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4.ゴブリンへの道

 『一週間砦』の周辺には勝手に建てられたほったて小屋が増えて来た。

 崩落した岩盤は砦へと運ばれ木の柵から城壁へと変わりつつある。

 川辺には桟橋が張り出しいかだに乗せた岩も運ばれてくる。

 マクロード家は海運で発展した貴族なので海へつながれば何かと便利だそうだ。


 ダンジョンの上をえぐり取って作られた薬草畑の整備もどんどんと進んでいる。

 アブラ山の上から水を引き貯水槽も完備した。山火事でも消せそうな大容量。

 純粋に魔力だけを養分とした薬草を作る実験のため水だけ流れるパイプを使った薬草を育てる研究も始められている。

 葡萄の味を濃縮させるためには育成の途中で果実を間引くそうで薬草でも似たことで薬効が高まるらしい。

 予備の魔石も追加で取り寄せた。


 魔物の暴走からそろそろ一ヵ月。

 ダンジョンの扉の前には衛士が立つようになり冒険者達がそわそわしはじめている。

 ダンジョンの底から流れる魔力に引かれ魔物達は徐々に分散していき既に暴走がおさまっているはずなのだが稀に見る規模だったため念のために時間を置いているのだろう。


 冷静に考えればダンジョンの中ではぐれたあいつはもう生きていないはずだ。

 かといって何も出来ていない俺にはあいつを失った実感がまるでない。

 俺も早く扉を開けて欲しい。



「アイシャの淹れる紅茶はいつも美味しいね」

「ありがとうございます。マクシミリアン様」

 砦の館ではいつもの二人。


 薬草採取の依頼はアイシャの予想通り1回で終わり新しい依頼は貼られなくなった。

 小僧は昇級できず無階級のまま。

 そろそろダンジョンの扉が開きそうなので次はゴブリン退治がいいかなと小僧に教える。

 本来なら薬草採取しかやった事のない冒険者にとって危険すぎる仕事だがゴブリンどころかオーガー並みに危険なサンチェスがついているのだから死ぬことはないだろう。

 護衛のムコーセもただ者ではなさそうだ。

 アイシャは魔術師の卵と聞いている。


 馬車をとばして町のギルドへと行きゴブリン退治の依頼を受けた小僧が夕暮れ前に砦に戻って来た。

 ダンジョンの方角をしきりに確認し見るからに落ち着かない。

「そんなにダンジョンに入りたいか?」

「もちろんです!」

 小僧の肌理の細かい薄い肌がすぐに紅潮する。

「金貨を用意できればなんとかなるぞ」



「お疲れ。扉はまだ開かないのかい」

 日が暮れてダンジョンから降りてくる衛士をつかまえ親しげに声をかける。

 怪訝な顔をする衛士に近づき手に金貨を握らす。

 衛士の表情がとたんに柔らかくなった。



 ダンジョンの扉の前には俺と小僧とサンチェスにムコーセ。

 ランタンは俺が持っている。

 衛士から“借りた”鍵で錠前を外し扉のかんぬきを引く。

 サンチェスがぐるりと皆を見回し覚悟をきめ扉を開く。

 僅かに開けた扉から切り込むランタンの光。


 扉の向こうには無数のアンデッドが居た。


「んんん!!!」


 大急ぎでサンチェスが扉を閉じ俺とムコーセはかんぬきをかけ錠前を戻した。


 翌朝。


 昨日の衛士がダンジョンへと向かうのを登り道で待ち伏せし鍵を返す。

 そして無数のアンデッドの事もついでに教えた。

 フランシスが鍵に興味を持ち昨晩のうちにコピーを作っていた。錬金術師って器用なもんだ。


 衛士はすこしばかり知恵がまわる奴だったらしい。

 旅の僧侶が偶然ダンジョンに寄り、閉じた扉の向こうにただならぬ量のアンデッドの存在を感じると言って去っていったという作り話をギルドに報告した。

 ギルドがさっそく調査したところ、昨夜と同様でダンジョンのエントランスに無数のアンデッドが確認された。



 ギルドの酒場ではギルドマスターの呼びかけによって緊急の対策会議が開かれていた。

 ギルドマスターを中心に多くの冒険者たちが集まっている。


 アンデッド対策の専門家は僧侶等の聖職者である。

 聖職者に手助けしてもらわなければ解決は難しいという冒険者達の認識は一致していた。

 しかしギルドが確認した無数のアンデッド相手ではこの町の神父の手に余る。伯都の教会に救援を求めないといけないという結論になった。

