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パレード・オブ・ガレイゼル  作者: ドンガラガッシャン
第一章
7/24

ルーガスとリオル~動き出した花の神を添えて~

一万字ルールがきつい。

 フロティア暦1月22日 夜。



 パン屋コーリーの電話が鳴ることは、実は珍しいことである。

 まだ電話の普及が大店くらいしかない中でコーリーが電話を取り付けたはいいが、都には大規模なパン工場が王城のため何十種類のパンを日夜作り続けており住民のほとんどもそこのもので済ましてしまう。大量生産の分安いのだ。

 おかげでコーリーの売り上げも年々斜め下をいき、苦し紛れの電話の設置だったのだが、これが今では大当たりである。壁に取り付けてあった電話が、閉店準備に取り掛かった店の中でベルを鳴らした。


「はいこちらコー………ああ、また追加か。はいよ十斤な、はい」

「お父さん、今のルーガスさん?」

「おお、また追加だとよ………まあ、一面飾った話題の肖像画に、ああもそっくりじゃあなあ………しかもガルガスト神が一緒なんだろ?そりゃ野次馬も増えるだろ………多めにこねて正解だったな………」

「助かるわねールーガスちゃんのおかげでうちの売り上げ二倍よ二倍!」

「はんっ」


 今日もリオルがパンを受け取りにやってきたが、新しく雇った店員と一緒に慌ただしく店を後にした。

 ほかの客も野次馬にお店に行ったらしいが、ガルガスト神が怖くて中には入れなかったらしい。竜人のように黒い鱗でおおわれた尻尾を垂れ下げカウンターに座っていたとか。


「にしても厄神だよ!厄神!!なんでか最近頻繫に出没してるじゃないか!!ちょいとあんた、何か知らないのかい?」

「しがないパン屋が何知ってんだよ。」


 両親の相変わらずなやり取りを流し、リーゼは音もなく降り出した粉雪を窓越しに眺めた。今日もよく冷えるという話である。


「大丈夫かな………リオルさん………」


 大丈夫じゃなかった。ことを、かけっぱなしのラジオが教えてくれた。


『ところでドラクル聞いたか?ガレイゼルのあの話』

『どっちだ?』

『黒騎士!』

『ああ、そっちか。なんか発見された肖像画とそっくりの奴が都のはずれで店やってるんだろ?』

『おうよ!しかもだ!その店には温泉完備!神々の呪いにも効き目ありとかいうとんでも使用!!』

『意味不明』

『大地神ガルガストが宿泊中!!』

『理解不能』

『ちょっと前までは世界樹のいばらのフレア隊長が泊ってマシタ!!』

『どーなってんだそのお店』

冒険者ハンターがつめかけてるって話ダゼ?オイお前ら!あんまりお店に迷惑かけんじゃねーぞ!』







 フロティア暦1月23日 朝。


「だー!めんどくせー!一気にかかってこいや臆病者がぁ!!」


 おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!


『………何をやっているのですか、あの神は』


 そうラスカーがあきれ返って見つめるのは、海岸に作られた氷上の闘技場だった。おそらくリンレイが創ったのだろう大きなリングの中央をガルガストが陣取り、皆が素手で戦いを挑んでいた。そういうルールであるらしい。

 ガルガストの黒い尻尾が薙ぎ払うたびに挑戦者たちは海の方へ吹き飛んだ。晴れてはいるとはいえ、息も白くなる寒さだ。すぐに海から戻り半裸になった冒険者ハンターたちは先人たちが作ったたき火にあたり、程よく乾いた後に店の方に戻っていく。

