6.ゴブリンの女王
「今度こそゴブリン退治です」
砦を築き薬草畑をつくり無数のアンデッドを退治し数百の盗賊を捕まえたが小僧がこなしたギルドの依頼は薬草採取の一件だけだ。
当然、無階級のまま。
アンデッドと盗賊が激減したダンジョンの上層は冒険者達から好評らしい。
ギルドマスターも喜んでいるという噂をきく。
でも書類上は功績になっていない。
俺に小僧にアイシャにサンチェス、最後尾はムコーセが守りダンジョンの3階層へと到達した。
時々ゴブリンを見かけるのだがいつものように襲ってこないで逃げていく。
剽悍なゴブリンに近づく前に逃げられると捕まえるのは難しい。
「サンチェスが怖すぎるんじゃねぇかな」
サンチェスのかまえている盾を叩く。
ランタンの炎の色で染まっているので顔色は分からないがモノスゴイ目つきでサンチェスが睨んでくる。
「ゴブリンの後を追いましょう」
サンチェスが提案してきた。
これ以上の深入りは危険だがまだ階は浅いし手ぶらで帰るのは小僧もサンチェスも納得しそうにない。
しょうがないのでもう少し先に進む。
◇
追いかけていたゴブリンとは違う革の鎧を着たゴブリンが待っていた。嫌な予感がする。
ピシーン。
何かを叩く音をきっかけに革鎧のゴブリンの後ろからぞくぞくとゴブリンが現れた。
隊列を整え槍を揃えて突き出してくる。
こんなに組織されたゴブリンの動きは見たことがない。
しかし。
サンチェスはその隊列に盾をかまえて飛び込んだ。
シールドバッシュでゴブリン達が次々とはね上げられていく。盾で叩かれるのだから革鎧も関係ない。
サンチェスを避けて俺たちに突撃してくるゴブリンもいたがムコーセの矢に足を射抜かれる。
サンチェスもムコーセも『退治』はあくまでも小僧にやらせるつもりのようだ。
ピシーン。
「ひるむんじゃないよ。敵は少数なんだから包囲しな!」
暗がりの奥から女の声。
「アイシャさん」
「はい!」
アイシャが大きな照明魔法を打ち上げると暗がりの奥までまばゆい光が届く。
「リズ!」
「クリス?こんなところで何やってんの」
それは俺のセリフだ。
破けた僧衣に革の鎧を雑にひっかけた大女の姿がそこにあった。
太陽のように明るい笑顔。
相棒のエリザベスが生きていた。
◇
あちこち痛んだ10匹あまりのゴブリンを従えたエリザベスに魔物の暴走ではぐれてからのことを手短に説明した。
「クリスも大変だったんだね」
手にした鞭をふりふりと楽しそうにもてあそんでいる。
いや、お前の方が大変だったろう。一ヵ月以上もダンジョンに閉じ込められていたんだから。
「私って方向音痴でしょ」
それはよく知っている。だから俺と組んでいたわけだし。
「怪我をしたこの子達に回復の魔法をかけたら気に入られちゃって」
ゴブリンにも人間と同様に回復が効くからな。
「面白い鞭も拾ったし」
お前にそんな趣味があったなんて知らなかったよ。
◇
詳しく話を聞くと『面白い鞭』は魔道具であることが分かった。
そいつで鞭打った魔物は人間の言葉が分かるようになるらしい。
ただし魔物の言うことが分かるようになるわけではない。
一方通行。
なはずなんだけど。
エリザベスは一ヵ月以上の付き合いの結果、身振り手振りと鳴き声でゴブリンの言いたいことがなんとなく分かるようになったらしい。
その鞭よりお前のほうがよっぽど特殊じゃなかろうか。
「この子達、見捨てておけないわぁ」
そうだよな。お前はそういうやつだ。
「マックス。ゴブリン退治をしたいのは分かるんだがここは我慢してくれないか」
渋い顔をしているが小僧は俺の頼みを受け入れてくれた。
この数なら砦にかくまうことも出来るだろう。
「わかりました。夜になったらダンジョンを密かに出て砦までゴブリン達を連れて来て下さい。牢屋を加工すれば住処も作れるでしょう。舗装された道を東に歩けば砦へと着きます」
◇
小僧の指示は的確だったはずだが…やや正確さに欠けていた。
いや、ゴブリンにも家族や親戚がいる。そういうことなんだろう。
砦の庭に勢ぞろいした数百匹のゴブリンを前に俺は頭をかかえる。すまん。
小僧も困った様子だ。
「乗りかかった船ですからなんとかしたいのですが…船?」
翌朝。
「ハーンス!」
ワイバーンを従えたハンスはちょと格好良い。
「ご領地にゴブリン達を輸送する。御屋形様に船を出してもらえ」
「ブリッジスはいかだを用意してくれ。海まではいかだで下る」
「エリザベス殿はゴブリン達と同行してください。鞭打ち済みの頭だったゴブリンには人間の言葉が通じるようですが彼らのいう事がわかりませんので」
「当然同行するわ。船旅ってロマンチックね」
ゴブリンの大移動が始まった。
◇
マクロード家の領地にはゴブリンやオーク、オーガーの集落もあるそうだ。
人間の言葉を理解できるゴブリンは驚かれたがゴブリンの集団はすんなり受け入れられた。
船旅を楽しんだエリザべスは砦に戻ってきている。
さて。
エリザベスが豊かな胸の間に挟むようにあの鞭を抱きかかえている。
「この鞭。すんごく気に入っているの」
それは見ていて分かる。でもな。
「『竜使いの鞭』はアッパーフィールド侯爵家の家宝だ。返さないわけにはいかない」
説得役は俺。
こうなったエリザベスを説得できたこと無いんだけど。
「お前は僧侶なんだからそんな鞭いらないだろう」
「デザインが気に入っているの!手触りも最高」
『竜使いの鞭』の柄や先をエリザベスが撫ぜて熱弁する。
何回も振って見せる。俺に当てるなよ。
「ちょっと貸して下さい」
錬金術師のフランシスがエリザベスから鞭を受けとる。
「…セイレーンの髪…紫の魔石と黄色の魔石を組合わせて…ミスリルはあるのを使えばいいか…」
鞭をひっくり返したり一部を引っ張ったりしてフランシスがあれこれと調べ始める。
「レプリカを作りましょう。本物そっくりに仕上げてみせます」
フランシスが嬉しそうに提案した。
◇
エリザベスは本物そっくりに作られた『竜使いの鞭』のレプリカに満足してくれた。
ビュンビュンと勢いよく振っている。
エリザベスの銘も入れることにした。
本物を侯爵に返しても良いと納得してくれた。
しかし。
「ゴブリン退治の依頼。どうしましょう」
小僧が肩を落としていた。