3.薬草採取
『一週間砦』と呼ばれている。
そんな冒険者達の噂を聞いた。
サンチェスを筆頭に小僧の家臣達は増築の手を止めていない。
ダンジョンのあるアブラ山を含めこのあたり一帯を侯爵から租借してきたそうで、やりたい放題にいじりまわしている。
さすがにダンジョンそのものの権利は借りれなかったようだが。
ダンジョンと砦を結ぶ道は舗装され掘から拡張された水路が徐々に広がっていく。
気の早い連中が舗装路の路肩に屋台を出し始めている。
増築作業者を収容していたテントはいつのまにか木造建築の住居になっていた。
「アイシャの淹れる紅茶はいつも美味しいね」
「ありがとうございます。マクシミリアン様」
新築の館の中でいつもの会話。
「ところでクリス。僕の冒険者としての最初の仕事は何が良いのでしょうか?」
「薬草採取がいいんだが…」
ダンジョンの1階層で薬草採取の依頼をこなす。無階級の初心者はそこで冒険者ギルドへの実績を重ねて鉄階級へと進むのが定番だ。しかし。
「ダンジョンはまだ封鎖中なんだ」
薬草という名前の草は無い。
魔力を受けて育ったホレホレ草が傷を治す薬効を持ったものが薬草と呼ばれている。
ホレホレ草は薬草になると葉の形も変わるのでそれが目印になるわけだ。
ダンジョンは魔力のたまり場だ。というか魔力だまりを持つから魔物が産まれダンジョンになる。
ホレホレ草は砦の周辺にも自生しているが薬効が無く葉の形も薬草になっていない。
ダンジョンのあるアブラ山の岩肌に僅かばかりの薬草を見かけることがあるが探すのも採取するのも苦労する。
ダンジョンへ上る山道にも生えることがあるが冒険者達がすぐ摘み取るのでまず残らない。
「初心者向けの依頼は薬草採取がいい。魔力だまりに近いところで育てたホレホレ草が薬草になる。魔力だまりに近くホレホレ草も育つダンジョンの1階層にはダンジョンが封鎖されていて入れない。そういうことでしょうか?」
訊かれて俺は頷く。
「ダンジョンへの山道からはみ出して踊り場を作りそこでホレホレ草を育てれば薬草になるかもしれませんね。サンチェスと相談してみます」
◇
オカチの町のギルドに薬草採取の依頼を取りに行く小僧を見送った後、サンチェスがさっそく指示を出し始める。
「ハ~ンス!」
「御屋形様に魔石を二袋分けてもらえ。錬金術士のフランシスも連れてこい。急ぎだからワイバーンを使え」
魔石って魔力を集めるために杖に仕込むぐらいで、そんなにやたらとあるものじゃねぇだろうと思ったがミスリルが農具に使えるぐらいだからなぁ。
ダンジョン生活20年の俺の常識がだんだんと麻痺してくるのを感じる。
ワイバーンを始めて見た時は腰ぬかしそうになったもんだけど。
「ブリッジスはクリストファー殿にダンジョン上層の形を教えてもらい計算してくれ」
ブリッジスの用意した図面に重ねて記憶を頼りにダンジョンの内部を描く。
天井の高さをやたらと詳しく訊かれる。ブリッジスは建築マニアだ。
しかし岩肌を少し削るぐらいの作業に何故魔石が必要になるのだろう?
二袋も集めたら魔力爆発とか危なくねぇのかな。
◇
アブラ山のふもとダンジョンの出入り口正面にやぐらが建てられた。
左に右にと折り返えして作られたダンジョンへの山道がやぐらからはっきり見える。
すっかり土木工事が板についた冒険者達が起用に岩肌を登りクサビを打ち足場を築いていく。
俺が重ね描きしたところより少し高い岩肌に底辺200メートルほどの長方形がマーキングされていた。
マーキングされた線のところどころに深い横穴が掘られていく。もしかしたらあの穴の中でホレホレ草を育てるのだろうか?
