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2.野営地

 町を紹介しながら小僧に問う。

「冒険者にとって一番危険な相手はなんだと思う?」

「ドラゴンでしょうか?」

 伝説上の魔物の名前をあげるとは可愛いものだ。

「さすがの俺もドラゴンにはあったことないが一番危険なのは人間だ」

 眉を寄せ首をかしげる小僧の胸を指す。

「その鎧にアイシャさんの大きな魔石を付けた杖、この町では盗んでくれと宣伝しているようなもんだ。家宝を盗まれて素っ裸にされたくなければもっと冒険者らしい格好をしろ」

「冒険者らしい格好ですか…」

 どうやらまだ小僧にはピンと来ないらしい。

「使い古した革の鎧、魔術師の杖ならば魔石を埋め込んで外から見えなくしたもの、武器や盾は余計な飾りが無い方がいい」

 揃ってうなずく小僧とアイシャ。

「これから行くポールの店はこの町一番の鍛冶屋だから武具に用があったら頼りにするといい。飾りのセンスは無いが腕は一流で鉄の剣を鋼で包んだ高級品も作れる」

「わかりました」

「ドラゴンの出てくるような冒険譚にはワイバーンに乗った竜騎士やドワーフの作った宝剣、魔人が封じられた指輪やエルフの隠れ里とかがホイホイ出てくるが現実ではまずお目にかかれない。ポールはミスリルの剣を作ったことあると自慢するがかなり怪しい。繰り返すが人間を信じ過ぎるな」

 今一つ納得できないようだが小僧がうなずく。

 軽くて鋼より硬いミスリルの剣は憧れであり実用品でもあるが恐ろしく高価なので冒険者生活では縁がない。

 可哀想だが冒険譚に憧れる子供に現実を突きつけるのも大人の役目だ。


 翌朝。


 小僧が逗留している高級宿に向かうと既に馬車が待っていた。

 木目が見えないほど塗装が重ねられた車体にはマクロード家の紋章が入っている。

 御者の席にはソバカスがのこるいかにも軽そうな男と大きな帽子を耳まで被った褐色の女が座っている。肌の色が褐色で無ければエルフとうそぶいても通じそうな美形。切れ長な眼が一度こちらを向いた後は関心を失ったのかぼーっと前を見ている。

 弓と矢筒を背負っているので彼女が護衛なのだろう。

 馬車を盗賊から守るには弓が有効だ。


 馬車の前では小鼻を膨らませた小僧がダンジョンへ行きたくてしょうがないという顔で待っている。


 しかし、あのいまいましい魔物の暴走があったばかりでダンジョンは封鎖中だ。


 封鎖中のダンジョンには入れないので無駄足だと説明したところそれならば野営がしたいとアイシャが言い出した。

 馬車なら3時間程度の距離だから野営の必要は無いのだが小僧とアイシャはノリノリだ。

「マクシミリアン様。野営には水のてがあると便利と聞きました。野営地は川沿いがよろしいかと思います」

「アイシャは物知りだな。」

 楽しそうに話しているがダンジョンから東にあるリネ川は『魔獣の森』を抜けないとたどりつけない。

 歩いて2時間ほどで通り抜けられる距離だがダイアウルフにアウルベアーといった危険な魔獣にグールまで出てきやがるので野営なんてとても出来ない。

「楽しそうなところ悪いがなんか忘れてねぇか?」

 直接教えては面白く無いので軽く注意をうながす。

 絵に描いたようなハッとした顔をする小僧。

「父上に領主の侯爵様へご挨拶しろと言われていた!」

 ついでに野営地を借りる許可もいるとか予想外なことを言い続ける小僧に言葉が出ないでいるとサンチェスが仕切り始めた。

「マクシミリアン様は馬車で伯都へお向かい下さい。護衛のムコーセなら御者も出来ます。

ダンジョンにはハンスを連れてサンチェスが先行します。マクシミリアン様が伯都からお戻りになるまでには七日ほどかかるはずですので野営地の確保は余裕です」

 任せてくれとばかりにサンチェスが自分の胸を叩く。

 口を挟む隙間が無いままに馬車は伯都へと旅立った。



「俺は注意したんだけどなぁ」


 『魔獣の森』の説明を聞いたサンチェスが顔を真っ赤にするのを楽しむ。


 雇い主の小僧は安全なわけだし。俺は何も失敗しちゃいない。

「ハ~ンス!」

 サンチェスの大声にソバカスの男がピリリと反応する。

「御屋形様からミスリルを分けてもらう。ワイバーンに乗ってご領地に行け。築城頭のブリッジスも連れてこい」


 ミスリルにワイバーン…だと?



