15 もう一回行きました
あれから一週間が経つ。
あの淫行以来、二人は廃工場に近づかなくなった。
"あそこにいる女はヤバい"という共通認識が芽生えただけではなく、彼女のことを思い出すと、あの日の淫行の景色も思い出してしまうからだ。
「……最近暇だね~、愛忌ちん」
「教室でやれることの限界が来た。もうババ抜きはしたくない」
最近の夢の中での二人は、ただひたすらに、教室に篭りオセロやトランプや将棋など、アナログなゲームで遊ぶことに終始し、完全に暇を持て余していた。
「……そういえば」
「! な、なに、愛忌ちん……?」
「あの日のこと、覚えてる?」
「エッ、あ、あの日? いや、なんのことか全然っしょ~!」
「僕が渡良瀬くんの初めてを全部奪った日」
「はっ!? べ、べつに奪われてないっしょ! なんなら俺が奪ってやったような感じだし~……」
「そういう小さいところに拘るから、渡良瀬くんのは小さいのかもしれない」
「………………」
落ち込む渡良瀬愛依をよそに、六斎堂愛忌は教室の窓から、遠くに見える廃工場を眺める。
「……あれから、暇さえあれば他のクラスの中を覗いてみた。あの女の子はどこにもいなかった。もしかしたら、あの子はこの学校の生徒ではない可能性がある」
「……え~、同じ制服着てたじゃ~ん」
「そういう類の変態の可能性もある」
「……あ~」
そんなことあるわけないと言いたいところだが、あの女生徒の言動を見るに、あながち間違いとも言えない。
「……で~、愛忌ちんは、また廃工場に行きたいってこと~……?」
「そういうこと。今日は会話を試みる」
こうなってしまっては、六斎堂愛忌は譲らない。
こうして、制服に着替えた二人は、苦い思い出の残るあの廃工場に再訪することになった。
「今日もうるさいね~。あの子、ストレス社会の被害者すぎっしょ~」
「……僕がやっていたストレス解消法の比にならないからこそ、あの子の不安定さが分かってしまって非常に怖い」
そんなことを口走りながらも、前回同様、錬成した脚立を使い、相変わらず爆音鳴り響く廃工場の窓から二階へ侵入する。
直接会うつもりでも、入口の扉からだと、入る前に死ぬ恐れがあるためだ。
「お~い」
「! ……あら、確かあの二人は、この前の変態アベック……」
「ばっ……! ち、ちげ~から! 大体あれは愛忌ちんから来たわけでさ~!」
「そんなことはどうでもいい。下へ向かう」
女生徒の注意を引くと、廃工場内を飛散する金属片が地面に落ちる。
二人は二階の脇にある階段から、彼女のいる一階に降り立った。
「な、なにかしら? いきなり三人でするのはちょっと……って、あら、あなた達、二人とも男の子だったのね……! こ、これはまた……」
「……ま、まあそのことは今は忘れるっしょ~。き、君、草子洗高の一年生だよね~?」
「しょ、衝撃的すぎてしばらくは忘れられそうにないのだけど……。……ええ、そうよ。私は草子洗高校の生徒だったわ」
二人は「生徒だった」という言い方に違和感を覚える。
六斎堂愛忌が割って入る。
「今は、生徒ではないの? それはなぜ」
「何故って、私の夢の中にいるんだから分かってるでしょうに……。……事故に遭って以来、寝たきりだからよ」
「! ……どのくらいの間、ここに」
「そんなの分からないわ。確認できないもの」
「……事故に遭ったのは、何年?」
「変な夢ね、本当に……。ちょうど二千年だったかしら。入学式の日の帰り。信号無視のスポーツカーに撥ねられちゃって。そのあとのことは知らないけど、そのまま起きていないの」
「……っ」
二人は絶句する。
今は二千二十二年。
年数にして約二十年もの期間を、この女生徒は眠ったまま過ごしている。
彼女の悲惨な境遇を知り、二人は動揺を隠せない。
「そんな、今知りました~みたいな反応をするなんて、まるで他人が夢の中に入ってきたみたい。……とうとう、私もおかしくなってしまったかしら」
「……! 渡良瀬くん、ちょっと」
六斎堂愛忌は渡良瀬愛依に耳打ちする。
「……夢の世界が繋がっていること、言うべき? 僕は言いたい。理由は無いが、なんだかそういう気分になった」
「……夢の中だから無責任にできたことも、それを言っちゃうと責任が伴うよ。あの子の人生に干渉することになるけど、……その覚悟があるならいいんじゃない?」
「……そ、そう言われると……。……僕のこの気持ちは、単なる自己満足に過ぎないのかもしれない」
「……ちょっとそこの二人、なに話してるのかしら。久しぶりに人が出てきたのに、そっちで話してたら意味がないじゃない」
こそこそと談合を続ける二人に痺れを切らし、女生徒は不貞腐れながら小言を漏らす。
六斎堂愛忌は少し思いつめた表情を浮かべた後、彼女に質問した。
「……あなたは、もっと色んな人と話したい?」
「え? そりゃあ、お話したいわよ。……だって女の子だもの。パパ、ママ、あと、なっちゃん、はなちゃん、それに……」
女生徒は楽しそうに語る。
年頃の女の子にとって、こんな、何もない空間に約二十年間も一人閉じ込められているなんて、少なくとも良いことなんて何もない。
「……あなた、お名前は」
「? 私? 凛子よ。前橋凛子」
「前橋さん。聞いてほしいことがある」
前橋凛子の人生に介入することを決心したような顔つきで、六斎堂愛忌は、この夢の世界のこと、そして、二人の入学式以後に起こった全てのことを打ち明けた。