 よっしもう一度といって店から海の方に走る者もいるので、既にローテーションは完成しているらしい。

 車道には下の海岸の闘技場を観戦しにかなりの野次馬が集まっていた。勝手なことを好きかって言っており、たまにガルガストが下の方から吠えたてる。

 アトラクションのように、神の反応を楽しんでいた。

 怖いもの知らずというより、ただの馬鹿かとラスカーがため息を一つ吐くと、その精霊獣を腕に抱えたエルシーが補足した。


「力試しにやってくる冒険者ハンターの相手を、ガルガスト様が全て引き受けられているのです。ルーガス様は店を切り盛りするので大変なので」

『なぜ冒険者ハンターが戦いを挑んでいるのですか?』

「やはりガレイゼル内だけではなく、各地で厄神の悪行が繰り返されております。そのために腕に自信のある冒険者ハンターが神殿を訪ね、神に挑むのです。その実力を気に入られると契約をしていただけるかもしれません」

『それでガルガストですか………あれの契約者に国父レナードがいなければ、ここまで盛り上がってはいないでしょうに………厄神とも言われているというのに、大した人気ぶりだこと………』

「ガレイゼルだけの光景です………あ、ラスカー様。ルーガス様は丁度手があいたようです」

『では行きましょう、エルシー』


 そうしてやってきた店には、扉にでかでかと紙が貼りつけられていた。


 “料理完売”


「あら」

『おや。それでも人が多いですね』

「あ、海に投げ飛ばされた人たちが温泉を利用しているみたいです」

『なるほど』

「はいはい、またか……っラ、ラスカー様!ルイ中佐も!?」


 店のメニューが開店から三時間で終わってしまったために、ミトは温泉のヨシツネの補佐に入っていた。振り返ると思ってもいなかった大物を腕に抱いた中佐が自分を見上げていたことに、しがない兵士はかしこまって敬礼をした。

 店にいた冒険者ハンターたちもラスカーに気づき騒めいた。本来ならば生きているうちにお目にかかれるとはという、“稀”な存在である。


『畏まらなくてもいいのですよ。ミト魔法兵………リオル様はいらっしゃいますか?』

「はっ!チャレット魔法兵と共にミルクを調達しに街に向かいました!一時間は経っているのでもう間もなく戻られます」

『わかりました』

「ミト君そっちどんな……あれ、ラスカーだ。どうしたの?」


 主神ユグラストに仕えるラスカーを呼び捨てにした。その時点で冒険者ハンターたちに一目置かれる存在となったルーガスは、そんな彼らに気づくことなく補充した石鹼の詰められていた袋を丸めて、二人に近づいた。お前こそ畏まれとばかりのラスカーの眼差しも解らない。


「リオル今外だよ?それとも僕?」

『リオル様ですので、戻られるまで待ちましょう』

「ルーガス様、こちらを」

「おっきいリュックだね、どしたの?」

「新しいお洋服です。これは陛下からです」

「ウィリアム?別にいいのに」


 今度は国王!!!


「やべー、やべーぞあの店長。まじで黒騎士そのものじゃねーか!」

「伝説の黒剣も操るとかいう話だぜ?外のガルガスト神といい、本物と見ていいだろ」

「で、なんでその1500年も前の黒騎士が今生きてるんだよ」

「ガルガスト神の契約者コントラクターだからだろ?()()()()()()()()()?」

「その国父は死んでるぞ」

「自殺な、自殺」

 あ………そうだよ国父、息子が即位した翌日には自殺したじゃん


「え!?レナード自殺なの!?」

『知らなかったのですか!?』

「ロリコンだった事実がショックすぎてそれ以上調べてない!!」

『お馬鹿――――――――!!!!!!!!!!!』





「………あ、外の様子見に行きますね」


 せっかくミルクを買ってきたはいいが、店に戻りたくないリオルが帰ってきた。











『馬鹿じゃねお前?』


 挑戦料として一回金貨1枚で今日も冒険者ハンターたちからふんだくったガルガストの、容赦ない一言がコーヒーを差し出した店長に突き刺さる。また一段と長いラスカーのお説教を頂いたばかりなために胸も苦しい。


