竜の討伐3
木々の茂る山道から、ゴツゴツとした岩に囲まれる火山地帯へと足を踏み入れる。湯源が近いのであろう、足元からはもくもくと湯気が立ち上り、あたりの視界を狭めていた。
蒸し暑く、足場の悪いなかを五人は歩く。
「あーぢー……湿った砂漠を歩いてるみたいだぜ…」
ハイネルがだらしなく口を開ける。先頭を行くディアルトは、汗を流しながらも余裕の笑みで振り向いた。
「まったく、情けないわよ若いクセに」
「なんだよ…いつもは暑いのとか寒いのとか嫌いで俺たちに八つ当たりするくせに、」
ハイネルの脳天をこぶしが襲う。うずくまるハイネルをよそに、ディアルトは高らかに胸を張った。
「ウィーグルマウンテンの岩は岩盤浴にも使われる一級品、美肌よ美肌!」
天然のサウナに無料で入っていると思えば、なるほど、ディアルトが上機嫌なのもうなずける。しかし、そんなことをしなくても十分肌のきれいな子供たちにとっては、ここはただの『蒸し暑い空間』だった。
「しかしこの暑さ…少しつらいです」
リースは額の汗をぬぐった。いつもは花びらのように白い肌が、今では火照って桜色に染まっている。
「シーラは、大丈夫か?」
「…平気」
フツキは後ろを歩く蒼い少女に声をかけた。口ではこういっているが、小柄なぶん、人より暑さや山道が堪えるのだろう。雪を思わせる肌に汗が浮かんでいるのを見て、フツキはこのまま溶けてしまうのではないかと心配になった。
「ちょっとあんたたち、あまり油断しない!もうそろそろ、ドラゴンが出てきてもおかしくないのよ?」
「…なあ、ディアルト。俺思ったんだけどさぁ、ドラゴンが出てきた後、どうするわけ?」
「どうするって?」
「いや、俺は接近戦しかできねぇし、フツキもそんな威力のある魔法は使えない。リースは回復専門だし、シーラの蒼魔法は発動に時間がかかる。一匹や二匹なら、ディアルトもいるしなんとかなるかも知んねーけど、十匹も二十匹も出てきたら対応しきれねぇぞ?」
ハイネルが言うと、ディアルトは若干の間をおいてはたと手を打った。
「それもそうね」
「って、考えてなかったのかよ!?」
「うるさいわねー。かわいいミスじゃない」
「かわいいで済まされるか!こんな状態でもし群れと遭遇でもしたら、俺たち終わりだ、ぞ…」
ディアルトの後ろに黒い輪郭を感じて、ハイネルはスススッ…と視線を上げた。
湯気の中に浮かぶ赤い光と目が合う。自分の頭くらいある二つのそれは、一瞬バチリと閉じて再び開いた。
「あ、あ、あ…」
湯気の奥から、巨大な竜が現れる。頭だけでディアルトの身体ほどもあるその竜は、ゆったりと五人を見渡し鼻から息を吐いた。
黒いゴツゴツした鱗に守られた眼の下には、ぶ厚い鎧でも難なく噛み砕けそうな、太く鋭い牙がずらりと並んでいる。
「あら、いたわね」
ハイネルの視線を追って後ろを向いたディアルトがあっけなく言った。
「『いたわね』じゃねぇぇええっ‼」
「囲まれている」
シーラの言葉に周りをうかがい、フツキは前後左右で複数の黒い影がうごめいるのを確認した。湯気のせいで発見が遅れた。フツキは思わず顔をしかめる。
退路の断たれたこの状況で、一頭の竜が口を開いた。
「くっ…」
フツキはブレスを防ぐために、とっさに呪文を紡ごうと身構えた。しかし、今からでは間に合わない。死を覚悟したフツキの緊張を無視して、竜は目の前にあった大岩にかじりついた。
「……へ?」
虚をつかれ戸惑うフツキらの前で、竜は豪快に岩を噛み砕く。周りの竜もいっせいに岩にかじりつき、辺りはゴリボリと岩を租借する音につつまれた。
「なんで…こいつら岩なんか食ってんだ?」
「それは、このドラゴンが『バルエ・ワイバーン』だからよ」
ハイネルが漏らした言葉に、ディアルトは腰に手をあて、こともなにげに回答した。
「『バルエ・ワイバーン』?」
「バルエ・ワイバーン、黒い皮膚と大きなあごを持つドラゴン。主に鉱物を食べ、性格は温厚。鉱脈に巣を作る習性を持つ」
フツキの問いに対してシーラが答える。説明を聞いて、ハイネルは体から力を抜きつつ呟いた。
「鉱物食って性格は温厚って…話と全然違うじゃねぇか?」
凶暴な竜がいてパイプが引けない、というのが駆除の理由のはずだ。依頼がグースの勘違いであることを知り、リースは両手をあわせて微笑む。
「では、このドラゴンさんたちを駆除する必要は無い、ということですね?」
「そうなるわね……そんじゃ、とっとと殺して帰りましょう?」
「「「なんでっ⁉」」」
話の流れを無視して提案したディアルトに対し、シーラ以外が一斉につっこみをいれる。ディアルトは不同意を示す生徒たちに向かって、感情の無い声で理由を告げた。
「依頼は駆除よ」
「なんでだよ!殺す必要がねぇだろうがっ‼」
「そうです、グースさんに説明すればすむことです!」
「あんたら何言ってるの?温泉のパイプなんて、ただの口実に決まってるじゃない」
「口実?」
「…バルエ・ワイバーンは、鉱脈に巣を作る習性があるんだ」
「フツキさん…?」
「バルエ・ワイバーンの幼体は、純度の高い宝石しか食べない。食べられない。だからバルエ・ワイバーンのいる山からは、必ず質のいい宝石が取れる……」
フツキは親から聞いた話を思い出す。
「そういうこと、グースはそれを知ってて私たちに嘘をついた。宝石が欲しいからよ」
「でも…だったらなおさら殺してしまうわけには…」
リースの言葉にディアルトは頭を振る。
「冬になるとバルエ・ワイバーンは冬眠する。そうなれば普通の人間でも殺せるわね。今死ぬか冬死ぬかの違いしかないわ」
「……でもよぉ」
なおも食い下がるハイネルの肩に、ディアルトは両手を置いた。
「それにね、こんな理不尽な話は、軍に入ればいくらでも転がっている。村人を殺せ、女を殺せ、子供を殺せと言われて、できませんじゃ済まされないのよ?」
普段は見せない悲しい目に、何も言えなくなる。ハイネルは目をそらすようにうつむいた。
「……さぁ、はじめましょう」
何も言えない生徒たちの前で、ディアルトは詠唱を始めた。