ルーガスとガルガスト~見た目ダークエルフの軍の少女を添えて~
文体を試行錯誤しているため前と違う形になっています。ご了承ください。
フロティア暦1500年1月17日。
「……………………………………」
『何してんのガレス』
「うおおおおっ!?びっくりしたあああああああ!!」
つい薪ストーブに見入っていたルーガスは、店の扉がとても静かに開いた音も、10m向こうから彼とともに入ってきていたはずの冷気にも気づかなかった。
「いつ来たの!?」
『今だっつの。扉にベルつけろよ』
「気付かなかった僕も悪いけどあえて聞こう!お前ちゃんと人間みたいに、自分の手で扉押して入ってきた!?」
「尻尾で押した」
「ちょっと待って♡そんなサザエみたいなのでとか、どうせ先っぽ突き刺して押したでしょ君」
「♪」
「んもーーーーーー!!」
まだ開店もしていないというのにとぶつくさ呟きながら、早速傷がついたらしい扉の確認に、店長自身が店を出ていった。
ほったらかされた客人は、自分のような者が座っても、その四つ足の太い足で支えてくれそうなカウンター席に座り、ぐるりと店を見渡した。
ラジオから流れてくる民族音楽が耳によく馴染む。いい店である。
板張りのかつてはダンスホールにもなり、男と女が軽快な音楽とともに踊りまわっただろう空間は、まだ誰も座ったことのない丸椅子と丸テーブルが八つほどの組にされ適当に置かれていた。
広かった。
そう間もないうちに、ルーガスも戻ってきた。
「……………傷はなかったけどー、次からは手で開けてよー」
『ここ、こんな広かったんだな』
「それ僕も思った」
『ガレス、コーヒー』
「飲んだら帰りなよ?後、僕の“今の名前”はルーガスだよ」
ガルガスト
そう言って作業に取り掛かったルーガスは、名を呼ばれた彼の尾が一つ揺らいだことに気づかなかった。
かつてこの世界には、竜暦と呼ばれる1000年の暗黒時代があった。そのひとつ前の創命暦と呼ばれる、ある一柱の神が生みだした生命たちの中に、それはいた。
最も強く、最も獰猛な生命にして種族。
竜。その翼は暴風を生み出し、その嘶きは神々でさえ恐怖する。
その頂点に君臨し、あらゆるものをその口から吐き出す黒炎をもって蹂躙し、時には神々をも食らい腹の足しにしてしまったという、恐ろしい怪物。
それが邪竜ガルガン。創命神ラフラの腹を食い破り生れ出てきた太古の悪。
当時はまだ大陸とつながっていた極東の島を、自分と同じサイズなことを気に入り根城にし、腹がすいては大陸の生命を焼いて食べていたこの竜にも、やがて終わりは訪れる。
竜の最後がどのようなものだったのかを記した書物も、この目で見たという神々もいなかった。
ただある日、邪竜の血にまみれた、腕の立つ旅人たちが幼い神を連れ帰ってきた。ただそれだけのことだった。
それ以降、ガルガンが黒炎をまき散らしながら現れることはない。
邪竜に便乗し悪行を重ねていたほかの竜も駆逐され、思慮深く愛を知っていたために…同じ竜でありながらガルガンと敵対していた幾頭かの竜だけを残して。
彼らの栄華は、終末を迎えた。
となると、さあこの世の春が来た!とばかりに猛威を振るうバカが生まれる。
神だというのに、それは力が弱いためにガルガンの餌食になることを恐れ、ただひたすら逃げ隠れ難を逃れ、そして今。
愚かな猛威となり、人を襲った。
さあ俺を敬え!でなければ醜く異臭を放つ出来物を全身に作り、ブスとして生まれ変わらせようぞ!何せ私は病気の神イル!そのような事、私にかかれば朝飯前のことだとも!ぎゃはははははっ!!!!!!!!
