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17.仮面の男

 ウラギリオの腹心であるラフマンは悪い意味でダンジョン付近の冒険者達に顔が売れていた。


 ダンジョンで最も嫌われる行為である魔物の暴走を引き起こした男として。


 ラフマンにレッサードラゴン捕獲を命じたのはウラギリオなのだが一般の冒険者はそこまで知らない。

 伯都に居る間はさほど問題で無かったが、ウラギリオがアブラ砦に駐留することになりラフマンも同行してきている。


 冒険者達の中に居ると肩身が狭い。というか露骨に嫌がらせされたりもする。

 荒事になればそこらの冒険者に劣るラフマンではないので生死にかかわるような衝突にはなっていないのだけれども。


 そんなラフマンにとって『亜人』の居留地が最も心安らぐ場所となっていた。

「ウゴッ?」

 オークのバーテンが手振りでもう一杯飲むかとたずねてくる。

 カウンターに座っているラフマンが黙ってカップを差し出す。

 トクトクと注がれる酒の匂い。

 オークの集落で作られる酒はダンジョンの魔力のせいか独特の酔いがある。


 今日のジーラちゃんも可愛かった。


 古参ファンは笛の演奏が上手くなったとかしたり顔で語るが誰もそんな言葉を聞いちゃいない。

 奴らはなにもわかっちゃいない。

 その日その時のジーラちゃんを愛でる。

 ただそれだけが正義だ。


 毎回、舞台の終盤では汗で濡れる衣装は、毎回、彼女が全力で全身で演じている証。

 あの小さな身体で演劇場の空気を支配する。

 あの大きな瞳が俺たちを認めてくれる。


 彼女に野卑な言葉を浴びせたひねくれ者をこらしめた事も2度や3度ではない。


 両親の顔を知らず物心ついた時には既に盗人だった俺に信仰心はないと思っていた。

 神が全能であり愛があるのであれば、貴族たちと俺たちのこの差はなんなのだと。

 教会なんぞ神の名を語る乞食だろうと。


 でもジーラは違った。

 客席の俺たち全てが愛されている。

 たまにリネ砦の主であるマクロード家の小僧を客席で見かけるが、そんな時もジーラの演技は変わらない。


ジーラ…ジーラ…



 マクロード家の小僧の強みは何か?


