ルーガス達と源泉~暗躍していた彼らを添えて~
短いです。区切り良かったんで投稿します。
2/14に夜の説明会を追加しました。よろしくお願いいたします。
フロティア暦1月25日 朝市。
「はいよ二十斤!!おまけにもう一斤!」
「ありがとうございます」
「いいって事よ!これから店の周りを軍人さんたちと捜索するんだろう?ならしっかり食べて準備しなくちゃねぇ」
エリゼの言う通りだった。これから店に集合した魔法兵達と共に、ルーガスやガルガストが周辺地域の調査をする。
こうも厄神が出没するのは、ガルガストから見てもおかしいものらしい。店長が首を傾げたのは、もうリオルも店長がおかしいのだと理解したので、数に入れない。
昼のカレーライス用の具材を先に軍用トラックに詰め込んでいたアレクセイ達いつもの三人と合流し、四人はパレードと省略されて呼ばれるようになったルーガスの店に戻ってきた。
ガレッドの厳しい声が部下たちを急かしている。ミトの実家で作っている何種類ものソーセージが焼けた、いい匂いが充満する店内もまたガラス版が設置され、最終チェックに入っていた。
同僚たちに気づいたユリアが、背を向けていたエルシーとラスカーにリオルたちの到着を教えてくれた。
「リオル様、三人も、ありがとうございます」
『ご苦労様です』
「リオルーこっちも焼きあがったからガルス呼んできてー、キイチとリンレイも二階いるからー」
「わかりましたー」
「シャラ―薪ストーブから出ておいで―」
『あーい』
今日も、薪ストーブは彼女の寝床になっていた。
相変わらずガルガストとキイチの、竜人さえも驚く食欲が披露された後、 “人型竜”ガレッドが率いる第十三中隊とルーガスたちによる合同作戦は決行された。馴染みの顔ぶればかりなので、店の店員であるリオルもそれほど緊張することもなくなった。トムやチャレットたちは食事班として加わった数名とカレーライス作りに専念するらしい。
「つっても、見当はあるのか?」
リンレイの疑問は当然である。先の神殿の崩壊以降も出没しているとなると、現時点においてガレイゼル軍に有力な情報はない。キイチたち世界樹の棘も似たようなものだった。
最初から手詰まりである。
ここに神がいなければ。
『俺はある。こいつは馬鹿だからねえ』
「ひどいよガルス!?確かにどこ見たらいいのか心当たりないけど!ガルスはどこ見に行くつもりかな!?」
『温泉の源泉』
「源泉?ウォスター達が気合い入れて守りを固めてたのに?」
『せっかく体の芯から呪ってんのに、それを無駄にしてくれる温泉だぞ?あちらにとっちゃ、どうにかしたくて仕方がないぜ。普通』
『一理あります。私もそこが気がかりでした』
へーそうなんだ、といった空気の中で、異様なテンションに入った者がいた。
アレクセイである。同僚のチャーリー達も驚く変貌であった。
「源泉!!1000年前の地殻変動により枯れ果てた、この“奇跡の湯”たるガホット温泉地の源泉!!」
「ぅおうビビった、どしたのアレクセイ」
「ああ、考古学者の孫」
陛下とのやり取りからキイチは彼が考古学者である事を知っていたが、隣にいるリンレイとシャラはその変貌に驚き、動じぬキイチを盾にした。
チャーリーもトムと立ち位置を変わってもらおうとして、拒否された。トムだって今のアレクセイと絡むのは嫌だった。
『源泉を復活させようと、過去多くの者が挑戦しておりました。学会の方からも源泉の調査について話が来ていますので……考古学者からみて、金貨のつまった宝箱なのでしょう』
『じゃあその軍人も一緒な』
「リオルも来る?」
「遠慮します。カレーも大量に作らねばならないので」
それとも店長、何か。俺に死ねとでも?
そう顔に書いていた。
「そっかー」
「ダレン、レベッカ、マシュ!お前らも付いてこい!他は念のため、神殿のあった海岸の調査だ!」
方針が決まった後は、話は早かった。
『ええい忌々しい!ウォスター神の加護さえなければこんなものぉ!!』
『煩いぞダージャ。無駄なことに貴重な精霊を使うな』
『だがなぁゼドゥーア!こんなものが今更復活してくれたおかげで、俺たちの計画はご破算じゃないか!?これが怒らずにいられるか!!』
バチィ!!
