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6月 minaのライブと「大切な人達へ」

 mina。二十六歳。シンガーソングライター。

 神奈川県生まれ、高校卒業後、音楽の勉強をしながら、ライブハウス回り、路上での弾き語り、デモテープの売り込み等をしながら、二年前にメジャーデビュー。

 現在、アルバムは二枚、シングルは七枚製作されており、CMタイアップになった曲もある。


 オリコン最高位は十位。アイドルグループの握手券商法がまかりとおっている現在では、かなり健闘している。

 キュートなルックスと透明感のある歌声で、女性の切ない恋心を歌った曲や、夢に向かって突き進む人を応援する歌が、主に若い女性の支持を集めている。


 インターネットで検索すると、だいたいこんな情報が出る。

 この数ヶ月でオレもだいぶminaに詳しくなった。

 通勤途中にヘッドフォンでminaの曲をよく聴くようになった。


 minaの応援ソングを聴くと、ヘッドフォン越しに流れてくる彼女の声と現実にオレの前で喋ったり笑ったりしていたminaの姿が重なって、彼女から直接励まされているような錯覚を受ける。


 世間のminaに対する評価もおおむね好意的のようだ。

「かわいい」とか「歌詞が共感できる」とか「ちっちゃい」とか。

「ちっちゃい」は本人が気にしているようだからあんまり言わないであげて欲しい。


 イメージと実物が違う芸能人も結構いるようだが、minaに関してはそんなことはないように思う。

 テレビでも現実でも、よく笑うし、はしゃぐし、ときどきすねる。

 表情豊かで、一言で言えば天真爛漫てんしんらんまん


 世間で知られていない面といえば、おせっかい焼きな所かな。

 真由ちゃんは妹のように面倒を見てもらっているようだし。

 オレにも「佐伯さん、ちゃんとご飯たべてますか? 忙しいからって偏った食生活はダメですよ。自然食のおいしいお店を見つけたので今後一緒に行きましょう」なんてメールが来る。


 一方で、「顔だけで売れている」、「歌詞がうすっぺらい」とか、そんな批判もある。

 男性側からの意見が多いのかな。オレ達のminaを馬鹿にする奴等は雨宮姐さんの間接肘固めでもくらうがよい。


 この前はminaがめずらしくメールの文面からも落ち込んでいて、電話で話を聞くことになった。

 世間の評判っていうのは本人が意識しなくても、耳に入ってくるもんだからな。

「気にすんな」とか「出過ぎる杭は打たれない」とか、ありきたりな励ましは言わずにおいた。


 オレは以前ある時期、哲学系の本を読み漁っていたこともあり、そっちの方面のアプローチを少し話してみた。

 minaにはヒットだったみたいで、しきりにお礼を言われた。


「佐伯さんのおかげで、勇気が出ました」

だって。

 そこまで言われればオレだって悪い気はしない。まあ話を聞いてもらうだけで、スッキリするってこともあるからな。




 今日はminaのライブだ。雨宮さん、真由ちゃん、田中、そしてオレ。いつものメンバーで連れ立って出かけた。


 千人以上の人が入る大きいライブハウス。


 だけど、人は閉店ガラガラ。

 なんてことはなくて、会場は熱気であふれていた。


 女性のファンが多いせいか、化粧やシャンプーや香水やらが入り混じった甘ったるい香りがしていた。

 おっ、ロゴ入りのタオルもあるのか、オレもファンの一人として今度仕入れておかなくては。

 真由ちゃんはちゃっかり、タオルとファンクラブTシャツで完全武装していた。


 minaが用意してくれたのはステージの前から五列目の席。間近でステージ全体が見渡せる最高の席だった。

 オレ達は四人はそこで、楽しい時間が始まるのを今か今かと待ち構えた。



 スポットライトが中央に集まり、ギターを抱えたminaが目の前に現れた。

 客席から「キャー!」「カワイイ」という黄色い歓声があがる。

 こうして見ると、本当に有名人なんだな。


 minaはトレードマークのストレートヘアをなびかせて、時に力強く、時にしっとりと、バンドメンバーを従え、時にはギター一本で、情熱的に美しく歌っていた。


 そこには、夢に向かって突き進む、一人の女性の姿があった。


 夢か……オレもminaくらいの年のころは、野望を持って果敢にチャレンジしていたのだけれど。色々ごたごたがあってから、忙しさを言い訳にした惰性運転のような人生になってしまった。

 

 minaが放つ真っ直ぐな光の中で、オレは自分が試されている気がして、少し目を伏せてしまった。



 ライブも終盤にさしかかり、最高潮のボルテージのライブハウス。minaのMCにも力が入る。


「みんな! 今日は来てくれてほんとにありがとーー」

 客席からも歓声が鳴り止まない。


「最後に、新曲の発表があります!」

 エー、聞きたいー、そんな声が周りにこだまする。


「私には、最近、大切な友達ができました」

 そう言ってminaはオレたちの方を見た、気がした。


「みんな、ほんとに大切で、私と笑い合い、時に私を励ましてくれ……私はその人達にたくさんの笑顔と、勇気をもらいました。」


 オレは田中と、そして雨宮さんと真由ちゃんと目を合わせる。みんな、えっ? という驚いた表情をしている。


「だから、私も、大切な友達に、笑顔と、元気を届けたい! そんな想いを持ってこの曲を作りました。聞いてください。『大切な人達へ』」


 印象的なギターのソロが響き渡る。しっとりとした、バラード。オレたち、歌詞の中で美化されてないか?? なんかこそばゆい。けど、何回も聞きたくなるような、そんな曲。


 真由ちゃんはうっとりと聞きながら、両頬に涙が伝っている。田中もうるっときている。雨宮さんも珍しく真剣な表情だ。



 人に想いを伝えるのは、簡単なことじゃない。でも、その日オレはminaからの信頼と、真剣な想いをはっきりと聞いたんだ。

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