リオルとラスカー~神々の事情を添えて~
プロローグの終了
色々と修正してますが取り残している部分もいっぱいあります。見つけ次第修正します。
フロティア暦1500年1月17日 夜。
「「「おーーーーーーー」」」
「…………本当に見えてなかったんですね、皆さんには…………」
一時的にルーガスに頼み目くらましの魔法を解除され、本来の瞳が露わになったリオルの瞳を、軍人三人は感嘆の声でもって評価した。
未だ看板もない海岸沿いの酒場にて。五十台も車を止められる駐車場には一台の乗用車ともう一台、軍用の十人乗りが停車していた。昔は馬車を止めていた空間を、そのまま利用させてもらっていた。
店の中も、帰りがけに買った葉茎菜類で作ったサラダや根野菜と肉団子たっぷりのスープ、それに冷蔵庫の中のソーセージやチーズも出しきっての料理のにおいが充満し、やっとらしい姿を見せてきた。
「いーねーいーねー!やっぱり隠し味に“ミソ”入ってるほうが味がいい!!」
「そーなんだよリン君。ご実家のご助力今後ともよろしくー」
「リン君呼びはやめろっつってんだろ。」
「お酒込みで夕飯タダ!」
「もーしょーがねーなーこの店長はよー」
『落ちるのはえーなーこの54歳児』
「え!54!?マジすか!??」
「!?」
チャーリー同様驚いたアレクセイが、味が良かったので気に入ったハムステーキの二枚目から顔を上げ、カウンターで行われたやり取りを凝視した。
昼の騒動の後、精霊魔法部隊ハロー・ハローのトップとしても、一軍人としても、エルシーは事態を重く捉えていた。こちらもさすがに、一人では判断できなくなってきた。
ハロー・ハローの主力部隊が合流したと同時に、捕縛した第三妃アレクシアの密兵を氷柱に密封したまま、彼女とユリアは軍部に戻っていった。
リオルの報告をするために。
大将、できれば元帥とお目通りが叶えばいいのだが
そんなとんでもない階級を呟いたエルシーに、勘弁してくれとばかりに狂ったように首を横に振る少年がいたが、他の者たちも何も言えずただ彼を憐むばかり。
こればかりはエルシーの方が正しい判断をしている、と皆が思った。
残された男たちはというと…上司命令により、リオルの護衛任務に就くこととなった。
「もし、万が一、彼が王族ではなくとも、オッドアイなのは事実だ。いいか」
死んでも守れ。
それが三人に下された特命だったのだが。
なぜか今、皆で食事を楽しんでいた。
というのも、様々な騒動によって商売が成り立っていないルーガスが、キレた。
「僕は!ただ!!飲食店の店長やりたいだけなんだ!!」
まだコーヒーしか作ってない!買い置きした食料が下手したらこのまま一生使わない!!極東でそういうの“もったいない”って言うんだぞ!!もういっその事ここで全部使い切るからみんなで食べるんだ!!
わけのわからない切れ方だったが、振る舞われた料理はおいしかった。
オッドアイ相手にどんな接し方をすればいいのか悩んでいた三人も、いつの間にか自然体で接していた。
『あーーーーうまかった……で、ここ宿屋もやるの?』
「元はそういう酒場だったみたいだし、ベッドだけある部屋があと六部屋あるよ。トイレは共同で、お風呂は温泉蘇ったから大浴場完備~」
『戻ったのかあそこ!?』
「そーなんだよ~ウォスターとフレストが頑張ってくれて、ウルドラも風呂と言ったら桧だろって気合い入れて大浴場作ってくれて、もう極楽!」
『何それ最高』
「そうだぞルーガス!南区の共同風呂で必ず女湯は逆方向だといわれる俺に謝れ!」
「ごめんね!」
『一泊いくら?』
「なら俺もここに泊まるぞ」
『お泊りだ!』
「「「「え」」」」
今のセリフ、各属性の最強の神の名が出ていたのに。
「そこは触れないのか?あのユグラスト教の一員は?」
「ガルガスト神とあんなに親しげだしなー…他の神々もよく見るんじゃねーか?木のウルドラ神とか平穏派だし」
「火のフレスト神は過激派だぞ…」
そんなことを盗み聞いたリオルは、食器を片付け終えた後に三人の方に寄り、問いかけた。
どうしても、聞きたくてしょうがないことがあった。
「あの…神ってそんな身近なものでしたっけ?」
「「「違うから」」」
よかったああああああああああああ!!!