位置的にはダンジョンから十分に近く魔力たまりからの魔力が届きそうだ。
やぐらの上にはマーキングの確認に余念のないブリッジス。
その後ろではサンチェスが天才魔術師ヴァイオレットとなにやら相談している。
『白銀の牙』の魔術師であるヴァイオレットは紫色の大きな魔石を中心に、赤、青、緑、黄色の魔石を古木が飲み込んだような杖を持っている。
「…魔石…同調…」
赤ら顔の精力的なおっさんが女に金貨を握らせ密談するのは傍目からするといかがなものかと思うが受け取る方のヴァイオレットは満面の笑みだから問題無いのだろう。
しかし『同調』という言葉になにやら危険なものを感じる。
戦場において局面を打開する大規模破壊魔法には高位の魔術師といえども一人では魔力が足りない。
そこで必要とされるのが『同調』だ。
複数の魔術師を従えその力を束ねた魔力は大地を揺るがす。
まぁ、俺の仕事はブリッジスからの質問に時々応えるだけだ。
翌朝。
ワイバーンに乗ったハンスが戻って来た。
ハンスは使い走りばっかりやらされているけど竜騎士なんだろうな。
ハンスの後ろから降りて来た長い髪を無造作に束ねた彼女が錬金術師のフランシスか。
ブリッジスの図面を見ながら何やら相談が始まった。
フランシスが砂利を扱うようなノリで魔石を拳ぐらいの小さな袋に詰めている。
ヴァイオレットはやぐらの上に大きな魔法陣を描きはじめた。
もう何があっても驚かなくなってきた。
今日の昼飯なんだろうってなもんだ。
◇
昼飯を一緒に喰った連中の話しでは魔石の入った小さな袋はあの横穴の奥に詰め込んだらしい。
なんだか眠くなってきたなぁと思いながらやぐらに登ると完成された魔法陣の中央でヴァイオレットが何やら呪文を唱え魔法陣を囲む魔術師達はひざまづいて魔法陣の縁に手をついている。
「爆発!」
ヴァイオレットの凛とした声が消える前にアブラ山の山肌にはいくつもの閃光がきらめき轟音がやぐらをゆらす。
エクスプロージョンそのものは中級の難易度だが、上級魔法の『同調』で周囲の魔術師から魔力を集めた爆発は人の力によるとは思えない威力となった。
横穴で発生した爆発は岩盤を山肌よりも奥から砕き亀裂を走らす。
そしてマーキングの通り抉りとられた岩盤がふもとへと崩落していく。
ズズズズーン。
撒きあがる粉塵を背にブリッジスが振り向いて言った。
「計算通りです」
◇
長方形に削られたところにひきつづき横穴が掘られ魔石の小袋が詰められて爆破。
同じ作業が何回か続けられると、ダンジョンの上には岩盤をえぐって幅200メートル。奥行き400メートル程の大穴が出来た。
爆破された後に残っている岩石を掃除し整地されたところに土を敷きホレホレ草が移植された。
一週間後。
崩落した岩石で埋まったダンジョンへの山道は作り直されて荷馬車を引けそうなぐらいきれいになった。
移植されたホレホレ草の半分が薬草へと成長していた。
「無事に薬草採取の依頼を完了できそうです」
嬉しそうな小僧。
だが、ダンジョン生活20年の俺の目は節穴じゃない。
「この薬草、一流じゃあないな」
半分はホレホレ草のままなのだからギリギリ薬草になった二流品でしかない。
魔力の濃縮度が低いのだ。
俺は薬草を引き抜き水をかけて揉んでナイフで作った傷に張り付けてみせる。
やはり治りが遅い。
「一流の冒険者への道は難しいものですな」
肩を落とすサンチェスと小僧。
「魔石を使いきっちゃったのが失敗だったかな」
フランシスがポツリと呟く。
「魔石が残っていれば魔力を誘導する魔道具を作って畑の下に埋めれば…」
「ハ~ンス!」
◇
追加で取り寄せた魔石を使いフランシスが作った魔道具を畑に埋めることでようやく薬草畑が完成した。
魔力の流れに指向性を持たせてダンジョンから魔力を吸い上げているのだそうだ。
「一流品の薬草の量産が出来るようになりました。ギルドからの薬草採取の依頼をどんどんこなせばすぐに鉄級へ昇格出来るでしょう」
胸を張る小僧。
「マクシミリアン様、さすがです…でも」
言葉をためるアイシャ。
「こんなに沢山の薬草が育っているのに、ギルドは依頼を続けてくれるでしょうか?」
マクシミリアンの一流の冒険者への道は遠い。