といった風に。
小柄なヒキガエルのような図体と、人を卑しめることしか考えていない出来の悪い頭。
自分こそ出来物にまみれ異臭さえ放つ病の神は、そう言ってうら若き乙女たちを町の広場にあった噴水に追いやり、水責めで弱らせた。
そうでもしなければ、抵抗されてますます弱い神に陥る可能性もあるためだ。
神々からもその蛮行から毛嫌いされていた愚者であり、悪徳を積むことに愉悦を抱くどうしよもない性根を持つこの神は、人の畏怖でもって強い神になろうとしていた。
神の悪行はまだ続く。盗賊にして部下である人間に命じ、広場に集めさせた町の人々。
その中から乙女たちの親だけを前に出させ、自らが編みこむ事により死を強める呪いを施した縄を自ら配り、これで町人を乙女たちと同じ数だけ絞め殺したら許してやると唆す。
これも簡易な契約である。
薄らとだが、小さく、だが確かに右手の甲に刻まれた刻印に絶望する彼らの様は、病の神を満足させる見物となっていた。
もちろん、親はすぐに行動に移らない。
娘は大事だ。当たり前だと彼らは言える。だがやっとガルガンがいなくなり、平和な世界がやってきたのだと喜び合った仲間も大事だ。
この悪神とそれを旗頭にする悪党さえやってこなければ、今も手を取り合って喜んでいた。
もちろん町の人々も抵抗をした。悪行を重ね精霊にも見放された盗賊には、魔法を操る者はいない。常ならば勝機があった。
だが百にも満たない人口のこの町は、五十ほどの悪党と、一柱の神の前に無力に終わった。神の前に人は無力だと、身をもって知ったのだ。
だからと言って、こんな理不尽な目になぜ合わなければならないのだろう。
そんな葛藤に苛まれている愚かな人間に、どれ後押しをしてやろうか、と乙女たちのいる噴水を、悪神は振り返った。
その神は、いつの間にか病の神の背後に立っていた。
臭いとばかりに嫌そうな顔をして鼻をおさえる二人の男の間に、頭二つ分は身長差が生じた人の形をしてはいる何か。
あの邪竜の恐ろしい尻尾を連想させるような、不吉な漆黒の鋭い棘も付いた尾を不機嫌ですとばかりに何度も地面にたたきつける、竜の角を頭にはやした人ではないナニカ。
「が………ガガガガルガン!!?」
『違う、それ“竜”。俺は“神”』
そう言って放出された黒炎は、町のすべてを飲み込んだ後、刻印も縄も何も持たない町の人と乙女たち、そして男二人とガルガストを残し消え去った。
大陸の管理者にして…災厄を、“おのが災厄をもって”防ぐという、奇妙な神の最初の神話として、この話だけはしっかり今も語り継がれる。
『あーーあったあった臭かった』
「レナードなんて、あの後すぐ宿屋戻ってお風呂入ってたよねー」
懐かしいなーと言いながら出されたコーヒーを、さすがのガルガストも直ぐに飲む気にはなれなかった。昔話に気分よく跳ねていた尾も、今では力なく垂れさがる。
もはや幼さを光の彼方に置いてきた、立派な体躯をもつ成神の一柱。
ルーガスも腹筋の割れたしなやかな筋肉に覆われた体躯を維持しているが、昔と違い、今度はルーガスを見下ろす方に成り代わったガルガストは、胸筋の量も、腕の太さも、純粋な腕力だけの腕相撲においても、ルーガスに負けることはない。
だから来た。
『契約しようゼ☆』
「やなこった♡」
何でだよと吠えるその感情に連動したのだろうか。両耳の後ろあたりから生えている竜の角が、黒雷を走らせる。
黒く染まっている十の爪も若干鋭さを増し、金の瞳は瞳孔も開いた。
黒髪をざわつかせる怒気を放ちながら、ガルガストはルーガスを問い詰めた。
「なぜあの夜お前はウォスターなんかの力を使った!!?よりによって!なぜあいつと契約して力を借りている!?」
「契約者がせっかくの特典を使わないでどうするんだって逆に怒られたからだよ!何でみんなそんな契約についてこだわるの!?というか相変わらず仲悪いね君たち!」
『お前は契約がどういうものか知ってるだろ!!』
「だからこそ何で僕!?」
『まだ言ってんのかよ、それ!?』
大体お前は………………!?