「だってまさか自殺だとは思わないじゃん。確かに繊細な心だったけどー…何あったのレナード」

『お前が言うなよ』

「何で」

『駄目だこりゃ』


 店の扉に閉店中と、ガルガストへの挑戦は明日の朝八時からまた再開することを書いた紙を張り付けて一時間。外も大分静かになったが、店の中は明日の仕込みでミトたちが忙しく動いている。

 だがその中に、リオルとエルシーたちはいない。


『本当に女ってのは買い物好きだよなー…』

「まあリン君ももう包帯とかいらないって言ったし、丁度いいよね」









 エルシーとラスカーは以前の宣言通り、リオルの洋服を見繕うためにやってきていた。


「さあ、リオル様!どうぞお選びください!!」

『そうですねぇ、この羽の刺繍もいいですが、光をモチーフにしたものもございませんか?』

「かしこまりました」


 上客の来訪に高級洋服店の店員らも軽やかな足取りで対応してくれてはいるが、とうのマネキンは目の前に広げられた何十枚という金貨と取引をされる商品たちにただ、引きつった。

 言えたことはただ一つ。


「………できれば、控えめなものを……」


 それだけだった。









 そんな事を知らないパレード・オブ・ガレイゼルの店舗内は、出かける前にラスカーが置いていった情報で盛り上がっていた。


『第三妃アレクシアの失踪ねー…お前らは知ってたのか?』

「いえ、自分たちにも入っておりません」

「箝口令が敷かれているのでしょう」

『そりゃまーそうだけどな……で、アレクシアってのはどんな女?』

「苛烈でヒステリックで金遣い荒いから後宮でも嫌われてたって、さっきラスカーが言ってたよ?」

『典型的過ぎておもしろくねー。他になんか軍人だから知ってることねーの?』


 と話を振られても。魔法兵のトムたちは城内勤務の兵とは部署が異なるために、市井と何ら変わらない知識しか持ち合わせてはいない。

 失踪した王妃……というよりも、人の体を乗っ取った厄神リリーダの今後の動きを予測する方がまだ出来る。


「厄神リリーダが極東でお二方とやりあった話は母方の方の実家から聞いています。あっちの花街の女の体を手に入れて、色々とやらかす予定だったとか。あと本神も女好き」

「そうそう」

「「!?」」

『何今更驚いてんだ。基本神は美形なら何でもいいぞ。もともと神に性別なんてなかったし…創命神ラフラが生き物創ってからだぞ?性別って概念出来たの』

「そうですけど!!」

「それでも性別は気にしてほしいところです!!」

『頭固ーな』

「ねー」


 就職先を間違えたかもしれないと、トムとチャレットはやっと気づいた。


『……で、リリーダだよ、リリーダ。一国のお妃さまとはいえ正妃じゃねーから肖像画も市井にゃ出まわんねー。今の顔がわからん』

「あ、これです」

『あるんかい。それにレンズから表示するやつかよ。軍だってそんな数持ってねー魔動具じゃねーか』


 研究室などで見かける、シャーレのようなガラスの魔動機器であった。

 それから放たれた緑色の光の中に表示された一面は、チャレットが操作するタイプのようなものによって一人の女性を映し出した。

 ルーガスが言うように、髪を贅沢に飾り立てた上に紅が際立つ女が一人。イヤリングも赤いドラゴンという、やけに攻撃的な印象を与える彼女こそが第三妃アレクシアその人である。


「わー、典型的―」

『俺だったらこんなの嫁にしねーわ』

「うん、無理」


 沈黙は金といった先人は偉大である。だがヨシツネは堪えるために口元に手を置き顔をそらした。唯一の女性であるチャレットは目を泳がせ、トムも判断に迷い曖昧に笑んだ。

 気持ちはわかるが。


『しかしガレイゼルのお妃様だっつーのに主神ユグラストの心臓の守護が消えるとは、とんでもねぇな』

「刻印があれば乗っ取られることは絶対ないのにねー。どれだけ罪の贅肉ため込んで刻印の上に張り付いちゃったんだか」

「お二人がそれ言うと感慨深いですね」

「そりゃ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 動揺したチャレットが木製の器を落としたが、彼女の失態を咎められるだけの余裕がほかの二人にもなかった。