 だが伯都の司教ともなれば簡単には動いてくれない。

 冒険者や冒険者ギルドは普段の行いが品行方正とはとても言えないため教会の心象がとても悪くギルドマスターからの依頼であっても言葉だけでは動かない。


 金が必要。


 冒険者ギルドが金を出すのか冒険者達か募金を集めるのかで議論は分かれた。

 冒険者達から募金を集めるとしてもその基準はどうするのか。

 全員定額では無階級の冒険者が出せる金は僅かなので十分な額が集まらない。

 上位階級が負担金を多く出すしかないのだがそれでは納得できない冒険者が殆どだ。


 議論が紛糾する中に砦からやってきたマクシミリアンが到着した。


 緊急の対策会議はマクシミリアンが金貨の詰まった革袋をギルドマスターに渡すことで終わった。

 


 準備のために砦に戻る馬車の中で小僧がアンデッドの苦手な物をたずねてきた。

「アンデッドが苦手な物は三つ。聖水、銀の武器、魔力の込められた武器だ。聖水は高位の聖職者が触れて浄化を施した水で銀の武器はまぁそのまんまで魔力の込められた武器ってぇのは例えば魔石を組み込んだミスリルの剣とかだ」

 そんな宝剣、一度も見た事ないけどな。

「マックスのことだから銀貨を溶かせばすぐ作れると思ったかもしれないけど王国貨幣を溶かすのは犯罪だぜ」

 図星だったのか小僧が少したじろぐ。

「高位の聖職者が触れて浄化した水に魔力の込められた武器ですか…サンチェス達にも相談してみましょう」



「ハーンス!」

 いつものようにサンチェスの声。

「ギルドマスターをワイバーンに乗せて伯都へ飛べ。聖職者どもを連れてこい。帰りは馬車になるだろうからその費用も持っていけ」

 金貨の詰まった革袋をハンスに手渡す。

「ブリッジスはパイプ作りを指揮してくれ。水を受ける大きな器もいるな」

「フランシスは組込む魔石を見繕ってくれ。町から鍛冶屋も呼んだ方がいいだろう」



 四日後。


 薬草畑の貯水槽には多数の聖職者が漬け込まれていた。


 水の寒さでゾンビのような顔色になっている聖職者達に貯水槽の縁から司教が激を飛ばす。

「全身を使え!浄化!浄化!浄化!浄化!」

 司教の手にはサンチェスが良く使う革袋。

 貯水槽からダンジョンの扉の上までは何本もの太いパイプが敷かれ放水の合図を待っている。

 パイプの終端から扉の前を見下ろすと扉の前には魔石の組み込まれたミスリルの斧、鍬、ツルハシをかついだ冒険者達。

 すっかり農具が似合うようになった冒険者の中にはサンチェスを親方と呼んでいる奴もいる。

 魔石が組み込まれたミスリルの農具に魔力を注入し精魂使い果たした魔術師達がへたり込んでいる。

 皆幸せそうな顔だ。握った指の隙間からは金貨の輝き。

 扉の前には片側が欠けた大きく深い器が待ち構えている。


 ダンジョンの扉のかんぬきが引かれる。

「放水!」

 パイプからの放水が始まり瀧のように聖水が流れる。

「開門!」

 扉が開かれ大きな器が突っ込まれる。

 器で受けた瀧のように落ちてくる大量の聖水がダンジョンへと流れ込んでいく。

 地面を揺らす重低音。

 声にならないアンデッド達の悲鳴か。

 30秒ほどで聖水が尽きるとダンジョンの出入り口から器がどかされる。

「突撃!」

「オーッ!」

 サンチェスを筆頭に魔石の輝く農具を振りかざした冒険者達がダンジョンへとなだれ込んでいった。


 しばらくたってからダンジョンの出入り口へと俺も降りた。

 まだ聖水が残っているエントランス。

 積み重なったアンデッドの残骸を探しまわったがあいつらしき残骸は無かった。

 相棒はまだ生きている…かもしれない。



 司祭達の献身は教会の『善意』で行われたことにした。

 なぜならば小僧達にはやましいところがあったからだ。


 アンデッドが何故ダンジョンの底から流れる魔力で奥へと向かわずエントランスで迷っていたのか?


 フランシスは当然のように答えた。

「薬草畑に埋めた魔道具で魔力の流れが変わっちゃったからね」

 農業用じゃなくてアンデッドを方向音痴にさせる魔道具として売ったらもうかりそうだと俺は思った。

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