ルーガスとリオル ~サラマンダーの爆発を添えて~
ギリシャ神話、北欧神話、そして日本神話のような多種多様な神々、精霊、モンスターたちと人間が、精霊魔法と科学が入り混じった世界観です。文明的には19~21世紀が入り混じっています。
初投稿です。勝手気ままに書いてます。残酷な描写も入ります。戦闘で人が死ぬ場面もあります。
神々が人を裁くのが当然な世界観です。倫理観がおかしいと思われる描写も多々あることをご了承ください。以上のことがよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします。
創世歴、創命暦、そして竜暦を過去の遺物としてからはや五年。もはやこの空を傍若無人に飛び交っていたかの脅威はなく、空は雲一つない蒼穹である。
「どこに行く」
真昼の陽光が真上から降り注いでいる城内は、中庭に面した通路であっても涼やかな影に覆われている。
これから光の中に歩き出そうとした方も、引き留めた方も。
引き留めた男はそのままゆっくりとした足取りで距離を縮め、見下ろした。
通路から中庭へ、そして城から抜け出せる隠し通路へ向かおうとしたのか、見つめる背はすでに一段下がっていた。
「どこに行き、何をする」
「…次に行き…次をする…かな?」
「私を捨ててか」
「ちょ、言いk
「私だけだ。もはや、私だけしか何もかもを知らないというのに」
痛いところを突かれたのか、男の反論は呻き声になり目を泳がせ始めた。それでも振り返ることだけはしなかった。
「ルーガス…………ルーガスト・ガレイゼル。私の…」
続く言葉は、振り向いてもくれないその手で止められた。動揺させてしまった事にルーガスも後悔を抱いたが、ここで立ち止まってはいられない。
「ごめんね、レナード…でも…」
僕がやらなければならないことは、神のすべてを敵にするから。
「…っ」
「うん…だから、もう行くね」
レナード。新しいこの国の礎よ。今度こそ、君の血脈こそが正しく王であるためにも。
「この…頑固者…っ」
忌々しいほど美しい銀髪が日に当たり遠ざかるその背を、レナードが次に見ることは二度となかった。
自分の漆黒の髪と対照的だったその髪を羨ましくもあった。
風に靡く様が気に入って、髪を切る時は絶対に自分に許可を取れといった酔っ払いの戯言を、律義に守ってくれるほどには好かれていた自負もある。
二人で並び立つと色めく侍女たちの煩わしい声も、二人だけの遠出も、暖炉の前で行われる賭けチェスも、もうありはしない。
王は何処にと聞こえてくるのに無視を決め込み、応じてあげなよと困ったように笑いかけてくれるあの一時さえも。
やっと見つけたとばかりに駆け寄る臣下も、王が一人だけでいることに戸惑ったが、それよりも優先すべきことがあったので王をせかした。
「ささ、陛下。姫君たちは謁見の間に既にご到着なさいました。お早く」
今まさにただ一人だけの明友に置き去りにされた男は、それでも一国の主であった。
「ああ…今行く」
こうして大陸一の国土を誇るガレイゼル国は、即位五年目にしてようやく正妃を娶ることにした獅子王レナードの“銀髪狂い”がいかほどのものなのかを、選ばれた少女を目にして痛感したのであった。
正妃の候補は、有力貴族の中を選りすぐって選ばれた24人の未婚の娘たち。
その中でただ一人王が選んだのは、唯一銀髪だったという…9歳になったばかりの少女であった。
「あいつ32だったのにいいいいいいいいい!!!?」
「うわっ、なんですか店長突然叫んだりして」
「お帰りっそして聞いてよリオル!!やっとお店開いたごたごたも終わったからあ、そー言えばみんなにお店開いたこと言わなきゃって…調べてたんだけどぉっ!!」
親友だと思ったやつが23歳も年下の女の子娶った上8人も子供作ってたぁぁぁ!!