「ただいま戻りまー………出直します……?」

『なぜリオル様が遠慮されるのです。またルーガスが何かしでかしただけですよ』

「ひどくないラスカー!?」

『親友の死因を知らなかったのはどこのどなたです?』

「ごめんなさい」

『全く……何がロリコンですかこの大馬鹿者。さすがの私もレナードに同情しました』

「うう……」

「!?そ、それよりも見てください店長!!ラスカーさんとエルシーに買ってもらったんですが、似合いますか!?」

『「呼び捨て?」』

「私がお願いしました」


 エルシーの返答に、二人の顔が一気ににやけた。せっかくお説教が始まりそうだったので止めたというのにこの仕打ち。見せつける格好のままリオルは赤くなり、そしてついにはしゃがみ込んでしまった。結局ラスカーのお説教は行われた。

 しかし二人の見立てたリオルの今の服装は、確かに洒落ていてリオルによく似合っていた。

 濃紺のコートにグレイのシャツ、茶色のブーツは渋い緑のパンツとうまく調和し機能的である。

 だが首元が寂しい。


『さて、ルーガス。あれを』

「はい、リオル」

「?なんですか店長」


 それは皮の紐で括られた黒い色の鍵だった。

「リオル、紐持ってキイチの事思い浮かべて」

「?はい」


 鍵がひとりでに動き出し、港の方のリンレイの診療所を示した。

 次はガレッドと言われその通りにすると、軍の本部がある北区の城付近を指し示した。

 何を意味するかなど一目瞭然。二人の現在位置である。魔道機器のように歯車もガラス版もない分ただのお洒落にしか見えない仕様だ。軍人たちもリオルと一緒に感嘆の声を上げ、便利だと評価した。

 神も利便性を評価した。


『あ、なんかその鍵だけは俺、何があっても感じ取れる気がする』

「ガルガンの鱗だからね」

『なるほど』

『厄神除けの効果もありましょう。なにせあの神喰いの竜の一部です………本能的に恐怖を覚えます』


 オッドアイ故に厄神に付け狙われることが確定している少年は、有難く身に着けることにした。これでリリーダもそう簡単には手を出さないだろう。


「よーし、怪我も大分癒えたことだし」



 リオルの戦闘訓練も、始めよっか



「………え゛」


 ずるずると、今はもうガルガストの車しか停車していない駐車場に引きずられたリオルはそうして、なぜかこの美しい死神と戦うことになった。


「なぜに髪まで発光してるんですか!!」

「何せリオルにこれから叩き込むのは人外相手の戦闘だからね!今度リン君にも声かけて二人がかりで行くから、今のうちに強くなるんだよー」

「何ですかそれ!?」

「え?ミト君の魔道兵器。借りちゃった」

「そこじゃない!!」


 青白い光の刃を、恐ろしい速度で歯車が回転し魔力を伝達することによって作り上げているその剣型の魔動器は、悲鳴のような稼働音と共にリオルの目の前に現れた。

 一瞬の事だった。


「――――――っ!!!」


 しゃがむことで何とかよけたが突き出された刃はそのまま流れるように下を狙ってきた。振り下ろされる死のいざない。それを肉体強化の魔法による脚力ではなく、ルーガスの幻視の魔法もガラスのように破壊するオッドアイの輝きとともにリオルは躱した。


