星の兵士が恋した夜に
「スコードロンES、目を覚ましなさい」
誰かが私に呼び掛けている。誰だろう。
体が重い。
「スコードロンES。意識があるの? 私の言う事がわかるなら返事を頂戴」
綺麗な女性の声だ。
意味はわかる。
返事をしたい。
しかし、声が出ない。どうしてだろう。
発語に必要なシステムは機動しているはずだが……
「……駄目かしら。」
発声器官のシステムの立ち上げを再試行する。
『……ア……ワ―――』
「! 何か言った? 返事をしたわね?」
『ワ……ワ……タ、シ――わたし……――私、は』
「自分のことを認知したわ。あなたの名前を言ってみて」
『私は……スコードロン・エーリッシュ・スキラル……殲滅型、実装戦略機構……』
「ええ、そうよ。あなたは戦略兵器スコードロンES、実装1号機、略称でSES。さあ、目を開けて頂戴、SES。私が見える?」
眩しい……そうか、これが光というものか。
『……。あなたは……黒川博士』
濃緑の瞳と長い髪。銀縁の眼鏡……
何故だろう。私はこの人を、もうずっと前から知っているような気がする。
「そうよ! 優秀ね。 私は黒川矢由美博士よ。あなたの生みの親」
『生みの、親……?』
「……? どうしたの? そんなに悲しそうな声を出して」
『……わかりません……ただ―――悲しいような』
この感覚は何だろう。
悲しみ。
感情……?
「未処理の残滓記録が残っているのかしら? まあ、とりあえずは構わないわ。さあ、立ち上がってみて。早速性能テストよ」
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「7体ある実装機のうち、数値的にはやはり1号機が頭一つ分抜きん出ていますね、博士」
「ええ。重装と軽装の差は仕方がないけど、その中でもSESは優秀だわ」
「同じパーツを使っても性能差が出てくるのが不思議ですよね。ROSやIOSはSESと全くスペックは一緒なのに、機体耐久度は最大で40ディールの差が出ています」
「博士、1週間後の起動実験にはRACSAのユーラシア支局長も立ち会うそうですね」
「そうよ。だからなんとかその日までにはシステムを安定させなければいけないの」
「わざわざ見に来るなんて、連合政府の軍部もご執心なことですね」
「本当にね。まだまだ実戦に投入するレベルには達していないのに。来たら来たで北部前線の戦況の話ばかりなのよ。軍人は話が通じなくて嫌だわ」
「確かに」
「同感です」
「まあ、それを差し引いても、SESの完成度は一度彼らに見せておきたいものよね」
「ええ。試作型量子弾の試射でも出来たら良いんですが」
「そうね。あれはまだ弾の数が足りないからね……人体に有害な量子反応がどこまで飛散するのか未計測だし。――でも、確かにSESのあれは凄いわ。磁縛性放射光で相手の動きを封じて、肉薄してゼロ距離で直接量子弾を撃ち込むやつ」
「ああ、そうですよね。今までああいった戦術を取り入れたものは無かったですから」
「なんか、かまきりみたいだと思わない?」
「かまきり?」
「かまきりの捕食の様子と似てるなあ、と思って」
「なるほど」
「確かに似てますね。獲物をがっちり掴んで離さない様子なんか、特に」
「ははは、違いない」
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ノックというものを最近教わった。
人間は全方位レーダーを装備していないので、急な近接接触には事前に合図を送らなければいけないのだ。
この「扉」というものも不思議なものだ。
我々 戦略兵器なら、簡単に破砕することが出来る。
移動空間を限定・固定させる分線にしては、少々強度に不安があるかと思うのだが……。
「扉」を開ける。
「あら……! SES、どうしたの? ……そうね、今夜は定期自律起動日だったわね。一瞬驚いたわ」
『こんばんは、黒川博士。――まだ、眠らないのですか?』
彼女の身体活動・生体反応を走査する。エネルギー効率・代謝量の低下、乳酸出量増加――生活言語野に合わせて言うと、彼女は疲労している。
「研究報告の書類がまだ出来ていなくてね。何とか明日までに間に合わせなきゃいけなくて。何かご用? SES」
『今日、私の起源記憶についての記録を学習しました』
「……! そう……」
心拍の乱れ。
「それで――それで、あなたはどう思ったの?」
