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1月 その2 経営危機

 翌日、支店長の許可をもらい、オレは取引先の訪問の帰りに岡安さんの所、つまり、minaの芸能事務所に寄った。minaに会えるかと思ったが、ちょうど留守だった。


「お待ちしておりました」

 岡安さんは相変わらず無表情で、オレに応接スペースの椅子をすすめた。


 相変わらず、シワのほとんどないスーツ。ワイシャツの襟もパリッとしており、靴も手入れがされている。銀行員としても充分にやっていけそうな雰囲気だ。


「さっそくですが、岡安さん。銀行員としての私に話があるとおっしゃっていましたが。御社、上原プロダクションの経営状況はそんなに悪いのですか?」


「今はインターネットやゲームなど娯楽がたくさんあるので、我々のような業界は、以前のようにあまり景気の良い話はないのですが……六年前に社長が代替わりしまして、今まで十人以上いたタレントが半分になってしまいまして……それから、徐々に資金繰りにも支障をきたすようになって……」


 岡安さんは、ラジオのアナウンサーが原稿を読むように、淡々と語った。

 ただ、心なしか憔悴しているようにも見える。


「とりあえず、過去三期分の決算書と、銀行からの借入一覧を見せていただけますか?」


「わかりました」


 ざっと眺めた所、過去三期とも赤字で、それと比例するように借金は増えていっている。初めは資産を売ったりしてやり繰りしていたようだが、今や、価値の有る資産も無さそうだ。


「正直、minaさんの活躍がなければ、とっくに潰れていてもおかしくない状況でして」


「うーん、思ったよりも厳しい状況ですね。社長個人の借入はありませんか?」


 こういうパターンだと、経営者も企業の運転資金のために金を借りていて、自宅にも担保がべったり張り付いているということが多いが……


「個人の借入もあるはずです。後で社長に聞いて、FAXを送りましょう」


「わかりました。書類をコピーさせていただいて、一度、支店に持ち帰って検討させてください」


「お忙しいのに、申し訳ありません」

 岡安さんは、そう言って、頭を下げた。


 いつもなら、仕事の話が終わったらお茶を飲みながら雑談、といったところだが、んーーどうも気安く話しかけられる雰囲気ではないな。


「いつも、minaさんと仲良くしていただいて、ありがとうございます」

 と思うと、向こうから話しかけて来た。相変わらず、表情に豊かさはないが。


「いえいえ、こちらも、minaと遊んでいると楽しいですよ」


「minaさんも佐伯さん達と出会ってから、いい意味で変わったみたいで……紅白出場も影で佐伯さん達のサポートがあったからこそだと思っています」

 岡安さんは珍しく、よく喋った。


「でも、あまりオレがminaと親しくするのは、ご迷惑では?」

 初詣で、minaが腕を絡めてきたことは、さすがにバレてないよな……


「そんなことはありません。以前の佐伯さんならまだしも……いや、これは失礼いたしました。今の佐伯さんなら、きっとminaさんの支えになってくれることでしょう」

 この人、オレとminaがケンカしたり、仲直りしたこと、意外と全部お見通しだったりしてな。


「あまり親しくすると、マスコミに嗅ぎ付けられてあらぬ疑いをかけられる可能性もあるかと……」


「minaさんは女性のファンが多いので、『熱愛発覚』となっても、それほどダメージはないかと思います。芸能人同士だと、何かと騒がれることもありますが。相手が一般人だとそこまでにはならないケースが多いようです。佐伯さんは有名な銀行に勤めてらっしゃいますし、学歴もある。マイナスイメージにはならないはずです」


 ??……なんか、会話が噛み合ってない気もするが……オレも取引先を回って少し疲れているのかもしれない。

 丁寧に礼を言って、オレは事務所を後にした。


 あとでminaに聞くと、岡安さんの機嫌がいいとか、悪いとか、怒っているとか悲しんでいるとかは、付き合いの長い人はだいたいわかるらしい。

 感情が表に出ないだけ、ということだろうか。



 支店に戻ると、オレは草橋支店長と雨宮さん、田中と真由ちゃんも捕まえて会議室に入り、株式会社上原プロダクションの経営状況をかいつまんで報告した。


「うーん、借入先は地方銀行と信用金庫か……うちで借換をしてもよいが……本部が納得するかどうか……会社の株の方はどうなってる?」

 草橋支店長が腕を組みながら、早速質問してきた。


「社長は婿養子だそうで、社長が30、奥さんが40、奥さんの母親が30の割合で株式を保有しています」


「典型的な同族企業だな。まあ、言い方は悪いが小さい企業だ。業績も悪いし株の資産価値はほとんど無いか」


「そうですね、問題は山積みですが、まず……」

 オレは切り出した。


「minaの事務所をなんとかして救いたいというのがオレたちの想いですが、オレ達が直接絡むと……」


「情実融資……ね」

 雨宮さんが、残念そうにつぶやく。


 情実融資とは、友人や親戚など金融機関の職員の個人的な関係に基づいてなされる融資のことだ。銀行員も人間なので、実際の基準よりも審査に手心を加えてしまうこともある。その結果、融資が焦げ付く可能性もあるため、情実融資は禁止されている。表向きは、な。まあ逃げ道はいろいろあるが。よい子はマネしちゃダメだぞ。


「幸い、うちの銀行は芸能界やエンタメ業界にはこれまで余り融資をしてこなかった経緯があります。そこで、芸能事務所を再建する新たなモデルケースということで、本部の人に担当してもらいます。と言っても本部から担当が来ても、現場のことなどわからないと思うので、オレ達に実務はまかせてもらうように話を持っていきます。前いた店舗のコネなんかを使えば、初めからちょっと頼りない人を担当にしてもらって、雨宮さんとオレの口八丁で丸め込むということも可能かと」


「ようするに、本部の人間の立場と名前だけ借りると」

 田中は乗ってきたようだ。


「先行事例だ、モデルケースだと言うことで、『得体の知れない零細企業にカネなど貸せるか』という本部の思惑を和らげることも、目的としています」

 その辺はオレがうまく、稟議書を書く。そうしないと、この案件に取り掛かることもできないからな。


「佐伯さん……なんかすごい。ちょっとワルっぽいけど」

 真由ちゃん、やっと、オレを見直してくれたか?


「よし、じゃあ、実際の指揮は佐伯が取れ! このメンバーでなんとかやってみよう。困ったことがあったら何でも俺に言ってこい! 頼んだぞ」

 草橋支店長は真顔でそう締めくくった。


 交渉事には、正攻法と搦め手が両方使える雨宮さんがいるし、田中もだいぶ成長してきたからそろそろ難しい案件を任せても大丈夫だろう。真由ちゃんが上手く全体をサポートしてくれれば、できないことはないはずだ。


「では、雨宮さんはオレと一緒に社長の所へ行って再生案を練りましょう! 田中は決算書と会社の情報を洗いざらい当たってくれ! うまいこと資産でも出てくるといいんだけどな。真由ちゃんは、オレが稟議書を作るのでそのフォローを頼む」


 今度は、オレがminaを助ける番だ!

 胸の奥からやる気がみなぎってきた。


 会議室から戻ると、岡安さんからのFAXが来ていた。社長個人の借入……思ったよりあるな。

 オレはあることを頼むため、岡安さんに電話を掛けた。

あと、3話で完結予定です。


次話は明日、10月11日火曜日の夕方から投稿予定です。

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