ルーガスと厄神~少々のモンスターを添えて~
作者のお気に入りワードは”極東おかしい”です。え、知ってる?そっかー。
「へー、さっき貸してもらった時から思ってたけど、歯車の数がだいぶ減ったねー…刃の色は相変わらず青っぽいけど」
「そこはもうここら辺で採れる素材の影響でどうしようもないっスよ。ホーロライ共和国もずっと紫の色で、西のサザーラ商業国も刃の色は黄色っス」
「極東はそうでもなかったよ?色んな国の素材をごちゃまぜにしてたけど、その分神霊体も一撃で封印水準まで弱まったし」
「「「いやそこは“極東おかしい”だから」」」
というか神霊体も一撃でそこまでもってく魔動兵器って何?
相変わらず極東っておかしいな
おい止めろって。そんな極東出身が二人もいるんだぞ
その二人だっておかしいの筆頭だろ
「………………」
「………おい、部下の躾がなってねーんじゃねーか少佐殿」
「俺もあんたの実年齢が俺の二倍をかビビった口だし、何だよその腕」
「ガレイゼル軍にも刻印持ちは多くいるだろ、あの嬢ちゃんみたいに」
「んなギッシリした刻印がそうそうあってたまるか」
「………………」
「はー………にしても、こんな楽な神殿調査は初めてだな」
「…………本当にな」
ド畜生。
そんな言葉をリンレイが吐き捨てる程度には、現時点は平和そのものな調査ではあった。
突入当時はそうでもなかった。
作戦室からエルシーの放った偵察魔法は、門から半径10mに敵影を映すことはなかった。その報告を聞き、ガレッド達は飛び込んだ。そこまではよかった。
『ぎゃん!?なんか一気にこっち来る!!』
「!?」
シャラを肩に乗せたキイチが侵入した途端、石造りの通路の向こうから羽音が大波のように迫ってきた。ここは篝火が一定間隔で灯されており、目の前の主軸の大通路の向こうから巨大なスズメバチのようなものの大群が見て取れた。ただし色は比較的に赤く、纏うのは殺意だ。
「ホーネット型の火属性耐性のある種類だ!とりあえず火属性が足止めしろ!その間に他で叩く!!」
『『「よしきた」』』
「前言撤回!!みんな退避だ!!」
ガレッドの作戦は模範的で普通ならまだ効率の良い方法ではあった。
だが今回ばかりは、戦力過多を否めなかった。これは下手したらこちらが巻き込まれると早々に悟ったガレッド達は、元の世界に我先にと撤退していった。
『ガレスお前補助回れ!!』
「だからルーガスだってば!もうっ!補助魔法で火力二倍だドン!」
『よっしゃ蜥蜴の火力舐めんなコラーーーー!!!!』
『———黒色煉獄!!』
『———サラマンダーファイアー!!!』
情け容赦ない黒炎と砂金をまとった赤炎の二重伴奏。いくら耐性があるとはいえ、怪物達はオガ屑も同然に灰と化した。
『ッシャーーーコラこれが蜥蜴じゃあああああああああ!!!』
『うははははははは楽しくなってきたぁ!!!!』
と放火魔たちは尚も元気よく、神殿内の残存勢力を躊躇なく燃やしていった。
取り残されたルーガスが手を振って見送っていると、門の向こう側に避難していたガレットたちが戻ってきた。むしろ火力が上がっていく人外たちのテンションからして加勢の必要なしと判断し、彼らは彼らで火の手が上がる前に各所に存在する部屋の中を探索することにした。
まずキイチが入った門に一番近い部屋からして当たりではあった。侵入者があるとは考えてもいなかったのだろう、無作為に積まれていたのは闇オークションに関わる全ての事だった。
「これは………これまでのオークションに出品したリストだ」
『おい外で待機させてる奴らも呼べ!全員でここらの書類全部持ち出せ!!』
それから一時間はたった今。作戦室に持ち込まれた資料は、ハロー・ハローによって順調に解析されていた。通信魔法の方も、炎上を続ける放火魔たちやら過去と比べだいぶ進化したらしい魔動兵器に興味津々なルーガスが映るぐらいで、変化はない。
また他の部屋からもまだこれから出品する予定だったらしい大量の魔石や美術品が保管されており、次々と外に出されていった。