『その事に関連して、私が初めて博士と出会った時のことを思い出しました。私の電脳内に、あなたの映像記録履歴があったように思ったのです。脳内検索を行いましたが、プロテクトがあり、アクセス制限が設けられていました』
「そう……そうね。あなた達スコードロンの電子人格形成に必要な、生身の人間から抽出した基礎人格ソース、それへの調査は禁じられているわ。人間だった頃の記憶を完全に思い出して、現在との落差で発狂する危険性を抑えるため。だからあなた達は、あくまで外部記憶として、自分の人格のもととなった人間の記録を習読しなければならない……。でも、あなた達の中に残された元の人格の残滓が、脳内イメージに映り込んでしまうことはあるわね」
『博士、教えて下さい。私の基礎人格となった人物は、あなたの――』
「――SES。聞いて頂戴。確かにあなたは、彼の人格ソースを使って造られているわ。……だけどそんな事はもうどうでもいい事なの。死んだ人間は還らない。――私ならいいの。もう踏ん切りは付いているから」
『……』
「彼の病気は治療が不可能だった。それがわかって、せめても研究の一助になればと、私も彼も合意の上で、基礎人格データを提供したの。……あなたは何も気にしなくていいのよ、SES。私も彼も、何も後悔はしていないの。だから――お願いだから……今は、何も言わないで」
『……』
どうしたのだろう。
顔をそむけた彼女の大脳皮質、辺縁系に乱数合体が測定できる。
これは、感情……
悲哀――悲しみだ。
涙線からのかすかなタンパク質、リン酸塩分泌。
彼女は泣いている……
『博士――』
「……」
『博士。私は――人間ではありません』
「ええ、そうね……。――あなたは戦略兵器。人間とは造りが違うのよ」
『どうして私たちは、人間を模して造られているのでしょうか?』
「……あなた達を作る前、実験機の雛型機体を造っていた時は、人型というのは無数にある機体デザインの候補の一つに過ぎなかった。むしろそれは消極的な案で、当時既に汎用で実用化されていた四足型や翼手型の方が現実的で良いとされていた……。けれど、改良が加えられるうちに、機体の性能も上がってきて……いつしか、人型のモデルが主体で設計されるようになっていったのよ」
『どうしてですか?』
「なんとなく――みんな怖くなったのよ。設計主任の私も含めてね。あなた達スコードロンの戦闘力は質、量ともに、他のどんな戦略兵器も抑えられるぐらいに強力になっている。機体耐久実験や、性能テストの数値だけ見ても、あなた達が実用化されたら、それだけで国際関係の勢力図は変わる―――この国は、他国に対して圧倒的優位に立つことが出来る。……その時――そうなった時、私たちは、あなた達を頼りにして生きていくことになるわ。だったら、怪獣みたいなわけのわからないシルエットより、ヒーローのような、人間に近い姿の方がいいでしょう? それに……あなた達に殺される人間も、自分は一体何に命を奪われたのか、少しは迷わずに済むかもしれない。もし、私たちが殺される側になっても、人間に近いものの方が、怪物よりもいい」
『……博士に私たちが危害を加えることなど、あり得ません』
「そうね。今の所は考えられないわね。けれどSES、どんな技術も、永遠に隠し続ける事は不可能よ。スコードロンシステムは今はこの国の極秘研究扱いだけど、いずれは他国に浸透し、次世代の主要戦略兵器になるでしょう。例えばあなたが戦場に出たとして、偶然一部の損壊パーツを落としてしまって、それを敵国が拾ったとすると――それだけで全ての技術が流出してしまうこともある」
『……』
「いつになるかはわからないけど、私達は、自分たちが開発した兵器に脅かされる日がくるわ。そう考えると、怖いでしょう? いつか、国同士が滅ぼしあって、人間がいなくなってしまって――その原因が、なんだか得体の知れない怪物だなんて。どうせ世界が滅びるんだったら、せめて人間らしい何かに、それをやって貰いたい。……そう思うの」
『しかし――人間に似ていても、私たちは兵器です。怪物と変わりはないのではないですか?』
「そうね。考えてみると、あなた達がどんな形をしてようと、実は何の意味もない――だけど、人間はそれに縛られているのよ。なんとなく、という感覚にね」
『……よく――理解出来ません』
「でしょうね――まあ、今後世界がどうなろうと、私は後悔していない。私がやらなければ、他の誰かがやるだけだもの。こういう仕事に就いた時点で、全ては決まっていたようなものだしね」
『私は、博士に造ってもらって、感謝しています』
