02 見境無し
次の日、六斎堂愛忌は渡良瀬愛依よりも遅れて登校してきた。
席につく寸前、二人は目が合う。
「おはよ~愛忌ちん? ……そのヘアピンイケイケすぎっしょ~」
なんと渡良瀬愛依、夢に出てきた相手に一方的に親近感を抱き、威勢良く馴れ馴れしい挨拶を飛ばす。
「……!? …………」
当然、六斎堂愛忌は驚き、なんの返事も返さない。
不審者に対する普通の対応である。
更に言えば、地味な男子生徒が付けている装飾品を褒めるのも良くない。
特にこの場合、ヘアピンを付けた地味な男子とあっては、空回りした高校デビューの線も考えて慎重に発言すべきだったと忠告したい。
「あれ、お~い、愛忌ちん? 聞こえてるっしょ~?」
尚も六斎堂愛忌は無言を貫く。
「こっち向いてよ、愛忌ち~ん……。男同士、これから仲良くしていこ~よ~!」
「…………」
「ほら、そ~だ、俺アイロン持ってるから、その前髪くるくるしちゃうよ~~?」
「………………」
「ね~、無視しないでよ~……。俺、なんかした? 最悪、土下座まではするよ~」
渡良瀬愛依の迷惑な絡みはいつまでも止む気配は無かった。
すると、反応しない限りこの絡みは終わらないだろうと判断したのか、六斎堂愛忌は諦めて口を開いた。
「…………や」
「お?」
「……や、やめ、て……っ、くだ、さい」
「………………」
その日は、主に教科書配布と、他教科の教師の自己紹介やらで、渡良瀬愛依のメンタルに傷がついた以外には、特に何もなく終わった。
渡良瀬愛依にとって、久しぶりだった。
友達を作ろうとしたことも、人に拒絶されたことも。
朝の一件以降、彼は一言も発さずにいた。
昼休みも、友達(予定)とおかずを交換しても良いように、母親が気持ち多めに詰め込んでくれた弁当も食べず、ぼーっと外を眺めていた。
「……おやすみ」
帰宅後、午後九時になる前には寝た。
その夜、渡良瀬愛依はまた、明晰夢を見た。
「やっぱ落ち着くぜ~、ここは……」
「……! 渡良瀬愛依。また出てきた」
夢かどうか確認する必要も無く、ここは夢だった。
六斎堂愛忌が教室のドアから一人、教室内を覗くようにパジャマ姿で立っているのも、普通に喋っていることも、ここが明晰夢であることを証明していた。
「……愛忌ち~ん……。色々ごめんねぇ……」
「色々がいつを指しているのか分からない。昨日の夢のことか、学校でのあなたのハラスメントか」
「こっちの愛忌ちんは饒舌だね~……。な~るほど、昨日の夢の続きになってるってこと~……? それもこれも、どっちもごめんねって感じで~……」
すっかり弱ってしまった渡良瀬愛依を見て、この六斎堂愛忌は驚く。
「違う。謝るのは僕のほう。教室であなたを拒絶した件は非常に申し訳ないと思っている。その後の学校でのあなたの変わりようを見て、あくまでも好意で話しかけてくれていたということに気が付いた。明日は挨拶をするつもり」
「……愛忌ちん……。夢だとしても、嬉しくて泣きそうになるよ~……」
「……特別に今日は胸を貸す。泣いていい」
六斎堂愛忌は渡良瀬愛依をそっと抱きしめ、頭を撫でる。
この行為に、渡良瀬愛依は母親に抱えられ眠る赤子のような安心感を覚えた。
「……あれ、もしかして愛忌ちん、髪の毛、自分でカットしてる感じ~? あ、それともいじめられて……」
ふと、良い匂いのする六斎堂愛忌の髪に目をやると、毛先が不格好に切りそろえられている箇所がいくつかあることが分かった。
渡良瀬愛依は、六斎堂愛忌に対し暗いイメージは持っていたが、"いじめられていそう"というイメージは持っていなかった。
つまり、この髪の切り方は、無意識に認識していた事実を反映させているということになる。
「自慢ではないが、いじめられるほど注目を浴びたことはない。これは僕が自分で切った。毛を切るためにお金を払うのは無駄」
「自慢じゃない」の枕詞のあとに、本当に自慢以外の文句が続くのも珍しい。
なるほど六斎堂愛忌はケチだった。
あくまでも、渡良瀬愛依の脳内での話だが。
「そうなんだ~? ま、俺の母さん美容師だから、友達割で安く切ってあげてもいいけど~」
「! ……残念ながら僕達は友達ではない。そして結局これは夢」
「……そんな冷静なコト、アンタから言わないでくんね~……? ……あ~、そっか、夢か~……」
「……!? ちょ、またっ……!」
すっかり現実と錯覚していた渡良瀬愛依だが、六斎堂愛忌の言葉で現実(この場合は夢の意味)に引き戻された。
すると、渡良瀬愛依は今、他人の胸を借りていることを再認識する。
なんとこの胸、どうしようが自由なのだ。
「……悪いけど、母性を感じずにはいられないっしょ~っ!」
性別の垣根を越え、六斎堂愛忌からは母性が滲み出ていた。
渡良瀬愛依の知っている胸は、彼が幼い頃に触れた母親の胸だけだった。
そのため、六斎堂愛忌の胸を借りたときの安心感、そして感触は、母親のそれを反映していた。
「……もうっ! この……!」
昨日と同じように、二人はまた奈落の底へシュートされ、渡良瀬愛依は二日連続で最悪の目覚めを経験した。




