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第二話 二人だけの、忘れ去られた河川敷

 背の低い植物が蔓延る河川敷。


 僕は生命が感じられるこの場所の、この雰囲気が嫌いじゃなかった。

 深さのある川だからこそ出る濃い水の色の中では、大小さまざまの魚が優雅に泳いでいる。


 そういえば、桟橋についている二人乗りの舟、ここ一か月くらい乗っていないような気がする。

 小学生の時なんかは、よくヒカリと乗ったのに。


 そんなことを考えながら、さび付いたフェンスの隙間をくぐり中へと入る。

 何百年も前は――人が、もっといた頃はここで遊ぶ人や休憩する人も多かったのだろうか。

 ……考えて答えが出るものでもないか。


「ここ最近、雨降ったりしてなかったはずよね?」


「そうだな。一週間は降ってないんじゃないか」


 夕立も、台風も、最近はずっとなかったしな。


「おっけー」


 ベンチにでも座ろうと声を掛けようと思ったのだが、それを遮るようにして声を上げ。


 ヒカリは勢いよく、雑草の中へと飛び込んだ。


 空を仰ぐように、仰向けのまま。

 両手を広げて、夏を手にするかのように。

 そして、その体勢のまま尻から着地。

 ざぶん、とヒカリに踏みつけられた雑草がうめき声をあげる。


 仰向けのまま、四肢を「んー」と言いながら伸ばしている


 ……なんというか、


「ヒカリ、こういう時の表情はいつもと違うんだな」


 あまり表情を表に出さない時とは違くて。

 本当に楽しそうで。


 ちょっと可愛いなんて、思ってしまった。


「何よ。私はいつだって私よ」


 優しげに微笑みながら手を招く彼女に導かれて僕も雑草の中へと。

 ざくざくと川の中に入っているような音が鳴って、気分だけは少しだけ涼しくなったような気がする。


 乾いた土の香り。

 生きている草の匂い。

 仰向けに寝転がると、五感がいい感じに刺激される。


 なるほど、確かにこれは良いな。

 少しの時間そうやって、ただ空を見上げていた。


 ヒカリから話しかけてこないのを見て、僕が口を開く。


「最近ちょっと変だけど、何かあったか?」


 ふと、気がかりだったことを問う。

 夏休みに入る前一週間ぐらいから、どこか様子がおかしかったのだ。

 劇的な変化じゃないけれど、今日になるまで少しずつ溜息の数が増えていたような、そんな気がしていた。


 席が隣だから気にしようとしなくても、気になってしまっていた。


「あら、気づいたのね」


 ヒカリは、へぇと笑った。

 長い雑草に邪魔されて彼女の顔は見えないが、きっと目は細くなっているだろう。


「あ、良かった。当たってたか、なんとなくだったんだけど」


「なんだ。あてずっぽうで当てられたのちょっと腹立つわ」


「当たったものは仕方ないだろ」


「まあいいわ。……たぶん。ちょっと焦ってるだけ」


「へぇ、で何を焦ってるんだ?」


「意地でも言わす気なのね。――まあ、いいわ」


 はぁ、とため息が一つ。


「……ほんと、大したことじゃないわ。ただ」


「ただ?」


 一陣の風が頬をくすぐってきた。

 ざわざわ雑草が揺れる。

 近くに木がないからか、セミの鳴き声がとても遠く感じる。


「あと四十日でおわるって思うと、どうもね」


「なんだ、そんなことか。――気にしてても、仕方ねえだろ。子供の時からずっと言われてきたことなんだし」


「そういう問題じゃないわ。……そういうことなら私は一切悩んでない」


「へぇ」


 確かに。

 そこの所、どこか僕たちは達観してる気がする。

 人生が終わる時期が少し早まっただけじゃないか、とか。


 知り合いのおじいちゃんとかにこのことを話すと、お前らはおかしいとかもっと自分を大事にしろとか言われるんだけれども。


「最後の最後。消えてなくなっちゃうときに、満足できた一生だって思えるのかなんてことを、ね」


 そう、しみじみとこぼすヒカリも少し珍しかった。

 本当に、弱っているのだろうか?

 まだ、自分に何かを隠している気がしないでもないが。


 今は、とりあえずこの場を乗り切るための気の利いたことを言えない自分が憎い。

 ……とりあえずは今まで通りの口調で普通に返してみることにする。


「そっか、大体理解した。……そこはアレだ。今日の昼前みんなで集まった時に、満足できるような夏休みの計画を立てるんだろ」


 幼馴染五人で、昼前に集合して。

 終わりまでの計画を立てる。

 ……こんな、あたりまえのことしか言えない自分が、少し恨めしかった。


「そういえば、そうだったわね。……じゃ、この悩みは取っておくことにするわ」


「そうしろ、今悩むことじゃねえだろ。……なにかいいたいことがあったら、いつでもいくらでも話しかけて来いよ」


「ありがと」


「良いってことよ」


 僕がそう言った時に、横でヒカリが立ち上がる音がした。

 そよ風で白い髪が揺れてるのが見える。


「んじゃ、私はもう帰るわ。集まりに遅れたくないし」


 驚いて腕時計を見たが、まだ約束の十一時には移動時間を考慮したとしても余裕があった。


「まだ時間には早いけど……まあ、いつものお前で安心したわ」


「――それと、さっきの言葉、絶対に忘れないでね。じゃあまた、後で」


 世界は終わりゆくけど、やっぱり人は変わっていなかった。

 小さいときから変わらない真面目さで。

 常に何かを隠し続ける恥ずかしがり屋で。

 ちょっと、安心。



「さ、いい加減僕も帰るか」


 数分間、ただ空を見上げていたがそれもいい加減飽きてきた。

 頬の横でたゆたう草がくすぐったかったのもあるし。 

 ふと見たアナログの腕時計が示していた時間は十一時。


 ゆっくり行ったらギリギリ間に合わないライン。

 ……仕方ない、寄り道しないでまっすぐ帰るか。


 ちょうど吹いた風に後押されるようにして、僕は立ち上がる。

 その途中で、放り投げていたバッグを拾い上げ。

 一面の雑草の中に溶け込んだコンクリートの上を歩き始める。

 僕の頬を伝った汗がコンクリートを少し濡らす。


 この炎天下の下は、やっぱり暑かった。

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