「………あれ?」


 気が付けばリオルは振り下ろされた刃より十メートルは距離をとっていた。

 しかしそこまで跳躍した記憶はない。

 慌てて追いかけてきたはいいが、様子を見ているしかなかったエルシーたちも口を開けて驚いていた。

 どうやら自分がやらかしたらしいことはわかったが、自覚はない。俺は一体何をした。


『おや?リオル様、瞬間移動テレポートをいつ会得なさったので?』

「あーこれ今度あんな爆発に巻き込まれた時はどうしたらいいのか悩んでたから手に入れたね。戦闘の勘は………鈍ってる?」

『何だ、結構動けるじゃねーか坊主』

「あーガルスは駄目だよー、さすがに死んじゃう」

「!?」


 さらっと仰るルーガスにリオルが何か叫びたくても何も言えないジレンマに陥っていたが、魔法に理解のある魔法兵たちはそれ以上の衝撃を受けていた。


「………中佐、今のは………」

「………テレポートを行える人間……?神ではなく?」

「神でさえ異空間の神殿内から特定の場所にしか出現できないはずでは…?」

「ええ…“御降臨”ぐらいのはずですが、こうも容易く使いこなすのは………」

「あ、またですよ」

「どうやらそんな遠くへはいけないようですね、良くて十数メートル。まあそれでも快挙ですけど」


 異空間である神域と自分が祀られている神殿を行き来する神だけの特権のような奇跡。その奇跡を、リオルはルーガスの剣技から逃れる()()()()()()()使いこなしていた。

 だがルーガスもだんだんとリオルが次に現れる位置が分かってきたのか、剣筋に容赦がなくなった。

 やがては首筋に充てられた魔力で作られた剣の冷たさにひやりとし、リオルは両手を上げ降参した。


「んー………こんなもん?」

『動きはよくなったぞ。反撃皆無だが』

「それは追々だね。新しい服も動きやすいことが分かったし、リオルお風呂入ってきなよ。汗もかいたでしょ?」


 そういうルーガスはちょっと僕も暑くなっちゃったといい、上着にあえて冷気を送り込んでいた。それだけだった。











「………瞬間移動テレポートだと?」

『はい、十メートルほどの距離感のみでしたが、剣から逃れるには十分かと。本人はどうやってその魔法を使いこなしたのか理解しておりません』

「そうか………引き続き監視を頼む」

『了解。物体保有神ガルガスト、引き続きこの監視を続行いたします』


 港にあるリンレイの診療所、その院長室にキイチはいた。ガルガストの監視を行っているユグラの眼からの定期報告には驚いたが、彼にも自衛できる手段があるのはいいことである。

 診察室からリンレイに診療を受けている漁師の感謝する声が聞こえてきた。彼もまたこちらに戻ってくるだろうと通信機器のマイクをもとの位置に戻そうとして、新しい通信が入った。


