第四話 終点に向かう自転車と、全速力の背景
全面改稿しました!ちょびちょび表現変えたり伏線増やしたりしてます(3/10)
自転車。
それは最初頑張らないと速度を出さない――というか、動けない。
始めの一漕ぎと、繰り返されたうちの一漕ぎだと、重さは全然違う。
それにどこか、僕の夏と同じものを感じた。
自分でもよく分からないけど、直感というか、なんというか。あやふやだけど鮮明な、未来からの電波を拾ったような感覚。
最初のうちに、速度をつけて、最後まで駆け抜ける。
そうじゃなければ、何も進めないままに終わる。
そんな気がした。
「さあ! もっと早く! トウヤは私のために働くのだ!」
スピードに乗り始めて、だんだんと足が軽くなってきた。
アイの声も、いつもより心なしか軽い。
住宅街を抜けて、今いるところは田園地帯。
乾いた畦道はでこぼこで、バランスに気を付けないと倒れてしまいそうだった。
一面の稲の緑が、高速で後ろへと流れてゆく。
疾走感。
風を切る音が気持ちよくて、さらに速度を上げる。
地面を駆ける音が鳴り続ける。
小石が弾かれて、脇へ飛んでいく。
この周辺、それにこの時間に人はいるわけがない。
いくら速度を出しても、咎める人も被害を受ける人もいない。
一面の田んぼの中で、背が高くなった稲が辺りを埋め尽くしている。
いつもこの辺りはいつもジメジメしていて、体にまとわりつくこの湿度の感覚が嫌いだったのだけど。
今はそれすらも、快感。
何かに守られているようで。
湿っぽさが僕の不安が抜け落ちた物のようで。
現実を、一瞬とは言え忘れられるようで。
少し、気分が楽だった。
――そうか、僕はこの夏に何も思うところが無いわけじゃないんだ。
と、なると。
後ろでのんきに鼻歌を歌っているアイも、何かこの夏に思うところはあるのかもしれないのか。
全く、想像できなかったけれど。
というか、今も想像できないけど。
いや、アイだけじゃない。
ヒカリもそうだったように。
きっと残りの二人も。
……もし、終わるのが夏じゃなかったのなら、こんなことを想って、悩むこともなかったのかもしれない。
「…………ふっ」
ここまで考えてから、やっと気づいたのだが。
僕はこの状況が言うほど嫌いではないのかもしれない。
夏休みという限られてはいるけど自由な時間を与えられて、
それをどう使うか。
限られたお菓子をいつ食べるか悩んだ小さい時の様な、高揚感があった。
なんだ、普通に面白そうじゃんか。
「トウヤ! 夏休みさ! 何かやりたいのある!?」
ふと、後ろからアイの声。
周りにあふれている音に勝つためなのか、いつもより声が大きい。
「それを! 今日決めるんだろうが!」
「そうじゃなくて! 先に意見聞いときたくて!」
「普通に! 海とか! 山とか! その辺でいいんじゃないか!」
「遠いね!」
遠くて悪かったな。
どっちも、今まで行ったことが無かったからちょうどいいと思うんだが。
……まあ、遠いからだけども。
「ちなみに! アイはどこがいいんだ!」
「なんにも考えてない!」
おい。
「せめてなんかねえのかよ!」
「それを! 今日決めるんでしょうが!」
「うっるせえ!」
やっぱり、変わらない。
軽いノリで、軽く話を弾ませるいつもの関係。
――やっぱりアイには何か心配事とか、どこにもないんだろうか。
ふと、脳裏をよぎった。
いっつも元気で、暗い面なんて見せたことなくて。
毎日が楽しそうだけど。
そんな彼女が、この夏に何を感じているのか気になってしまう。
「よっ、と」
田んぼを抜けて、建物が見えた所で右折。
車体が少し傾く。
このまま真っ直ぐ行けば、川が見える。
そういえば。
「さっき、何やりたいかって聞いたよな! お前何かやりたいことあるのか!」
どこに行きたいか、とは聞いたけれど、何がやりたいかとは聞いていなかった。
「あるけど! それはないしょ!」
基本的に裏表のないアイ。
でも秘密は多くて、思考とかが読めないときも結構あって。
内緒、か。
アイは本当に、何がしたいんだろう。
「あ! 見えたよ!」
「……お! そうだな!」
話をそらされたような気がしないでもないが、樹が見え始めたのは事実。
古びた木製の橋の奥、大きな樹が立っていた。
「やっぱり、大きいね」
ブレーキには一切手を伸ばさず、ただハンドルだけを握りしめてゴールを見据える。
町のシンボルで、僕たちの集合場所。
枝が落ちれば世界が欠け、葉が落ちれば人が消える。
星乃芽の大樹。
だいぶ大きく見えるけど、近くで見た時に比べると大したことはない。
距離はまだ三百メートルぐらいあるだろう。
――やっぱり、大きい。
景色が異常な速度で後ろへと流れてゆく。
「お! 速度上げたね!」
風を切る。
空を裂く。
夏を進む。
「ああ! スピード上げて」
この世界に宣言するように、僕は叫ぶ。
――終点に向かっていても
――残りが限られていても
――楽しめばいいだけなのだから。
「最後まで、走りぬけてやるよ!」