『あぐぅ!!』
『きゃはは、ダージャったら馬鹿ねぇー、結局結界に傷つくなんて、雑魚じゃん』
『黙れレーシャ!』
二か月前までは乾ききっていた、源泉を効率よく流すために何千年も前に人工的に加工された水路が今、火傷するほどの熱を湛えた温泉によって洞窟内を温めていた。
風化しかかっていた部分も修復されており、温泉の流れは止まる気配はない。
今更ながら、完全にこの洞窟を消滅しなかった過去を悔やんだがもう遅い。
『もはや我々に出来る事はもうここにはない。シュレスト様にこの事態を報告しに行かねば……待て、入り口に人が来た』
ゼドゥーアのその言葉に、ダージャとレーシャも外に通じる通路を見た。まだ三人のいる最深部にはその気配は届いてこないが、入り口に設置していた魔動機器の受信機を抱え起動したゼドゥーアは、映されたものに目を見張った。
そのガラス版に、こちらに手を振るルーガスがいた。
『ルーガスト・ガレイゼル………………………!!』
憎しみの込められた言の葉は、洞窟の最深部の中で響き渡った。
「………………………よく気が付きましたね、あんなに小さな監視魔動機……………」
他に言いようのないアレクセイの目の前で、何者かに設置されたその丸い玉のピアスのような小さい魔動機は、ガルガストの黒炎によって跡形もなく燃え尽きた。そこまで小さなものは、ハロー・ハローも完成させていない。
『ここまで小せえと風魔法が使われてんのかわっかんねーな』
ガレッドやガルガストでさえお手上げ状態な、高度な魔動機器技術をもった者がこの洞窟の中にいる。こんなルーガスの店に近い海岸の洞窟に、である
ここ十年は源泉の復活を人類も諦め、放置されていた。アレクセイのような考古学に精通した者でなければ着目しないような代物で、ほぼ忘れ去られている状態である。
国の管理下に置かれているが、立ち入り禁止の鉄格子で守られており、扉は頑丈な鎖を使って施錠されていて普通に開けることはほぼ不可能。今は温かい温泉を途切れることなく海に流し込み、装飾された入り口だけを見ればただの水路の一種にしか見えはしない。
「シャラ、何か感じるか?」
『えー、シャラ達の故郷の温泉地帯とは別物だもん、よくわかんない』
『だが今の魔動機、厄神の気配があったぞ。罠魔法もかかっていたが』
「魔法ことガルスが燃やしちゃったから発動しなかったねー」
「………………………テイルマン少佐」
「ああ、当たりだな」
槍を構えたガレッドとシャラを肩に乗せたキイチを先頭に、突入は決行された。
ルーガスとガルガスト、それにダレン、レベッカ、マシュの三人が後に続き、殿をリンレイが務める。
洞窟内は薄暗くシャラが作った火の玉が照明となってくれたが、通路自体は広かった。
「温泉が湧いてた頃は照明石も豊富にあり、一種の観光名所となっていたようです。今はもう採掘されてしまい、明かりはありませんが」
考古学者の豆知識が披露されながら、いくつかの階段も登り一行は洞窟の最深部に到着した。
「おおお……っ!!段々の中に照明石があんなに一杯!!」
「温泉の中にある成分をこうやって結晶にするんだ。でも思ったより結晶になるの速いね。源泉が結晶のせいで詰まっちゃうから、削りにいかないと」
『この段々の奴も回収しねーとマズくね?ちょいと槍使い、掃除すっぞ』
「俺の槍はそのためのものではないんだがな!」
それでも溢れんばかりに出来上がっている結晶を、ブーツで行けるところまでは回収した。
「あーこりゃ応援呼ばねーと。ダレン、レベッカ、マシュ」
「「「はっ」」」