「………………………へぇ」
「やめて、やめてリオル僕じゃない、僕じゃないって遠のかないでお願いだからあああああっ」
「おわぁっ!?わかりましたっ!わかりましたから店長っ、傷がっ!!」
「あっごめんリオル!!」
最近できたらしい傷が痛みはしたが、ただそれだけだ。離れてくれればそれでよかったのだが、止める間もなかった。
すぐ薬箱取ってくるから待ってて!と二階に引っ込んだ店長の、常時三つ編みにされた長い髪をその先まで見送ってしまってから、ルーガスは買ってきた新聞をカウンターに置いた。
頭をかこうとして包帯に邪魔をされたのがまた、苛立ちを募らせた。
自分の根元まで黒い髪が数本指に絡んでいた。当分は体を洗うことも控えるように言われ、髪も洗えない。
まあ、怪我がまだ塞がっていないという話なので土台無理な話なのだが。
左の頬を覆うガーゼの違和感も拭えず、ふと先ほどまで降っていた雪が止んだことに気づき、そちらを見つめた。
ああ早く傷など消え去ればいいのにと書いてある顔だった。青と紫の二つの瞳が、店の窓ガラスの
向こうからこちらを見つめ返してきた。
南地区の港の船乗りたちを相手にするにはやや遠く。
東地区の大学の教授たちからすれば、もう少し老いぼれの足腰を労わってほしいと言いたくなるほど、長い階段を利用しなければ辿り着けない。
そんな王都南東の海岸線に存在する、一昔前に潰れた酒場。
それを半月ほど前に購入し、知り合いの大工に頼んでリニューアルしてもらい、そしてさあいよいよ開店するぞ!という時になって店名をまだ決めていなかったという痛恨のミスをした上に色々とあったため、一時営業を見合わせている飲食店。
それがリオルの働こうとしていた“らしい”職場であった。
二階の居住区でさえ前日に二人で使い始めたばかりの、使い勝手も部屋の把握もできていない空間だったために、リオルは今自分に欲しい情報を…一度は入ったことがあるという自室を探索する事で見つける事を、諦めた。
何より存在するのが窓際の、やけに年季の入った色合いをした木造のベッドと、向かいにある替えのハンガーが2個吊るされただけのクローゼットとなれば、他にどうしようもなかったというのもある。
相変わらず取り残されたような不安が拭えないままそこに立ち尽くしていると、かけっぱなしになっているラジオが次の話に移るところだった。
『さてそんな獅子王レナードを祖とするガレイゼル帝国も建国1500年という節目を迎えたわ・け・で・す・が!なんとびっくり現国王サマっ!先月発見されたと言うショタk
『おいこら司会』
『オーライオーライクールに行こうゼ相棒!あと俺のことはDJと呼んでくれドラクル★』
『なぜ俺はこんなのを主としてしまったのだろう』
『っかーうちの子マジクーッル!!っというわけでリスナー諸君!われらが大先輩にして一国の頂点にも立っちゃった男の最期の手記とかいうのを大公開しちゃうことを決定致しましたっヒューやるねぇ♪』
『なんだサイレンその顔は。どっかの国の王子とやらが家出したとかいうのをやった時以上のニタニタだぞ』
『いやあれもあれで愉快だったけどなぁ……実はこれ、今際の時に書いたラブレターだとよ!!』
男への!!!
ドバタタタタドゴッ!!