生き物やほかの精霊獣はいなかったが、国際的に禁止されている特定の怪物の牙やら爪だけでなく、猛毒のたっぷり入った小瓶など、違法、犯罪のオンパレードである。キリがない。
押収した資料は出品物一覧のほか、これまでのオークションの開催日、落札者の住所、そして。
———密輸ルートですね。極東とガレイゼルもですが、他にもあります
———サザーラ商業国とかなり使い込まれているルートがあります
———それに至っては十数年ものですよ。サザーラにも結構な額が入ってますね、コレ
『ほおおおお』
「いい笑顔だな、少佐」
「オークションのことでサザーラがかなり強く非難していたのはこの為か」
「で、ホーロライ共和国は?」
「「おいコラ」」
教団の関係者がすかさずルーガスの頭をはたいたが、エルシーにその意味は通じなかった。
ガレッドもどこか楽しそうにエルシーの言葉を待ったが、そんな面白い返答ではなかった。まず共和国は関与していなかった。
———ホーロライ共和国は、むしろ世界樹の棘の動向調査をされています
———フレア隊とか滅茶苦茶警戒されてますよ
チャーリーの一言にキイチの眉が軽く跳ねたが、証拠としては十分だった。
ガレイゼルとしても美味しい結果だったのか、ガレッドのフハハハハハという笑い声が響き渡り、部下たちがビクリと怯えた。
あらかたの通路で炎をまき散らしていたガルガスト達もいい汗かいたとばかりに額をぬぐいながら戻ってきた。焦げ臭かったが、怪我は全くないようだ。
『楽しかった』
『スッキリした』
「………良かったな」
あれだけ無双すればそうだろうなと思いながら、キイチはシャラをまた肩に乗せてやった。先程まで上がっていた爆音や怪物の断末魔からして、あらかたの雑魚は片付いている。
「でだ、シャラ。大本は?」
『通路の向こうのおっきな扉の向こう側!!すっごい硬い!ガルガストの炎でも溶けない!』
「神のガルガストの黒炎でも溶けないだと?」
『もうその扉に全神経使ってる感じ?』
『本気出せば行けるけど、もうやってもいいか?』
念のため許可を取りに来てくれていた厄神様は、とても尻尾が踊っていた。
———作戦室、そんじゃあこっちは厄神に向かうぞ
「了解です。少佐、お気を付けて」
ガラス版に映し出された巨大な扉は、確かに頑丈で分厚そうな圧迫感を与えてくる。
そんな黒い鉄製の扉であった。
そしてリオルはそんな扉を見たことがあるような気がした。異空間へのあの門の時もそうだったが。どうやら記憶を失う前の自分はこんな神殿の奥まで侵入したことがあるらしい。
しかしこの店に入ったときはそんな既視感を覚えなかった。
つまり
「やっぱり………俺は記憶を失う前にこの店に来たことはない………?」
———どっせーーーーーーい!!!!
「うわ、豪快」
「なんの躊躇いもなかったな」
リオルが思考に陥っている間に、神殿の方は厄神のもとに辿り着いていた。
ガラガラと崩れ落ちる扉の向こう側が顕わになる。
石造りの、曲がるときにはきっちり九十度の角度が付いたこれまでの通路とは趣の違った空間だった。
淀んだ緑色の結晶が人に害ある瘴気を発生させていた。それが至る所に生えているうえ、生暖かい風で実行部隊に嫌悪を与えた。血の匂いもすると報告されては、作戦室も気が滅入る。
厄神の神気が物質化したものである。自身で発光する結晶のおかげで、空間が港ほど巨大な空間だと視認もできた。ドックとして利用するなら大型船が三隻程、余裕で入ってしまうだろう。
だが、空気が悪すぎた。誰よりもその危険を知るラスカーは、自分を乗せて座る少女を見上げて語りかけた。
『エルシー、私の神力を強めます。持ちますか?』
「構いません、ラスカー様」
『では……いきます』
「!」
エルシーの太ももに乗るラスカーが、翼を広げ、自身の発光を倍に強めた。重く伸し掛かる重力のような負荷が強まったことに、一瞬エルシーは息をつめたが、持ちこたえた。
「エルシー様!」
「大丈夫です。ユリア、通信魔法の精度は?」
「扉を開けた瞬間から精度が落ちていましたが、今は元の数値に戻っています…ですが!」
———おう、ガレッドだ。中佐、後どんぐらい持つ?