「通路の篝火んところに結晶を置きながら外の奴ら呼んで来い。行け」
「「「了解しました!」」」
三人が別行動に移り、洞窟内の探索は本格的に実行された。店との通信は好調で、エルシーたちもアレクセイの学識を通信機越しに聞き入った。
「極東のミナトと首都レナードが姉妹都市と認識されているのは、このガホット温泉地が極東様式を取り入れた観光地帯として栄えていたためでもあります。残念ながら1000年ほど前の地震によって温泉は枯れましたが、その名はガホット区として残されました。このあたりの開発が後回しにされ続けているのも、もしかしたら温泉がまた復活するのではないかという淡い希望を、国の上層部も抱いているためです。まあ、毎年初夏の頃の台風がすごいというのもありますが」
少し掘っただけで温泉宿などの遺跡が出土するのも開発を遅々とする要因であったらしい。ここまで源泉がしっかりと湧き出ているのであれば、また観光地として発展できるかもしれないというアレクセイの言葉を聞き、ルーガスはうへえと顔を歪めてしまった。
絶対にあのラビラット人が明日あたりにでも店にやって来る予感しかしなかった。
「ラスカー、国でそこの所よろしく。僕ラニのあの熱意ムリ」
―――観念なさいな。今あのあたり一帯はあなたが所有しているのですよ
―――そうなんですか店長!?
「そーなんだよー……店以外いらないって言ってんのに、レナードの遺言がどうのって……すっごい面倒くさいの」
―――いっそ銀行からラニを引き抜いて土地管理を任せては?
―――!?ラスカー様!それはお止めください!温泉を復活させようと頑張っていた貴族が切れます!!今も爆発寸前です!!リード家が何とか宥めて最善策をとっておりますので、少々お待ちください!!
何やらよくわからない所で、トムが一生懸命頑張っていたらしい。そのありがたみがリオルにもイマイチわからなかったが、土地管理などで安易に行動するのはよくないらしい。とりあえず今は洞窟内にいるかもしれない厄神が最優先なので、話は一旦そこで終わった。
五分ほど探索していると、光源としての役割を終えたシャラが嬉々としてぴちゃぴちゃ前足を温泉に浸け遊び始めた。90度の温泉なのだが、丁度いい湯加減だと嬉しそうである。
ただしそこは厄神がいるかもしれない空間である。
『うにゅ?』
ふと、湯煙の向こうに人影を見た。
『誰だ!』
「シャラ?どうした」
『リンレイ!人いた!あそこ!!』
「よしきた!」
刻印を晒したリンレイが温泉で自分ほどの大きな球体を作り上げ、シャラが指し示した岩陰に解き放った。水属性のリンレイにとって、冷たかろうが熱かろうが水は水だ。
『ちぃ!!』
そんなものを被れば肉体が全身火傷を負うのは必須であるために、観念したレーシャはリンレイに襲い掛かった。このままやり過ごす予定であったのに、見つかってしまったのならば仕方がない。襲い来る年若い娘の姿をした女神の攻撃を、氷壁を作ることでリンレイは防いだ。
「厄神だ!」
「リン君!!」
『もらった!』
隙をみたダージャが、ルーガスに自分の淀んだ精霊で編んだ火炎魔法を放つ。勝ったと笑んだが、ガルガストがその前に立ちはだかり、そして傷一つおうこともなく竜人の爪で反撃してきた。
『出鱈目すぎるぞガルガストォ!!』
『それ程でもないんだがな!!』
『褒めてねーよ!』
「抜刀!」
『しまっーーーー!?』
だがルーガスの黒剣はゼドゥーアの操る槍型の魔動兵器によって防がれた。
「!?黒い穂先の魔動兵器!!?」
『それにその黒い制服!お前ら、あれか!!』
厄病神衆の手下だな!!