「こちら赤番」

『青番です。“黒丸”発見。北区の爆心地よりさらに北。被災した傷が癒えない者たちのたまり場です』

「了解した、すぐ行く」

「キイチ?」

「厄神リリーダが見つかった。北区の被災者たちのたまり場だ」

「北壁近くか!」

「すぐ動く」

「わかった」

「ああ………聞こえるか、シャラ」





『キイチ!!』

「うをぅ!?あっづ!!」

「ミト君!それにシャラちゃん!?何で薪ストーブから出てきたの!?」

『キイチからテレパシー!リリーダ見つかった!ルーガス北区に来いって!』

「わかった、ガルスは?」

『行く』


 リリーダの発見にミトも己の魔法兵器を服の下から取り出し構えだしたが、店の警護をラスカーに言われ肩を落とした。


『何をしているのですミト魔法兵!厄神の出現報告が今年一番のここが、リリーダの発見で手薄になるのですよ!?』

「し、失礼しました!ラスカー様!!」

「通信魔法設置完了しました。ルーガスさんこれを」

「?指にはめるの?」

「いえ、ネクタイリングにどうぞ。これを基に現地の映像をこちらに映させていただきます」

「なるほど」

『ルーガス早く!キイチたち車でこっち来た!』


 シャラがそう言うと同時に、かなり乱暴ながらも車が一台駐車場に乗り込んだ。


「ルーガス!厄神リリーダが北区に集まってた被災者たちに種を埋め込んでるって話だ!急げ!」

「僕飛んでく!」

「はあ!?王都には飛翔防止魔法が張られてんだぞ!?それでも飛べるのか!?」

「黒騎士特権でね!」

『自前の翼がある俺勝ち組ぃ!!』


 髪が輝き額に風神の刻印を浮き上がらせたルーガスは、風を纏い瞬く間に飛び上がった。上着を脱ぎ捨て大きな翼を広げたガルガストもそのあとに続き、リンレイが扉を閉めた瞬間キイチが車をかっ飛ばした。

 シャラの悲鳴が聞こえなくなったころ、やっとリオルたちは口を開いた。


「飛べるんだ店長」

「飛翔魔法………っ!!一番コントロールが難しくて普通は墜落死するものなのに!」

『二人とも店の中に。ユグラの眼の隊員、いますか?』

「こちらに」


 ()()()()。それほど気配もなく背後で膝をついていた一人の男に、リオルとエルシーは飛び上がって宙に浮くラスカーの背後に移った。キイチのくすんだ赤のような隊服とは違い、黒に見える深緑の隊服で、鼻の上にエルシーとは違う風神の刻印を刻んでいた。

 同じ風の神といつの間にか契約していたエルシーにはそのやけに複雑な刻印がだれによって刻まれたのかを理解した。


「それは風神最強の男神フォートの…っ!」

『こちらに厄神は?』

「今はおりません。ですが、いつこちらに来るかも…また」

『わかりました。あなたの任務がこの大地のどこにでも行動できるガルガスト神の監視であることはわかりますが、この店の護衛に加わっていただけますか?』

「もちろんでございます、ラスカー様」

『ありがとうございます』


 抑揚のない受け応えであったが、ラスカーにはそれで充分である。改めてあのガルガストは世界樹のいばらの監視が常についていることにリオルも驚いたところで、待機組はやっと店の中に戻った。

 チャレットが操作するタイプに似た…キーボードというらしい盤上の文字列は、打ち込まれるままにルーガスのネクタイリングとガラス版を接続した。

 エルシーも自分の通信魔動機で本部にいるユリアたちに命令を下したが、ここに残るらしい。


「本部はいいのか?エルシー」

「記録などはユリア達だけで問題ありません。むしろルーガス様のネクタイリングと接続出来るほどの人材が、私しかいません」


 なるほど、やはりこれらの魔動機には複雑な魔法が組み込まれているらしい。だからこそこんな鮮明な上空が映りこんでいるといえた。

 北区はすぐそこだった。











 男はその災害が訪れるまで、北区の娼館街で極悪人をして名が通っていた。

 女は男に媚びへつらえ。自分に皆が貢ぐのが当たり前。気に食わない奴は八つ裂いた後、野晒しにして見せしめに。楽しい日々だった。

 片足を失うまでは。

 それもただの傷ではない。サラマンダーもとい、女神ファニアの罪人のみを焼き払う、断罪の炎である。

 男の受けた傷は二度と癒えない。その肉体が行った罪は激痛となり男に罰を与え続ける。炭化したことにより出血死は免れているが、生きる意味を見出せなくなった男は北区のはずれに行き着いた。

 愚者の吹き溜まり。建国当時よりそう呼ばれ続けたそこには、男の他にも多くの被災者が集っていた。

 不当な人買い。人殺し、詐欺に強奪。人には知られていなかった罪が、傷の重さの分知れ渡る。

 普段は善良な居酒屋の店員で通っていたが強姦魔だと露見し追い立てられた者がいた。夫には知らせず、誰の子かもわからない腹の子を幾度となく中絶した女がいた。何人も子供を売ったことで生きてきた父親が、金のために幾度となく罪を重ねた老人が。