「ルーガス店長!?」
「大丈夫!大丈夫だよ!?足滑らせただけだから僕は道を踏み外さない!!」
「意味不明ですよ!?あなたまで記憶喪失になったら洒落にもなれません!」
「ダイジョーブ!!大丈夫だから局番変えよう!もうヤダこの番組なんでそんなネタ掴むのうまいの!?」
『サイレンと』
『ドラクルが贈る』
『週末これで行先決定!毎日午後7時~ハンターチャンネルにて放☆送☆中!それではまた来週!!バイバイッ』
「うわああああああああああああんっ」
結局リオルは、なぜ店長が泣いたのかついぞわからず、包帯を巻きなおしてもらいその日を終えた。
フロティア暦1500年1月10日。
その国は、魔動機器がどこよりも発達していた。どこよりも早く、馬車馬もなく低コストの魔力で動き出す魔動車を、遠くに音を運ぶラジオという機器を完成させた。
今ではそれらが国中に普及し、魔動文明時代の花形となった国。
かつてこの大陸に君臨していた邪竜ガルガンの黒炎を、唯一防いだと言われる黄土を含んだ煉瓦の都。現存する唯一つの大陸であるガラガスト大陸の、第三の国土を誇る、列強諸国の第一に名が挙がる国。
そんなガレイゼル帝国の王城を中心に栄える首都、レナードを襲ったのは…北区の端にあるスラムの、闇オークションで売買されていたサラマンダーの爆発であった。
極東の火山地帯に群れで生息している、背びれが炎な赤いトカゲ。正しくは精霊獣の一種というのが世間一般の認識だが、苛烈にして美しい火の神ファニアの愛獣だということで、世界最大の宗教であるユグラスト教が捕獲から売買に至るすべてを禁止していた。
ただしサラマンダーを筆頭とした人語を操れる高位生命体、及び人が一生関わってはいけない類の存在は、気に入った人間と一方的に”契約”を結ぶことがあるために、それだけは特例として許される。これを人は契約者と呼ぶ。
サラマンダーに気に入られた人間は、火の女神ファニアの刻印を「彼女の性癖」に刺さる部位に問答無用で刻み込まれるため、自分からサラマンダーのマスターだと表明することは無きに等しい。だがしかし、契約者の中で最も羨ましがられるのが、このサラマンダーの契約者たちであった。
まず火の精霊魔法のコストが、契約者か否かで圧倒的な差が生じる。極東の国には契約者たちが何日自分を発火させることができるのか勝負する祭りもあるが、普通の精霊魔法の使い手は一分で魔力が枯渇する自殺行為である。極東おかしいの一例として有名な話の一つに挙げられる。
そしてもう一つ、サラマンダーは周知されている精霊獣の中で、最も「カワイイ」と人気がある。人懐っこい、うれしいと尻尾べしべしが止まらないかわいい。食い意地張っていて頬袋いっぱいに詰め込むリスかよかわいい。たまに尻尾を腕とか足に絡ませにくる畜生かわいい。
と、いうのが最初は結構無理矢理に契約を結ばされた契約者たちの、暫くしてウチの子自慢に火が付いたという残念な仕上がり具合なのだが…これがまた人の持つ欲求を大いに刺激した。
金さえもらえるのならどんな仕事でも厭わない、それどころか完璧にこなしてみせる人種というものも加わったために、その悲劇は起こった。
まず国際保護地域なる火山地帯で、のんびりすくすく育てられていた幼いサラマンダーも売りに出されていたのがまずかった。
闇オークションの放つ欲と悪意が混ざり合い、粘りつくような感覚さえ抱かせる空気に負けてしまった哀れな幼女、生後200年。
これが爆発した。比喩ではない。起爆剤に十分な効力があったそれは、16体のすべてのサラマンダーに着火した。もう一度記そう。比喩ではない。
実は1000℃のマグマが体内を流動していると実しやかに囁かれているサラマンダーの神秘は、火山地帯であれば多少は問題ない。
だがそこは、生きた爆発物を商品にしているというのに、防火対策の精霊魔法も素材も施されていないスラムの地下20m。
爆発によって参加者たちはそのほとんどが蒸発した。
しかし、吹き飛ばされたスラムの地盤にしてオークション会場の天井は、その上に建っていた娼館街をも巻き込んで、北区に絶望をまき散らした。
火炎の雨が降った日としていまだ人の口に上る悪夢の夜。リオルは自分を抱えて火の海を駆け抜けるルーガスを見上げていた。