ガルガストのその言葉に答えることはなく、年若い男の姿をしたその厄神は、ダージャを背にかばい槍を構えた。
軍帽を落とした彼の顔は中性的な見目でいて、触り心地のよさそうな黒髪など、リンレイなどに通じるものがあった。瞳の色は緋の色で、隙がない。
背後の血気盛んな男神よりもいくらか若い。十代後半か二十代の身体は槍を難なく構え、武の心得があった。だが、その両の頬にびっしりと刻まれた黒い刻印。
その意味を、ルーガスとガルガストは知っていた。
「その刻印……シュレストの刻印!?」
『キイチ!そっちの二柱はお前らでやれ!この槍使いは要注意だ!』
「ほかの二柱も片方に同じもの刻んでいるぞ!!」
『なにぃ!?』
「あのシュレストが舎弟もち!?その事実に僕びっくり!!」
―――ルーガス!気をつけなさい!!その厄神は風の神ゼドゥーア!シュレストの持つ戦力の中でも、特に厄介な神です!!
「他の神は!?」
―――存じ上げません!!
『『ざっけんな!!』』
そんな怒り狂われても知りませんと、さらに追い打ちしたラスカーにヒートアップしていた二柱だが、ゼドゥーアが懐に手を入れたことに気づき口を閉ざした。
宙に放られたのは、閃光弾の一種であった。
戻ってきたダレン達が騒ぎに気付き駆け付けたが、その時にはもう厄神達は撤収していた。
「くっそぉ!逃がしてたまるかよ!!」
―――ガレッド少佐!追ってはなりません!!
「何故!?」
―――何故!?厄病神衆のシュレスト勢力が動いて、国家転覆以下の事態が起こったことがありますか!?奴はリリーダのようにはいかないのですよ!!
「……っちぃ!」
―――そこにいるものは今すぐ温泉に浸かりなさい!しばらくは呪いを弾くことができるでしょう……リンレイ、温度調整をお願いします
「了解しました」
深追いを禁じられ、感情のまま尾を地に叩きつけたガレッドは矛先を付けたままの槍を携えて、ルーガスに迫った。
「うえ!?」
胸元を引っ張られた剣士は得物を異空間に収納し抵抗をしたが、無駄だった。
「なんであの厄神達はここにいた!?この中であのシュレスト神に一番関わった事があるのはあんただろ!?思いつくことはないのか!?」
―――テイルマン少佐!!
―――店長!
「いくら常識はずれだろうと!あの厄神が動いた場合に必ず!必ずだ!!何千万という人類が死に絶える厄災が降りかかることだけは知っているだろう!?」
―――少佐!おそらくソレは知りません!!
「ごめん!首斬ってさすがに死んだと思ってた!!」
「何でだよ!?」
『落ち着けや竜人。そいつはそいつで色々あってだな……すごい端折って言やぁ、過去から今の時代に跳んできてまだ半年しかたってないんだが……意味わかるか?』
「わかんねーよ!?何でそんな事態に陥ったんだよこの男は!?」
『よし、タイムトリップは分かっているな。今はそれで十分だ』
「「よくねーよ」」
さすがに世界樹の棘の方面からもストップがかかったが、神々はそれ以上の事は教えてくれなかった。
首が締め付けられ息ができなくなったルーガスが蒼い顔でガレッドをタップしたことにより、やっと竜人も男を開放してやったが納得したはずもない。
久しぶりの空気を必死になって取り込むルーガスに再び詰問しようとしたが、ガルガストがそれを制した。ルーガスのためではない。ガレッドの目の前に突き出した懐中時計が示す時間が問題だった。とどめとばかりに神の腹の虫が音を上げる。
あと少しで、正午であった。
―――とにかく、一旦店に戻りなさい。ウィリアムにもテレパスで伝えましたので、沙汰はもうすぐ下されるでしょう……カレーライスを食べてお待ちなさい
他にやることも思い浮かばなかったので、一行はそのラスカーの提案に従った。
同時刻。ゼドゥーアの飛翔魔法によって海上を飛んでいた厄神達は、無事に自分たちの魔動船に着地した。人気のないその船は、水の女神であるレーシャの加護によって人がいなくとも沈没することがなく、ゼドゥーアの隠蔽魔法によって見つかることもない。
デッキに降り立ったレーシャは、さっそくマストに八つ当たる。