 あらゆる罪人が集まり、激痛の中それでも死ぬことは怖いと言って生き恥を晒し、そこにいた。

 雪の降る夜がやってくるごとに人の数が減っていったが、男たちは生き残っていた。

 今日はよく晴れているなと、男はぼんやり空を見上げていた。

 そこに第三妃アレクシアは現れた。


「………あ?」


 薄汚れた都の片隅である。どう見ても貴族の、質のいいドレスを身にまとった女は異様そのもので、際立っていた。

 やがて彼女は、全身に火傷を負ったが五体満足ではあった青年の前に立ち止まった。寝転んでいた彼も女を見上げた。


「………なんだよ」

『ふむ、お前はまだ動けそうじゃの』

「は?」


 女の影から勢いよく噴き出した棘の束は、青年と、近くにいた罪人を次々と飲み込んだ。


「厄神だ!!この女、厄神に憑りつかれっぎゃあ!!!!!」

「食い殺される!ここに残ったらおしまいだ!!」

「逃げろ!!」


 棘の猛威は瞬く間に罪人の体を絡み取り、その体に食い込んだ。

 血の流れるその箇所に何かの種子を埋め込まれた者は発芽したそれに意識を奪われ、逃げ惑う人に襲い掛かる。厄神の忠実な駒に成り下がった彼らは虚ろな目のまま歩き出す。足を失っていたものは、そのまま棘の餌となってもいた。血を吸い取られた人の骸は土塊と化し彼らの土壌となっていく。

 成長した茨は次々と人一人分はあるだろう巨大な蕾を付け、やがてそれはトプラ・マンイーターと呼ばれる化け物にまで成長した。


『さあ、お行き』


 この栄華極めし竜の国を、私の赤薔薇でおおってちょうだい。


 動く人の人形と、凶悪と名高い植物の化物モンスターの大行進は、北区に再び絶望を振る舞う寸前ではあった。

 残念ながら、その前にルーガスとガルガストが到着した。


「フレストの轟炎!!」

『黒色煉獄!!』

『やはり来たか神殺し!!』


 相変わらずの火力重視な戦法だったが、上空から降り注いだ真紅と漆黒の炎はトプラ・マンイーターの駆除には十分なものであった。逃げ惑う罪人の中に降り立った二人は、操っていた人を盾にして火の粉を防いだリリーダに対峙した。


『おーおーよくお似合いな面してんじゃねーか』

「極東じゃ逃がしたけど今度こそ消し炭にしてやるぞリリーダ!!よくもうちのリオルを傷ものにしたな!!」

 ―――なんか違います店長!!

「あ、リオルの声」

『オッドアイ!やはり生きていたか!!』

『おいおいおい、なんで俺もそんな面白そうなことに招待してくれなかったんだよ“オバサン”。今日は俺とも遊んでくれよ?』

『ああああああぁぁぁあああああ!!!!!!』


 咆哮に呼応するかのように蠢く影が、棘とともに新たな戦力を吐き出そうとしていた。


「―――――――――抜刀」


 ―――花の神リリーダを確認。厄神と認定。これの消滅を、主神ユグラストと女神ルールは所望します。

 ―――神殺しの愛し子ルーガス。殺しの剣の使用を、許可します。


『舐めるでないわ!此度はお前たちのための………“とっておき”があるのでな!!!』


 自信満々のリリーダが影から取り出したのは、確かに言う通りの“とっておき”だった。


厄神リリーダ

特技 操りの種 

体内に埋め込まれた種子は宿主の精神を栄養に花開きリリーダの意のままに動く人形にする。

この時点で人は心臓を止めており、三日以内にトプラ・マンイーターとなる植物のための土塊になる。


トプラ・マンイーター

人を食らう食人植物。普通の火では倒せない。サラマンダーとガルガストが最悪の相性なだけ。

今回の可哀想。

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