「最近本当に……本っ当に!常識が!追いつけなくて!!まず神って普通霊体で、神殿や夢にしか現れないって認識で合ってますか!?」
「あってるあってる。大丈夫だから」
揃って風呂の方に向かった団体を見送って、とうとう我慢ならなくなったリオルの心からの主張に激しく同意したい三人は、まず少年を椅子に座らせた。
胃のあたりをおさえ始め、いよいよ胃に穴が開きそうだ。
俯いたため髪が流れ、首の包帯が見え隠れするのがまた痛々しい。
「まあそう悲観するな、少年。我々もな、上司に当たるエルシー様が神域契約者であられる」
うんうんとチャーリーとトムもアレクセイの言葉に同意した。
「……実年齢は」
「11歳」
ただし契約している神はロリコンで有名だというのをだれも言わない。
それでも自分以外にも苦労している人がいるんだとわかり、いくらか落ち着きを取り戻したリオルは、改めて椅子に座りなおし、根本なところを話し始めた。
「……神という存在は、魂だけの、だからこそ大いなる行いができる人類より上位の存在…なんですよね?」
大人の三人は、その問いかけに肯定した。
神霊体。その話をするにはまず、創世暦という時代について改めて説明が必要になる。
アレクセイが語りだしたのは、そんな創世期の最初期、まだ人類が誕生してもいない太古から始まった。
「その昔、この世界にはまだ天も地も何もなかった時代、あるのは闇と、色とりどりの光の粒子と、その粒子を集めやすい性質を持った何か…それがこの世界の始まりの、神の“霊”だったという」
やがて、光の粒子は色によって自分と相性があることを知覚した無色の神々の霊体は、光の粒子を区別して集めるようになり…いつからか、確固たる意志を持つようになった。
やがて神々はその光の粒子を“精霊”と名付け、色を“属性“で区別するようになり…そして。
創世が、始まった。
「でもまだ霊体だよな、神様って」
「ああ。まだ属性がしっかりしていない神は湯気のようにそこにはいるが、手も足もなく、何も出来ないものだったという。また当時の火の神は、薪もないのに火の塊であり、水の神はそこに浮かぶ水の塊だったとか」
「ええー…薪もないのに燃え続けるの……危険じゃない?」
「実際それで火の神が当時の最強だったらしいぞ。何せ燃やすことは楽しいことだと知ってしまったからな。どこでも燃えていたという」
「放火魔じゃん」
「そうだ、魔が差したんだ」
違う、その返答が欲しかったんじゃないとチャーリーが天井を見上げたが、リオルは天然という言葉を飲み込んで続きを待った。
トムが別段慌てることもない様子から見るに、よくある光景だというのが窺える。
ともあれ、話は続く。
「創世の時代、一緒くたになっていた粒子…精霊を神々が区別するようになったおかげで、まず事象が生まれた」
「「「事象?」」」
「火や風、雷のようなものだ…………その中でも水が、ただ一つ“溜まる”性質を持っていたため、海となった。水が火を消せる存在だというのもこのころに知れ渡り、火の神最強説はここで終わった」
「あ、それ聞くとなんか切ない」
「そうやって、水の神による制裁が火の神たちに下されているうちに、土の神々が土の高さを……誰が一番高く盛ることが出来るか競争し始めて、島と大陸が出来上がった」
「それやってること子供の遊びじゃない?」
「神でさえ知性を得て間もないころの話だぞ。最初なんて人も神も大して変わらん」
そう言ってコーヒーを味わうアレクセイの言葉に、えーと不満を声に出したのはチャーリーだったが、リオルはというと…ただ感心していた。
「博識でいらっしゃいますね、アレクセイさん…士官学校で、神々についての歴史を専攻されていたのですか?」
「私の家の領地が1000年ほど前の地下神殿を管理しているためにな。地下にラジオを通したいのだが、これがなかなか上手くいかない…それで次男坊の私がハロー・ハローに所属している。チャーリーも似たようなものだ」
「ぃえーい☆先祖代々海底神殿見て回ってる家でーす!水中とかマジ無理でっす!!」
「いえーい。そんなお悩みを抱えているお家をルイ家にご紹介した、リード家の三男です」