綺麗だと思った。熱風に前髪が煽られ、晒された彼の額に爛々と輝く水の上位神ウォスターの刻印も、いつものような三つ編みが解かれ、自ら光を放つ絹糸のような髪も。
彼の周りに意思を持つかのように漂う、ラピスラズリの流砂のようなものが形作っているヒトガタをしたそれさえも。
何より、蒼と紫の輝きが溢れている…自分と同じ、オッドアイのその瞳が。
額から流れ落ちた血に視界を遮られるまで、ルーガスは彼らを見続けた。
自分を構築する何もかもが痛かったし、なぜ痛いのか不思議でしょうがなかった。
それにひどく…喉が渇くほど暑かった。真冬なのになぜだと思い、その疑問にさえなぜだと思い、そこで彼は意識を手放した。
翌日、港に面した南区の、小さな病院のベッドで目を覚ましたリオルが見たのは、背のついた椅子の上にしゃがむという独特な座り方をする白衣の少年…と、その説明を熱心に聞くルーガスであった。
「とにかく、骨とかには異常ないけど火傷がひどい。一週間に一回は通院。塗り薬は寝る前と起きた時。熱出したときはこの薬飲ませて」
「わかったよ、リン君」
「リンレイ」
「リン君」
「貫くぞ」
「物騒、ってあれリオルいつ起きた?大丈夫?痛くない?薬効いてる?おなか減ってない?」
「…」
ああ、ひどく、あらゆる意味でひどく面倒くさい人なのだと、リオルはこの時確信した。
自分の名前がリオルであること、にピンとこない様子の全身火傷の重症患者。
言葉を重ねるたびに、なんで自分がこのような大けがを負っているのかわからない16歳の少年に、記憶喪失になったのだと二人が気付いて絶句したのも、この時のことだった。
あれから一週間。まだ左の頬のガーゼも、首元の包帯もとることを許されない。それでも粉雪の勢いが強まってきたために、足早に抜けた街中でリオルはすれ違う。
俺は悪くないのにと、壊れた魔動機のように繰り返しながら座り込む片足のない男。
うめき声の聞こえる裏道や、雪合戦をする子供たちの中にちらほら見える、包帯を巻いた首元や、うっすらと残る火傷跡を掻いて母親に窘められる被災の子達。
他者の様子をうかがってみると、体のどこも欠ける事のなかったリオルの回復は、比較的早い方だった。
他の被害者たちの怪我の差が、特に大人と子供の違いが顕著なことを包帯の取り換え中にリンレイに問いかければ、さも当然だとばかりに返された。
「そりゃそうだ。今回の降り注いだ炎の雨は”厄神”のものでねーし、神に愛された精霊獣、それもファニア神の神霊力を毎日浴びるようにもらってるような奴らが火元だぞ。しかも爆発に紛れてちゃっかり火山に戻ってるしよ」
彼らにはサラマンダーロケットと揶揄される、体長の半分を有する尻尾のすべてで火炎を噴射し、本気を出せば世界最速の飛行速度となる出鱈目な移動手段がある。
あの夜、16体ものサラマンダーの飛行痕跡が各国の天文台で観測されたため、火災の原因がサラマンダーなのは世界中に知れ渡っているが、問題が生じた。
戻ってきたサラマンダーに泣きつかれた女神の、怒髪天が突くのに火山も連動して大噴火した、だけでは済まなかった。
今度はサラマンダーの契約者たちを主体にした「サラマンダー愛好会」と、字面はまたなんとも呑気そうな団体にも火が付いた。
サラマンダーに気に入られるような者たちである。通常はえ、お前実は契約者なの?と再確認されるような温厚な人柄でも、怒るとがらりと人が変わるような人種ばかりであり、それがサラマンダーの好みであった。それが数十年ぶりの炎上である。
「"裏狩り"とか俺たちの間では呼んでいる。人身売買とかやってる組織の塒ってやつはな、大抵が破棄された炭鉱とかそこいらの洞窟なんだが…そこに燃費の良さに物言わせて、大量の炎を流し込んで火あぶりだ!ってぇ寸法よ」
「うわ…えぐいですね、それ。というか、囚われてた人たちとかも巻き添えに…」
「ならんな。サラマンダーの炎は女神ファニアの炎だ。法と秩序の神であるルールを母に持つ女神の炎は、その人間が背負っている"悪業"を薪にして燃え上がんだ。よく出来てんだろ」
屑しか燃やさない女神だからこそ、ファニア神は数ある火の神の中で、絶大な信仰を誇ってその名を世界に轟かせていた。
「まあ一緒に消し炭になった嬢ちゃんとかもいたらしいが、浮気どころか中絶なんかも繰り返してたせいで、見える奴らにゃ常に赤子の霊とかが張り付いて見えてたって話だがなっと。ほい終了」
