。

 確かに、このオス猫はメス猫だ。

 それは周りの反応を見ても間違いはなかった。


「ほらー、あの子!」


「わっ。超可愛い!」


 廊下から聞こえる他校の生徒の言葉は、六斎堂愛忌に向けられた言葉だった。


「え~、愛忌ちんの魅力、バレちゃってるんだけど~……」


 縁日のあるクラスから自分のクラスの道のりで、酒井慶太は騒ぎながら走っていた。

 それが無駄に注目を集めたせいで、後ろに続く二人にも視線が集まったのだ。


「い、いらっしゃいませ!」


 その後、口コミにより六斎堂愛忌目当ての客がいくらか現れるようになり、それに釣られた普通の客も入りだした。

 文化祭終了の三十分前だが、ようやく猫カフェはカフェの体裁を取り戻した。




 文化祭が終わり、学校全体で片付けに入ると、祭りの喧騒は一気に消え失せる。

 猫カフェ自体は大失敗だったが、クラスの雰囲気は達成感や名残惜しさが沈殿し、なんだかんだで青春の匂いが漂う。


「ろ、六斎堂さん」


「ろ、ろろ」


「えっ?」


 片付けの途中、廊下から六斎堂愛忌を呼ぶ男が二人。

 当然だが、面識の無い男子生徒だった。

 廊下に出ると、他にも知らない男女の生徒が数名立っている。


「あ、こ、ここ、立ってもらえますか」


「……?」


 流されるまま、六斎堂愛忌は猫耳姿のまま写真撮影に応じる。

 猫耳頭の上にはクエスチョンマークが無数に浮かぶ。


「愛忌ちん、知り合い?」


 数分後、教室に戻って来た六斎堂愛忌に、渡良瀬愛依は尋ねる。


「知らない人だった。写真を撮られた」


 六斎堂愛忌は今後も知らずに生活していくが、この後、六斎堂愛忌は一部ファンに影で見守られながら、学生生活を送ることになる。


「ふ~ん……。てか愛忌ちん、いつまで猫耳つけてんの? 俺も写真撮ってもいい?」


「…………」


 六斎堂愛忌は、渡良瀬愛依のスマートフォンを奪うと、インカメラを起動する。

 二人がフレームの中に入る形で、六斎堂愛忌はシャッターを切った。

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