「皆さんすごくまともな繋がりなんですね」
「まともじゃない繋がりって何?」
「店長とリンレイさん。出会いは11月のアルコールフェアです」
突っ込みを入れたチャーリーが、ここで笑うあまりに椅子から転げ落ちた。トムとアレクセイも、先程リンレイの実年齢を知ったばかりなためか複雑そうな顔になっていた。
「あ、でもリンレイさんを会場から出そうとしたのは会場関係者ですよ?やじ馬が出来てたのに、店長が首を突っ込んだだけです」
「あ、そういう出会い…………」
「…………出会ってまだそう経ってないな………それまであのルーガスという男は何をやっていたんだ?」
「…………六か月前にこの店を買い取って、リニューアルをしていて…………それ以前のことを聞きたければ傷をまず癒すようにいわれてしまい…………」
「………まあ、その返しは自然だと思うけど?アレクセイ」
「王子の話もその頃じゃなかったか?」
「ごはっ」
「リオル君!?」
思わぬところからクリティカルヒットを頂いたリオルを、トムが必死に呼びかけるが、復活する気配はない。
「………あれ?アレクセイ、王子の話も確か………霊体の厄神が肉体を得ようとした話じゃなかったっけ?」
「はぁ!?」
「あ、起きた!大丈夫かい?」
「トムさん、ありがとうございます……けど、なんでその神が肉体を得る話とじぶn……………………その王子が、関わっているんですか?」
いやその王子きっと君だよ。
「………創世期の話に戻るが、大地に木々が生い茂り、風が神とは関係なく発生するようになると、神々はついに気が付いた」
色々なものを無視して、アレクセイの言葉は続いた。
風はある。だが、その風を感じられるのは風神のみ。
水はある。水の冷たさも、温かささえも水の神にしかわからないが。
火に至っては、ある特定の条件の下でなければ燃えなくなった。
物理法則が確定し、世の理に、神々が干渉できにくくなっていた。
そうなると、神は思った。
ああ、つまらない。
「そう言って神々のほとんどが活動を止めていた。その間にも活動を続けた神が一柱」
創命神ラフラ。ほかの神々に横やりを入れられるのを嫌がり、草花や昆虫などといった小さな、些細な命を作っては楽しんでいたのだが、立った一柱残った女神はここぞとばかりに命をばらまいた。
これが創命暦と言われる時期である。
女神ラフラの創った命は、最初は彼女の指で辛うじてつまめる程度の小さな…ただし彼女はいずれ島と同じ大きさの邪竜ガルガンに霊体のまま腹を食い破られる…本当に小さな命の元となる彼女の霊体の欠片たちは、やがて世界に溶け込んでいき、獣となった。
海に落ちたものは魚に。
草原に落ちたものは馬やウサギに。
木々の間で命となったものは鳥やリスに。
彼女は想像以上の出来栄えに、考えついた。
自分の手で大切に、大切に作った命は、これらよりもっと完璧な素晴らしいものになるのではないのか、と。
「そうやって、女神が人間の作成に集中している間にほかの神々も…な」
知らぬ間に何やら賑やかになっていた世界に、神々の関心も戻ってきた。
好奇心旺盛な、小柄な、あまり力の強くはない火の神が、大きなトカゲを見つけてちょっかいをかけていたのが、そもそもの始まりだったという。
「取り込まれたらしい」
「……………………何が?」
「神が」
「「「神が」」」
「ああ、仮にも神だが、霊体だった。対してトカゲは肉体を持つ…神でもどうにかできない物理法則で成り立っている存在だった」
霊体と肉体では、肉体の方が主導権を持つようだが、精神においては神の方が勝っていた。
もう言うまでもないことではあるが、これが精霊獣、サラマンダーの始まりである。
「で、元火の神のサラマンダーは肉体を得たことにより味を占めた」
「どういう意味?」
「『焼肉サイコー』という言葉を残している」
「ぶははははは!!!」
アレクセイが真面目に言っているところもまたチャーリーを撃沈させる要因であったが、これにより、神々もまた肉体を得られることが分かったのだ。
どうやら獣たちの体を神が乗っ取ることができるらしい。
そして獣となって知ることが出来た世界の素晴らしさと言ったら!
