悪役令嬢は王妃になりたいだけ
初めて書きました。思いつきなので、いろいろおかしな部分があると思いますが、よろしくお願いします。
人は自らが死の危険に晒されたとき、走馬灯を見るという。それは危機を回避するために脳がこれまでの生の中に同様の事象がなかったか、最も適当な回避行動は何であるか、を短時間で検索しているためなんだとか。
「アイリスフィール、今日をもってお前との婚約を破棄する!」
確かに、私は今社会的な死の淵に立たされているわ。でもだからって、前世の記憶まで引っ張りだしてこられるものなのかしら……⁉︎
☆
陰謀渦巻く貴族社会の空気を吸って生きてきた貴族令息令嬢にとっては、王立学院の創立の精神、その身分の貴賎を問わず皆平等に勉学に励むことが出来るという言葉はある種の建前に過ぎなかった。
ほとんどの学生が取る経営学を例に挙げると、王族〜上位貴族が経営学Aを、下位貴族〜特待生枠の庶民が経営学Bを選択する。
このように、多くの授業は人数の都合でーー更にいえば内容もその地位に合わせたものにするためにーー暗黙の了解として身分毎に分けられていたのだから。
その結果、もちろん上位貴族以上と下位貴族以下とでは仲良しグループが分かれてしまう。せっかく同じ学院にいるというチャンスを無駄にしないため、下位貴族は数少ない接点に己の命運と家名をかける。
その様相が学年が上がるにつれてデビュタント以降の姿を彷彿とさせるようになっていくのもまた、この学院に期待される知識ではない何かを得るということだろう。
そんな中に、図らずも一石どころか二石も三石も投じてしまったのが、何を隠そうたった今この卒業おめでとうパーティーにおいて婚約破棄宣言などを声高に抜かしおった王子……の後ろでプルプル震えている(振りをしているのが女からみればバレバレな)シンシアちゃんである。
彼女は元は庶民として生活していたのだが、ひょんなことからとある男爵家の庶子と認められ、ほとんど体裁のためだけにこの学院に編入してきた。もちろん、付け焼き刃の知識とマナーを引っさげて、である。
あとはもうお察しの通り、たったの一年でいろいろやらかしてくださったためにこちらとしては本当によい迷惑でした。本当に。
これまで上手い具合に空気を読んでいた下位貴族(教室やら食堂ホールやらの広さや席数を踏まえた上で多過ぎず、かといって建前を守れる程度に少な過ぎずとなるように動くので本当に素晴らしいと思う)から始まり、非侵襲であるはずだった場所に土足で踏み込まれることになった上位貴族、風評被害で冷たい目に晒される特待生達までをも敵に回したシンシアちゃんは、これがどうして上手いこと一部の上位貴族と公爵令嬢たる私の婚約者、第一王子!までをも垂らし込んで一大勢力を築いてしまったのであった。
信じ難い状況ですわ……とここ一年こめかみを押さえて過ごしてきたが、前世の私ですらプレイしながら、嘘でしょーまじあり得なーいなんて言っていたのだ。やはりどう考えてもおかしいだろう。現実にしては不気味過ぎる。ここが乙女ゲームの世界でなければね!
「本当に最低な女だよね。こんな卑劣なことばかりするなんて!」
「……シンシアがかわいそう」
王子と愉快な仲間達がわめき散らした話によると、私は無垢なヒロインを虐め倒す極悪非道の女であるらしい。おいおい、他国からの留学生も結構な数いるんだぞ。色んな意味でやめてくれよ。しかもこっちはほとんど何もしてないのに虐めの内容はストーリー通りだし。
私がなにも言わないのをいいことに口々に長ったらしく演説を振るってくださったおかげですっかり走馬灯もどきは過ぎ去り、前世と今世の私の同一化も終わってしまった。
いやー、まさか乙ゲーの悪役令嬢ポジに転生するとは。しかし社会や次元が異なれど女の冷めた部分というのは変わらないのか、多少の混乱はあれどアイデンティティが崩壊することはなかったようだ。よかったよかった。
「以上の事実から、お前は私の婚約者としてどころか、公爵令嬢としても相応しいとは言えない」
でもよくない。全然よくない。困るのだ。何のために前世の記憶の無かった私が外面だけでも悠然としながら日々を過ごし、少々苦言を呈すだけで済ませてきたのか。
それはすなわち、卒業した暁には「まぁまぁ、殿方にはお戯れも必要ですものね」とか何とか言いながら若気の至り(黒歴史ともいう)で済ませてしんぜようという親心なのである。
もちろんその後私は王妃につく気まんまんであった。伊達に幼い頃から王妃教育を受けてきてはいない。ライフプランははっきり決まっていたというのに!
