8月 キラキラと君が眩しくて
二週間後、オレたちは岡安さんが運転するミニバンの中にいた。
天気は快晴。行き先は外房、一泊二日の小旅行。
真夏の太陽がアスファルトに照りつけ、黒光りするハイウェイ。
外房行きの道を、車は快調に飛ばしていた。
宿泊場所は岡安さんのツテで、貸別荘を借りられることになった。
人里から少し離れていて、プライベートビーチもあるそうで、至れり尽くせりだな。
外の景色とは反対に車内は空調が効いていて、車の振動が心地よく体に響いていた。
「先週真由ちゃんと水着買いに行ったんだよ。どんなのか楽しみにしていてね」
minaがそう言って、キラキラした瞳でオレの方を見た。いったいどんな反応をしたらいいのか、いっそおどけてみるか
「よおし、じゃあ、今夜は寝かさないぞぉ!! ふははは」
岡安さんがルームミラー越しに睨んでくるのが見えた。すべったか。
「佐伯さん、わたしのもすごいんですよ。見たいでしょ」
真由ちゃんは自信ありげだ。大きいんだろうな、きっと。
今日もTシャツがパツパツで英字のロゴが波打ってるもんな。
おじさんはイケない気分になりそうだ。
雨宮さんは早くもビール片手に一杯やっていた。
「田中、私の水着姿がタダで見れるなんてラッキーなヤツだな。うれしすぎて昨日は寝れなかっただろ?」
「え? いや、僕もminaちゃんと真由さんの水着が見た……あっ、イタッ! 痛い、うぐ……たお、楽しみです、もちろん」
相変わらず田中は、雨宮さんのおもちゃになっていた。
そんなやりとりをしながら、貸し別荘へと到着。
南欧風のオレンジ色の屋根に、重厚な白い壁。木目調の窓枠と壁の色とのコントラストが真夏の澄み切った青空に映えていた。
背後には、淡いブルーの海が、どこまでも広がっている。
別荘は広く、リビングにある調度品も高そうなものをつかっており、まるでセレブの別宅という雰囲気。ベッドルームも一階と二階にそれぞれあり、男性が一階、女性が二階を使うことにした。
庭から階段を下って行くと一分でプライベートビーチだし、まわりには他に誰もいない。芸能人が来るにはおあつらえ向きだな。
「まずは、海だな、とりあえず着替えて下に集合な。ティッシュを忘れるなよ。まっ、何に使うか知らないけどな」
雨宮さんが不敵な笑いを浮かべながら真っ先に2階へあがっていった。
「さてと、我々も着替えて、パラソルとタープとクーラーボックスと……準備でもしますか」
岡安さんがテキパキと用意を始めた。
この人なんでも持ってるな。ドラ○もんか?
男性陣三人で手分けして、別荘の外、階段を降りた先のビーチへと運ぶ。
空は雲ひとつない、どこまでも広がっていくような、優しい青色。
灼熱の太陽が、オレ達を熱く照らす。
三人でビーチにタープを張ったり、飲み物を準備したりしているとあっという間に汗だくになってきた。
でも、これが夏か。
海……オレの新潟の実家の近くにも海があって、中高生の時は野郎共で、泳いだり、釣りしたり、牡蠣を密漁して怒られたり、そんなことがあったっけ。
盆は帰れそうにないが、せめて正月には顔を出すかな。
女性陣が降りてきた。
「おまたせ」
minaがこちらを見て微笑んだ。
水色のフリルのついたビキニ、下はパレオでちょっと控えめな所もいい。
まるで浜辺に咲いた可憐な花のようだ。
「わたしのも見てくださいよ」
そう言って飛び出してきたのは真由ちゃん。
ボリュームありすぎだよ。歩くたびに揺れてるし。
オレンジの花柄、下はヒモパンか、勝負に出たな。
南国のハイビスカスのような雰囲気だ。
「真由、相変わらずでかいねーー」
最後に雨宮さんが歩いてきた。
黒か、妖艶だよなあ、この人は。
ボリュームこそないが、スラリとしたモデル体系。
黙っていればファッション誌のトップも飾れそうだ。
さすが、自信たっぷりなだけある。
「佐伯さん、日焼け止め塗ってくださいよ。後ろの方がうまくぬれなくて…」
そう言って、minaが無防備な背中をこちらに向けてきた。
いつもの黒髪ストレート、ではなくて、髪をお団子にして束ねている。
白いすっきりとしたうなじがあらわになって……
「minaちゃん、日焼け止めならわたしが塗ってあげるから。それより、あっちでビーチバレーしましょうよ」
真由ちゃんがオレの腕をとって、自分の体に押し付けてきた。
いや、柔らかいもんが当たってるから。
オレの腕が谷間に吸い込まれて、あーー。
その日は、ビーチバレーでハッスルした真由ちゃんのビキニがとれかかって、田中が鼻血を出したり(ティッシュを用意しておいて良かった)、
バーベキューで岡安さんの手際の良さに感心したり、
酔っ払ったminaが突然歌いだしてみんなで盛り上がったり、
雨宮さんが「プライベートビーチじゃいい男に出会えない」と岡安さんに絡み出したりと、楽しい一日を過ごすことができた。
まるで、修学旅行みたいだな。
バーベキューも終わり、日も暮れだすと、別荘へ戻り、着替え、シャワーのあと、エンドレスでバイオレンスな(特に雨宮さんの周りには近寄らないこと)飲み会が始まった。
時刻は夜の十時過ぎくらいになったか。
「飲み過ぎたので、少し夜風に当たってきますよ」
そう言ってオレは、外に出ようとした。
「あっ、私も行きまーす」
頬を桜色に染めたminaが手を挙げた。minaは酔うとますますハイテンションになるからな。
「minaさん、この時間に余り外を出歩くのは……あっ、イタ、イタタタ…」