「…………もって……30分です……!」
震えてはいるが、エルシーはそれでもガラス版に手をかざすことをやめなかった。
薬指の刻印と同じ光を発行するガラス版の魔法陣は、繋がれた電線から突入した人数を同じ数の魔石と繋がり、それに彼女の魔力を流し続けていた。冷や汗が噴き出るその少女の様子から、リオルも今の状態があまりよくない事を窺えた。
だから叫んだ。
「店長!十分以内で何とかできますか!?」
———よしきた、店長頑張っちゃう
「———というわけで、君はこの場で死んでくれ厄神」
『あああああああああああああああああああ!!!!!!!!』
何でもないことのように大剣を出現させたルーガスにそう軽く頼まれた厄神は、呪いのこもった音を、魂の底から、吠えた。
もはや言の葉さえも忘れるほどに狂った神が、そこにいた。
神霊体。それは翡翠の色をした陽炎が、人の上半身を形どっただけのあやふやなものだった。
瞼は固く閉ざされ、霊体の周りを渦潮のごとく廻る神の神気は、常ならば神々しい輝きを放つのだが…それはどこか暗く不安を掻き立てる程、濁りがあった。
もはや壊すことしか為せなくなった、哀れな存在。
だが放つ音はすべてが呪いで構成されており、一般兵は扉の残骸より先に進めば耳から毒され、気を失った。
「お前らは下がれ!」
そう部下に命じ、ガレッドは自身のもつ魔動兵器に魔力を流し込みながら駆け出した。穂先が出現した槍型の兵器は、神に届く前に見えない壁に防がれた。
「チッ」
視認した神が何かしてくる前に退いた竜人は、秒差で先ほどまでいた空間を大量のかまいたちが襲い掛かったのにゾクリとした。地面の抉れ加減が恐ろしい。向こうも遠慮をしていなかった。
『あああああああああああああああああ!!!!』
「げ、瘴気噴き出したぞあの神霊体!だから何で物質を作り出すんだっての!!」
「狂ってるとはいえ神だからだろ!!シャラ!瘴気を焼き払え!!」
『ッシャーーーコラ!!!!』
焦げる臭いが充満したが、瘴気で喉を焼かれるよりはずっとましである。先ほどは照明替わりであった火の玉によって、瘴気はあらかた薄まった。
だが神は、瘴気を吹き出しながらもカマイタチで応戦し、迂闊には近づかせない。
そこに存在するすべての生命に向けての不可視の殺意。みな、躱すことだけで精一杯だった。
「ルーガス!その大剣であの神霊体斬れないのか!?」
「神霊体と人体ならサクサク斬れるよ!!カマイタチは僕の技量次第だね!!数が多くてちょっときついかな!!?」
「わかった!!」
既に大剣を出現させて機会を窺う神殺しの返答に、リンレイは白衣を脱ぎ捨てた。隠されていた刻印は蒼く輝き、溜め込んだ莫大な魔力を放出した。
着込んだままであったのなら白衣の袖をズタズタにしていただろう勢いをもって、澱み侵された風の精霊を押しのけた水の精霊が世界に満たされ、そして凍った。
「っぜぇ!!乗っ取ったぞこの空間!!」
「すごいねリン君!?いつ人間やめたの!??」
「刻印刻まれた誕生日からだな!!行って来いルーガス!!!」
「よしきた!ガルス!!」
『竜人!連携しろ!!』
「いいだろう!邪竜が滅んだその証よ!!」
『「———ドラゴンクロウ!!」』
強化魔法によって威力の増した竜の鉤爪。その二撃が一点集中したそこを中心に、まるで教会のステンドグラスが割れるように神の結界魔法は打ち破られた。
そして、死神は招かれた。
———風の神フールドーを確認。厄神と認定。これの消滅を、主神ユグラストと女神ルールは所望します。
———神殺しの愛し子ルーガス。殺しの剣の使用を、許可します。
「っせい!!」
かつ、ルーガスの剣の技量は本物だった。
「………一刀両断………化け物かよ………」
「しかもあれ………封印でもなく、殺したのか?あの神を?」
「嘘だろおい………気も狂っていたとはいえ、相手は神だぞ………?」