流石にここまで酷い話だったら対策打ちきれないよ。前世ではテンプレとはいえ、この時代で普通にまともな貴族教育受けてたら十人中百人がありえないって言うようなことなんだから!
「よって婚約は破棄し、嫉妬に狂った見苦しいこの女は国外追放に。新たにここにいるシンシアをわが婚約者とする!」
このちんちくりんを王妃にしたら私が国境を出る前に国が滅ぶわ!どやっている王子御一行に囲まれて決め涙目からぽろぽろ泣きのコンボをかましたシンシアちゃんを見るともなしに、もはやほぼ絶望的な可能性にかけて穏便に済ませる方法を模索していた私だったが、大変都合の悪いことに気がついてしまった。
あからさまな公爵令嬢への冤罪、衆人の冷めた眼差し、そして何より、この舞台が王立学院の卒業記念パーティであること。
ーーつまり代表となる国王陛下がこの後見えるということと、更に国王陛下の多忙のため開会の挨拶代理となった王弟殿下が控えの間に行ったきりで、タイミング的にそろそろ戻ってきそうということ。
これらの事実と前世の記憶が指すことといったらすばり……フラグが、悪役令嬢が主役の、ヒロインとその取り巻きざまぁ物語へのフラグが!立ってしまったということである!
えー……ちょっと、やめてよ。シンシアちゃんは知ったこっちゃないがメロメロな男どもは七人も居るんだからね。
なまじ普段は頭が切れるやつらだから、さすがに全員入れ替わるとかされたら政治的混乱が大き過ぎる。今だっていい感じに手を回して派閥問題調整されてきたところなのに。下手したら何人か暗殺されるぞ……。
ひぇ〜、王妃になった未来の私の完璧な布陣が、これまでの努力が……。
まじで呑気に罵声を浴びせてる場合じゃないからね。どうしよう、どうする。私が王妃になって、攻略対象七人が今の地位から転落せず、この茶番を茶番として終わらせる方法は……。王子よ、アホなこと言ってないでお前もなんか考えろよ!
「最後の機会だ。何か申し開くことは無いのか。黙ってないで何か言ったらどうなんだ」
そのとき、不意に稲妻が駆け抜けた。閃いた。これだ、これしかない。いや、あるのかもしれないけど。すっごい不名誉な……不名誉なアイディアしかもう出てこない。
どうしよう、もうこれでよくない?こうなったらうまいことやるしかない。腹括っちゃえ、女は度胸だ!ええい、ままよ!
☆☆
「もう、おやめください」
何処ぞの馬鹿王子がお呼び出しやがったときから装備していた扇子をゆっくりとおろし、無表情からわずかに、しかしわかるように表情を動かす。
「私は、存じておりました。本当のことを」
まずは涙を薄っすらと浮かべ、ゆっくりと目を伏せる。ヒロインよ、これこそが未来の王妃の決め涙目だ。王子が訝しげに眉を顰め、口を開こうとした瞬間にたたみかけるーー
「幼い時分より、ウィリアム殿下とサイラス様が、お二人が愛し合っているということを……っ」
ーーナッ、ナンダッテー!
声を荒げ、涙を堪える私の姿は普段令嬢然として振る舞ってきたことと相まって絶大な威力を発揮したみたい。効果はばつぐんだ。
妙な信憑性を持つビッグなスキャンダルの告発に会場にいる誰もが呆然としている。私も我ながらびっくりな発想だよ。
もちろん、大嘘ではあるが、掴みは上々だ。
なお、サイラスとは宰相閣下の一人息子で私と王子の幼馴染である。将来の王の右腕、頭脳派キャラの筈が、流石に今は王子と一緒に固まっている。お前にも十分な割を食ってもらおうじゃないか。
「何を……何を……」
「私は、三歳にして殿下の婚約者となってから、ずっとお慕い申し上げて参りました。殿下だけを見つめてきたんです。殿下の一番お側でずっと……。ですから殿下が誰を見つめていらしてきたかなんてお見通しです。」
王子が混乱している隙に行けるところまで行ってしまえ。たとえこの策が失敗して私の身の振り方がどうなろうとも、ここまでの醜聞がこれだけの人数の耳に入ったのだ。もはや全く可能性の無い話にはならない。なぜなら貴族は有ること無いこと無いことが大好きなのだから……!