処置が終わったので、足らない身長差を絶ったまま処置することで補っていたリンレイは、所定の椅子にまた再びあの独特な座り方…ではなく、普通に座りリオルに向き合った。
「ありがとうございます。リンレイさん…そしてお詳しいですね、火の神について」
ベッドを使わせてもらったあの日からの初めての通院結果は、至って順調な回復であるという医者からの太鼓判であった。
そんな医者であるリンレイと言うこの少年は、処置中に腕まくりしてくれた際に晒された刻印を見なければ、濡羽色のさらりとした黒髪のグレーの瞳、かつ日に焼けていない、透き通るような若さが眩しい黒子一つない太ももをさらした、見目美しい美少年である。問題なのは彼を気に入って刻印を与えた神である。
"病んでる"の別称でも有名な水の神ファンデルは、多量の水分を含んで重そうだ、と人に思わせるほどの漆黒の髪を膝ほどまで垂らす、二メートル近い長身と憂いを帯びた美貌で名高い男神の一柱である。
深海を閉じ込めたかのような深い藍の瞳には、この世界に一日で降り注ぐ雨の量と同等の水を秘めているともいわれている。水を司る神の代表格であり、火の女神ファニアの兄である。
お転婆でトカゲをこよなく愛し、かつブチ切れると髪の一本も残さず相手を蒸発させるまで徹底的に排除するという、見目だけは愛らしいと評判の少女の形をした、緋色の髪を空色の瞳をした妹と同様に。
この神もまた、美少年という存在をこよなく偏愛する残念な神である。
「元々俺はファニア神とファンデル神の複合神殿のある街の市長の子供でな…火山の麓な上すぐに海って立地なもんで、港町として栄えてんだが」
「え、極東のミナト出身なんですか先生」
「おお、よく知ってんな」
「世界三大港街」
記憶喪失でも知っている常識項目。
の、市長のお子さん。はっきり言ってお坊ちゃんだ。
「つってもこんなん刻まれてから体が成長しなくなっただけの、中身54のおっさんだけどな。あっはっは!」
本人はこう笑い飛ばすが、要するに水の精霊魔法と相性がいい美少年であったために、精霊獣などの媒介のない、強大な精霊魔法を行使することが容易い事となる者たち、即ち神と契約を結んだ"神域契約者"だというのだ。この54歳の少年は。
といってもファンデル神と契約を結ばされた存在は、実は結構いたりする。
兄妹揃って何十人と契約しても差し支えないキャパシティを持っているというのもある。
だが、神々も片手間に契約ができるわけもなく、契約を(一方的に)結ぶには条件があった。
そしてリンレイは、綺麗にその条件に当てはまった中でも、特に物珍しい存在だった。
ファンデル神の神殿を建造し、彼の加護を受けたことで、どんな荒波や嵐にも転覆しない船を多量に保有する港街、ミナト。
ここに住まう少年達は、例外なく13歳で成人とみなされる。そしてその日の朝にこそ、彼らの運命が決定する。
リンレイもその朝に目を覚まし、いつの間にか刻印を刻まれた両腕を手に入れてしまった事により、運命が定まった。嫌に朝日が眩しい日だったと覚えている。
だがやっぱりなとは思いはしたが、リンレイはそこまで悲観はしなかった。
ただファンデル神は刻印を枷のように首や手足にぐるりと巡らせて(ほかの神同様勝手に)刻み込む性癖の持ち主だと聞いてはいたが、こんな両腕のすべてを覆うほどの刻印を与えることはなかったため、あ、これやばい奴だと危機感を持ちはしたし、対策もした。
おかげでそれほどの不幸も体験せず気ままに自由にやれていた。
今では甥っ子が市長となったので、いっそ冒険者となって世界を渡り歩くかと思ったりもしたが、もはや自分たちの子供と同い年ぐらいに見える美少年の一人旅なんてお願いだからやめてくれ、と甥っ子たちに泣いて引き留められる始末になり、頓挫した。
結局他国ながらも世界で最も貿易が盛んな王都レナードで、ミナトから来る船乗りたちは格安で診察する診療所の医者をやることにした。
自分より年取って老けていく年下の身内を見るのが色々と辛いんだよ頼む出来れば遠くで、それが無理でもとにかく独り暮らしさせてくれ叔父さんのお願い、という必死の懇願にも渋っていた甥が、ようやっと見つけてくれた妥協点。
ファンデル神を祀る世界三大港街の何処かで、必ず連絡が取れるのなら、という条件で認めてもらえた独り暮らしだが、実は始めてまだ一年にも満たない浅い歴史しか有してはいなかった。
