9月 ガールズトークと佐伯の過去
ー mina視点 ー
九月も後半に入ってだいぶ暑さもやわらいだ週末。私と真由ちゃんと雨宮さんの3人でいつもの店で女子会をしていた。
真由ちゃんは、ほんわかしていて聞き上手で癒される。雨宮さんは口調は強いけど、肝心な所でよいアドバイスをくれる。二人とも私にとってかけがえのない友人だ。
今日は一つの目的があった。佐伯さんのことを二人に打ち明けたい。私一人で抱え込むには佐伯さんの存在は大きくなりすぎてしまった。
雨宮さんはきっと力になってくれると思う。
真由ちゃんは……もしかしたらライバルになってしまうかもしれない。佐伯さんも真由ちゃんもどちらも失いたくはないが、私も誰かに話を聞いて欲しい。友達同士で恋バナというものをしてみたい。
一杯目のカシスオレンジを飲み干し、さぁどうやって切り出そうかと思っていると、思いがけず雨宮さんから話を振られた。
「そういえばmina。こないだ海で佐伯と二人っきりにしてやっただろ。どこまでいった? ちゃんと佐伯を押し倒したか?」
雨宮さんにしてみれば、軽い冗談のつもりだったのかもしれない。目がニヤついている。
「えっ、?? minaちゃんそんなことがあったの?? ずる……い、いや、全然教えてくれなかったじゃない!」
真由ちゃんが、目を丸くして驚いている。
「いや、実は……今までよりは深い話はできたんですけど。特に進展とは……って、もしかしてバレてます?? 私が佐伯さんを好きなこと」
こうなったら打ち明けていくしかない、よね。
「わかりやすいからな。minaは。最初に会った時から、佐伯好き好きビームが出てたぞ」
「うん、わたしも。そうじゃないかって思っていた。佐伯さんの話をする時のminaちゃん、いつもうれしそうだから」
そうなんだ……私ってわかりやすいんだ。じゃぁ佐伯さんにも伝わってたり?
「佐伯は普段は鋭いが、そういうことになると鈍感だからな。あの調子だと気づいてないな」
「実は、今日お二人を呼んだのは、私はこれからどうしていったらいいか、相談したくって」
「ふうん……まあ、そうだが。真由、お前はそれでいいの?」
「えっ??」
真由ちゃんが雨宮さんを見つめ、そのあとすごすごと小さくなっている。まだお酒をグラス半分も飲んでないのに顔が赤い。ってことはやっぱり?
「うーーん。あの……バレてましたか。私も実は……」
そう言って真由ちゃんはあっさりと白状した。
「でも、佐伯さんと同じくらいminaちゃんのことも好きですし。応援したいという気持ちもあります」
「えっ、そんな真由ちゃん。ダメだよ。そんなんでいいの?」
真由ちゃんも私のことを大事に想ってくれてうれしいけど……
「なんだ、二人とも譲り合うのなら、佐伯は……あたしが食べちゃおうかな」
「えっーー!」
真由ちゃんと二人同時に声が出た。
「雨宮さんも佐伯さんのことが好きなんですか?」
「いや、まあ、いい男だと思うよ、あいつは。銀行員や高学歴にありがちなヘンなプライドもないし。うん……ただ、あんなことが無ければ、あいつももっと違った生き方をしていたのかもしれないな……」
一瞬、雨宮さんは遠い目をした。私が雨宮さんを見つめると、彼女はしまったという顔をした。
「教えてください!! 雨宮さん、佐伯さんが過去に何があったのかを!」
私はこの前、佐伯さんが自分の仕事のことで言い淀んでいたことがずっと引っかかっていた。
「わたしも知りたいです! 佐伯さんは前はエリートコースって言われてた店舗にいたじゃないですか? やっぱり何かあったんですか?」
いつも快活な雨宮さんにしては珍しく、じっと黙っている。
店内の賑やかな声が、しばし私達の無言のテーブルに響く。
どうしたら良いかわからず、私と真由ちゃんは思わず顔を見合わせた。
雨宮さんはしばらく机の一点を見つめて考えていたが、こう切り出した。
「正直、お前らに話していいことなのかは、わからない。私が実際に見たわけじゃない。同じ店舗にいた同期から聞いた話だ……」
雨宮さんは続けた。
「あいつは……人を……殺した……」
えっ!! 突然、告げられる、予期せぬ言葉。
まさか、あの優しそうな佐伯さんが……そんなバカな。