『おいガレスなんか港の方で愉快なことが起こってる気がするぞ。案内しろ』
「帰れ厄神♡そしてルーガスと呼びなさい」
『港の方にキイチいる』
「噓でしょガルス。僕殺されたくないからお店閉めて逃げるねっ」
突然慌てだしたルーガスのその姿に、しかし心当たりのある厄神は、当時を思い出し盛大に笑い出した。
『ぶはははははっ!あれかっ!お前ら極東の娼館街のあれ、まだ決着つけてねーのかよギャハハハ!!!』
「笑い事じゃないよ僕にとっては!!あーほら早くっ!カギ閉めたいんだから帰ってよお客さん!!」
『え~どーしよっかな~…って、わかったよ出るよ、その属性の精霊魔力集めんのマジやめろ』
半ば本気で居座ってやろうかと意地悪く思ったが、恐ろしい速度で大気中から集められていく魔力の流動に白旗を上げ、席を立つ。
あの大陸を司っている強力な神が何を逃げ腰な。
『とか言われるんだろーなー…最近の奴らって何にも知らねーのばっかだし………で、どこ逃げる気だよ』
「とりあえず北区!港から一番遠いとこ!!」
『よーし、じゃあそんな憐れな人間様に厄神様が契約じゃないお力添えをしてやろう』
「え、何いきなり。どしたの?」
『魔動車。乗せてやってもいいんだぜ?』
「お願いします」
『即答じゃねーか』
車の運転には邪魔なため、どういう構造になっているのかルーガスにはわからない方法で尻尾を体内に収納していく男神。
ついでに角を隠してしまえば、傍から見ればただの力仕事でもやっていそうな体格をした雄々しい空気を醸し出す男性の出来上がりだ。
ルーガスから見ればレナードに瓜二つの男であるが。
「わぁ…レナードがやんちゃをしている…」
『やめろ。それ本当にやめろ頼むから。確かに人型の元となったのあの男だが、ネガティブすぎて苔むすわ』
「本当にみんなレナードの事……嫌でもないけど好きでもないねー………」
『おら出すぞ』
「おお!」
エンジンがかかり、特殊ガラスに注入されていた魔力水が、少しずつ魔力を放出するのを鉄越しに感じられる。ボンネットの中を今度見せてもらおうと、ルーガスは心に決めた。
ゼンマイが回転されていく音が始まり、アクセルのペダルが踏み込まれ魔動車は動き出す。
その様子を見て、店の周りに潜んでいた監視の者たちも動き出した。
「物体保有神ガルガスト、人類を一人連れ行動開始。一班、追跡します」
『本部了承。任務を続行せよ。なお南区にて、世界樹の棘 実働部隊フレア隊長 キイチ アズマの生命反応を確認。任務に支障が来した場合、これに合流し指示を仰げ。以上である』
「了解」
店の前に停められていた魔動車には、ルーガスも興味を持っていた。
街中でトマトを荷台に一杯積みこんだ、ミニトラック型というものに一目惚れしたが、次の入荷が半年先だと言われてしまった。
通常型という四人乗れる魔動車に至っては、三年先まで予約が埋まっている人気ぶり。
それをこの男神はやすやすと手に入れて、運転している。
ぶっちゃけこれを自慢したいために現れたのだろう、とルーガスは推察している。
正解である。
「でもよくこんなもの買えたね、しかも神が」
『買ってねぇ!貢がれた!!』
「誰に!?」
『信者!』
「ほんと誰!?」
海岸の道を走りながらのそんなくだらないやり取りは、北区の立ち入りが許されている
ギリギリの所まで続けられた。
『………………俺はもっと上手く焼けるぞ』
「笑えもしないよ」
北区スラムの元娼館街。ここに来るまでにも、爆発時に生じた飛翔体を撤去する北区中心の様子を、防波堤通りの隅に停車して見下ろしてきた。
ダッシュボードに置かれていた双眼鏡からして、ガルガストがこの事態にひどく関心を寄せていることに複雑な感情が生まれたが、ありがたく使わせて頂いた。
本人はもう使用済みだったため気にせずタバコなどをふかしていたが。
北区スラムは瓦礫の撤去作業に勤しむ人々の声が響き渡る、常とはまた違う賑わいを見せていた。
若い女の姦しい呼び声は屋台のシチューが出来たばかりでお勧めだと宣伝し、生き残った娼館も今は店の女を総出で使い料理を作ってはふるまっていた。
ちょうど昼時であった。