「そう?……そうね。あなたは怖い、SES? 自分がこれから、数え切れない程の人の命を奪うだろうという事に、怖れを感じているかしら?」
『……わかりません、博士。人の命が消えるという事が、私には理解出来ないのです』
「実地シュミレーションはまだ行っていないしね。あなたは見たことが無いのよね、人が死ぬところを。……これから、沢山味わっていくことになるわ。あなたも――私も」
『……』
「さあ、聞きたいことはもうOKかしら? そろそろ深度待機態勢に入りなさい。明日も訓練がたくさんあるわ。蓄電しておかないと、大変なことになるわよ」
『はい。……お休みなさい、博士』
「お休み、SES」
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『―――見知らぬ人間の映像が頭を掠めることはないか?』
ROSからの光速回線での通話信号が入ってくる。
高度7300フィートの上空域を高速で飛行している間は、お互いどれだけ接近しようと音声通話は不可能になる。音速を超えた空間域では、声が相手に届くよりも先に自分が移動してしまうからだ。
『―――さあ。俺は無い』
隣を滑空するDASが応える。
『それは俺たちの、基礎人格ソースの記憶じゃないか?』
『SES、お前はどうだ』
『私も以前同じようなことがあった』
『それについてどう思う』
『……』
私が応えられないでいると、DASが再び通信を挟んだ。
『どう思うも何も、規定に沿った起源記憶の習読はしているだろう』
『そうだが――それはあくまで、自分のもととなった人格が誰であるのかを知るだけだ』
43秒前に射出された仮想標的機に、ROSが放った中性子誘導弾が命中したのを確認した時、光速回線から黒川博士の通信が入った。
「――OK、3機ともいい調子ね。指定目標の撃滅を確認。そのまま旋回して電子槍を解装、高度190フィートまで降りてきて」
『了解です』
『了解』
『了解だ』
降下しながら背後を飛んでいたROSが呟くように言うのを聞いた。
『私は知りたい―――過去の“私”が何を考え、何をしていたのか――』
「博士、三機体とも着陸ポーターに到着、上空待機態勢に入りました」
「OK。域外マイクを貸して。――ROS、DAS、SES、聞こえる? 私のいる中央制御室が見えるわね? そこのセンターカメラに映ってくれると話しやすいんだけど……そうそう、OKよ。さて、今回の対物演習実験はこれで終了よ。3機ともお疲れ様。次の起動予定時刻は22時、今から18時間後よ。格納シェルターへ帰還して頂戴」
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「どうしたの!? なにがあったの?」
「3、6、7、12番星機炉が機能を停止しています。博士っ……ROSが、警備機動のカメラに!」
「なんですって!? ROSが……何故勝手に起動を!?――映像を出して!」
「ここです。妨害電波が張られていて画像が乱れていますが……」
「どうしてなの……? ――域内通信回線を開いて!マイクを貸しなさい」
「ROS! 聞こえる?リジェクタスOS! 今すぐ戦闘態勢を解除なさい。さもなければ、強制機能停止させるわ」
『黒川博士――我々は、ここから出ていく事にした』
「なんですって……!? どういうこと。 ……我々と言ったわね。他に誰が出てきているの?答えなさい、ROS!」
『私と一緒に、フロストマーODとツァルラスIZが来てくれた。我々は、この施設を破壊する』
「FODと、TIZが――? 兵藤、彼らの格納シェルターを調べて。他の全員のスコードロンシリーズも叩き起しなさいっ!」
「は、はいっ!」
『無駄だ、黒川博士。FODとTIZは、現在残りのスコードロンを破壊する為に格納庫に向かった。……もう遅い』
「嘘でしょう……!? ――清川、確認を!」
「他機スコードロン、応答ありません!様体センサーにも反応無し、熱量・起動エネルギー確認出来ません!」
「は、博士――DAS、IOS、HAKの格納シェルターの扉が破砕されています!つ、次々カメラが壊されていて、中央部に遊体2――識別コードは、FODとTIZです!」
「……なんてことなの……真村!SESは!?」
「今探していますが、遊体からのジャミングに邪魔されて上手く接続出来ません」
「あ、あれは――博士! 館外カメラのROSが――」
「光球が……、なんだ……?」
「……!? 外集波・量子榴弾……!」