「しかし、殿下はいずれこの国の王となるお方。私を妃として御子を成さなければならない……。私は、私は例えこれが裏では白き結婚となろうとも、そして表では石女と罵られようとも、それでもよかったんです。それが殿下の為ならば」
ここで切ない伏し目からの必殺儚い健気スマイルである。我ながらなかなかの演技力だ。
「でも……お二人はお優しいから。幼馴染の私が犠牲となって成り立つ愛を、良しとはしなかった。子を成さない女がどのような酷い扱いを受けるか、十分ご存知でいらっしゃるから。
私をやんわりと遠ざけ、たとえ挿げ替えても政治に影響の出ないような女を代替としておくことにした。大恋愛の末の結婚ということにしておけば、ある程度の時間は稼げるとお考えになったのでしょう。今はまだ幼い第二王子殿下が、その御子を授かれるようになるまでには、まだ十年以上かかりますものね」
私のぶっ飛んだ話vs.庶民出の女がハーレムを築いてのさばっている現状。どちらが信じたくなる真実だろうか。
だんだんとこちらに風が向いてきたことを感じる。貴族は切ない美談も同じくらい大好物だからね〜。
「そんなことある訳ないですっ!だってウィル様は仰ったわ、私のこと愛してるって。それにみんなも!だから私に嫉妬してあんな酷い嫌がらせを……」
お、シンシアちゃん空気読めない分立ち直りが早いなぁ。でもギャップという武器を持つ私の演技力には叶うまい。
「いいえ、いいえ。私が貴女を窘めたのはこのことを知っていたからです。
貴女はおかしいと感じなかったのですか?貴女の周りでは今日まで、殿下を除いた六人の男性が順にその婚約者との婚約を破棄してきました。そのいずれもが殿下を敬い、手足となる将来を約束されたといえる方々。
殿下が本当に貴女を愛していたならば貴女を正室なり側室なり、側に置くことは予想出来ますよね。つまり彼らにとって貴女は決して自分のものにならない存在という訳です」
ここにきてシンシアちゃんは何故か訝しげな表情から、どこか満足気な顔にシフトしてらっしゃる。禁断の恋に心揺れる私〜っていうとこか?煽てた私が言うのもなんだが話の流れ読めよ。
「自由恋愛、素敵ですわね。えぇ、えぇ、大いに結構ですわ。二人が結ばれるのならば。けれど、一縷の望みも無い恋に自分と家とを懸けるだなんてこと、本当にあり得るのかしら……。
答えは否よ。確かに、皆様の婚約破棄の理由は愛故のものだったわ。でも、これは愛といっても貴女に対するものではない。
ーー殿下とサイラス様に対する敬愛と友愛からくる犠牲的献身。婚約破棄の合理的な理由を持たないサイラス様が独身を貫く為の、周囲の目を欺く偽装工作の為の婚約破棄だったのだから……!」
いつまで経っても子供の出来ない王と不自然に結婚しない右腕。そんな二人が片時も離れずにいて、それがいちゃいちゃして見えようものなら……。ある噂もあらぬ噂も立っちゃうもんね、と暗に仄めかす。実際、王子と右腕はにこいち感があったので……あれ、大嘘の筈なのに、間違って……ない?
ちなみにこういった醜聞はたまーに聞こえてくるので可能性は無きにしも非ずといったところである。
「なっ、何の話をしているんだ!そんなこと、事実であるはずがないだろうっ」
「嘘だよっ、こんなの嘘に決まってるでしょ!」
話題に上がったからか、取り巻き君達が動揺して一斉に否定しだす。おいおい、このタイミングで慌てちゃ肯定してるようなもんだよ。
衝撃の事実を暴かれた形の王子と右腕は未だ硬直していらっしゃる。頭脳派のおつむはもうちょっと休憩してておっけーよ。
シンシアちゃんは被っていた猫を忘れているのか、真っ赤になってぶるぶる震え始めた。怒りで。すごい形相なんだけど……大丈夫かしら。
「シンシアさん。貴女には、本当に申し訳ないことになってしまったと思っているわ。黙っていてごめんなさい。
けれど、殿下と皆様が本当に貴女を私の身代わりにするかどうか、そしてここまで思い切った行動をするか、最後まで判断出来なかったの」
頭こそ下げないが、敢えて謝ることで信憑性を増させる。公爵令嬢が男爵令嬢に謝るなんてそうそうないもんね。
ーーはっ、やばい!王弟殿下まだいらしてないよね?よね?演技に夢中で忘れてたわ。最後まで走り切らねば。
私は気合を入れ直して、いつものポーカーフェイスが崩れて少々間抜けな表情になっている王子を見つめ直す。こんな顔しててもイケメンで、少々間抜け、で済んでしまっていることさえも何とも子憎たらしくみえてくる。
元はと言えばお前のせいでこんなしっちゃかめっちゃかな作り話してるんだからね!精々無いこと無いことに苦しめ!