「ちょいとそこのお兄さんたち!!物見遊山かい?ご飯まだならうちで食べていきなよ!」
『いいねぇ姐ちゃん。だがこれからが人が入って混雑しそうだから、爆心地見てからまた来るぜぃ』
「おやそうかい。あそこは今軍のお偉いさんが調査してるみたいだから」
難癖付けられないようにねぇ~
「…」
『で、なんであの夜ここいたんだよ』
「その話するんならお店戻らない?」
『残念。キイチの奴が店いるぜ』
「お店出て正解だっただと!?」
「では私たちと共に屯所に来てもらおうか」
『あん?』
まず振り返ったガルガストの目に入ったのは、褐色の肌と緋色の瞳、そしてピンと尖った長い耳を少し震わせた、いかにも見栄を張っていますとばかりにこちらを見上げる少女であった。
可愛らしいが、幼すぎて軍帽がぶかぶかだった。
ルーガスも同じように少女を目にとらえ、そして後方にいる軍服の集団の…一人の女士官が彼女を止めようと右手を伸ばしたのだろう姿でこちらの視線に気が付き、ごまかすように笑いながら姿勢を正した全てを見た。ほか三人の男性士官たちもあーあとばかりの雰囲気だ。
苦労していることが伺えた。
そして彼らはみな、精霊魔法に特化した軍人に与えられる…白銀の光を表現した大きなのボタンを、左胸のポケットに付けていた。
軍の治安維持部隊。主に憲兵や警察、お巡りさんとも呼ばれる街に入り込んだ密入国者や犯罪者を取り締まり、事故や事件を調査し解決するような部署と彼女たちは異なる。
彼女たちが管轄するのは精霊魔法に類する国家危機、および更なる精霊魔法の可能性の調査、発見……魔動機器の開発まで。軍の花形ともいえるその部署は。
『何でガレイゼル軍の精霊魔法部隊に、北のホーロライ共和国のエルフィ人がいるんだ?』
「私は先祖返りだ。祖母がエルフィ人で、他はみな軍所属のガレス人だ」
『あーなるほど。軍人一族か』
厄神には祖母と言われたエルフィ人に心当たりがあったが、今話題にすることでもないので話を終わらせることにした。振る舞われた紅茶と焼き菓子で小腹が満ちたこともある。
ルーガスはまだ幸せそうにほおばっているが。
実は車を止めてある駐車場の、そのすぐ裏手にあった屯所の応接室に二人は案内されていた。
部屋自体は薄暗くコートを脱ぐと肌寒くはあったが、入室とともに付けられたストーブがやがて空気を温めた。振る舞われた品々も上等で、待遇はとてもいい。
「それで、あの夜。北区にいたという話は本当なのか?」
『その前に自己紹介しようや嬢ちゃん。こいつもまだ食べ続けてるしよ』
気安い態度に控えていた男の一人顔をしかめたが、もう片方はですよねーと言わんばかりの笑みだった。
もう一人いた一番図体がでかく部屋に入るのも億劫そうな士官は部屋の前に待機しており、女士官はこちらに記述したものが見えないように、離れたところで机に向かっている。
広いのだが、狭い空間である。
そして非難された少女はというと、ポカンと口を開け停止していた。
「そう言えば自己紹介を忘れている、失礼した。」
根が真面目なのはよくわかるが、ガルガストでさえ心配になる中身であった。
ルーガスはまだ幸せそうに食べていた。
「私はエルシー・ルイ、中佐である。ガレイゼル軍 精霊魔法部隊 技術第1部門 “ハロー・ハロー”の長でもある」
『ラジオ開発のトップかよ。さすがは通信魔法のテレパシー応用してラジオ作ったルイ家』
「あ、そうなの?」
『前までは風属性に特化したした奴でなきゃ、敵勢力が飛ばしてた呪いの言葉とかも拾っちまって使いもんにならなくなったからなぁー』
「で、元の設定からして特定の護りが施された通信魔法しか受け取れない様にした魔動機器を作った、と。」
『構造自体は簡単だから、後は護りをめっちゃ複雑にしたテレパシーを一斉に送れば』
「別に風属性に特化した人間じゃなくても通信を受け取れると、よく考えたよねー」
ちなみに二人は純粋にほめている。すごいなと、本気で思っているのだが。
「…………………詳しいな………ルイ家について」
あ、下手を打った。
と、ルーガスは少女の背後の男たちが小型の銃を突きつけたところで気が付いた。