「あんたは、あたしと一緒に人生について語り明かそうじゃないか」
保護者の岡安さんに、雨宮さんはまたよからぬ技をかけたようだ。
雨宮さんは「行ってこい」という風にこちらに目で合図をしていた。
真由ちゃんはすでに机に突っ伏して寝ており、田中は先ほど、雨宮さんに2キロ先のコンビニまで買出しに行かされていた。
あわれ、田中……。
minaと一緒に昼間遊んだビーチまで歩く。辺りは虫の音、遠くからは波が浜辺に寄せては返す音が聞こえる。オレにとっては聞き慣れた、海辺の音。
ふと、夜空を見上げると、まるで暗闇の中に宝石を流してライトで当てたかのよう……無数の星達がきらめいていた。天の川がこんなにくっきりと見えるなんて。
「きれい……」
minaとしばし無言で、見とれていた。
「そういえば、二人きりで話すのって、初めてじゃないですか?」
minaがそう言って、こちらを振り向いた。
昼間のお団子ヘアはほどいて、髪をいつも通り長く垂らしている。
化粧っ気がないminaは、実年齢よりもさらに幼く見えた。
今日は色々なminaの姿を見てしまったな。
「そうだっけ?」
「そうですよ、いっも、田中くんや真由ちゃんや雨宮さんや、誰かが一緒だから、まあ、それも楽しいからいいんですけど」
屈託のない笑顔を浮かべながら、minaはビーチへの階段に腰掛けた。
「隣、座ってもいいか?」
「もちろん」
今をときめく歌姫と二人っきりという状況を意識してしまうと、酔いがさめてきて、言葉を探してしまう。
「佐伯さんはどうして、銀行に入ったんですか?」
minaがまじまじと聞いてきた。就職面接の試験か? そんなわけはあるまい。
「んーーそうだなぁ。大学へ行くときにもっと広い世界にオレの居場所があるんじゃないかと思って、都会へ出て。でも官僚みたいに型にはまるのはイヤで……就職活動しているうちに銀行に辿りついた」
そこでオレは一息ついた。続きをうながすようにminaがオレの顔をさらにじっと見つめてきた。
「金融で、日本をもっといい国にできたらなって。あとは、オレの実家も中小企業だから、同じような会社を支えられたら……ってなんか青臭すぎるな」
そこで数年前の出来事が浮かんできて、思いのほかオレの表情が曇ってしまったようだ。minaが少し驚いた表情をしている。
「minaはどうして、歌手を目指したんだ?」
いたたまれなくなって、話題を変えてしまった。
minaもそれに乗ってくれた。
「えっと、そうですね……私、中学生くらいの時は、ちょっと空気読めないし、おせっかいだし、クラスでも浮いてたんです。親しい友達もあんまり出来なかったし」
minaは昔を思い出すように遠くの方を見つめた。
「家に帰ると、よく一人で、ラジオやCDを聞いてました。そこで良く流れていたのが、歌手のAさん」
Aか。オレたちの世代なら誰もが知ってる有名な女性アーティスト。
小柄でカジュアルなルックスであふれるように愛を歌う。関西弁のトークも魅力的なシンガーソングライターだ。
「メロディーとか歌詞にすごい励まされて……私勉強も得意じゃないし、部活も全然ダメだったけど、ちゃんと高校まで卒業できたのはその人と歌のおかげだと思います。だから、私も思ったんです」
minaはまっすぐに、オレの方を向いて言った。
「私の歌で誰かを勇気づけられたら、誰かの背中を押すことができたら、そんな歌手になりたいって」
いつわりのない、彼女の本音だろう。
「そうか、minaは夢を叶えたんだな」
「まだ、夢の途中ですよ」
「この間のライブだって、オレはすごい元気をもらったよ。『大切な人達へ』も良かった。今までで一番売れてるじゃないか?」
「そうですね、すごいうれしいです」
「そんな売れっ子アーティストのminaさんは、今後の展望とかあるの?」
「もう、ちゃかさないでください。でも……まずはオリコン順位一桁」
「それは、『大切な人達へ』で叶いそうだ」
「あとは、やっぱり紅白歌合戦に出たいです」
すごいな、minaの口から聞くと、実現も間近な気がするけど。
「紅白の舞台は特別なんです。その舞台を体験してみたい。あとは、年越しの家族や恋人達のだんらんの中に、私の歌が、想いが届いたら……どんなに素敵だろうって」
「minaなら、絶対できるよ! オレが保証する。なんならできなかったら、皇居の周りをストリップで一周してもいい」
「そんなのいりません……普通は、出場したら、ごほうびっていう流れです」
「じゃあ、願掛けしよう。出場できたら何が欲しい?」
「うーん、すぐに言われても……この場所にもう一回来たいって、その時の季節は冬だし。欲しいものも特に……」
悩んでいる姿も絵になるな。
「そうですね、じゃあ、こういうのはどうですか?」
minaは片目をつぶって、指を一本たてた。
「紅白に出場できたら、私のお願いを何でもひとつだけ聞いてくれる、っていうのは?」
「それは、問題の先送りでしかないな」
「ひっどーい」
minaは口を尖らせた。minaの百面相とかいう歌を出したら、売れそうだ。
「じゃあ、それでいこう。ただし、命に関わることとか、一億円寄越せとか、実現不可能なやつはやめてくれよ」
「大丈夫ですよ、ちゃんとできそうなヤツを考えておきますから……」
minaはもっと喋りたそうにしていたが、あまり夜風に当たると風邪をひくからと、オレは別荘へと戻るようにうながした。