13.一流
これが貴族の流儀か。
退避所を置くことでアブラ山のダンジョン5階層までが冒険者達の領地になった。
そう考えると、今まで小僧がやって来た事は領地を広げる手法をダンジョンに使っているように見える。
5階層の退避所をより強固にしてくれとの陳情に対しては、マクロード家がアッパーフィールド侯爵家の資産であるダンジョンを改造する事は出来ないということで断ったのだが、ミスリルの農具と補修用の建築資材を退避所に置きそれを冒険者達が勝手に使うことは許した。
ずるいやり方だが想定通り冒険者達が勝手に塹壕を構築し杭をうち拡充することで退避所は小さな砦へと変貌していた。
『五階砦』と呼ばれつつある。
冒険者達が勝手に砦にしたということで運用ルールは冒険者達がなんとなく仕切っているが中には評判の悪い連中もいて、小僧の元にどうにかしてくれと陳情が届くこともあった。
『五階砦』が出来た事でダンジョン探査は安定したがオーク達も砦を真似て柵や土を盛った壁を利用するようになり連携も巧みになったためダンジョン中層への突破が難しくなるという問題が見えて来た。
貴重な素材が取れる魔物を狩ることや吸血鬼の集めた宝を盗むことが困難になり上級冒険者の稼ぎが減っている。
小僧は鉄階級へと昇格し、引き続きギルドからの依頼をこなし昇格することで一流冒険者への道を進むつもりのようだが俺には一流への道が分からなくなってきた。
冒険者ギルドの階級を上げれば一流と言えるのだろうか。
小僧に出会う前の俺は『白銀の牙』の連中のような銀級冒険者が一流だと思っていた。
しかし今は見上げていた連中がそれほど大きくみえなくなっている。
◇
「冒険者達を集めてオークどもへ攻勢をかけ、中層への道を開きたい」
磨き上げられ白銀色に輝く鎧の胸には大きな赤い魔石。『白銀の牙』のリーダーであるレッドが提案してきた。
8層には9層へ下降する地点への道が3本ある。
今まではそのどれかに魔物がいないタイミングで駆け抜ければ9層へ行けたのだが、全ての道がオークによって封鎖されてしまっているそうだ。
それぞれの道の終端近くにオークによって柵と塹壕で陣地が作られていて、1本の道でその陣地攻略に手間取っていると他の道から別動隊のオークどもが背後に回り込んで来るので単独パーティーでの突破が困難になっていると。
さすがは『白銀の牙』のリーダー。
ギルドマスターへ同じ話しを持ち込めば他の冒険者への依頼となり『白銀の牙』の大きな出費になる。
しかし小僧が引き受ければ出費を抑えるどころか無償で支援までしかねない。
魔術師のヴァイオレットから小僧の気前の良さを聞いていたのだろう。
◇
砦の庭では陣地攻略の訓練が始まった。
魔法での攻撃地点を目印に矢を集中する弓部隊。
密集隊形で隙間なく盾を組合わせ足並みを揃えて近づき最後には全力で突撃する部隊。
突撃隊の後に続き柵に縄を括り付ける部隊。
まず魔法と弓で遠距離戦をしかけ、その中で密集隊形の盾部隊が前進し、後ろに続く工作部隊が柵に縄をかけ、さらに後方に控える部隊が縄を引き柵を倒す。
柵が倒れ塹壕だけになれば接近戦で決着がつくという算段だ。
計画の詰めをするため主要メンバーが集まった。
オークの柵への工作があるためブリッジスも加わっている。
「柵の強度が計算できないのが問題です」
ブリッジスが問題提起してきた。
「ミスリルの斧で切り倒せないか?」
「盾部隊の足元をさらうように斧を振る事になり現実的ではありません」
俺の提案に小僧が答える。もっともな話しだ。
「オーガーに引かせたらどうだ?」
「身体強化の魔法をかけた5人のオーガーが力を合わせて引けばこの砦の柵でも倒せるでしょう。良い考えだと思います」
ブリッジスが賛成してくれているがエリザベスは渋い顔をしている。
エリザベスは俺たちがオーガーを利用することでオーガーとオークが対立関係になることを心配している。
オーガーとオークに遺恨が残るとオーガーのコーネリアス達にとって後々不幸な関係になると。
「リズの心配も分かるけど、前面には立たず後ろの方で手伝ってもらうだけだから、遺恨にはならないんじゃないかな」
小僧が深呼吸してから切り出す。
「左、中央、右のルートで、まずは左と中央の部隊はルートを進まずじっくりと右ルートだけを攻めましょう。右ルートでの戦闘が始まり、その後ろに回り込むためにオークが別動隊を出してきたら捕捉して指揮者を捕らえる。出てこなければそのまま前進し本命は左ルート。柵を引くのは左ルートだけでよくコーネリアス達はそこに集中させましょう」
「レッドさんの目的は中層への道を確保することでオーク達を殲滅することでは無いので、運よく指揮者を捕らえられたらエリザベスさんの鞭で打ってもらい交渉役にさせようと思います。別動隊を任せられるからにはオークの中でも勇敢である程度の信頼を得ている人材のはずです」
「交渉を想定するとオークを殺すなとは言いませんが、オークから見て残虐行為は控えめにした方が良さそうです。討伐証明としての鼻の切り落としは止めましょう」
◇
演劇場の舞台の上には『白銀の牙』のメンバーが並び、レッドが今回の計画を説明している。
200名近い冒険者の意思統一には声を反響させ大きく響かせる演劇場が向いているということらしい。
説明が終わったらジーラによる演奏会に切り替えその後は解散。
明日へと備える。
『五階砦』には既に食料や機材を運び終え準備万端だ。
小僧はオークへの残虐行為をしないのが重要な点と考えていてジーラの愛らしい演奏でそれとなく冒険者達に交渉の重要性を感じさせるためだと言うが、冒険者達にそんな上品な方法で通じるとは思えないな。
◇
作戦は気持ち悪いぐらい小僧の想定通りに進んだ。
訓練を積み身体強化魔法をかけた冒険者達の戦いぶりは力強く素早く、そして組織的だった。
馴染みの顔なのに別人に思えるぐらいに。
エリザベスはオーガー達がオークの目に止まるのを避けるためダンジョンの壁に似た色の大きな布をオーガー達に着させ顔には炭を塗っていた。
俺らから見るとオーガーの怖さが増して見えたが遠目にはオーガーに見えなかったので名案なのだろう。
捕らえたオークの指揮者はエリザベスの鞭で打たれ、ザイアスと名付けられた。
オークの手振り身振りはゴブリンやオーガーと通じるらしくエリザベスはザイアスの伝えたいことがけっこう分かるらしい。
9層への下降地点を確保した後は3本のルートの内、左右を閉鎖し一本道とした。
『白銀の牙』を中心とした冒険者達が勝手にやったことにして。
ルートの封鎖を終え仕切り直した後、9層へと進んだ。
9層にはオークの大きな拠点があり戦闘となったが、陣地攻略の訓練が活きたのか決戦には余裕をもって勝利出来た。
決戦に勝利した俺たちはザイアスを使者としてオークの族長と交渉し、お互いに干渉しないことを約束した。
◇
「マックスはなんでレッドを中心に据えたんだ?」
『白銀の牙』の名声は今回の作戦でさらに増した一方で小僧の名は隠れている。
それが俺には釈然としない。
「良い指揮官を育てるのが戦争で楽をする秘訣。そう祖父がおっしゃっていました」
「レッドさんは軍を率いる指揮官になれそうだ…と思ったのです」
小僧はそう答えた。