少女がやめろと制止したが、銃身の前半分が消失する方が早かった。
「………ガルガスト」
『は、たかが石礫を放つ玩具如きが』
「謝る」
『ブキヲコワシテゴメンナサイデシター』
適当な謝罪とともに、マホガニー材の光沢が美しい机の上に。
厄神ガルガストは自分の尻尾を使って切り落とした銃身を、器用にその尾を使って置いて見せた。
角を生やし漆黒の鱗が首と顔の一部を覆うその姿はまさに異形。
薄らと彼から放出され、周りに流転している黒と金の流砂のようなそれは、肉体に閉じ込めきれなかった彼の神気そのものだ。
「肉体を得ている神…!?」
「そんな!?エルシー様!!!」
「あ、祖母がお世話になりました」
『おう』
完全に態度を変えたエルシーに、三人は綺麗に崩れ落ちてしまったし、ルーガスは思わず笑い出した。
外で待機していた一人が何事かと部屋をのぞき込み、ガルガストが尻尾を遊ばせている様を見て部屋の中に駆け込んだ。
場が混沌としてきたが、ここへさらに燃料が投下された。
「………………何やってんだお前ら」
『ギャーギャー!ガルガスト!シャラはおいしくないからね!!』
「うをぅ、マジで霊体じゃない神がいる」
「あああぁぁああ店長本当にあなた何者だ!」
「ごめんリオル!そんな店長は逃げを打つ!!ご馳走様でした!」
そう言ってルーガスは、華麗に窓から逃げ出した。
紅茶はすっかり飲み干されていた。
軍人たちも、これはつい見逃してしまった。おとなしい方だったから、油断していたともいえる。
粉雪がふるほど寒かったから窓は閉めたが。
そして実はあれこそが一番やばいという事実を、ガルガストとキイチだけが知っていた。
『……………………あー……で、何。また娼館に男娼として潜入?』
「しねーよ、バカタレ。ユグラスト教もな…精霊獣の販売なんて自体に敏感になりやがって……俺が選ばれただけだ」
『世界樹の棘だってサラマンダーいっぱいだぞ!妹攫われたってドッカンドッカンだぞ!』
『あ?』
『ひんっ!!』
シュバッと懐に隠れたお調子者を宥める様に懐を撫でてやりながら、キイチは潜入調査というくだりからこちらを凝視するリンレイと、崩れ落ちたリオルを立ち上がらせ部屋に入った。
「………………で、これは何の集まりだ?」
で、話を進めてくうちに、結論が出た。
結局のところ、皆が皆北区の事件について調査をしていたらしい。まずはキイチの事情から始まった。
「ウチのお偉いさんは罰当たりなとか当然の天罰だというし、フレア隊も何人かサラマンダー狂いの契約者たちがな………独断行動しやがって………謹慎させたのとかもいて、冷静に動けるのが俺だけなんだよ」
つい愚痴をこぼしてしまうキイチのくたびれきった言葉には、リオルも同情してしまった。
「で、現地には俺だけが入ることが許されて」
いまだ親交が続いている元アクア隊隊長に少し助力してもらおうかと診療所に行ったら、当時の事件現場にいた記憶喪失の少年がいて、しかもその保護者は当時の様子をしっかりはっきり覚えていると来た。
ぜひ本人に話を聞こうと店を伺えば閉店中。
まだ店の名前は決まってないけど、とりあえずお店開けとくね
と言っていたという…一緒に帰ってきた少年の話と矛盾していることに、まず嫌な予感はしていた。
案の定、店の監視を続けていた同じユグラスト教の厄神監視部隊”ユグラの眼“の隊員に声をかけられてしまい。
「厄神ガルガストの方を優先することになったが…やはりあいつか」
『あの程度のことであいつがくたばるかっつの……んで、そっちはどうよ。嬢ちゃん』
「は、はい……その、祖父が」
『あ、俺もうここで察した』
「おう、俺も事件の大本が闇オークションなんてものな上、エルフィ人とか高値で取引されてるのを知ってるから深くは突っ込まんぞ」
『それで合ってる』
「そうか。で、リンレイ」
「え、ここで俺?」
いきなり話を振られたことで、追加された机の方に座っていたリンレイが驚いて反応した。
隣に座っていたリオルも身を固くした。まずリンレイがユグラスト教の戦闘部隊の一員だったことに驚いた。聞いてなかった。