「さらにだ、そんな時…女神ラフラが全神経を使って完璧な命を作っていると神々は知ってしまった」
「「「あ」」」
サラマンダーでさえ肉体を得てあれほど世界を謳歌しているというのなら、最高の獣として作られた人間の肉体を乗っ取れば。
そう考えた神々がいることを知った女神ラフラは、主神ユグラストに懇願した
その結果、主神ユグラストと女神ラフラの間にある契約がなされたらしいが、そこまでは人には伝わっていなかった。
「ただ、そのために人類は心臓に必ずユグラスト神の刻印が刻まれているうえ、そう簡単にほかの神に乗っ取られることはなくなったという。そう簡単には」
「二回も言うほど?」
「王子の件はな」
「ぐはっ」
「リオル君またかい!?もう現実を受け止める頃合いだよ!?」
「トムお前何気にひどいな」
「ああ、俺もそれはどうかと思う」
「二人まで!?」
「ただいまーお風呂空いたけどみんなも入るー?というかなんの話してるのー?」
『おう坊主、死んだら俺が食っちまうぞー……おい、ジョークだっつの』
あらゆる面々に過剰なほどの反応をされたことに。
さすがのガルガストも、しょげた。
『あー坊主の肉体欲しがってる神?きりねーぞ』
「大丈夫だよリオル!!そんな奴来たら僕が片っ端からやっつけちゃうから!!」
「じゃ何でリオル今こんな大怪我負ってんだよ」
「ごめんリオル……人災は僕もノータッチだった…反省した…」
「なんか思ってたのと違う返答が来ちまったが…まあいいや、おらとっとと吐いちまえや」
「リン君どこのヤンキー!?何を吐くっていうの!?」
風呂から戻ってきたルーガスが、そのまま二階に上がろうとしたのを一早く察知したリオルは全身を使い引き止めた。
こんな状態で何もうすっかり寝る気になってるんですか!という店員の主張に、おいおいまじかと厄神でさえあきれ返った。
リンレイもそれはいただけなかった。テーブルにつかせたルーガスの右隣を陣取り、こうして尋問は少年主導の元始まった。左隣に座り尻尾をルーガスに絡ませ逃がさないようにしているガルガストも、真正面の腕を組みにらみつけるキイチも、異論はないらしい。
うわーあんな尋問受けたくねーと、斜め後ろのテーブルにまだいる軍人たちはただ眺めた。リオルもまた、そちらの方に腰を下ろした。
絶対あそこに混ざりたくはなかった。シャラもさすがに、こちらのテーブルの上に避難していた。リンレイも見た目はただ尋問ごっこを楽しむ子供のようではあったが、目が笑ってはいなかった。
「とりあえずお前はもうそろそろ、知ってること全部ゲロれ」
「駄目だよ!!言ったらみんな女神ルールに殺されちゃうもん!絶対言わないぞ!!」
「お前ほんと何知ってるんだよ!?」
「ならばあの闇オークションについては」
「サラマンダーの事は知らなかった!!もっとやばい方で精一杯だった!!」
『もっとやばいのって?』
「ガルス怒りそうだから言いたくない」
『ほう(超低音)』
「ねえ、リオル君。君のとこの店長さんいつもああなの?」
「はい、いつもあんな感じです…」
顔を追ってしまったリオルの気苦労が計り知れず、チャーリーもそれ以上は茶化すこともせずただ肩に手を置いた。
手入れを怠らない綺麗な金髪と軽薄な口調、さらには整った顔立ちから軟派者とよく言われるが、彼とて優秀な軍人の一人である。
人の裏表を見極めるのがハロー・ハロー内で随一だと自負している彼でさえ、ルーガスのその、自分の常識では計り知れない行動や言葉の数々に眩暈を覚えた。
トムとアレクセイも同様だ。あれほどの大災害が、もしかしたらそれ以上のことになりかかっていたらしい。
もちろん、キイチもここで言葉を濁されたままで終わる気はない。
「結局なんのためにお前は闇オークションに潜入したんだ」
