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Natural   作者: ぷぺ
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はじめてのびわいち 2

日が昇り6時半を越したところで唐橋に辿り着いた。走り出してからまだ1時間半程度。南湖と呼ばれる琵琶湖の区分上最南端に辺り、此処から先は瀬田川と呼ばれる領域に入る。通常初心者の多くは日帰りの場合此処を目指さない。此処まで来ると一周した場合200㎞を超すためロングライド(※1)ではなくブルぺ(※2)と呼ばれる領域に入るためだ。彼が何故その領域に踏み込んだのか。

基本的には何も考えていない。なんとなくである。どうせ走るなら、南湖も含め琵琶湖を満喫しようという想いからだ。


基本的に、馬鹿であった。


「さて、まずはここまで来た。さあここからだ」

 唐橋を渡り矢橋帰帆島に向かう。子供の頃から何度も通った道だ。此処から先は過去を思い出しながら進む事になる。

子供の頃から何度も釣りに来ており、様々な思い出がある。ペダルを回しながら、矢橋帰帆島を越し、北山田漁港へ。昔はよく釣りをした。諸事情で今は釣りをあまりしなくなったがそれでもこの場所へくると足を止め、釣り場を見る。ああ、そう言えば昔、足を滑らして湖へ落ちたなと思いなおしながらボトルケージからボトルを取り出し水分補給を行い、また湖の傍を走る。釣りをする人、カヤックに乗る人、ジョギングをする人、同じくサイクリングをする人。多種多様な人が琵琶湖を楽しんでいる。

国道559号線を走り、琵琶湖博物館についた。当初の予定通り、此処で30分程度休憩を取ることにする。淡水魚が好きなこともあり、父と共に何度も通った。博物館の内部等は鮮明に覚えてる。琵琶湖博物館隣接のカフェ、イントロのサイクルラック(※3)に自転車を止めストレッチを行い、スポーツ飲料の補充を行っていると、一人のサイクリストと出会った。

「おはようございます。琵琶一ですか?」

「そうなんですよ。初めてなのでとりあえず左回りでしてみようかなと思って」

「それはそれは。楽しんでくださいね。ここから先はコンビ二に入れそうなら適度に入って休憩して琵琶湖を満喫してくださいね。ご安全に(※4)

「ご安全に」

少し話すと彼は颯爽とかけていった。同業者?と一瞬思いながらも、まあ物造り関係の人間も世の中多いよなーと考え、自転車に跨り琵琶湖大橋をめざす。

彼にとって意外だったのは、話しかけられたこと。

ソロで行っているので話しかけられることは無いだろうと思っていたが、そうではない。

彼らにも共通点がある。自転車と琵琶湖だ。サイクルウェアと呼ばれる服装を纏い、ヘルメット、グローブ、そして朝一。まあ大体は琵琶一を行う人間だ。その共通点が彼らの心の壁を薄くする。

今までには無かった経験であるが悪い気はしない。

ペダルを回しながら、よくよく考えれば、自分も少しは笑うようになったなと思った。つい最近まで死んだような眼をしていた。

慣れない仕事もそうだが、先日まで付き合っていた女性とうまくいかずストレスも多く、全力で自転車に乗る時間も取れなかった。悩みに悩んだ末、別れる事を選択しホイールを買い替えた。その瞬間、琵琶一を決め家の傍のナチュラルという自転車ショップに駆け込んだ。「補助ブレーキ外してリムブレーキ(※5)を105に変えて欲しい」日数的に無茶な注文をナチュラルの店主夫婦は快く承諾し、琵琶一前日までに仕上げてもらった。そうして彼らは送り出してくれた。愛車を購入した店ではないが、乗りやすいように様々なメンテンスをしてもらいそのお陰で彼は走れているんだなと実感した。

それでもまだまだ、知らない人と話すのは慣れない。


琵琶湖大橋の傍のコンビニに到達したころ、コンビニの前に多くのロードバイクが止めてあり、何故だか少し怖気づきそのまま通過した。彼の中にあったのは「速そうな人怖い、迷惑になったら嫌だ。自分の自転車がそんな良い物ではないから馬鹿にされたくない」そんな間違った心境であった。

本などを読み実走経験より知識が先行し、どこか自分の自転車に対しコンプレックスがあった。この段階では道具ではあって、相棒ではなかった典型であろう。後日思い返せば自信が無かったのであろう。


自転車の楽しみ方など人それぞれであるのにも関わらずだ。


 空腹を感じ、野洲菖蒲にあるローソンのサイクルラックに自転車を止めコンビニで軽食を食べていると、キャンプ装備を満載した2人のサイクリストであった。

「良い自転車ですね。琵琶一楽しんでくださいね」

「ありがとうございます。お二人はキャンプですか?」

「そうなんですよ。ゆっくりのんびりキャンプしながら周ってます」

 自分の自転車を良い自転車と言って貰えたことや、楽しそうにキャンプの事を語る夫婦を見て、ああこんな楽しみ方もあるんだなと思い彼の中に少し違う考え方が産まれだしてきた。


 所詮自転車で、たかが自転車で、されど自転車で。

 単純に走ること自体が楽しかったら良いのかと。そんな当たり前の事に気づきだした。

 今まではロードバイクというカテゴリに縛られすぎ、速い事、良い変速機を積まないとダメという思考に偏ってはいた。

「俺にとっては補助輪付きの自転車の延長だよな結局は。一服してから行くか」

 煙草を吸い終わり、ペダルを回す。

 小さな頃は、補助輪付きであっても自転車はスーパーカーと変わらなかった。ペダルを回し、移動距離が伸び、風を感じたあの頃と。

 


用語解説

ロングライド(※1)

自転車で長距離を走る事。大体は100㎞以上


ブルぺ(※2)

基本的にはタイム等にこだわらず制限時間内に完走することを目的とするイベントになるが、距離としては通常200㎞以上を示す。


サイクルラック(※3)

コンビニなどに置いてあるものはAの字をした1対の足の間にパイプを通しパイプに自転車のサドルを引っ掛け駐輪できるようにしたもの。スポーツ自転車は基本的にスタンドが無い物が多いので必然サイクラックがある店に立ち寄りたくなる。


ご安全に(※4)

工業系、土木建築系等、危険を伴う作業を主とした業務になる事が多い分野で用いられている挨拶。


リムブレーキ(※5)

自転車のブレーキとしては最も古い形態の物。左右のブレーキシューを車輪のリムに押し付け制動する。

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