『あんもー!何なのよあのサラマンダー!!なんで気づくわけ!?』
忌々しいと怒りのままに蹴りだした。妹のそんな激情を、ダージャが咎めることはない。
こちらはこちらでガルガストに傷一つ付けられなかったことが癪に障ったため、怒気が炎となって舞いだしていた。
だがそれも、ゼドゥーアが倒れた音でどうでもよくなった。
『ゼドゥーア!?』
『ヤダちょっと、いつ反撃喰らってたのよ!?』
ダージャが抱きかかえて改めて様子を見ると、庇っていた腹部から人体が血を流していた。慌てて自分より小柄な風神を船内に運び、レーシャは船の進路を操作する。
ベッドに寝かせ、怪我人の衣服を無理やりはぎ取ってみると刀傷が目についた。浅い傷ではない。
『神殺しか……っ』
『あの男…………閃光の前に目を瞑り、反撃に出てくるなど…………人のする度胸ではないな………っぐ!』
『喋るなゼドゥーア!ガルガンの剣で受けた傷だろ?じっとしていろ』
―――問題ない。あれは首か心臓を的確に斬らねば、殺すことは叶わない
『……!?』
慌てふためいていたダージャの背後に、いつの間にか黒い煙で形を得た、髪の長い男のようなものがいた。慌てひざまづくダージャだったが、男は気にすることもなく横たわるゼドゥーアの傷口に顔を近づけ、息吹を送った。
『あぐ……っ!!!』
黒い神の力を注がれた傷口は、それだけで跡を残し塞がった。強制的に傷を完治させられたゼドゥーアは、根こそぎ体力が奪われ気を失う。汗で顔に髪が張り付き、血の気がないのか肌も白い。
―――一度戻れ。帝国を屠るのは跡にする
『畏まりました………………………シュレスト様』
煙が霧散すると同時に立ち上がったダージャは、改めて深い眠りにつく風の神を見た。彼に刻まれたシュレスト神の刻印は顔だけではない。服がはだけた今、両腕、胸の中心、足の甲など、枷のように至る所に刻まれているのが確認できた。
シュレスト神のお気に入り。そう同じシュレスト神の配下たちにも揶揄される程、実際彼は贔屓されている。
今だってそうだ。わざわざシュレスト神が配下の傷を癒すなど、ありえない。
『………………………何でこいつは、これほど………』
『ちょっとダージャ!?今シュレスト様いらっしゃったでしょ!??なんで教えてくれないのよ!?』
『いいからお前は船の進路見ていろこのブス!!』
『何よその態度!?あんたなんて船から落としてもいいのよ!』
『やれるんならやってみな!!』
『はあ!?』
兄妹のそんな大喧嘩と共に、船は進む。
その様子を、鼻の上に風神フォートの刻印を刻んだユグラの眼の監視者が、見ていたけれど。
その夜、リオルはアレクセイに一つのお願いをするのであった。
「疫病神衆について教えてほしい?私に?当事者……………は、ともかくとして………ラスカー様ではなく?」
「ラスカーさんは色々知っているために、あえて情報を制限されるみたいなので…………俺自身も、厄神の中でもとりわけ凶悪な神であり、彼らが現れれば一度に何百人という人が死ぬ事ぐらいで情報が終わっているので」
人の知る歴史においての、ルーガスと彼らの確執や、オッドアイとして知っておいた方がいい追加情報が欲しかった。
「ああ……それならば知っていることを全て教えられる私の方が、適任か……」
「お願いします、アレクセイさん」
撤収作業も一段落し、ガレッド達第十三中隊は先に本部へと戻っていった。
残るハロー・ハローの隊員とキイチとリンレイ、および店員たちは、チャレットの振る舞うコーヒーで一息ついていた。
エルシーを筆頭にした女性陣は紅茶が振る舞われ、ラスカーは皿に満たされたミルクを机の上に乗り飲んでいる。ちょっとした一息であったのだが、その中でのリオルとアレクセイのやり取りは、皆の注目を集めていた。確かにそれは知っておくべき情報だと、皆が思った。
そういうわけで、いつも通り丸テーブルに座っていた三人はリオルにも座るように促し、アレクセイのご講義が始まった。
「ではまずは……黒い精霊についてから」
何か、事前に知っていることは?