扉の向こうから様子を見守っていた魔法兵も、作戦室のエルシーたちもそれ以上の言葉を紡げない。ラスカーの神力の負荷もなくなったエルシーも汗だくになっていたが、うすら寒いものが駆け巡り寒いと感じた。
それほどの事が、今目の前で行われた。
「………………神殺し………それを許された存在はただ一つ」
それは主神ユグラストの愛する存在。彼の望むままに動き、望まれるままに裁きを下す、神の御使い。神々しく輝く銀の髪のその後ろ姿は、確かに壁画の中に描かれたそれと同じであるが………。
「………………神の御使いが最初に描かれた神殿は、5000年以上も昔では?」
「店長おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
厄神から解放された風の精霊たちが世界に溶けていくなか、リオルの叫びが皆に聞こえた。
あんた本当に一体何者なんだと叫んでいるそれに、お前が言うなと一体何人思ったことか。
そして同時に、神殿の崩壊も始まった。
「撤退!」
異空間の主たる風の神フールドーの消滅による空間の崩落は、初めての出来事ゆえにキイチやガレッドも焦った。
大技を無理やり行ったために疲労し、今にも気を失いそうなリンレイをキイチが抱えて門に走った。落ちてくる天井をガルガストとガレッドが排除してやり、しんがりをルーガスが務め、彼らはみなで脱出を完遂した。
「………………神が封印されても、神殿は残るから他の神が住み着いちまうのはよくあるが」
崩壊するのは初めて知ったと、脱出後ガレッドも感慨深そうに呟いた。キイチはリンレイに呼びかけるが、反応は薄くすぐ店の方に向かってしまった。他にも何人か神の声に呪いを与えられて意識を失った者が他の兵に支えられながら移動している。
「ダレン!何人やられた!!」
「四人は完全に意識がないっス!!八人も意識はあっても足元が不安!!幻聴が残ってるのは三人!!」
「せっかく五体満足で帰ってもこれか………!」
「あ、うちのお風呂使っちゃって。状態異常も回復するから」
「何でだよ!!」
「だから何でだよ!!?」
本当に、ルーガスの言った通りに部下たちが回復した現実に、ガレッドは吠えた。
もちろん普通の温泉は切り傷や冷え性の改善などには有効だが、呪いなどには作用しない。
さらに店の浴場は公共の大浴場にも匹敵する広さを保有しており、ガレッドのような尾をもつ者も十分に全身を浸らせられた。快適ではあった。飲食店であるのに。
ダレンをはじめとした部下たちもまさか任務の後にこんな贅沢ができるとは思ってもいなかったらしく、完全に緩み切っている。店の中はまだハロー・ハローの者たちを筆頭に今回得た情報を精査しているのだが、もういろんな意味で気力が削がれたため、合流する気になれなかった。今はとにかく癒されたかった。
ふとガレッドは隣を見た。シャラを薪ストーブの前に置いて来ていたキイチがそこにいた。
リンレイもいた。魔力の枯渇で紙のように白かったというのに、血行が良くなったのかほんのり赤ら顔である。一人瑞々しい少年の美しい肢体を見せつけるその様は、何人かの性欲をいたずらに刺激したのだが、
「あ゛あ゛あ゛~~~~~」
「年だな、その声。所詮中身は54のおっさんか」
「うるせーキイチ………どーせ俺はこの国の王様より二歳年上だっつーの」
萎えた。よりによって、較対象に皇帝陛下が出された。それは無理だった。
つーか中身おっさん、あれか、刻印刻まれた奴が不老になるっていう、あの話か。
そんな周りの残念がる空気などを完全に無視して、ガレッドは隣にいるキイチに話しかけた。
「つーか何なんだよ。ここの店長。自称一般人の生体兵器」
「俺も詳しくは知らん。付き合い自体はこの中ではリンレイが一番長い」
「俺だって去年の秋からの付き合いだっての!!実質三ヶ月!!浅い付き合い!!」