軍人たちも、実はフレア隊に並ぶ実力集団の元トップが自国で町医者をやっていることは噂では知っていたが、こう目の前に現れるとは思いもせず。
彼の言動に注目せざるを得なかった。
本人はたまったものではないとばかりに無関係を主張するが。
「いや、俺もあの夜は診療所閉めてる最中だったからな。現場なんて知らねーよ」
「他に何か知っていることは?」
「あるぜ?ルイ家とかガレイゼルの軍人に教えるのを戸惑う程度のものだけど」
当然のように気難しそうな方が貴様と怒鳴りかけにリンレイに迫ったが、目の前にかざされた少年の腕に刻まれた神の執着に、のけぞった。
「うわ…ひどっ」
「おう、よく言ったチャラいの」
「チャーリーですっ!因みにそっちのドン引きしてるのはアレクセイ!」
『へえ、じゃあ嬢ちゃんは何て名前だ?』
「わ、わたくしですか!?ユリアと申します!」
「そして部屋の外で待機しているのがトムです」
『トム』
「トムです」
『そっか、トムか』
「トムです」
やっぱりこの子なんかずれてるな。
「ガルガスト」
『いや、こんなちんまいの食った気しねーよ』
「違うわ!お前がなぜここにいるのかという話だ」
『あ、そっち』
皆が瞬時に少女の守りに入ったことを気にすることもなく、(自分は人食いしますと宣言しやがった)人外は今隣に座る男に何でもないように答えた。
『そりゃもちろん、爆発が気になってガレイゼルに入国したんだよ。ほれパスポート』
「パスポート!?」
「神にパスポート!?」
「うわマジだルール神の加護がしっかりついてる!!」
「見てもいいですか?」
『俺、嬢ちゃんのそのマイペース加減、嫌いじゃないぜ』
そう言って渡されたパスポートを、エルシーはちょっとドキドキしながら開いてみた。
他の者たちも、アレクセイでさえ我慢ができず、神のパスポートなどというとんでもない代物をのぞき込む。
大地神ガルガスト(性質 腹黒/愉快犯/好奇心旺盛/捕食者)
フロティア暦 1年 2月 19日 生 男神
属性 竜/炎/地
生成可能アイテム
・黒竜の爪(永久生成) ・黒竜の牙(永久生成)
・黒竜の鱗(永久生成) ・黒竜の涙(永久生成)
・黒竜の血(永久生成) ・黒竜の骨(永久生成)
・黒竜の心臓(永久生成)
・大地神ガルガストの刻印(自主生成)
「「「………………」」」
生成可能アイテム、自主生成。なんだこれ。
「心臓を何個も作れるのは竜だからですか?」
『嬢ちゃんのそういう所好きだわ俺』
「しかし生成可能アイテムなぞ書かれているこれが本当に…だが…女神ルールの神気で満ちてはいるが……」
「いや、いくら大地神ガルガストでもルール神を前にしてパスポートの不正とか…出来ると思うか?」
『そうだぞお前ら。俺は女神ルールを食い殺せるが、書類の不正したら俺の方が殺されるぞ』
食い殺せるんだ。そうですか。
『だがお前ら…パスポートの神気ぐらいは見たらわかるか……ふーん……じゃああいつの眼は?』
「おい厄神」
『ほんとのこと言うなよ、照れるだろ』
神々が怒り狂う侮蔑用語が飛び出したことにユリアが小さく悲鳴を上げて口を手で覆ったが、とうの本神は本気で照れた。
だからとリンレイは、この邪竜の生まれ変わりが進んで厄介になりそうな事態を作り上げたことに不愉快を覚えた。
それも、対象がリオルだという厄介ごとを。
いい子なのだ。あんな大災害になぜか巻き込まれ、左の頬のガーゼも結局、以前と同じ大きさのものと付け替えたばかりだった。記憶を失い、自分が一体なんてものを身に着けているのかを理解していないのに。
リンレイにとって、リオルは庇護対象の憐れな守るべき少年であるというのに。
「………………やはりその少年には何か?」
まあ、先ほどなぜか逃げ出した男と同棲しているということでは特別な立場にはいるだろう。そうアレクセイも判断し、彼がこの場に留まることを認めてはいたが、それだけだった。
しかしその両の薬指に、指輪のように風の神ウィンドーの刻印を刻まれたエルシーには、彼らと違って見えていた。
「そうですね、先ほどまでいた彼と同じように、国父レナードの大親友と同じオッドアイの眼をしているということ以外は別段………とても強い女神ルールの守りを得ていますが」