「ガルス怒んない!?」
『内容によるだろ』
「絶対言わない!!」
『わーったよ!!怒んねーから言えっつの!!!!』
「ガルガスト神が子供のころ書いた婚姻届」
『ぶち犯すぞ』
「ほらガルス怒ったあああああああああ!!!!」
『当たり前だボケエェェェっ!おまっ…なんつーもん後生大事にとってんだよ!?』
「だってあの頃のガルスほんとに可愛かったじゃん!!事あるごとにレナードに噛みついて負かされて泣いちゃって!“俺大きくなったらガレスのことお嫁さんにしてやるー” って見様見真似で婚姻届けまで作っちゃってまたレナードと大喧嘩してるし!」
『そーだよな!お前にとっちゃ女体化する薬を食事に盛る親友のその行為も “年頃の男の子が女の子の体に興味持ってやらかしちゃった黒歴史”だもんな馬 鹿 野 郎 んなわけあるか!!!っつかお前あの婚姻届けがマジで効力発揮すんのわかってんだろ!?』
「ガルスがルール神に頼んで書き方とか教えてもらったんじゃん!!?」
『そうだよ法と秩序の女神監修のガチもんだよド畜生っ!!何でそんなもんがオークションなんかに出るんだよ!?』
「僕だって!!!………僕だって…………………っ!!」
風神ウィンドーのうちの子自慢に、たまには対抗したくなっちゃったんだ!!!!
『ちょっとマジでこいつぶち犯してくるから後よろしく』
「待って待って待って、いろいろと待ってくれ頼むから」
ほらキイチもどう反応すればいいか分かんなくなって天井見上げてんじゃん?な?
「とりあえずだ、ルーガス……自分で出品したんじゃねーよな?」
「するわけないじゃんあの文字を覚えたばっかりのガr
『端折れ』
「うん、盗まれたんだけど、大丈夫。ウォスター達も手伝ってくれたからちゃんと回収できたよ!」
『そーかそーかよりによってあのウォスターの手を借りてたのにはそんな理由があったのかはっはっはー…………もう連れてっていいか?』
「キイチ、あと頼む。俺なんか疲れた」
「馬鹿野郎、俺も疲れたわこんなん…で、なんであの坊主も巻き込まれたんだ?」
「あー詳しいことは僕もよくわかんないけど、何かレイラの遺骨も出品されてたみたいで、取り戻した後で僕と合流したみたい」
言ってくれれば僕もそっち優先してたのにという余計な一言が、ガルガストの眉間のしわを深めたが、新たな登場人物にリオルは首を傾げるしかない。
記憶がなくなる前の自分が、闇オークションなんてところに遺骨なのに取りに行くほどの人物。名前からして女性だろう。
「そのレイラという人は一体?」
『あなたのお母さまです。リオレイズ様』
リオルの言葉に答えたのは、エルシーとユリアを引き連れて現れた獣、精霊獣だった。
白かった。白く毛の長い猫の背に、ガラスでできた鳩の羽を大きく広げた、美しい精霊獣。それを目に入れた途端軍人三人は立ち上がって敬礼を行い、キイチやリンレイさえも椅子から立ち、頭を垂れた。
それだけの地位にいるらしい精霊獣相手に、ルーガスは言った。
「あ!ラスカー!!君お城はもう安全だとか言ってたの嘘じゃん!!」
『厄神ガルガストの婚姻届けなどというおっそろしいものを出品された人はお黙り下さい』
「むぅ」
宙に浮く精霊獣のぴしゃりとした一言にルーガスはむくれ、ガルガストはけっとばかりにそっぽを向いた。婚姻届けのあたりから、実はずっといたらしい。
そんな同じ神々から厄介者扱いされている厄神筆頭の態度だが、ラスカーは完全に無視をした。彼女が見つめるのはただ一人。それ以外など、どうでもよかった。
だがリオルは、なぜこの人のものではない、青と金のオッドアイがやさしくこちらを見つめてくる理由もわからず、ただそこに座り続けた。大いに混乱しているリオルだったが、獣の方が理解を示した。