「じゃあ結局ラスカー様とガルガスト神に聞くのが一番ってか?」
「……………どうも神々も、あの男については踏み込んだ説明を避けている気がするがな」
「同感。まあ会話の至る所から、この国の国父たるレナードの親友っていうアレらしいけど」
「………………伝説の剣豪か………確かに、技量自体は本物だ」
「中身あれだぜ」
「あんたが言うなよ54歳」
「………」
「ガレイゼル帝国の国父レナード、さらに5000年ものの神殿に記録されている神殺しを許されたただ一つの存在、邪竜ガルガンの生まれ変わりたる大地神ガルガスト………………そこに、あのリオルという記憶喪失で、オッドアイの青年」
「キイチ」
「彼の性質が善良なのは分かっている。ラスカー様の対応を見ても、本当に記憶だけが失われているだけで性格などに何ら変化がないことも窺える」
だが、リンレイ。お前も知っているだろう。
「もう一人のオッドアイであるイコール大司祭は青と赤のオッドアイだ」
「あ、そうなの?」
「………………うちの、ミナトの血脈にもオッドアイがいた」
「オッドアイ多くないか?」
「多くはない。リンレイの血筋の方は何百年の昔の話だ。それを含め、竜暦から確認されたオッドアイの数は八人」
「嘘だろ!?竜暦だって1000年はあったじゃねーか!!」
「しかも一人は竜人だ」
「マジすか少佐!?」
「俺も今知った!!」
「さらにだ。その中に青と紫は確認されていない」
「おい国父レナードの親友」
「その親友サマもコロコロ色を変えててわかんねーんだよ」
あああああああぁぁぁああああああ……………………
「………なんか今風呂場から聞こえたの、僕のこと言ってる気がする」
『あなたが適当すぎる性格なのを納得されているのですよ』
「相変わらずひどくないラスカー!!?」
『神殿を放置しておいて何をのたまうかこのお馬鹿!!!!』
「ひっ!!!」
『今回はガルガストやサラマンダーのシャラが火力にものを言わせて難を乗り切れましたが、既にあれだけのホーネット型が神殿内に存在していたのですよ!?後一週間も放置していれば、億の単位まで増殖していたかもしれないというのに………っ!!』
「そこまでいったら共食いしだして数減ってたよ?」
『そしてさらに進化した個体が誕生して厄介なことになっていたでしょうね!!』
「あいたーーー!?引っかかれたーー!?」
「……………」
この危機感のなさである。さすがにこれはラスカーの言い分が全体的に正しいので、リオルも男の擁護を完全に放棄し、作戦の後片付けに加勢した。
なんであの神殿を自分が見つけて通報するに至ったのかを聞きたかったが、お説教の方が最優先。存分にその常識のない大人を叱ってください、ラスカーさん。
そう心の中でお願いをしておいて、薄情な店員はアレクセイとチャーリーに駆け寄った。
「アレクセイさん。今後皆さんはどうされるんですか?もう神殿は消えましたから…ここに留まる理由はなくなりましたが」
「そこは上からの命令次第だな。実を言うと、この神殿調査も降って沸いたように命じられてな………まあ、悪戯な通報だと思われていたのが厄神の出現によっt」
「すみませんでした」
「いや………記憶喪失になったのは不可抗力だろう………仕方のないことだ」
「でも多分俺たちが撤退したとしても軍の人間がここを出入りすることは決定してるようなものかな~?」
お風呂の効能とかもおかしいし
ああ、神から受けた呪いが洗い流されるとかおかしいな
「それにまだ解決していないこともあるしね~ほら、第三妃アレクシア様の密兵」
「その件なんだが」
「トム、どうした」
「先ほどの資料の中に、アレクシア様が関与されていた証拠もあった」
「あ、だめだこれ。長引くやつだ」
「王室内で第三妃勢力が異様に羽振りの良い理由がこれで判明したわけだが…」
