11月 すれ違い
minaと店で別れてからすぐ、彼女からの着信があった。
オレの閉じた心を無理矢理こじ開けたいかのように、携帯電話のバイブは長いこと鳴っていた。
オレはとてもじゃないが通話ボタンを押す気分になれなかった。
人の心に土足で上がり込むようなminaの言動や、おそらく喋ったであろう雨宮さんの態度に怒りが収まらなかった。
minaからの着信はそれからしばらく毎日のように掛かってきた。
携帯電話の画面に「mina」と表示されるたびに、ため息がこぼれる。
でもオレがそれに応えずにいると、数日置きになり、やがてそれは無くなっていった。
オレは、だんだんと怒りよりも、minaの夢に向かって突き進む真っ直ぐな思いと、それに応えきれない自分自身に嫌気がさしてきた。
十一月に入り、年末に向けて企業の追加融資の要請や、銀行員のノルマの詰めも本格的になってきて、結構忙しい。
仕事に打ち込んでいる時だけは、minaのことや、自分へのどうしようも無い気持ちを忘れることができた。
そんなある日、仕事帰りに真由ちゃんに呼び出された。
「どうしてminaちゃんに連絡しないんですか? minaちゃん泣いてましたよ……」
目を潤ませながら、真由ちゃんはオレに迫ってきた。
そんな目で見つめられても、オレだって困る。
「こんなに女々しく、過去から抜け出せないようなヤツがいても、minaも迷惑だろ……元々住む世界が違うんだよ……」
「minaちゃん、自分を責めてました……私は佐伯さんをどうしようもないくらい傷つけてしまった……せめて謝りたいって」
「謝ることなんてないよ。中途半端なクズを傷つけても反省する必要なんてない……」
「そんな!! わたし、佐伯さんのこと……だったのに! でも、今の佐伯さんは嫌いです」
真由ちゃんの言葉は涙声でよく聞き取れなかった。
「所詮、ハリボテだったんだよ、オレは……尊敬されるような器でもない……まあ、minaに会ったら上手く言っといてくれ……」
「自分で言えばいいじゃないですか!」
真由ちゃんは目を真っ赤にして泣いていた。最近女の子を泣かせてばっかりだ。
真由ちゃんは徹底的にオレを軽蔑したようだ。前はよく仕事中に話しかけてきたのに、連絡事項はオレの机にメモを張るようになり、本当に必要な時だけしか喋らなくなった。
数日後、今度は雨宮さんに呼ばれた。
やれやれ、貴女も説教ですか……
オレがそう思いながら、応接室のドアを開ける。
開口一番、彼女は頭を下げて謝ってきた。
「すまん……あたしのせいだ……あたしが軽はずみにあんなことを言ったせいで」
雨宮さんが謝る姿なんて、生まれて初めてみたよ。長生きしてみるもんだな。
「いいんですよ。最初は怒りもしましたが、そのうちわかることです。minaも案外すっきりしてるかもしれないですよ。彼女もこんな馬鹿とは縁を切ったほうがいい……」
雨宮さんは美しい口元をキッと結んで、右手を振りかぶった。
彼女のセミロングの茶髪が、一瞬揺れる。
平手でも飛んでくるか? そう思ったが、彼女は動作を止めた。
「馬鹿野郎! お前は本当に馬鹿野郎だ……」
彼女はしゃがみこんで、頭を抱えてしまった。
オレはいたたまれなくなり、無言で礼をして、その場から去った。
なんだか今は、一人になりたい気分だ。
自分自身への失望。
一瞬、小さな歌姫の笑顔と、そして泣き顔がオレの頭をよぎった。
「佐伯さんには、前を向いて、もっと希望を持って生きていてもらいたいんです!!」
minaの真っ直ぐな、熱を帯びた瞳。
こんな状態になっても、どうしてminaの表情と思い出がよみがえってくるんだろう?
オレは頭を振って、まるで追い出すかのように自分の思考を振り払った。