「……“精霊”と呼ばれる、粒子のようなものにコーティングされた魔力は……属性をもってしまうと」
赤い精霊を纏ったものは炎の魔法に。青いものは水の魔法に。緑のものは風、黄土や赤茶のものは地属性に。色によって、属性魔法は決定する。
精霊はその特徴の一つに、人によって集めやすい精霊が異なることが挙げられる。現代においては六歳の選定式でその特徴を見分けられる。集められた子供たちは、目に見えるほど集積された精霊のつまった何色もの水晶に触れ、一番反応の強かったものが自分と最も相性のいい精霊だと決定する。
行使しやすい魔法の属性が偏るのも、これが由来する。
そしてこれは、神も適応されている。
「取り込める精霊の量によって、神々にも力の格差が生じるらしいのですが……ラスカー様」
『事実です。女神ルールやユグラスト神の纏える精霊の量が10000だとすれば、ガルガストや私は5000で、よく襲撃に来る厄神達の大抵は100ほどしかありません』
数字にすると、より格差がひどかった。
「この纏える精霊の量というのは条件次第で増やすことも出来るため、神々の陣取り合戦が苛烈を極めているのだが……この辺りは?」
「土地柄によっては精霊が集まりやすいところがあるという、あれですか?火山地帯には赤い精霊が溢れていて、海底には水の精霊が溜まっているという」
「その通り。そしてそういった精霊を浴び続けなければ、普通の神は力を弱めてしまう」
故に力ある神々は、そのような特定の地域に神殿を建築し、その扉から自分の神域に精霊を取り込んでいる。霊体である神々が物質で構成されるこの世界に居座る事が、ほぼ不可能であるために。
神々は、思わぬ物質に取り込まれた場合、そう簡単に元の霊体に戻ることはできない。サラマンダーなどがそれである。
しかしこの火の神の場合は、そうなってしまったとしても楽しんでいたために問題はなかった。自由気ままに生を謳歌し、繁殖まで成功し、そして今も愛されている。大成功とも言えよう。
問題なのは、岩に取り込まれ動くことも出来なくなった地属性の神である。そのまま思考を捨て去り、本当に岩に成り下がってしまった事例には他の神々も恐怖した。
だから霊体である神は使い勝手のいい人間の肉体を狙うか、自分の神域から出てこない。そしてその神域を維持させるにはある程度の力を維持せねばならず、そのためには精霊を取り込まねばならない。
基本自分が一番な神々が、みんなで精霊を等分に分け合うことは有り得ない。
一番効率よく精霊を吸収できる土地を独り占め。それが彼らのやり方だ。
「当然、あぶれる神々もいる。下剋上など夢のまた夢。だからと言って、こんな我々人類が魔法で行使する、目に見えないほど薄い大気中の精霊などでは…神々はいずれ消滅するしかない」
神々は死ぬ。力なきものが淘汰されるこの世界において、彼らでさえその例外ではないために。
死を恐れぬ神はいない。むしろ人よりも神の方が恐怖している節もある。
では彼らはどうするのか。
「一つ、主神にも見放された罪人の肉体を乗っ取って、霊体から“物質保有神”となる」
「え、それガルガストさんの別名じゃあ……」
「あー、リオル。ここら辺の話にガルガストとかルーガスの名前だすの意味ないぞ」
「あいつらは別物だ。異常だから常識の話に組み込むな」
「あ、はい」
リンレイとキイチの言葉に、他のものも皆深く頷き同意する。そういうものらしい。アレクセイは続けた。
「人間の魔法行使は、なぜか精霊の集積力が神々よりもすさまじいために、世界七不思議の一つとされている。そのためか、人体を得た神の方が精霊を手に入れやすく、強くなる。具体的に言うと同時に生まれた双子神が人体のあるなしで十年後、1000:1の力の格差が生じて有名な神話になった」
「あーあるね、美女と酷女の女神の話」
子供の寝物語の定番だと、チャーリーは言うがリオルは知らない。
今度改めて聞いてみよう。
「精霊というのは神々にとってはそれほどまでに重要なものなのだが、ここで黒い精霊が特別になる」