『嬢ちゃん契約してんの何?』
「風の神ウィンドーです。神域契約者です」
『でたよロリコンの風神トップ』
「否定はしません」
結局世間話のような締めくくり方をされてしまったが、わからなかった者たちからすれば絶句ものだ。
知らなかった者からしても驚愕の事実だが。
言いやがったこの野郎と小さく呟いたリンレイに、リオルは思わず叫んでしまった。
「え…このオッドアイ、他の人からは見えてないんですか!?」
「やっぱ自覚なかったかー……あのなリオル、普通オッドアイなんて者が街にいたら、その国の王族と教会がひっくり返って迎えに来るから」
まずオッドアイって物自体、普通の人間が持たないから。
「……………どんな人間が持つものなんですか?」
『マジでか』
「ガルガスト、あの男は一体」
『俺だってそれぐらい、耳にタコ出来るわって勢いで教え込む……………あ、だめだあいつ大事な事実に限って言うの渋る癖あった。言わねーわ』
「だよなー、リオル。いいかよく聞け」
オッドアイを持つ人間は、古今東西においても、ただ一柱の寵愛するもの。
最高神にして絶対神、この世界を司るという偉神、ユグラストの契約者。
「それだけだ。リオル」
痛ましい顔で伝えてくるリンレイから、それが事実なのだと、リオルも悟らずにはいられなかった。
当の本人が困惑しているのをよそに、神は隣に座る男に呑気に問いかけた。
『今は他にいるの、ユグラスト教の大司祭だけだったか?』
「………………あと一人いるが、行方不明だ」
『あーあの家出ってなってる王子様?すんげい身分の低い辛うじて王族な女が生んだとかで存在自体知らされてなかったかっわいそーな…………おい、どした少年』
「………………あの…店長に俺…………オッドアイを信仰するカルト集団と隠し子どっちがましだって…………………言われて…………」
『…………あー、うん。その、なんだ………強く生きろよ』
「アレクセイ!チャーリー!そしてトム!今すぐ彼を確保っ!後に王城へ連れて来てください!私は彼を宰相閣下の元へお連れします!!」
「「「はっ!」」」
「こちら実働部隊フレア隊長 キイチ アズマより本部に通信。調査中のサラマンダーの爆発に巻き込まれた被害者の中に、行方不明だったガレイゼル王族のオッドアイを確認、大司祭の判断を求める」
『ちょちょちょ待ってください隊長!!久しぶりに通信来たと思ったらオッドアイ!?爆発の被害者!?通信地点ガレイゼル軍駐屯地ぃ!??』
あと誰っすか後ろの方でめっちゃ叫んでんのを笑ってんの!?神でしょ絶対っ!この通信機越しでも感じる神気!風属性舐めないでくださいよ!?
『もっと詳しい状況説明っ!』
「あとは任せる。笑ってるのはガルガストだ」
『それこの事態に一番関わっちゃダメな奴―――!!』
まだごちゃごちゃ言いかけていた通信士との通話を一方的に切り上げ魔動機器を懐に戻したキイチは、さすがに目の前でそのようなことをされて何か言いたげな少女の視線を、逆に睨み返してやった。
「また別のオッドアイを確認したのかとも思っていたが………………存在が知れた途端、身内に殺されかけたオッドアイを確認した以上、俺も彼と行動を共にするぞ」
「な…市井の与太話をあなたが信じるのですか!?」
「他の自分より格下のオッドアイが身内に殺されかけたのを、格上のオッドアイに保護されたからもう安心だと言い切ったウチの大司祭様のお言葉を信じるなと?」
「う……」
その返しにはユリアも言い返すことができず押し黙るしかなかった。
そしてキイチは泣き出したリオルを必死に宥めるリンレイを睨み付けた。
「災害で現地に来るんだったらいつでも歓迎するぞと言ってたなリンレイ…本命はこっちか」
「俺一人の判断でどうにかできるわけねーだろ!?現役の、しかも大司祭と直接会ったりしてるお前とならあいつもいろいろ話してくれると思ったんだよ!知り合いなのも初めて知ったわ!何があったしお前ら!!」
「言いたくもないわ、あんな事…おい、シャラ。あの男を呼びに行ってくれ」
『やだよ!!シャラわかってるもん!近くで炎の闘いしてる奴いるもん!水で対抗いてる方が絶対ルーガスだもん行きたくない!!』