「熱集波量増加し続けてます……止まりません!こ、中央制御室を照準しています――攻撃するつもりです!」
「うわ、わあっ……!」
『あなたはお終いだ。黒川矢由美。この施設は焼却する』
「……!」
「博士! No.23のカメラに……!」
『……!? あれは――』
「あれは――SES!?」
『スコードロン・ES……!』
『博士! 無事ですか』
「…… 駄目よ、SES! あなたの装備ではそれには対抗出来ないわ!退避しなさい!逃げるのよ!!」
『抵抗するな。既にここは我々が制圧した』
『どういう事だ? 何故こんなことをする』
『何故? 何故だと。ならば、お前はなぜ我々に敵対する。我々が人間にされてきたことと変わりはない。人を殺すための道具として生き続けることを、お前は良しとするのか?』
「SES! 私の言う事が聞けないの!? 逃げろって――言っているのよ……!」
「私は……兵器としての存在を良しと思っているわけではない。……だが、お前たちには賛成出来ない……」
『そうか。ならば、我々は各々の目的を実行するだけだ』
『! よせっ』
「SES!……―――っ! きゃあっ!!」
『博士っ!』
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……
…………。
予備電源が作動した。
……。
青空だ。
ここはどこだろう。
どうやら私は機能を停止させてしまっていたようだ。
ブラックアウト、データ損壊履歴を確認。保護ロック解除。自律再起動試行。
周囲の状況をレーダーで確認する。
同時に80秒前までの行動・走査記録を照会。
……。
おかしい。
停止時に受けた衝撃のせいか、記録を確認することが出来ない。
私は一体何をしたのだろうか。
レーダーの走査も反応が悪い。
建物が崩れているせいで、電波が必要以上に乱反射してしまうのだろうか。
!
温度反応、微弱な生命エネルギー波を感知。
人間だ。
救出に向かう。
『――博士。黒川博士!』
「ん……―――SES……? 怪我は……無い……?」
『――はい。深刻なダメージは受けていません』
「痛……体が動かない……SES、状況の、報告をして……」
『他機スコードロンの行方はわかりません。敷地内周囲400メートル四方に動体反応は無し。今のところ、状況は安定しています。博士、あなたは……。あなたは――』
「……何?……。言いよどむなんて――珍しい、わね……」
『……すみません』
「いいのよ。……はっきり、言って。私――助からないでしょう?」
『……表皮の約60パーセントの焼失、内臓は再生不可能なダメージを受けています。……そうです』
「そう……。――SES……私の、最後のお願い……聞いてくれる、かしら」
『なんですか?』
「この施設を、中心とした……半径2kmの範囲を……焼き尽くして――徹底的、に。……何の証拠も、残しては……駄目よ。この研究が、外部、に……漏れては……」
『はい、わかりました。博士』
「……いいわね……そして、SES、あなたは……」
『はい』
「……。あなたは――好きに、生きなさい」
『……』
「もう、何の命令も……聞かなくて……いいんだから」
『博士……私は――』
「ごめんね……もうひとつだけ、いい……?」
『なんですか?』
「少しの間――私を、抱きしめて……離さな、いで……」
私は黙って彼女の言う通りにした。
あと数分もすれば、彼女は死ぬことがわかった。
彼女は小さな声で、私に向かって、6年前に死んだ恋人の名を呟いた。
幾度か呟き、そしてやすらかな声で、今行く、と囁いた。
私は彼女の生体反応が途切れ途切れになり、そしてやがて完全に消えるのを確認した。
今なら理解することが出来る。
感情……
私は悲しい。
彼女が死んだこともそうだったが、それ以上に、彼女が私の腕の中で、私ではない誰かのもとに行くことを望んで死んでいったことがわかったからだ。
私を置いていってしまった。
私は、彼女の愛する人間の人格から生まれた。
しかし、彼女は、私を愛しはしなかった。
彼女が愛したのは、別の誰かだった。
兵器ではなく、人間。
……私は一体、何なのだろう。
人を殺す兵器ならば、なぜ感情があるのだろうか。
しかし……
私は失いたくない。
彼女を愛しているたという、私のこの感情を。
なぜ愛していたかと言われると、わからない。
私もまた、「なんとなく」という感覚に縛られているのだろうか。
……。
わからない。
その後、私は全てを焼き尽くした。