「醜聞にも程がなぁ…第二王子の廃嫡はまず当然のように行われるだろうし…」
「国際問題の大犯罪………死罪もありえるんじゃない?」
「火の女神ファニアの怒りをかった血脈を、王族がそのまま受け入れるわけにもいかないだろう………国内の火山がすべて噴火してしまう」
「………で、そんな真実が露見した発端は俺の通報………」
ルーガス自身も密兵の捕縛に関与しているために、二人揃って危険な立場となる。
えらい事である。
「………第二王子といえば第一王子よりも王位に近いと噂されている有力候補じゃないですか…っ!!」
「後ろ盾の資金がな」
「おキレイな資金じゃないとなると、後はご本人の実力がそれをカバーできるかって話なんだけど……俺あの王子からいい話聞いたことないや」
「その認識で合ってるぞチャーリー。チヤホヤされて金遣いも荒く学問の方も赤点ギリギリ。うちの親戚の子が同じ学校の下の学年だ。いじめとかの問題もある」
「本当にいろいろ情報持ってるねリード家って………」
「面白そうな話してるじゃねーか」
いつの間にか風呂から戻ってきたガレッドが、話に顔を突っ込んできた。リオルは小さく悲鳴を上げ、ほかの部署に所属しているとはいえ少佐へ敬礼するアレクセイ達。
ふと自分たちの上司を探すと、ユリアとともにお風呂へ向かっていた。確かに、片づけ中にもあのお風呂に入ってみたいといっていた。彼女たちも魔法陣や魔石の回収を終えていた。
「そっちももう作業終わってんだろ?第三妃アレクシアとか、大層高貴なお方じゃねーか」
詳しく聞かせろよという上官に、アレクセイ達は抗えなかった。
包み隠さず、先日の北区であった密兵の事などを報告した。最初はニタニタ面白そうだと顔に書いたまま聞いていたガレッドだったが、先ほどの資料からして第三妃勢力がここに存在していた風の神フールドーの神殿を有効活用していたらしい話には眉を寄せた。
キイチやリンレイも同様だ。
「んんん?なんかおかしいんだが、言葉にできねーな。キイチ分かるか?」
「あんな自我もあるか疑わしい程狂いきった風の神がオークションに関われるはずがあるまい。証拠資料からして、第三妃勢力が元締めだ」
だが俺たちは、レアドロップなる犯罪組織とオークションが繋がっていることも知っている。
だけでなく、
「女神リリーダ………そして………人の体を乗っ取った厄神の気配はなりを潜めてわからない」
『キイチの察する通りです』
十分にルーガスを叱りつけて満足はしたらしいラスカーも話に加わった。そして精霊獣はそれをとうとう言の葉にした。ルーガスはぐったりとカウンターに沈んでいた。
第三妃アレクシアは………厄神リリーダの、恐らくは本体です。
「……………陛下は」
『例の夜にルーガスがオークションに侵入したのを私と共に見ておりました。大凡のことは、陛下自身も存じております。』
「おいそこのぐだってる自称一般人!!!オークション当日の夜に侵入してたとか、どういう事だ!!?」
「ガルス言ってもいい!!?」
『ぶち犯すぞ』
「というわけで言えない!!」
「何なんだよ!!!?」
あーそこかー………その話がまたぶり返すのかー…………
どう説明してもしょうもない話で終わってしまうあれから皆が顔を背けていると、とうとうガレッドがルーガスに掴みかかって詰問し始め、アレクセイ達が慌ててそれを引きはがす。
リンレイはまあ当然の反応だよなーとうんうんと頷き、キイチもその暴挙を止めようとはしない。もっとやれと能面に書いてあるのをリンレイだけが悟ったが、リオルにはそんなことはわからない。ガルガストも笑ってその様を観戦していた。
一人おろおろとその様子に慌てふためくリオルだったが、ちょいちょいと手招くリンレイに誘われて、結局店長を見捨てることにした。竜人相手に、自分がどうにかできるとは思えなかった。
「リンレイさん。戻ったときはグッタリしてましたけど………もう平気なんですか?」