「少なくとも、あいつは自分でそう思っている……」
えっ、てことは……
「すまん、順を追って話したほうがいいな……佐伯は入行して都心の店舗に丸ニ年いて、そのあと、さっき真由が言った店舗に転勤になった。うちの銀行ではエリートコースの部類だ。順調にいけば次は本部に行って、それなりの役職についてって感じだ」
雨宮さんはそういって、ビールを飲み干し、お代わりを頼んだ。
「あいつは、そこで優秀な成績を残した。『最優秀渉外賞』とか『頭取賞』とか、よく行内の機関紙に載っていたよ。例えば……ゾンアマって知ってるだろ?」
もちろん知っている。私もこっそりと利用している。大手の通販サイトだ。
「あれは、あいつが作ったようなもんだ。あいつが顧客にシステムを紹介して、もちろん、事業のために融資を出して、そんなことを何件もやって銀行を何十億も儲けさせたんだ」
そうなんだ、やっぱり佐伯さんってすごいんだ。
「あいつがすごいのは、そんな大きな案件ばかりじゃなくて、死に体の中小企業もあいつが関われば息を吹き返す、なんて噂もあった。際どい融資の稟議書、ああ、稟議書ってわかるか? この会社にお金を貸してもいいですかと銀行の上部に提出する書類だ。もちろんOKが出ないとお金を貸すことはできないし、会社を救うこともできない。あいつは強力な稟議書の書き手として、行内でも知れ渡っていた」
経済オンチの私でもなんとなく、わかった。
「だから、元々エリートコースなのにそれだけの実績を上げてたんだ。将来の頭取候補なんて噂する連中も中にはいた。本人も後から自虐的に言ってたよ。『日本経済をオレが動かしている! そんなことを考えていた時代がありました』ってな」
雨宮さんは寂しそうに少し笑って、ビールをあおった。
「それなのに、なぜ……??」
真由ちゃんが首をかしげる。顔が赤いのはすっかり直ったようだ。
「まあ、最後まで聞けって。北崎鉄工って会社、知ってるか?」
私と真由ちゃんは首をかしげた。
「さすがに知らないか。中堅どころの鉄工メーカーだったんだが。佐伯は駆け出しのころから、そこの社長に可愛がられて、家族ぐるみの付き合いをしていた。晩飯をよくごちそうになったり、ヤツと同い年くらいの娘さんといい仲だったなんて噂もある……」
私の胸が高鳴った。えっ、でも、その後どうなったんだろう?
「不景気のあおりを受けて、北崎鉄工の経営が行き詰まってきた。社長も、もちろん佐伯もあちこち駆けずり回って新しい取引先を探したり、追加で融資をするために毎日稟議書を書き直したり、必死になってやっていたらしい。だが、銀行は会社を見捨てた。結局……会社は倒産した。後に残ったのは借金と従業員に払わなければならない給料。……でも、思わぬ所でそれは解決した、何でだと思う?」
そ、そうなんだ。私には想像もつかない世界だ……
「まさか、雨宮さん、それって……」
真由ちゃんは銀行にいるせいかピンと来たみたいだ。
「そうだ……社長が……自殺した……」
「社長は自分に生命保険をかけていた。その保険金でなんとか従業員が路頭に迷うことはなかったらしいが……佐伯は自分を今でも責めている」
雨宮さんはまだ飲み続けている。
「もっと自分がしっかりしていれば社長と家族を救えたんじゃないか、自分は恩人を死に追いやってしまった……ってな。自分を追い込んだせいか、ヤツは心の病を発症して休職した。なんとか復職したが、ヤツの居場所はもうなかった。あたしが言うのもなんだが、今の吹き溜まりみたいな支店に飛ばされ……あいつは今も過去をひきずっている。それでも、元々能力は高いから仕事はできてるけどな」
「だから、mina」
雨宮さんは急に優しい目になって、私の方を見つめた。
「佐伯を救えるのは、もしかしたらお前の純粋さ、ひたむきさかもしれない。最近あたしはそんな風に思うんだ……お前の行動は、お前の歌は、誰かを前に進める力がある」
「私に……私の歌にそんな力が……」
戸惑う私に、真由ちゃんもうんうんとうなずいた。
私が想像つかないような佐伯さんのつらい過去。
私の歌で、勇気を与えることができるだろうか?
でも、私は何とかして佐伯さんの力になりたい。
そう強く思った。