スイ、とリオルの前に移動した獣は年を経た上品な女性のような声で、語り始める。
「記憶を失ったことは存じております。我が主ユグラスト神の申し子よ。故に、今一度名乗りを上げることを、どうかお許しくださいませ」
「え、や、はい、どうぞ?」
『では改めて、私は主神ユグドラストにただ一柱使えることを許され、精霊獣という形でこの物質にあふれた世界におります…光を属性に持つ、ラスカーと申します。どうぞ、よしなに』
「あれ?ユグラスト神もう復活した?」
『ルーガス、だから私はあなたをおバカさんと呼ぶのです』
「なんだまだなのか」
『ガルガスト、もうそれは必要ないので連れて行っていいですよ』
『おっしゃ行くぞコラ』
「ぎゃあああああっこんな夜更けのお外出るとかっ!やーーーーーーー!!!!!!!!」
あんたどこの駄々っ子だ。
何とも間の抜けたセリフを叫び店から連れ出されたルーガスとガルガストを皆が見送り、場の空気が静まったところでまた、ラスカーが話を始めた。
「どうぞ、皆様もおかけになってくださいな。ここからは私が知る限りの此度の騒動をお教えしましょう」
一番要領を得た分かりやすい話が始まる事に、キイチやアレクセイは安堵した。
レアドロップを名乗るその犯罪集団は、最初はただの辺境のごろつきの集まりであり、よくある人身売買や盗掘などで生計を立てていた。
彼らに転機が訪れたのは、隠されていた神殿の岩の中に封じられていた神を開放してしまい、その神霊体が首領の肉体を乗っ取ったことだった。
『悪行をかさねユグラスト神の加護もない絶好の器を手に入れたその神は、神々の手で封じられねばならないほど悪意に満ちたものでした。いるのです、神の中にも…………人が麻薬という類に飲まれ身を滅ぼすように。』
取り込めば狂ってしまう精霊だというのに、あえてそればかり受け入れた愚か者が。
神霊体のままであれば他の神々の手で封じられるそれは、人間の体に逃げ込み気配を消す術を覚えたがゆえに厄介であった。
『神々からも厄介者扱いされる疫病神…その中でも女神リリーダは植物の…それもトプラ種の毒花を作った女神です。彼女がいる限り、トプラ種が絶滅することはありません』
野山の獣たちでさえその群衆地帯だけは200m避けて通るという。
悪意ある神が作られた怪物たちの中でも、人里付近でよく出くわす悪の存在。
人でさえその溶解液でもって殺してしまうマンイーター。
トプラ・マンイーターの生みの親であるその女神は瞬く間にレアドロップを掌握し、各国の犯罪組織にまで根を張り巡らせようとしたが、断念した。
『極東の花街にて、ルーガスと出くわしアレと戦闘。消滅を恐れ自ら強固な種の中に身を隠したのを、ガルガストが飲み込み体内で焼却。その報告に、確かに嘘偽りはありません。ですが彼女は、種を一粒残しておりました』
『えええ!?せっかくキイチがj
「黙ってろシャラ(超低音)」
『ひぃっ!!!』
みな昼間の軍駐屯地での彼とガルガストのやり取りが脳裏をよぎった。十中八九あれである。
したんだ、このおっさん。
女装、出来たんだ。
そんな皆の視線に機嫌を急降下させたキイチからリンレイが少し距離をとったところで、皿にミルクでのどを潤したラスカーはまた顔を上げた。
『極端に弱体化したリリーダ神は新たな、今度こそ自分にふさわしい器に、と…』
罪深く、神々から見放されたが見目のいい女体を。
『最初は探しておりました』
今度は、リオルに皆の視線が集中した。
「……男なんですが」
『首領も毛むくじゃらな大男でした』
「俺は記憶を失う前に、何か罪深いことでも!?」
『逆にその加護はユグラスト大司祭を上回ります』
「そこまで強力なものを与えられていることにもびっくりですが言わせてください!」
なぜに俺です!?