「おー。ちょっと魔力の使い過ぎでダウンしてただけだから、もう大丈夫だ。そんな事よりもお前の方が危なくね?」
その通りであった。相手は一国のお妃さまに憑りついた女神。こちらは記憶喪失の16歳の若者。まず身分的に不利だ。
「そこでだ、リオル。ユグラスト教で保護されないか?」
「へ?」
「妥当だろう。この国の王族に憑りついた厄神リリーダに目をつけられている上、お前はオッドアイだ。主神ユグラストの契約者であることは歴然で、我々が保護しても当然だろう?」
キイチたちの言い分は尤もなことである。こんな非常に危険な状態の、自分たちが祀っている神の契約者。保護する動機としては十分なのだが、待ったをかけたのはコブラツイストをかけられているルーガスだった。
「僕反対!!!自衛出来ないオッドアイが二人揃うとか!極東で言うところの“ネギと鴨”!!」
『言い方はあれですが、認識としてはそれであっております』
『そりゃそうだよな。厄神の連中からしたら。俺だってそんなの狙うぞ』
「「………………」」
ガルガストの追い打ちがまた効果絶大で、リオルもとてもありがたい申し出ですがと前置きはして、断った。
ガルガストに狙われる人生とか、泣きたくなってしょうがない。
「だが、このままにもいくまい」
「リオルお前、腕に自信とかないか?」
「神の呪いとかは全く効かない体質だったような気がしますが、それだけです」
そ れ だ け で す
「…………………………………………………………………………そうか」
「いや突っ込んでやれよ医者。あってたまるかそんな体質」
「え?」
「お ま え も か」
あだだだだだだというルーガスの悲鳴がまた響いたが、まさかオッドアイであるが故の特異体質だと判明し、リオルも叫びたくなったが、何とか堪えた。
だがそうなると、いよいよリオルの身の置き場所が悩ましくなる。
まずガレイゼル王族はむしろ敵である。避けて通るべき対象で、これに保護を求めるなど自殺行為だ。
ユグラスト教会もルーガスによって論破され、これもない。
「ん~………あ、極東はどうだ?うちの実家とか話通せるぜ?」
「“花街のドン”が嬉々として介入するかも知れないけど、リオル大丈夫?」
「まず“花街のドン”の説明をお願いします」
ここでもルーガスが茶々入れをしたが、まず新しい言葉があってリオルには理解できなかった。
リンレイはできたらしく、きょとんとしてからの驚愕になった。
「…………え、あの人…………?………あ…………女装ってそういう………あー」
一人納得したリンレイがキイチを温かい目で見つめるが、反応は皆無だ。特に何の話かさっぱりわからないガレッドが地団駄を踏むぐらいで、結局は極東もなしとなった。
「うん、リオルにはまだあの人は早いな」
「お願いしますから“花街のドン”の説明を………っ!!」
それでも結局説明はされなかった。ガルガストがすごく楽しそうにしようとしたが、知っている三人によって全力で阻止された。あと一人、情報通なリード家のトムが「あー」と納得し、軍人たちを集め内緒話をしたのだが。
「………あ………そういう………」
「そりゃ駄目だわ」
「聞く限りじゃ“アウト”だろそれ」
「いえ、少佐。“セーフ”です」
「極東ホントにおかしいな」
結局リオルの身の上は、まだ名前もない飲食店の店員のままとなった。
そして一人のけ者にされたリオルは、拗ねた。
「“花街のドン”って何……」
「「?」」
風呂上がりの女性陣にも何が起こったのかわからなかった。
因みにシャラもその場にはいたのだが、薪ストーブの炎を蜥蜴らしく身動き一つせず見つめていたため、後にガレッド達に少々気味悪がられた。
彼らが風呂に向かった時と、蜥蜴は何一つ変わっていなかった。
キイチ「シャラが動かない?ああ、息はしている。問題ない」