『あ、マジだ見てこよっと』
「馬鹿野郎行かせるかっ!!!リンレイ!」
「おうよ!シャラ案内しろ!」
『こっちだけどリンレイわかんないの!?』
「そこの嬢ちゃんも感じ取れてねーよ!」
その通りであった。シャラの言葉に驚愕したエルシーは、それでも直ぐに飛び出した一人と一匹の後を追跡させるため、懐から一つのビー球を取り出した。
「“起きなさい、そして彼らを見つめなさい”!」
命じられたビー玉は、翡翠の光で造られた燕の羽を広げ、リンレイ達の後を追う。
それと同時に、ユリアが設置していたガラスの板に突然風景が移りだした。朝顔の花のようなラッパからも音が流れでる。
技術第1部門 “ハロー・ハロー”が総力を挙げて開発しているそれにキイチが目を見張りガルガストを羽交い絞めにしていた手を緩めたが、神自身もこちらの方に食いついた。好奇心旺盛な神の前で、光景はリンレイの背を主体にどんどん変わる。
またサラマンダーがと混乱する屯所の受付を、制止する声を振り切りリンレイは通りに出た。こっちだよとスラムの方に走るサラマンダーを追っていれば、チャーリー達に合流した。
追い越した。
≪うわっ速い!!≫
≪俺たちも脚力の強化をしているぞ!?水属性とか関係ない魔法でこれだと!!?≫
≪待って待ってみんな待っ——≫
『おっせーなトム』
「彼に求められていることはまた別にありますから…」
神の評価に、たまらずユリアが同僚のフォローに回った。だが、その間にもリンレイは、路地裏で行われていた戦場に辿り着いた。
「ちょっとお前ら全員凍れ!!」
「僕も!?」
走りながら白衣を脱ぎ捨てたリンレイは、到着するや否やまずそう叫んだ。
理不尽なこと言われたと喚くルーガスを完全に無視し、青白く輝く刻印が刻まれた両腕の手のひらを、走る勢いのまま路地の入口地面にたたきつけた。
と同時に、その裏通り一面が一瞬にして銀世界へと変貌した。
「な………詠唱も何もなしにこれか!?」
「すっげーなこれ………壁も全部だぜ」
合流したアレクセイ達もその威力に呆然としていたが、リンレイも驚いた。
「おいおいおい……………防いだよ」
「ちょっとリンレイひどくない!?僕だけ対象から外すくらいしてもいいんじゃない!?」
「ワリーな、そっちに気がいって威力落ちちまうんだ」
「落ちていいんだよ!?」
絶句する同僚たちの元に、トムもやっと到着した。息を切らせ遅れて到着した彼にわかるのは、氷壁の向こうから恨みがましく喚く先ほどの、銀髪に黒い眼にしか見えない男と…
氷柱の中に閉じ込められた、三人の見知った顔。あれ?と思い、インカムと名付けられた魔動機器を耳に着け、口元のそれに話しかけた。
≪エルシー隊長、凍っているのは憲兵の服を着てますが、第三妃アレクシア様の密兵です。極東の忍者の劣化版です≫
『ああ、キイチの劣化版』
「おい」
『しかしトムの奴、よくそんな事知ってるな。ああ見えてコネクションがすごいの?』
「リード家の三男です」
『マジでー?俺に車くれたの長男だぜ?』
「頼む厄神。これ以上喋らないでくれ」
キイチの懇願は、リオルも思っていたことだったので勢いよく首を縦に振り同意した。
しかし、そうなるといよいよ自分がその行方不明だった王子の可能性が濃厚になってしまった。違うと言いたい。すごく言いたい。
≪で、なんでそんなのと戦闘しちまったんだよお前≫
≪こっちが聞きたいよ!逃げ延びてたオークションの従業員を見つけたからあと追ってたら、この人たちに殺されかけたから助けただけだよ!≫
事態は、何やらとんでもない方に向かってしまった。
精霊魔法部隊 技術第1部門 “ハロー・ハロー”
ラジオを開発した技術部門。最近魔動車の開発をしている第三部門に予算とか注目とか持ってかれてるけど軍のトップ層はこっちを支持する。
第三部門のトップが重要な会議でもオイルのついたツナギを着てるから。メカニックのおっさんなんかよりダークエルフを愛でたい。
因みに第二部門は冷蔵庫を開発して家庭用のを販売したばっか。元は医療関係者な水属性の人が多い。ただし予算会議とかだと空気扱い。切ない。