『完全にルーガスに対する嫌がらせです』
きっぱりはっきり、言い切られた。
しかし気を失う前に、届けられた言葉がリオルを持ち直した。
『オークションにレイラの遺骨を出品したのもあなたをたった一人でおびき寄せるためでした。しかしリリーダも他にあの、ガルガストの書いたアレが出品されていたとは思いもしなかったでしょう………………サラマンダーなど、予想外にもほどがあります』
体を乗っ取ろうとしたそのタイミングでのルーガスの合流、大トリで出品されたサラマンダーたち、さすがのリリーダ神もその展開に硬直。精霊獣の今にも爆発しそうな極限状態に一早く察知したウォスターが水壁で二人を守るも、爆発の規模はみなが知る通り。
「ああ…やっぱ火傷は火傷でも、マンイーターの溶解液による火傷か」
一人納得したリンレイはキイチに凄まれ、だってあの大火災とマンイーターとかよくわかんねー組み合わせじゃん!と弁明を図った。だが黙秘されていたその情報が、余計その場に以前自分が取り逃がした厄神がいた証明となっているため、キイチの顔は般若のごときそれである。
エルシーたち軍人も、知らされた情報に何度待ってくれと心の中で叫んでいたのか数え切れなくなっていた。ユリアなどもう泣きだしているし、トムの顔色は白を通り越し、青だ。チャーリーもアレクセイもひきつった笑みを浮かべるしかなかったが、そこはエルシー。
「質問、よろしいでしょうか。ラスカー様」
『何なりと』
「サラマンダーは結局何だったのでしょうか?」
『他の厄神が面白半分で出品いたしておりました』
「つまりサラマンダーの件自体は」
『リオレイズ様と直接の関係はございません』
ええええええええええええ……………
ないんすか関係
つまり別の問題に出くわしたのかよ俺たち
これ俺たちが関わる意味あるか?
あわわわわわわわ………
『ちなみに…この一部始終を私と一緒に見届けたのは、ルーガスの背後に風魔法で映像魔動機器を追跡させたウィリアムです』
「ああ、道理で素晴らしい出来栄えだったと国王陛下からお褒めのお言葉をいただけたのですね」
ユリアとリオルは仲良く卒倒した。トムとチャーリーが即座に受け止めたが無理もない。
ここでウィリアム国王陛下の名前が出るとはだれも思っていなかった。
『さて、これ以上の情報はリオレイズ様にも酷でございましょう。今日のところはここまでに…キイチ。貴方はいかがいたします?』
『?キイチがなんかあるの?』
「シャラ…なんで俺たちはここにいる………………俺が命ぜられたのはサラマンダーのあの災害を起こした原因に厄神が関わっていた際にこれの……封印をせよと言われている。女神リリーダは厄神ではあるがサラマンダーには関わっていない…取り逃がしたのを見つけたから女神を優先したいが、世論はサラマンダーの方の早期解決を求めている」
『では今ルーガスたちを襲撃しているのはサラマンダーの方ですが、よろしので?』
「それをはやく言ってください!!シャラ!!!」
『シャラわかんないもん!!ここラスカーの光の壁で守られちゃってるもん!わかんないもん!!』
「出遅れた!リンレイ!!」
「おうよ!!」
と威勢よく扉を開けたがいいが、猛吹雪に煽られた二人は足踏みをせざるを得なかった。
「は!?ガレイゼルがこんな吹雪くなんて聞いてねーぞ!?」
「誤解ですリンレイさん!!ガレイゼル帝国も雪は降りますがこんな勢いにはなりません!!」
