ディアルトの特訓3
外に出ると、シーラはすぐ近くの木の陰で、魔導書の続きを読み始めていた。どこから現れたのか、黒い猫がシーラの隣に座っている。
「やぁ、シーラ」
フツキが声をかけると、シーラは本から目を離し、こちらを向いてくれた。
「撫でてやらないのか?猫」
フツキは猫を指さし、問いかける。シーラはフツキの指の先を追い、そこで初めて猫の存在に気が付いたようだった。少し驚いたようなリアクションをして、フツキの方へと視線を戻す。
一瞬目を伏せて、答えていいのか迷ったような素振りをしたあと、シーラはか細い声で答えた。
「…………なでない」
「ふーん……」
シーラの隣に、崩れこむるように腰掛ける。驚いて逃げてしまうかと思ったが、猫はまだそこにいた。なんとなく、ふてぶてしい態度である。
「嫌いなのか、猫?」
フツキの問いに、シーラは僅かに首をかしげる。まっすぐとフツキの目を見つめ、シーラは息を吸った。
「……あなたは、好き?」
「まぁ、どちらかと言うと」
「なら、私も好き」
「……へ?」
シーラがフツキから目を逸らし、傍らの猫を撫でる。猫は気持ちよさそうに撫でられていた。
風が木の葉を揺らす音と、猫を撫でる音だけが辺りに流れる。
「……ところで、みんなとのことなんだけど……」
シーラの横顔が固くなった気がする。
「……もうちょっと、仲良くできないか?」
「…………できない」
シーラは駄々をこねる子供のような口調で、明確に拒否の意思表示をした。
「どうして?」
ちいさな子供をあやすように、優しく声をかける。シーラは哀しそうな目をした後、「いえない……」と、猫を見ながら答えた。
……シーラはなぜか、ハイネルとリースに対して冷たい。意図して距離を取っているように感じられる。自分やディアルトには一定のリアクションを返してくれるし、コミュニケーションを取ろうという意思も感じるのだが、この違いは何なのだろうか……自分とディアルトが平民出身で二人が貴族であることぐらいしか思いつかないのだが、シーラの実家、ハルベルト家も由緒正しい貴族の家系だ。
(…………考えてもよくわからないや)
フツキは隣に座るシーラの頭に手を乗せた。細く滑らかな銀髪の感触が心地よい。フツキはそのまま、猫を撫でるように、手を左右に動かし始める。
シーラは驚いた様子でフツキのことを見つめていた。
「……無理にとは言わないし、すぐにとも言わない。ただ、どうしても我慢できないことがあるのであれば、俺かディアルトにでもいいから相談して欲しいんだ。あの二人について、何か悩みがあるのなら、解決してあげたい」
シーラに優しく語り掛ける。シーラの手の下で、黒い猫がにゃーんと鳴く。シーラはしばし無言でフツキに撫でられ、猫を撫でていたが、
「…………わかった」
小さく頷いた。
「……よし、それじゃあご飯にしよう!シーラはなにが食べたい?」
「…………ライ麦の、トースト」
「わかった、みんなで食べに行こう」
フツキが立ち上がり、シーラに手を差し出す。
「…………うん」
シーラはその手を、おずおずと握りしめた。「さ、行くよ?」フツキがシーラを引っ張っていく。シーラは俯きながら、フツキに従って歩み出す。
「にゃーん」
ハイネルとリースの元へ向かう二人を、黒猫がしっぽを振って見送っていた。