竜の討伐4
「いやーみなさん、お疲れ様でした」
山を降りた五人を、グースが出迎える。
「依頼どおり、ドラゴンは駆除しました」
ディアルトが抑揚の無い声で報告すると、グースは顔中の贅肉を歪ませて然もうれしそうに体を揺らした。
「それはそれは、さぞ大変だったでしょう。重ね重ねお礼を言わせていただきます」
「いいえ、こちらも生徒たちのいい訓練になりました」
ハイネルが顔をしかめる。命令とはいえ、奪わなくてもいい命を奪ったことは、十一歳の少年の心に大きな葛藤を残していた。
もちろんフツキも、シーラも、直接手を下していないリースでさえ、誰一人として気分の良いものはいない。
「それで、報酬の件ですが」
「ああ、はい!何でもお好きなものをおっしゃってください!いえ遠慮はいりません、なんなりと」
ディアルトが話を切り出すと、グースは上機嫌に応じた。グースの言葉を聞いて、ディアルトが業務用ではない、優しすぎる笑顔を浮かべる。
「それでは、この山の権利書をいただきます」
「ははは、それくらいお安いごよ……はい?」
さっきまでやかましく響いていたグースの笑い声がピタリと止まる。
「今、なんと?」
「権利書です。この山の」
聞き間違い出ないことを確認してから、グースは引きつった笑みを浮かべた。
「は、ははは、冗談がお上手で!危うく信じるところですよ!」
「私はいたって本気ですよ?」
素で返したディアルトに、グースはさっきまでの上機嫌が嘘のように取り乱し始める。
「そんなめちゃくちゃな‼この山を使うためにドラゴン共を駆除したのですよ!?」
その通り、これでは駆除を依頼した意味が無い。グースが叫ぶのも無理は無かった。
ディアルトが柔らかな、それでいて凄みのある微笑でグースにつめよる。
「『品物であれば、どんな高級なものでも用意する』とおっしゃったのは貴方です。もし契約に違反するようなことがあれば、大陸全土の魔道師を敵に回すことになりますが、よろしいですか?」
人殺しを生業とする戦闘集団を敵に回すと聞き、グースは顔面蒼白になった。
「さ、帰るわよー!」
報酬の権利書を片手に意気揚々と道行く教師を、四人は後ろから見つめていた。
「小悪党騙して、まんまと宝石せしめたのがそんなに嬉しいのかよ…」
ハイネルが、軽蔑しきった目で掃き捨てるように言った。遠距離系のフツキとは違って、彼の手には命を奪った感覚がしっかりと残っている。
今回の件で、ディアルトは宝石のごろごろ転がる鉱山を手に入れた。彼女が宝石のために、奪わなくてもいい命を奪ったと常人の目には映ったであろう。
フツキはディアルトに駆け寄った。
「なぁ、ディアルト」
「んー?なぁに?」
声を弾ませディアルトが答える。フツキは確かめるような口調で呟いた。
「確か、バルエ・ワイバーンの産卵期って、ついこの間だったと思うんだ」
「うん、そうね」
ディアルトの声が、すこし下がる。フツキは期待するように、一度つばを飲み込んだ。
「今回、俺たちが殺したのは大人のワイバーンだけだし………もしかしてディアルト、竜の卵をまも…」
ディアルトの人差し指が、フツキの唇をふさぐ。唇に触れた指先は、これがいつも自分たちを殴り飛ばす手なのか?と思うほど、細く柔らかかった。
「いい男ってのはね、女の秘密を見ないフリするものよ?」
そう言って、ディアルトは白い歯を見せ微笑んだ。
ここまででひと段落です。以後不定期です。