「……厄神達が自分の色の精霊と一緒に纏っているあれですね……ラスカーさんが以前、厄神の事を麻薬に飲まれた人間に例えましたけど……黒い精霊がそれなんですね」
『その通りです』
市井でもほとんど理解されてはいない、神々の事情。その中でも黒い精霊については、最大の厄ネタとして忌み嫌われる。
黒いというあたりで邪竜ガルガンを連想するのは正解である。竜の死と同時に、その黒い精霊は産声を上げた。どんな属性かわからなかったが、その精霊はあらゆる神々が例外なく取り込めたために、なりふり構ってはいられない力ない神は躊躇いなくその精霊たちを受け入れた。
そして狂った。
「その精霊を過剰に取り込んだ神は、知性を失い破壊を本能にしてしまう」
海岸の神殿にいた風の神フールドーのような、黒に侵された神。それが厄神の始まりである。言葉も忘れ、ただ目の前にいた命を殺す破壊者たち。
「津波を大陸に送り付け大地を壊そうとした水神リヴァリー。ホーロライ大山脈を噴火させようとした炎神ヴォルダー……何より、ガルガスト神の先代である大地神ザラストは討伐されるまでに500以上もの地震を起こし恐怖に陥れたとか」
「見境なさすぎませんかソレ!?」
「それが黒い精霊を取り込んだ恐ろしい所であってだな。理性などとうの昔に蒸発しているため、何でもありだ……明言されていないが、人はこの精霊を邪竜ガルガンの………魂の残り滓のようなものだと想像している」
みなの視線に、ラスカーは意味深な笑みで返した。答え合わせはしてくれないらしい。
ちょっと期待していたアレクセイは仕方がないので話を続けた。
やっと本題にたどり着いたのだ。
「…………黒い精霊を取り込んだ神は、精神は狂うが強大な力を手に入れる。自我を犠牲に力を得ても自滅するのが大半ではあるが……ほんの一握りだけ、狂う事なく力を得た神々がいた」
それが疫病神衆。言の葉を忘れることはなかったが、破壊を快楽とする異端の神々。手にした力でもって同じ神を殺し勢力を拡大する、厄の神。
「毒霧の神シュレストをはじめとする十三柱。これが現在の疫病神衆であり、厄介な人類の敵対者だ」
「……毒霧、ですか……」
「一夜にして百万の人がいる国を滅ぼした事もある。恐ろしい神だ」
「そんな恐ろしい神と関わりのあるウチの店長……!!」
頭を抱えるのも仕方のない事案である。本人の話によれば、そんなモノの首を切り落とそうとしたこともあるときた。
リリーダのようにシュレストが復讐に燃えている可能性も否めない。
そんな事に巻き込まれたら即死する自信が、リオルにはあった。
詰んだ。せめて記憶を思い出しておきたかったと涙する少年に、職業柄詳しい情報を持っているキイチが助言した。
「厄神シュレストの性格からして、リオル個人を狙うよりは国を狙う可能性の方がある」
「だよなーあの厄神に関しては」
「リンレイさんまで!?」
「毒霧の神だっていったろ?マジで大量虐殺しか視野に入れねーんだよ、あの厄神」
『あれの関わっている事件において、密室ほど死と直結するものはありません。リオル様も覚えておいてください』
「そこまで!?」
「お風呂空いたよー」
そしてご本人たちの登場である。狙っていたかのように現れたが、風呂場に向かったのは一時間ほど前だ。結構長湯である。
『あん?俺等だけ除けて何話してんだぁ?おい』
『疫病神衆について、リオル様にレクチャーをしているのですよ』
『ああ、あいつらか』
偉神として名を連ねるガルガストにとっては格下ではあるが、知恵のあるものがたまにちょっかいを掛けてくる鬱陶しい存在である。嫌悪を示すように、その竜の尾はビタンと一つ床を叩いた。だがルーガスの方は興味深そうに話に加わった。
「あ、僕も今の面子知らない。シュレストはいるんだよね?リリーダは?もしかして手を組んでるの?」
『あれは入っておりません。というより、疫病神衆というのはユグラスト教会が特に危険視する厄神の上位十三柱の事を総称するだけのもので、集団での活動などは確認されておりません。昼間の彼らは調査中ですが』