 貴族の人脈、竜騎士やダークエルフの弓使いを従えたとびぬけた武力、おそらく王国の学院で学んだであろう俊英の錬金術師や築城技師の技術。


 いずれも表面的なものでしかない。

 本質は金だ。


 『軍師』として本質を見抜く体験を重ねてきたウラギリオにはそれが分かる。

 凡人には分からないだろうが金こそが奴の力の根源なのだとウラギリオには分かるのだ。

 ならばその金をリネ砦から奪えば良い。

 あの砦には金貨も魔石も山のように蓄えられているはずだから。



 満月が森の中の男たちを照らしている。

 川面には月の光が揺れている。


 集められた襲撃者は顔を隠すための頭巾を被っている。

 彼らの前には仮面をかぶった男。ラフマンである。

 川に用意されたイカダを背に仮面の男が最後の確認をしている。


 襲撃者たちには既にウラギリオの作戦が説明されていた。

 満月の夜を狙いリネ砦から金品を奪う。

 川の上流からイカダにのって砦の桟橋へと向かい上陸して砦内の金目の物を奪う。襲撃の後はそのイカダに乗って川下へと逃走すれば後を追われても逃げきられる。

 マクシミリアン達がリネ川の大型な魔物を退治したので夜の川は以前より格段に安全になり、このような襲撃作戦が可能になった。

 リネ砦は川を利用した物流が利点である半面、川からの襲撃に弱かった。


 昼間のうちに光コケをなすりつけておいた桟橋は危険な夜間の川下りの良い目印になった。

 野生の魔物からの襲撃にそなえ掘や柵、石垣を整備したリネ砦は川からの人による襲撃に対応出来なかった。


 リネ砦の資金の多くは何重もの鍵のかかった鉄の扉の中にあるらしく今回の襲撃では強奪を断念せざるをえなかったがそれでもかなりの金目の物を得る事が出来ていた。


 おおよその地図から予め指示しておいた襲撃点の探索が一段落した頃。

 ラフマンがそろそろ襲撃の仕上げをと思っていたところに笛の音が聴こえた。


 ジーラの笛の音だとラフマンには分かった。


 ジーラは砦の人達を笛の音で起こさないように居室から外に出て笛の練習をしていた。

 同じところを何度も繰り返している。

 荒く優しく力強く繊細に。

 つまづきながら何度も試行錯誤される演奏はラフマンの足を笛の音の元へと誘った。

 ラフマンは気配を消し足音を立てずに近づく。

 ラフマンの技術は巧みで普通の人間ならばまず気付けない。

 しかしジーラはダンジョンで育ったゴブリンだ。

 月明かりの下で近づいて来る仮面の男に気付いた。


 純粋な驚き。

 そして戸惑い。

 やがて怯え。

 

 ジーラの表情は目まぐるしく変わりやがて怯えの中に憐れむような光。

 月の光にまたたく大きく濡れた瞳が仮面の男を見ている。


「…ジーラ」


 ラフマンが思わず言葉を漏らす。

 襲撃者にあってはならない失態。

 自らの失態に気付いたラフマンは全力で逃げた。


 砦の者に気付かれたからにはもう逃走するしかない。

 仕上げに放火する計画だったがラフマンはただ逃げた。



「見事にやれらましたな」

 サンチェスが言葉に出した。

「クリスの言う通り怖いのは人間なんだね」

 小僧が続ける。


 盗賊は川上からイカダで砦にやって来て小僧や家臣達の寝ている場所を避けて金目のものを奪っていた。

 気付いた時は既にイカダに乗って川下へと逃げて行ったそうだ。

 金貨や魔石を集めていた部屋は厳重に鍵をかけていたため盗まれずに済んだが、盗賊を想定していないのんびりとした生活をしていたためあちこちに無造作に置かれた魔道具や魔石は盗まれた。

 一番被害の大きかったフランシスは激怒し次は絶対殺すと物騒なことを言い研究室へと駆けていった。

 サンチェスもブリッジスと相談しはじめている。


「ジーラが無事で良かったぁ」

 エリザベスによると居室を離れ笛の練習をしていたジーラが盗賊に会ったそうだ。

 仮面をかぶった盗賊はジーラの名を呼んだということだからここらへんの冒険者なのだろう。

 冒険者という連中はそういうものだ。


 火を付けられることもなく人は誰も傷ついていないのだから次を予防すれば良い。

 いつまでも過ぎた事を気にしていてもしょうがないと小僧が言った。



 『仮面の男』はリネ砦の演劇場の3番目の演目となった。

 今回の事件がエリザベスの創作意欲を刺激したらしい。


 劇中では悪い貴族の城から金品を盗もうとした義賊が偶然に捕らわれたジーラと出会い一目ぼれする。

 ジーラに会うために何度となく城へ侵入する義賊は悪い貴族から目を付けられ追いつめられる。

 その過程で義賊は、悪い貴族に騙されて城を奪われた元領主の子供であったことが分かる。

 正当な城主の血筋にだけ教えられた秘密の抜け穴を示す歌を頼りに義賊は城に侵入し、ついにジーラを悪い貴族から救い出すのだ。


 今回の演劇も大人気で、伯都や王国でこの話を使いたいという声も聞くようになった。



 今までは寡黙だったラフマンが『仮面の男』については熱心に語るようになったので、ジーラフアンの中では『仮面』と呼ばれるようになった。

 レッサードラゴンの件はジーラフアンの間ではたいした問題ではない。

『仮面』の考証は緻密でファンの中でも人気な裏設定として広まった。

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