「殿下、サイラス様。申し訳ございません。この様な形でお二人のご関係が広く皆に知られるようになることは、私と致しましても本意ではありませんでした。
けれど、このままでは他国でのうのうと暮らすであろう私の一方で、身代わりとして何も知らない少女が傷付き、破滅してしまっていたでしょう。そんなこと、私には耐えられません。
それに……それに私は……っ。例えそれが、荊の道となると分かっていても……殿下をお支えし、この国の未来を共に背負っていくのだと……。ずっと心に決めていたのです。
ーー殿下の愛に、気づいた日から」
唇が戦慄く。瞳に湛えられた涙はしかし溢れることは無く。悲痛な、そして真摯な眼差しは、一心に愛する王子に訴えかけている。婚約者の、いや、一人の少女の献身をーー
なんちゃって。でも、場の空気は私が制したも同然。聴衆の同情と憐憫の眼差しが、禁断の恋に身を焦がす二人と身代わりになる筈だった少女、そして何より、人生を賭して愛する者の幸せを叶えようとした少女である私に注がれていることがしっかりと感じられる。
ゼロからここまで法螺話を組み立てあげるなんて我ながら末恐ろしさを感じる……。やっぱり王妃にぴったりじゃね?
ちなみに、涙は流す寸前までが一番共感や同情を買え、流した瞬間反感を買っちゃうんだって。見ている人が感じるものが、涙を堪える健気さから、涙を武器にするあざとさにシフトするからだとか。某国の女政治家が使ってたテクニックらしいよ。これ豆な。
☆☆☆
あの後、王子御一行がうまい弁解を果たす前に王弟殿下がお戻りになって(神に愛されたとしか思えないタイミングの良さだった)入り口側にいた私に事情を尋ねたことで、かなーり私に有利に事が進んだ。
つまり、私の窮鼠猫を噛んだ的でたらめ話が、王弟殿下の理解を得たことでほとんど事実として確定してしまったのである。
といっても、実際は戻ってくるまでに半分以上は伝わっていたらしく、私の暴走が始まってしまった以上、うまいこと折り合いの着きそうなところで出てきたんじゃないかな〜って感じるけどね。なーんだ。
最終的に国王陛下がお見えになって、もうどうしようもないからだと思うけど王子と右腕の純愛を認める宣言が成された。
更に、私のことは形式上の正妃として置き、この国の運営に関わっていけるようにしてくれるんだって。やったね。
好きな女の子と結婚しようと思ったら、幼馴染の野郎と一生愛を育んでいかなくてはならなくなったなんて……。ご愁傷様。
男としてはある意味一番辛いかもしれないけど、ちゃんと王様になれるんだからざまぁ物語としてはぬるい方でしょ?
あー、これから楽しみだな。えぇ、わくわくしながら見つめていきますとも、殿下の一番お側でな。
そんでもって、若さ故の愚かさとその献身から、愉快な仲間達は軽いお咎めのみで済んだ。裏ではこってりやられたらしいけどね。
やれやれ、苦労した布陣が総引っ換えにならなくてよかった。しかも、私があの騒動で忠義の家臣として印象付けたことが、よく分からん女に靡くヤバイ奴らというレッテルを払拭し、好感度アップに繋がったのだから、彼らは私に頭が上がらないのである!
咄嗟の判断だったけど売れる恩は売っておくに限るよね。とっても綺麗な美談に纏めたので、登場人物全員得をしたと言っても過言ではないだろう。
そうそう、シンシアちゃんは詳しいことは分からないけど、結局平民として生きることになったんだって。まぁ、ここまでの話って表向きは、が枕につくものばかりだし……。
要は聴衆の皆々様は、私のお話を貴族として受け入れてくれた訳だけど……実際はどうだったかなんて、ねぇ。
彼女が王子御一行を誑かして、挙句モロばれの冤罪を吹っかけようとしてたことを確かに見ちゃってたんだからね。目上なら付き合いを変えられないとしても彼女は下位中の下位だから徹底的に避けられたんでしょう。しょうがないといえる。
ゲームのストーリーじゃなかったらすぐ殺されそうだなって思うようなこと幾つもしでかしちゃってるし、貴族には向いてないってはっきり分かる子だもんね。
何はともあれ、私はこのままいけば花の王妃確定である。でもライフプランは結構修正が必要になったな……。
まず第一に言えることは、第二王子がおかしなことにならずちゃんと成長するように、色々手配しないといけないってこと。婚約者のご令嬢とも早目に親密にならないとね。ここは最重要案件だわ。
この騒動が王家の醜聞として他国に流れるのは必須だし……情報戦が熾烈になること間違いなしだなぁ。
でも、今回かなり手広く恩を売れたし、機転の利く肝の据わった女だと意外と好評価だったみたい。一時はどうなることかと思ったけど、なんとか希望通りまとまって本当によかった。
手持ちのカードは悪いものばかりじゃないし。これから先が楽しみ。女は度胸だ。この国を牛耳る影の女帝になってやるー!!