「とまあ、そんな理由で火傷に良く効く軟膏とかの材料を仕入れやすいし、それなりに知識のある医者ではあるんだがな。記憶喪失は専門外だ、すまん」
「いえ別に、医療にもいろいろな分野があるのはわかってますから、いいんですよ。」
それよりもリオルが気になることがあった。わかっているとばかりにリンレイも腕組みをして大きく頷き、話を続けた。
「俺自身ここに診療所を構えたのは去年の今ぐらいだし、お前さんとこの店長に至っては去年の秋に知り合った。お前さんのことも担ぎ込まれて初めて知った」
「となると…知り合ってまだ三ヶ月ほどですか」
「秋頃…確か11月だったかねぇ…東地区の世界アルコールフェアっつーすんばらしい行事が毎年行われてたことを初めて知ってな」
酒好きとして逃がせられない催しだったから、行ってきた。
「……」
どう見ても少年な彼が。見た目未成年がアルコールを楽しむ行事に、一人で参加。
「……」
色々と言いたいことはあったが、ここは沈黙を貫こうと賢い彼は続きを待った。
当時の夢のような光景を思い出しているのだろうか。悦に入った美少年のその顔は、リオルの居心地を悪くさせるには十分な代物ではあったが。
「船乗りどもの多くがラム酒一択とかいうがよぉ…俺ぁ米焼酎とかの方が舌にあっててなぁ…」
秋とはいえ日中はむしろ暑いと感じるほどの陽気であったため、ノースリーブで刻印を前面に晒して会場に入った美少年(中身ただのおっさん)は、すぐさま故郷の酒の山を見つけ向かおうとしたのだが、関係者の腕章を付けた成人男性たちにすぐさま囲まれることとなった。
ですよねーとリオルは思った。その時のリンレイもわかっていた。
「こらこらこらボウズ!ここは大人じゃなきゃ入っちゃだめだぞ」
とまあ…当然な対応をされてしまったので、身分証をしてパスポートを提示した。
所でこの世界には神と呼ばれる知的生命体が数多く存在し、その力を見せしめる。その神の中でも、特別と言える存在がある。
その一柱が女神ルールであった。娘の女神ファニアと同じ火を司る神に至っては、その力の大小関係なくならば、何千という名が挙げられるのに対し、法と秩序を司る神はただ一柱しか存在しない。
このような、特定のものをただ一柱が司る事は珍しい事例である。
現存する神々の中でも最も力のある神々にして双神、生の神ラフと死の神エンロー。
邪竜ガルガンの生まれ変わりにして、この世界唯一の大陸の名にもなっている大陸神ガルガスト。
“偉神”の名を欲しいままにする彼らは、神と人と精霊と、そして獣たちが”生きる”この世界において、特別な立ち位置に君臨する。神にとっても、人にとっても。
女神ルール。彼女は世界最大の宗教であるユグラスト教の総本山もあり、大陸最北にして最大の国土を誇るホーロライ共和国で作られる紙とインクを主力媒介に、自身の神力を世界に行き渡らせている上位神である。
簡潔に言えば、戸籍謄本や国際条約などの書物の不正は彼女の神力によって行えない。
もちろん、パスポートも含まれる。
リンレイ ミナト
1446年 6月18日 生 男
契約者 水(代償 契約当時の年齢のまま不老)
「あ、ほんとだ書いてある」
「だろぉ?もぉ~ちょっとなんか他に書き方なかったのかって話だよ。別にしたくて契約している奴なんて少数派だっつのに」
といってもこんな記入のされ方をしたパスポートなど滅多にお目にかかれないからと、今のリオルのように物珍しさから覗き込むもうとする人だかりが出来てしまった。
「何々大道芸ー?何してるのー?」
と言いながら、のんびり能天気にこれに加わったのが、当時のルーガスである。
「っつーわけで俺もあいつの事はよく知らん!ただ焼酎の味もわかるやつだから宅飲みに呼ぶし契約者同士の愚痴とか言い合うな!」
「それです」
「だよなー」
そう、記憶喪失なのはこの際置いておく。知りたいのは店長のルーガスである。
まず二人はお互いが契約者であることを知っているらしい。それだけでも進歩だ。
「いや自分のこと優先しろよ」
「その自分のためにまず自分と店長の出会いを聞いたんです。断られましたが」
ごめん、言えない。
「何でだよ」
「俺もそれ言いました。そしたら…」
ええー……じゃあ……オッドアイを信仰するカルト集団と隠し子、どっちがまだまし?