速攻で起き上がったユリアが否定した。一軍人として、彼女はもう映像機器の設置に動いていた。
「となると………神か!!!」
同じ頃、店から港に続く道の半ばにて。
額に火の神フレストの刻印を輝かせたルーガスは、前に突き出した両腕から火炎の壁を作ることによって、襲い来る雪の暴威を防いでいた。
それは目の前の氷を顔に張り付かせる、青みがかった黒い長髪と碧眼の、水神特有の蒼く…だが淀んだ神気を放つ若い男によって作り出されてた吹雪だった。水の精霊だけを取り込むのに飽き足らず、貪欲に何もかもを取り込もうとした神々のよくある落ちた姿である。吹雪を出し続けているにつれ人間の体が崩壊を起こしているのだろう。やがて左手がごとりと落ちた。
『ひゃははっははははは!!!やるじゃん人類!!にしても神域契約者なうえ複数の神と契約してるとはなぁ!!おもしれえ!おもしれぇぞ人間!!』
「ガルスーーー!!!そっち数減ったあああーーーー!!!?」
『むしろ増えたー!』
「あーもう!よくわかんないけど、手を出してきたの君なんだからね!!だよねルール神!!」
———肯定。ルーガス・ユグラストを死に至らしめんとする神を確認。
『は?』
———水の神コキュルを確認。厄神を認定。これの消滅を、主神ユグラストと女神ルールは所望します。
『待て待て、待て!お前まさか!!?』
———神殺しの愛し子ルーガス。殺しの剣の使用を、許可します。
「———抜刀!!!」
ルーガスの言葉とともに、神の背後で異空間から飛び出したそれは、流星のごとき勢いでその死角に迫ったが、瞬時に悟った神が吹雪を放っていた右手を地面に向けた事でかわされた。
それでも勢いの衰えないままルーガスに向かい、そして柄をしっかりと握られた。
それは漆黒の大剣だった。邪神ガルガンをこまやかな細工で施された十字の鍔も、刀身も何もかもが黒く、そして恐ろしい。ちょっとした魔法が施された人類のチャチな代物とは違った。
『お前、それ……邪竜の骨から作っているな!?』
「だからこれで斬られたら絶対死ねるよ!!」
『冗談じゃない!!』
氷で作った翼を広げ、神は速攻で飛び立とうとしたが、それを即座に切り捨てられた。
『は…………?』
動きが、全く見えなかった。
翼を切り落とす瞬間も、胸元から突き出た刀身がいつ自分を貫いたのかさえ。
だがもう遅い。刀身を視覚にとらえた神は、やがて自分を染め上げる精霊の色彩が放たれていき、また無色透明の何かへと自分が退化していく感覚に恐怖し、そして意識は、残った黒に飲み込まれた。数多くの強盗と強姦を繰り返し罪にまみれた人の亡骸の中で、遂にコキュルは死に絶えた。
「まず一柱!」
吹雪が晴れたその先で、ガルガストと対峙する人を乗っ取った厄神の数は六柱。店の方からキイチとリンレイが飛び出してきたのも見えた。
月が丸く完全な姿をさらす、そんな夜の帳にて。
こうして、彼らの行進は始まった。
厄神ってつまり何?
疫病神です。破壊衝動とか欲望に忠実な輩です。なので神々からも嫌悪されてます。同族意識など皆無。
他の強い神に見つかれば殺されるの必須な彼らは必死になって逃げます。そしたら人間の器に入ったら神の気配とかも遮断されることに気が付きました。ひゃっほーです。でもユグラスト神の加護のある善良な人間は手に入りません。罪人ばっかです。背に腹はかえれません。でも神というのは欲張りなんです。