「そうなんですか?」
昼間の厄神達の統一された服装からして、てっきりそういう組織なのかと思ってしまったが、違うらしい。きょとんとするリオルにラスカーが補足説明する。アレクセイはコーヒーの追加に席を立ち、自分はもうお役御免かと判断していた。
『現在は、ですが。過去には十三柱が総員を挙げてルーガスに挑んだこともあります』
「さすがの僕も死ぬかと思った」
えへへと照れながら髪を乾かす男から、危機感というものはなかった。相変わらずの能天気。
しかしこれこそが厄神達が最も恐れる神殺しその人である。
となると、不安要素が生まれる。
『………………………失礼、こうしてルーガスが再び活動し始めた以上、今代は集結する可能性が出てきました』
「店長おおおおおおお!!」
「え!?何々店長びっくり!どしたのリオル!?」
あらゆる観点から見て、頭の痛くなる反応である。疫病神衆が十三柱揃ってここに攻めてくるかもって話だよと、隣にいたガルガストがとても分かりやすく解説したというのに首を傾げてくださった。
だから何?という顔である。これにはハロー・ハローだけでなくトムやヨシツネといった戦闘向きの魔法兵も絶句である。リンレイとキイチは天を仰いだ。
『にしても十三柱で攻めてくる可能性ねぇ?まだ猶予はあるだろ、最近十一とか九番目の奴、俺が喰い殺したし』
『聞いていませんよ!?』
『今言った』
『お馬鹿――――!!』
補足された新情報に、リンレイなどカウンターに突っ伏した。
今すぐ国際的に発信されなければならない情報である。
『なぜ黙っていたのですかこの大馬鹿!!』
『いや、黙ってたっつーか、ユグラの眼が逐一俺のこと監視してんじゃねーか。何で把握してねーんだよ』
タイミングよく、キイチの懐の通信魔動機が受信した。
「こちらフレア隊長………………少し待て……ガルガスト、極東のあの時か?」
『おう』
「馬鹿野郎。あんな混乱の中での出来事など把握できるか」
『理不尽だ。遺憾の意を唱えるぞ。意味ねーじゃんか、やめっちまえよ俺の事監視すんの』
『あなたが疫病神衆(やくびょうしんしゅう)以上の大災害を起こせる神だからでしょう!?上位神としての節度を持ちなさい!!大地を司る貴方の行動が大陸にどう影響するのかわからない以上、監視は引き続き行われます!!』
『えー』
みなから離れ通信に集中し始めたキイチも、相手を不器用ながら慰めている。そんな大事な情報を取り溢していたことに監視のものが涙声になっていた。
「とにかく、この情報を一秒でも早く大司祭にお伝えしろ。いいな?」
「そうです。元帥にご報告をお願いします」
―――ほんっとマジで勘弁してくれよな、そこの神様はよぉ………………!!
通信を受けてしまったガレッドの恨み節が届いたところで、エルシーの方も通信を終了した。ふざけんなよコラと、カウンターのリンレイも思わず叫ぶのをリオルは泣き出したくなるのを必死に堪えて聴いていた。
ただ疫病神衆について軽くでもいいので知っておきたかっただけなのに。とんでもない爆弾が隠れていた。吹き飛ぶのは北区でもうやったというのに、今は心が重症である。包帯のお世話にはもうなりたくないのに。
「いつ店が炎上されてもおかしくなかった………………………」
「何だってリオル!?誰がそんなことをするんだい!?」
『だから疫病神衆だと言っているでしょうこの空頭ぁぁぁ!!』
「あだ!?ラスカーに突撃された!地味に痛い!!」
本当に、勘弁してほしいリアクションだった。
そして翌日。
「投資いいいいいいいい!!!!」
「温泉街復興ぉぉぉぉぉぉ!!!」
『うおー』
『………………………何そいつらに加わってんだ。ウルドラ』
『や、何となく』
ラニと愉快な仲間たちに向けて放たれたガルガストの一言は、ラニ達でさえ驚かせた。
割り込み投稿を初めてしました。次から二章の扱いかもしれません。多分。