「あ……………あーーーーーーーはいはい、あれね、あれ。ほら…レアドロップとか言う有名な犯罪組織ね。うん、知ってる」
「そうなんです!俺も知識あるしなんか狙われていたような気が!自分でも!!するんですよそっちは!!でも!その後の!!」
「隠し子」
「やめてください!!店長と同じ配色のオッドアイだから余計に聞きたくないんですやめてください!!」
「はっはっはっ」
ちなみにあいつも不老にされたことプンスコ怒ってたから父親の可能性めっちゃあるぞーあっはっはっは
「ああああああああああああああああっ」
「はっはっはー…ってうおっ!ビビらせんなよ、おう……いつ来てたんだキイチ」
「え」
今の前後不覚を人に見られていたと気付き顔を上げたリオルは、ものすごい生暖かいまなざしを向けてくる男と目が合った。
「…………………ああ、その眼は確かに狙われるわな」
「ぶっほ」
とても長く言葉を選んでくださったが、結局男はその言葉に落ち着いた。
居た堪れなさに俯いたリオルは、顔に熱が集中するのを実感した。あ、頭部の傷口が開きそう死にたい。穴があったら入りたいいっそ殺せ。リンレイさんぶっ飛ばしたいいっそ死にたい。
「おいリンレイ。若者で遊んでやるな」
「お前が言うなよキイチ!わはっはっ後この子例の火災で記憶喪失になった方だからいじめんなよッフーーw」
「ああ…そっちの方か」
なんかもう色々と勘弁願いたいという、羞恥からの切なる願いは叶いそうにない。
新たな登場人物が、リオルを解放する気がさらさらなかった。
猛禽類の眼差と言えるそれは敵意はないが、厳しいものがあり、リオルに緊張を強いらせた。
老いが見える顔立ちであるが、屈強な肉体である。リンレイとの気安いやり取り、少し雪が残っているトレンチコート。
そのコートを支給している組織が、先ほど話題に挙げられたカルト集団レアドロップ、それを犯罪組織として国際指名手配犯に認定した大物である、と…記憶がなくても知っていた。
偉大なる神々の祖にしてこの世界を作られたもう、最初に生まれ…そして死んだ神の名を掲げるは。
「ユグラスト教、の………厄神弱体化実行部隊、世界樹の棘…」
「実働部隊フレア隊長、キイチ アズマだ」
『そしてシャラマンダーのシャラ!』
「言えてねーよ」
『うっしゃいなレイレイ!!』
「リンレイだっつてんだろバカ竜」
『竜じゃない!!トカゲだ!!!!』
「ちょっと黙ってろシャラ」
『あい!』
しゅぽんとキイチの胸元から顔をのぞかせた精霊獣が、しゅるりとまた戻り暫く。
どちらも次の言葉を探しあぐねていたのだが、とうとうリオルが口火を切った。
「あの………その…………………可愛らしい湯たんぽですね」
リンレイの笑い袋を弾かせるのには、十分な火力を有していた。
同時刻、まだ名もなき海沿いの飲食店にて。
『………!?おいガレスなんか港の方で愉快なことが起こってる気がするぞ案内しろ』
「帰れ厄神♡」
開店最初のお客様は、厄災を降り注ぐ方の神様だった。
契約者
主に精霊や神とかなり一方的に契約を結ばされている人たち。契約に承諾したものはほぼいない。契約を結んだ人間の体には必ず力を与えてくれるものにその証明を刻印として刻まれる。
刻印を刻まれたものは契約したものの属性や司る何かによる精霊魔法の恩恵をうける。
契約をすることによる彼らのメリットを人類はほとんど知らない。
文字数が一万字ぐらいを区切りに投稿してきたいと思っております。
1/23に文章を調節しました。読みやすくなれば幸いです
1/26に人語を操れる高位精霊→高位生命体に変更。まだ変わっていく可能性が一杯です。ごめんなさい。