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5月 先輩と後輩と

 川端真由(かわばたまゆ)ちゃんはオレの後輩で、入行年度は田中の一つ上。支店で預金係をしている。


 二十六歳でminaと同じ年だし、真由ちゃんは性格もおっとりしているので引き合わせて悪いことはないだろう。


 真由ちゃんの仕事が終わって、更衣室に戻ろうとする所をさっそくつかまえた。


「佐伯さん、またわたしのミスをお客さんとのネタにしたでしょーー今日、朝霧建設さんの専務が来店されて、すごい笑われたんですからね」

 真由ちゃんは可愛らしい頬を膨らませてむくれていた。


「ごめん、ごめん、オレのお客さんにも真由ちゃんのファンが多いんだよ。それだけ愛されてるってことで……」

「もう、またそんなこと言ってーー」


「そんなことよりさあ、真由ちゃん。歌手のminaって知ってる?」

「もちろん、知ってますよ。わたしファンなんです」


  ファンなのか。それなら話が早いな。


「そのminaと食事に行けるとしたら、どう?」

「本当ですかぁ? とか言って、佐伯さんまたわたしの事からかってるでしょ。もう、だまされませんよ」


 そう言って、真由ちゃんはふざけながらおれの肘のあたりをつついてきた。

 真由ちゃんが動くとポニーテールに結んだ髪と、彼女の銀行の制服の胸元が大きく揺れる。この子、かなり大きいのだ。制服のベストなんてぱっつんぱっつんだしな。


「それが、本当なんだよ」


 オレは今日の日中の出来事をかいつまんで話した。


「じゃぁ、佐伯さんはminaちゃんの恩人ってことですね。すごいーー」


「って、言ってもたいしたことないけどな」


「本当にわたしも行っていいんですか? わぁ、楽しみーーじゃあ、また空いている日メールしますね」


 真由ちゃんの当初の機嫌はばっちり直っていて、まさにルンルンといった足取りで帰っていった。

 minaってやっぱすごいんだな。オレも今度会う前にアルバムくらい聴いておくか。




 次の日、いつも通り支店に八時前くらいに行くと、すぐに茶髪の長身美人に応接室に拉致された。


「佐伯、あんた、あのminaとごはん食べに行くそうだね」


 オレの一つ上の先輩、雨宮綾音あめみやあやねさんは、オレの方をにらんだ。

 彼女は他の女子行員とは違い、いつもハイヒールを履いている。

 目線の高さはオレと同じくらい。威圧感がひしひしと伝わってくる。

 彼女がいつも付けている香水の甘い香りが鼻先をくすぐる……が、うれしくもなんともない。


「ええ、はい。雨宮さん、情報早いっすね。さすが、支店一の才女! できる渉外は違いま……」

「そんなことより、あたしも連れて行け!」


 雨宮さんはそう言って、椅子に座って足を組んだ。

 常に膝上15センチ以上をキープしているスカートからおみ足が覗くが、もちろんそんなことを気にしている余裕はない。

 オレは今、蛇に睨まれた蛙だ。

 この状況を楽しめるヤツがいるとすれば、きっとそいつは極度のM属性だ。


「先輩もminaのファンなんですか?」

 初耳だ。雨宮さんはもっと洋楽ロックとか、派手なのが好きそうだけど。

「曲は好きだが、ファンというほどでもない」

「じゃぁ、なぜ?」

「だからお前はフニャチンなんだよ! そんなこともわからんのか! 芸能人とツテができたら、いい男を紹介してくれるかもしれないだろう」


「はぁ……」


 人呼んで東和銀行の治外法権。こんな人とminaを会わせるなんて、ディズ○ーランドに核弾頭を打ち込むようなもんだ。阿鼻叫喚の地獄しか見えない。爆弾処理班のような気持ちでなんとか回避する方法を探すが……ダメだ。逃げ道がない。


「わかりました……雨宮さん。その代わりminaの前では下ネタは禁止です。東和銀行の品位が問われます」


 所詮オレもサラリーマンだ。そう言うのが精一杯だった。雨宮さんを敵に回すことなど誰にも出来やしないのだ。


「わかったよ。心配すんなって」

 雨宮さんはそう言ってオレを追い払うかのように手をひらひらとさせた。黙ってれば美人なんだけどな、この人は。取引先の前では猫かぶってるけど。


 そんな具合で食事にはオレと田中、真由ちゃんと雨宮さんが加わることとなり、オレはminaと携帯電話のメッセージで連絡を取りながら日程を調整していた。


 minaからは日程調整以外にも「今から、ライブの音合わせしてきまーす」とか「銀座でランチなう」とか、たわいもないメッセージが三日に一回くらいきた。


 オレもそれに返事をして少しやりとりをするという感じで、忙しい毎日の中でそれはオレにとって癒しのようになっていった。




 大型連休明けの金曜日、minaが予約をしてくれた店にオレたちは向かった。


 普段田中とよく行く居酒屋に比べると格段にオシャレだが、メニューの値段をチラリと見るとオレたちでも手の届く範囲の店だ。

 テーブルごとに仕切りがあり、スクリーンを下ろせば、簡単な個室になる仕掛けになっている。

 

 結論から言うと、食事会は成功であった。


 真由ちゃんはもともとファンだったこともあり、思っていた通りにminaと仲良くなって「今度一緒にショッピングに行こう」とか楽しそうに約束をしていた。


 意外だったのは雨宮さんで、普段の口の悪さはあまり出ずに、頼れるアネキという立場をキープしていた。


 minaが今度チョイ役で出るドラマの役作りで、「普段どんな仕事をしているですか?」と聞いても真面目に答えていた。

 オレや田中が聞いたら絶対、「うるせぇ、チンカス野郎」とか返してくるのに。


 そして最後にminaが「今度、ライブをやるんですよ。良かったらぜひ来てください」

と人数分のチケットをオレに渡してくれた。

 みんな大喜びで、ぜひ行こうということになった。


「また、食事とか、お誘いしてもいいですか?」

 とオレの方を向いて聞いてきたのを、雨宮さんが

「大丈夫、大丈夫、こいつ家帰ってもシコって寝るだけだから」

 と割り込んできた時はあせったけどね。


 minaはなんか固まってたし。

 頼むから雨宮さんには影響されないでほしい。

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