 ギルドのカウンターに置かれた革袋からは金貨が溢れ出ていた。

「魔獣の森を切り開くので人を集めたい。荷馬車の手配も頼む。魔術師に僧侶も必要だ。身体強化の使える魔術師には相場の5倍払う」

 サンチェスの要求にギルドの職員はこくこくと頷く。

 ギルドから出たサンチェスはポールの鍛冶屋へと向かう。

「クリス殿は鍛冶屋への事情説明をお手伝い頂きたい。ミスリルが届きしだい作業を始めさせるので夜通しを覚悟してください」


 いや、俺、事情がまだ掴めていないんだけど。


 二日目。


 ダンジョンが封鎖中で暇なのか町中の冒険者が集まった。

 何かやり遂げたようなすがすがしい顔のポールの前には荷馬車一杯の大きな斧と鍬とツルハシ。


 この農具、ミスリル製なんだよなぁ。


 集まった冒険者の中には「白銀の牙」の連中も見かける。

 天才魔術師ヴァイオレットとサンチェスの会話が聞こえてくる。

「…身体強化の秘術を…他の魔術師に…」

 白髪まじりの精力的なおっさんが女に金貨を握らせ密談するのは傍目からするといかがなものかと思うが受け取る方のヴァイオレットは満面の笑みだから問題無いのだろう。

 荷馬車に乗り切れない冒険者は既にダンジョンへと歩き始めていた。

 目的地はダンジョン。そこから魔獣の森へと向かう。



 草を刈るようにスコンスコンと木が切り倒されていく。

 身体強化の魔法をかけられた冒険者達がミスリルの斧を振るう。

 サンチェスの戦斧も大活躍だ。

 ミスリルのツルハシは巨石を一撃で砕く。

 これって攻城兵器になるんじゃなかろうか。

 切られた木の根はミスリルの鍬で掘り起こされていく。

 開かれた地面にはグール対策のため僧侶が浄化の魔法を施す。

 追加料金を貰ったヴァイオレットは魔術師達に身体強化の秘術を教えている。

 身体強化を覚えた魔術師は交代しながら労働者に施術する。

 不幸にも逃げ遅れた魔獣はおしよせる冒険者に次々と狩られていく。

 ダイヤウルフは食えないがアウルベアーは皮と肉に分けられた。

 日が落ちるとワイルドボアやアウルベアーの肉が煮られ大鍋の前に冒険者の列が出来る。夕飯を食べ終わった冒険者には僧侶達が明日に備えて疲労回復の魔法を施していた。


 ダンジョン手前から東に一直線。四日目には川へ到達した。


「お前らよく聴け!」


 サンチェスが雷のような大声を出す。

 背は高く無いのだが満ち溢れた気合いを感じる。

 どうやらこっちの口調の方が地なのだろう。

「マクシミリアン坊ちゃまの始めての砦だ、三日で縄張りを終わらす!」

「オーッ!」

「館を建てる部隊はブリッジスの指示に従え。籠城に備えてハンスの部隊は井戸を掘れ。残りは俺と一緒に掘りをつくる」

「オーッ!」

 ミスリルの農具と身体強化された労働力でみるみるうちに砦が出来上がっていくのを横目に俺はオウルベアーの皮をなめす作業へと戻った。



「アイシャの淹れてくれた紅茶はいつも美味しいね」

「ありがとうございます。マクシミリアン様」

 焚火を前に野営を楽しむ二人。


 井戸を掘っていたら温泉が出てしまったり、川からあがってきた巨大ワニをしとめたりと想定外の騒動はあったものの、掘をめぐらし柵で囲われた庭は魔物の森であったことが信じられないほど穏やかな空気が支配している。

 温泉をひいた露天風呂からは湯気がたっている。

 木造の館は完成しているのだがアイシャが野営に拘ったので庭にテントを張ることとなった。

 張り切って館の建造を間に合わせたサンチェスは不満なようだ。

 俺がなめしてポールが仕上げたオウルベアーの革の鎧を小僧に渡す。

「これで冒険者らしくなれそうです感謝いたします」

小僧の顔が輝く。

「マクシミリアン様にとてもお似合いです…でも」

アイシャが言葉をためる。

「『使い古した』革の鎧ではありませんね」


 マクシミリアンの一流冒険者への道は遠い。

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